藍に揺れる願い
連合艦隊は、「藍色の宇宙」に入った。次元のはざまの深い青の世界が、水に溶けた絵の具のように絶え間なく揺れては消え、再び現れて、どこまでも続いていた。
ピュラーの宙域までは最短で5日ほどかかる。その間、連合艦隊の中では、打ち合わせや訓練が次々と行われ、乗組員たちは常にあちこちを動き回っていた。通信が飛び交い、時には連絡シャトルや戦闘機が細心の注意を払いながら戦艦の間を飛び回っていた。
藍色の宇宙では、度々嵐が吹き荒れる。かつて太陽系連合艦隊がヒルタへ向かう時に巻き込まれたように。嵐の原因は解明されてはいない。しかし、大量の物質が動くとき、水に溶けた藍色の絵具は掻き回され、渦を起こし、すべてを彼方へ吹き飛ばすらしい、ということはわかりつつあった。
ハシモトショウタは、何度目かの会議を終えて第1会議室を出た。
部下が2人ほど待ち構えていて、航海についての報告と、航空隊の訓練に関する質問をそれぞれショウタに投げかけてきた。予定通りの日程だが、エンジンの調子を確認したい艦があるため、ややスピードを落とすこと。ショウタは頷いて、戦略担当にも報告するように促した。藍色の宇宙での訓練は危険と判断し、航空隊はシュミレーターをフル活用しつつ、それぞれの訓練結果を詳細に検討するミーティングを開くとのこと。チームゼロにも参加してほしいとの要請に、ショウタは深く頷いて、日時を指定してもらえれば極力参加するようにチームゼロ伝えておく、と答えた。
部下たちは、短く、しかしはっきりと返事をして、それぞれの方向に向かっていった。その間に、会議室にいた面々は次々と足早に各部署に戻っていき、ショウタの周りには誰もいなくなった。
「はぁ……。」
ショウタは思わずため息を漏らした。疲れはあまり感じていなかったが、久々に感じるプレッシャーと恐怖に体がこわばっているのを感じる。戦艦アルタイル艦長の紋章の入った軍帽をかぶり直し、またため息を漏らした。
「おつかれさま。」
ふい後ろから、第1軍戦略長の徽章を胸に輝かせたウエキセンカがショウタの肩を叩いた。その手にはアクアマリンの指輪が光っていた。
チームゼロの軍服は、他の者とは違い、戦艦オリオン時代つまり国連宇宙防衛軍のデザインのものを使っている。似たようなデザインだが、襟元や色合いなど細部が異なっていた。特に明確な理由があるわけではなかったが、チームゼロがかつての軍服を着ることが慣習となり、当たり前となりつつあった。
胸にはそれぞれ、日本の日の丸がかたどられた国籍章と、LSSEがシンボルマークとして採用している国連旗と似た世界地図の意匠が、小さいながらも光っていた。一番目立つのは、LSSE各局のシンボルマークである。そして軍服には、それとよく似た各部署のシンボルマークも描かれていた。肩には階級章がついている。センカの胸には、オリーブの葉とペンがクロスしたLSSE戦略局のシンボルと、オリーブの葉が巻きついた剣とペンの太陽系防衛軍戦略科のシンボルが描かれていた。
そしてその下には、戦艦アルタイルの鷲をかたどったシンボルと、運用責任者としてセンカが愛してやまない戦艦ベガのシンボルが小さく輝き、そのさらに横には、三つの星をかたどった戦艦オリオンのシンボルが静かに輝いていた。
センカが今着ているのは、動きやすいつなぎタイプの戦闘服だった。しかしこれでは会議などで他の星の重鎮たちに失礼になるかもしれないとのことで、上からジャケットを着ていた。さらに、今回の旅でセンカは戦艦ベガ艦長時代の艦長帽をかぶっていた。ちなみに戦艦デネブ元艦長のスギヤマスズナも同様に戦艦デネブの艦長帽をかぶっていた。おそらく2人なりのおまじないなのだろう。
「センカ、すまない。」
ショウタは歩きながら言う。指のアクアマリンの光を思い出した。
