出征の日の昼
グレーゴール・フェルムは初めて経験する出征の日の朝を静かに迎えていた。
「失礼します。フェルム最高司令官、全乗組員の配置が完了しました。」
年上の部下が部屋の入り口で敬礼をして待っていた。グレーゴールも立ち上がって敬礼を返すと、静かに言った。
「いってきます。」
誰に言ったかもわからない言葉。家族なのか、友人なのか、ヒルタという星そのものにかけた言葉だったのか、グレーゴールにも分からなかった。
家族との面会はとっくに済ませ、型通りのありきたりな会話を交わしている。
フェルム家は代々軍人の家系ではあった。しかし長い内戦がある程度収まった時代に少年時代を謳歌したグレーゴールの祖父や父は軍人にならなかった。予備役にはなったものの、それが許される時代になったというのは、鉄の星ヒルタの大きな変化でもあった。親族に軍人や軍関係者は何人かいたが、ちょうどグレーゴールの身近にはいなかったのだ。
そのため、グレーゴールの両親は、息子にふりかかってきた責任の重さを、よく想像できていないようだった。最後まで、どういうことかよくわからないという顔で送り出された。
昨晩、何度かハシモトショウタと顔を合わせた。その時、グレーゴールは両親との最後になるかもしれない面会の話を少しした。ショウタは少しどこかをぼんやり眺めるような顔をしてから、「俺もそうだった」と呟いた。「もうお互い慣れてしまったけれど、面会時間が終わってしまってから、これでよかったのかとものすごく後悔する」とも。グレーゴールは、わずかな共感を覚えたが、すぐにまだその言葉の意味をよく分かりたいと思えない感情も覚えた。わずかな共感には、気づかなかったふりをした。
ショウタは艦長席からあたりを見渡した。いつもの場所にいつもの仲間たちがいる。ヒルタポリスを出発する時間が近づいており、先ほどまで騒がしかった艦内も、不思議と落ち着いている。
目の前の操舵手の席には航海長が座り、艦長に代わって戦術の操作をする部下たちがその横のコンソールを操作している。左手の方を見れば、戦略長が画面に現れる情報を次々と確認したり、情報長が通信系統の最終確認をしている。技術長は副長を示す徽章を静かに輝かせながら、手元のコンソールを確認しつつ、戦略長と何か話していた。右手の方にはパネル越しにエンジンの最終確認に余念がない建設長、第1艦橋のレーダーをはじめとする機器を確認している主計長の姿が見える。医務長は乗員名簿を見て、全員の搭乗確認をまさに済ませたところだった。
今回の艦隊の規模は、決して小さなものではない。地球からは戦艦アルタイルのみの参戦となったが、緑の星リンネルーア、鉄の星ヒルタからの軍勢を集めると、かなりのものになる。時間は余裕を持って用意されていたが、それでも随分忙しく、主計長の顔にはすでに疲労の色が見えた。ヒルタの青白い太陽はかなり高いところで燦然と輝いていた。
「リンカ。」
「はい、班長。」
「艦内放送を。」
「いつでもどうぞ。告白でもするのかしら?」
「あいにく相手がここにはいなくてね。」
「ですって、戦略長。」
「何か御用かしら、情報長?」
センカがくすっと笑う。
「班長、時間は限られているぜ。」
コウスケが技術長の席からショウタを見つめる。
「お前ら、最近俺のことやたら班長って呼ぶよな。」
「なんか、しっくりするんだよな。この呼び方。」
「まっ、俺もだけどな。」
ショウタはそういうと、マイクを手に取った。息を吸い込む。
「太陽系防衛軍第1軍、および、三星連合艦隊、戦艦アルタイルの諸君へ。」
ショウタの声が、戦艦アルタイル内に響き渡った。
「僕はこの船が好きだ。この船は、いつも新しい出会いの元へ僕らを運んでくれる船だからだ。戦艦アルタイルには、いつもとびきりの冒険者たちが集まる。な、そうだろ?」
トウキがにやっと笑って、ゆっくり操舵槓を握りなおした。
「俺は、この船と、この船に集まってくる、命知らずで、でも本当は誰よりも命を失いたくない仲間たちのことを、もう見放せなくなっちまった。俺は、この船のみんなに命を預けたし、命を預けられている。」
センカがにやっと笑って、自分の手元のコンソールを操作する。
「俺たちの旅と戦いは、もうすでに始まっている。ここは一つの通過点でしかない。でも、ここより先は、まだ足を踏み入れたことのない戦地だ。メカとの戦いを何度も乗り越えた僕らでも、その中心でありコアであり核であり、メインコンピューターであり、総旗艦とも総母艦とも言える敵、僕らがピュラーと名付けたメカに、勝てる見込みはない。」
ショウタは息を吸い込んだ。
「あの戦艦オリオンですら、特攻という一番おろかだと分かっていた方法をとらざるを得なかった。鉄の星ヒルタや緑の星リンネルーア、そして僕ら水の星地球の力を持ってしても、生きて勝てるかどうかはわからない。チームゼロだからと言って勝てるわけじゃない。」
