旅立ち
4日後。
チームゼロは、小惑星アルテミスケノンにベースキャンプを作るための準備をすべて終わらせて、今まさにゼロに乗り込もうとしていた。
「みんな!」
気さくな声に思わず振り向くと、キッドとトメグがこちらに向かって手を振っていた。こちらには近づかなかったが、上のほうにあるバルコニーから何か叫んでいた。
「よろしくね!」
「いってらっしゃい!」
まるで子供を遠足に送り出す近所のおばさんだ、とショウタは思った。
「ハシモトショウタだな?」
不意に声が聞こえた。後ろを振り向くと、テレーゼ・フェシカが立っていた。
「フェシカ隊長……。」
「あの時はすまなかったな。お前たちの腕は認めるが、子供を戦場に出すことを認めたくなかったんだ……。」
「後から聞きました。バイルシュミット隊長のこと、航空隊の人が大勢死んでいたこと……。」
「航空隊だけじゃない。オリオンでは地球で思っているより大勢の人が死んでいるんだ。いや、オリオンだけじゃない。襲われた移民星の民間人。各惑星やステーションを守って死んだ人々。ディルク・バイルシュミットの死も、ちっぽけにしか思えないほどの人が死んでいる。」
「はい……。地球でも大勢の人が死にました。直接メカにやられたわけではないけれど、急激な宇宙開発のために死んだ人、大切な人を失って死んだ人……。僕たちはいったい何を守ってきたのかと、泣きたくなるような事実を、戦闘データの中で見ました。正直、目を背けたかったです。」
ショウタは目を落とした。
地球にいるころから、解析という名目で何度も様々な戦闘データと向き合った。航路データや被害の報告書ばかりではない。時に記録映像や音声とも向き合った。それらはどれもむごいものだった。ショウタだけでない。おそらくセンカやリンカは移民星の被害についてもっと詳細な何かを見ただろう。コウスケは技術の発展のために命を落とした、タカハシコハルのような事例をどれだけ見たのだろうか。遭難していった船と向き合ったトウキは、宇宙開発の歴史として建築事故を見つめたタケルは。宇宙での過酷な環境に適応するまでにどれだけの人が苦しんだかをスズナは知っている。宇宙ならではの病やけがに苦しんだ人のことをあの優しいハルカはどう思っているのだろうか。
それらは地球をたった8人で守っている時、戦艦オリオンで過ごす日々の中で、恐ろしいほどはっきりした現実として迫ってきた。
「だが、君たちは逃げずに受け止めてくれた。これからの宇宙を切り開いていく若者が、逃げずに受け止めてくれたんだ。」
テレーゼは息を吸い込んだ。
「お前たちは生き延びろ。何があっても生き延びろ。生きて地球に帰って、見たもの感じたものを伝えてくれ。そのためにみんなを守るんだよ……。」
「わかっています、フェシカ隊長。」
ショウタはテレーゼ・フェシカの目を見つめ返した。
「テレーゼさんもエリーゼさんも、キムさんもコープさんも、ほかのみんなも、絶対に生き延びてくださいよ。一緒に帰りましょう。もちろんバイルシュミット隊長も一緒です。」
「そうだね……。」
「ではいってきます。」
ショウタはゼロに乗り込んだ。
「エリーゼさん。」
「センカ、準備はどう?」
「まぁまぁですね。あとは現地で判断します。」
「戦略班員として、戦略を担当するあなたに、1つだけアドバイスするわ……。たとえどんなに非情で残酷な戦略を立てなくてはいけなくても、信じる心は忘れないで。心だけは自分のものだから。」
「はい。」
「いつもこれだけは気を付けているの。どうしても、効率的で合理的で、苦しいときもあるじゃない? そんなときのための……おまじないみたいなもの。」
「おまじない……。」
「ええ。あなたたちのベースキャンプは、辺境の状況を一変させられる力を持っているわ。頑張ってね。幸運を祈っています。」
「わたしたちも、戦艦オリオンの武運長久をお祈りしています。」
センカも乗り込んだ。
「こちら第一艦橋、ハッチ開放。最終ロック解除。オールクリア。」
「チームゼロ、発進します。」
トウキが第一艦橋に連絡を入れた。次々とゼロが飛び立っていく。
「チームゼロ、了解。安全な旅を。」
「ありがとうございます。オーバー。」
トウキは通信を切って、そっとつぶやいた。
「軍隊らしくないな。どれだけ気を使わせてしまったんだろう。僕らはやっぱり若すぎたんだ……。」
「テレーゼ姉さん……。」
ハッチが再びしまった格納庫で、エリーゼは姉の隣に立った。
「あの子たちは、アルテミスケノンが守ってくれる。」
テレーゼは凛とした声で言った。
「きっと、つらいものを見るでしょうね。」
「そうだな。申し訳ない。でもあの子たちなら、それをよりよい未来にしてくれる。」
「私たちは、そこにいられるかしら。」
「そこにいたいな。みんなで。」
2人は顔を見合わせて笑った。
「エリーゼ。私たちはもう古い人間になってしまったのかな。古い人間は未来に果たして必要なのか。あの子たちのようなもっと若い世代のほうが、明るい未来を作ってくれるような気がしてならないよ。」
「ディルク・バイルシュミット隊長がいつも言ってたじゃない? 『古い大人にできることは何なのか、みんなで真剣に考えれば、もっとよい未来になるかもしれない』って。」
「彼は歴史が好きだったからな。よくそんなことを言っていた。」
「ね? テレーゼ姉さん。」
「しかし、あの子たちを守らなければならないことには変わりないな。若い世代を。」
「A作戦とK作戦が、いよいよ始まるわ。」
「The Operetion of Aegis と The Operetion of Kamikazeか。」
「姉さん、わたしたち……。」
「よりよい未来のためだ。よりよい作戦を待っているよ、エリーゼ。」
2人のドイツ人パイロットは、静かにその場を後にした。