戦闘時のパートナーとして、センカのプライベートはある程度把握していたし、ユウキがセンカに特別な想いを持っていることも、センカがユウキに特別な想いを持っていることも薄々感じていた。ユウキからそれとなく相談を受けたこともないわけではない。
チームゼロが、単なる幼馴染や戦友から、いつか恋人同士になる日が来るだろうというのは、リーダーとして覚悟はしていた。それにどこかそれが楽しみでもあった。しかし、恋人同士を引き裂くような決断をしなければならないことがくることまでは、覚悟しきれていなかったかもしれないと、思わず唇をかみしめた。
今の太陽系では、「テラポルトス」と「プロセルピナ」は、時に敵同士となる。味方であっても、それぞれの役割は違う。背中を預け合い、己のすべきことにそれぞれ全力を尽くさなければいけない。そんなとき、センカとユウキは離れ離れになる。ユウキはどんな気持ちで、何度目かの出征の前夜に、センカにアクアマリンの指輪を送ったのだろうか、とショウタはふと胸のあたりに重たい何かを感じた。
「ううん、こちらこそ。あんな作戦しか立てられなくて、ごめん。」
センカも静かに歩く。
「3つの星の戦術や戦略を担当する者たちが総力を挙げたんだ。囮が敵をひきつけている間に、残りの戦艦がメカに気付かれない安全な宙域まで逃げるのが、最善だろう。」
「といっても、成功率あんまり高くないけれどね。ショウタはさ、班長として、太陽系防衛軍の最高司令官として、あの作戦、許可できる?」
「飛翔する鷲作戦、The operation of flying Eagleか。名前だけみたら、戦艦アルタイルが大活躍しそうでかっこいいんだけどね。」
ショウタは答えをはぐらかした。
「まぁ、そうね。」
「……まぁ、戦艦アルタイルがやるべき役割だと思うし、あんな作戦で生き残れるパイロットと機体はチームゼロだけだと思う。藍色の宇宙で時間をやりすごし、その間に無人機で索敵をしつつ緻密な作戦を立て、満を持して危険な通常宙域に戻る作戦も悪くはないが、藍色の宇宙は長時間大量の物質が漂っていて安全な場所じゃない。各星の航海担当の本音は、5日といわずなるべく早く宇宙の裂け目に飛び込みたいというのが本音だ。」
「同感よ。作戦をみっちり立てられるまで、別の宇宙の裂け目から別の通常宙域に出ることも悪くはないけれど、それは臆病者の選ぶ道。まぁ、そんな都合のいい宙域はなかったのだけれど。」
「ああ。それに、早くメカの核を、ピュラーを倒さないと、たい……いけないからな。」
ショウタは、咄嗟に言葉を選びながら続けた。センカは特に気にしていないようだった。
「必要以上に責任感を感じて進んで自殺しようとしている、ってレイアには言われたわ。」
「そうかもしれないな。」
2人はしばらく何も会話せずに廊下を歩いた。時々、何かのファイルを抱えた乗組員や、急ぎ足の乗組員とすれ違った。彼らは立ち止まって2人に敬礼する。2人も黙って敬礼を返した。乗組員たちも心得たもので、すぐに敬礼をやめてそれぞれの任務に戻っていった。
「ショウタは艦橋によってくの?」
「ああ、エンヴェルに運航に問題がないか確認しないと。航海科に確認したいこともあるし。」
「あーそっか、今トウキが操舵槓握ってるもんね。」
「そろそろ後進を育てて任せていきたいところではあるんだけれど。」
「戦艦アルタイルの航海科にはピータ・バレットに、ジャワハルラル・ヴァドマっていう優秀な操舵手がいるじゃない?」
「ベジマイトおじさんと、ビーフカレー大好きおじさんは、戦艦アルタイルの優秀な操舵手に違いない。でも、いざ戦闘となるとあいつにアルタイルを振り回してもらいたくなるよな。」
「気持ちは分からなくはないよ、班長。」
「お前ら、最近そう呼ぶよな。いきなり。」
「そう呼びたくなったの。」
「で、センカはどうするんだ?」
「戦略科の部下を集めて練り直し。第1作戦室よ。」
「コーヒーでも差し入れるよ、忙しくなかったらね。」
「お茶がいいな。でもコーヒーでも嬉しい。どちらにせよ、ある程度固まったら一度呼ぶわ。いろいろ確認して。」
「ああ、無理すんなよ。そうだ、航空隊から伝言だ。ちゃんと訓練しろ、だと。」
「そちらこそ。みんなによろしくね。あ、あと副長に今晩のミーティング忘れないでねって伝えておいてもらえる? エンヴェル・ニヤーズィ副長の方ね。」
センカは曲がり角で片手を敬礼するかのようにあげると、颯爽と歩いて行った。ショウタはその姿をほんの数秒目で追っていたが、すぐに歩き始めた。
「艦長、いろいろありがとうございます。何か変わったことはありますか? お手伝いできることは?」
会議を終え、ヒルタ宇宙軍の旗艦ベルダーナの艦橋に戻ったグレーゴールは、ヤーラ・オレット艦長に軽く頭を下げた。
「いやいや、フェルム最高司令官、戦艦ベルダーナのことは私に任せて、ご自分のやるべきことに集中してください。」
「いえ、本来ならそういった点まで私がやらなければ……。」
「それは、人材不足の地球人だけがとる愚かな方法です。といっても、ヒルタもそうなってしまったんですがね。」
ヤーラは、そっと目線を下に落とした。
ヤーラ・オレット艦長は長いことヒルタ宇宙軍の中枢で、現場で活躍してきた人だ。戦艦ベルダーナ艦長として長いこと勤めていたが、持病が悪化したため、戦艦ベルダーナが長期の修理に入る際に、艦長から退いて、時間のかかる治療にとりかかることになった。そのため、今回の悪夢に巻き込まれずに済んだが、同期の多くを失ってしまったのだった。持病が完治したわけではなかったが、ヤーラは自分の息子よりも若い最高司令官を支えると決め、今回の戦役にあわせて復帰したのだった。
「ところで、フェルム最高司令官、3つの星の頭脳は、どんな結論を導き出したのかな?」
「ずいぶん、白熱した議論になりました。」
「ヒルタの頭脳も熱い者だからな。うちのベルゾン・ストラテジス戦略長あたりが声を荒げたのだろう?」
「ええ、この作戦ではだめだ、このデータによれば成功する確率は、とまぁ大騒ぎで。」
「ベルゾンは戦略畑の人間だが、本部での仕事が多くて、実戦の経験はあまりない。ただ、戦艦ベルダーナの戦略担当だった時期もあってな、その時にちょっと話したことがある。失敗をとにかく恐れるやつだが、そこが彼のいいところでもある。」
「ええ、間違いありません。」
「ベルゾンに実戦経験があまりないことは上も気にしていて、現場での臨機応変を学んでほしいと太陽系での合同練習に同伴したんだが、その時に例のクーデターが起きて、予定通りに何もかもいかなくなった。私たちは、冥王星の宇宙移民自治政府と軍事同盟を結び、地球に総攻撃をかけるそぶりを見せ、市民団体があきらめざるを得ない状況まで追い込むことになった。まぁクリスマス休戦で直接的な戦闘は回避できたし、その間にクーデターを抑えるチームゼロの作戦も成功したが、よほど怖かったのだろう。あれ以来、想定外のことが起きて人が死ぬことを極端に恐れるようになった。まぁ、軍人としてはちと臆病だが、官僚としては十分な責任感だ。任せられる人間がベルゾンしかいなかったもんで、仕方なく奴が戦略の責任者になったが、間違えたことはしないだろう。」
「ストラテジス戦略長は間違えたことは言っていません。しかし、時間も人も戦艦も足りない。」
グレーゴールの脳裏に、画面越しに見たアサヒユウキの顔が一瞬浮かんだ。この連合艦隊が一番持っていそうで、一番持っていないのは、この時間だ。
「そうだな。」
ヤーラは目の前の青年の焦りこそ知らなかったが、深く頷いた。
「シャハラザードは、藍色の宇宙内での本隊の待機と、少数精鋭による威力偵察を提案しました。アルタイルは、囮作戦を。」
「どちらも、犠牲になるのは自分たちだと?」
ヤーラはゆっくりと尋ねる。
「ええそうです。リンネルーア軍の艦艇だけであれば、巡洋艦が主なのでスピードを出せる。その速力を持って情報を集め、その結果を踏まえて時間をかけて確実に攻撃をすべきだと。」
「アルタイルの方はどうだ?」
「太陽系防衛軍は戦艦アルタイルを囮にしてピュラーをひきつけ、その間に全部隊が安全な宙域に脱出することを想定しているようです。」
「で、うちは?」
「ストラテジス戦略長は、まず無人探査機を派遣してより詳細な作戦を時間をかけてたて、藍色の宇宙を出るときは全部隊で総攻撃をかけるときと主張しました。」
「藍色の宇宙は安全ではないぞ?」
「ええ、ですから、全体をいくつかにわけ、分散して待機します。そうすれば危険性は下がるでしょう。小さな艦も、分隊ごとワイヤーを掛け合い、見張りを徹底すれば、大事故は防げるかと。」
「なるほど。」
「犠牲はこれ以上出したくありませんから。」
「で、フェルム最高司令官はどうお考えで?」
「人はいない、人をこれ以上失うわけにはいかない、しかし時間もない。」
グレーゴールはつぶやいた。
「司令官も大変ですな。」
ヤーラはわざと軽い口調で返した。
「で、結論は?」
一層低いささやきがグレーゴールの耳に入った。ヤーラ・オレット戦艦ベルダーナ艦長は静かな目で、若き上司の目を見つめている。
「飛翔する鷲作戦、おそらくアルタイルの、太陽系防衛軍の案が採用されます。まだ決定ではないが、内定したようなものです。」
「……経験には勝てんか。」
「はい、いちばん若いですが、メカとの戦いに関して、あそこまでの経験を積んだ作戦家は、この宇宙には彼女しかいないでしょう。彼女は、ウエキセンカ太陽系防衛軍第1軍戦略長は、我々では勝てない、圧倒的なデータを持って、皆を黙らせました。飛翔する鷲作戦の要になる実行部隊、臨時航空隊のデータ、いえ、この言い方の方が正しいでしょう。チームゼロの訓練および実戦データです。」
「勝てんな。」
「ええ。無論、われわれヒルタの戦略担当も諦めてはいません。いま、チームゼロを失うわけにはいかない。水の星地球のためだけじゃない。太陽系、いや、天の川銀河のためだ。
ベルゾン・ストラテジス戦略長を中心に、飛翔する鷲作戦の粗を見つけて、提案をすると共に、誰も犠牲にならない可能性がもっと高い作戦を早急に練ります。」
「わかった。確か、アルタイルの策が採用されたら、このベルダーナは、主力をいち早くメカから離れた安全な宙域まで指揮する役割を与えられるそうだが、どうなんだ?」
「そうです。」
「では、そのための準備を始めよう。ただ、藍色の宇宙に長期滞在する覚悟は、まだ捨てないつもりだ、フェルム最高司令官。」
「ありがとうございます、オレット艦長。」
お久しぶりです。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
私ごとですが、社会人になり1年があっという間でした。慣れないこと、うまくいなかないこともありますが、それ以上に、できるようになったこと、やりたいこと、うまくできたこともたくさんある1年になりそうです。
定時に帰ったことのないブラックな学校業界ですが、みんなで帰ろう!帰ろう!帰れるときには帰ろう!と言いながらがんばっています。疲れてばたんきゅーの時もあれば、とにかく本を読みたい、映画を見たい、調べたい、という欲で眠れないときもあります。
これからも、ゆっくり更新していく予定です。センカたちの後継者の構想まで立てているんですよ!時々覗いていただいて、何かあれば感想などに残していただければと思います。
本当にここまで読んで下さり、ありがとうございます。お互い、がんばっていきましょう。がんばります。