ショウタはもう一度仲間たちの後姿を見つめた。ともに戦い抜いてきた、生き抜いてきた仲間たちだ。
「僕は預かった命を返せると、今この場で自信を持って言うことはできない。それでも、僕はここにいる全員の命を借りる。僕たちの故郷、太陽系と地球が僕らの帰りを待っているからだ。」
ショウタは、息を吸い込む。その一瞬の間に、カズマとユウキの顔を思い浮かべた。
彼らとは、できる限りの情報のやり取りをしていた。暗号化はしていたものの、第3軍が派遣した捜索隊の最新の情報は常に確認している。第3軍の調査隊が索敵中のメカの戦闘機を目撃し、回避行動をとったという情報も既に入っていた。
時間の猶予はもうない。
「もう一度言う。太陽系が僕ら戦艦アルタイルを待っている。僕は、みんなを返せるように全力を尽くす。ピュラーを倒し、血の色の違う仲間たちを助け、そして一刻も早く太陽系に帰る。それが、今回の戦艦アルタイルに乗り合わせた『チームゼロ』の任務だ。」
ショウタは声を張り上げた。
「いつもどおり、命は預けた!いくぞ!」
ショウタの放送を聞いたレイアは、にやりと笑った。出港前に入った放送は翻訳機を通じてリンネルーア人たちの耳にも届き、自然と拍手が沸き起こっている。レイアは通信手とちらりと目を合わせた。それからマイクをとると、静かに息を吸い込んだ。
その姿は、国民たちを前に演説をするリーヒ女王の姿によく似ていた。数人の乗組員は、亡きルヒート王の姿を思い浮かべたと後に語っている。
「神聖なるやわらかな光に祝福され、緑の尊き血をわけた、高貴なるリンネルーアの民よ。我が叔母にして頼もしき代理の女王たるリーヒ・リンネルーア、さらにわが父にして亡き冒険者の王たるルヒート・リンネルーア、わが母にして慈悲の王妃たるレイピア・リンネルーアに代わり、リンネルーア軍最高司令官にして、リンネルーア次期王位継承者、レイア・リンネルーアは、ここに、リンネルーア軍の進軍を命じる。」
遠く戦艦アルタイルでは、センカがくすりと笑った。リンネルーア人たちの演説は修飾にあふれている。センカはその演説が好きだったが、合理化を求めるヒルタっ子のメイルは今頃嫌な顔をしているだろう。
「ただし、リンネルーア軍のみの功を焦るあまり、無駄に死に、無駄に殺すことは、このレイア・リンネルーアが許さない。なぜなら、隣には、我らのかけがえのない友人がいるからだ。我ら高貴なリンネルーア軍は、水の星地球と共に、鉄の星ヒルタのために、ひいては天の川銀河のために戦う。リンネルーア軍の功績は、天の川銀河の功績となり、リンネルーア軍の失態は、天の川銀河の失態となる。ゆえに、友人たちの名誉を汚すようなふるまいは、このレイア・リンネルーアが許さない。私の名において、緑の血を持つ人は、最後まで友人たちに誠実である、高貴なリンネルーア人であると宣言する。」
レイアは、遥か彼方の地球にいるであろう、ヘムルート・エルドーアの姿を思い浮かべた。「情けは人の為ならず」という、様々な意味が込められた地球のことわざを思い出す。レイアは少し間を開けて、演説をつづけた。
「我が高貴なるリンネルーアの民に、3人の少女の話をしたい。1人は、水の星地球で、太陽が昇るところと呼ばれた島国に生まれた。ごく普通の家に生まれ、ごく普通の生活を送り、他の少女たちと同じように育った。彼女がチームゼロに選ばれるまでは。彼女は偶然にして選ばれ、宇宙へと広がる大きな可能性や希望、かけがえのない仲間との出会いと引き換えに、ごく普通のつつましく平和な人生を送るという可能性を奪われた。彼女は、わずか15歳で太陽系辺境防衛戦争に出征し、生き残ったわずかな国連宇宙防衛軍戦艦オリオンの乗組員として、地球人最初の宇宙戦争の後の世界を任された。沈着で勇敢で聡明、新たな可能性を希望に変えるべく全てをささげ、しかし本当は1人の19歳の女の子でしかない。彼女の名前は、ウエキセンカという。」
レイアは、手元のコンソールに映った戦艦アルタイルの名前を少しなぞる。
「1人は、鉄の星ヒルタで生まれた。研究所が家で、研究所が遊び場だった。その研究所では、ヒルタの青い血がもう流れないよう、星を守る全自動の機械が開発されていた。彼女はそのシステムと共に育った。ある日、そのシステムの一部が暴走し、遥か彼方の宇宙に飛び去った。ヒルタの人々は何も感じなかったが、彼女の両親は、そのことが天の川銀河にもたらす悲劇を予想することができた。彼女と彼女の弟が士官学校での訓練を始める年になったある日、彼女の両親は、もう一人の我が子ともいえるシステムを追って、宇宙に消えた。彼女たちは両親を追って藍色の宇宙に飛び込んだ。そして、嵐に巻き込まれ、赤い太陽の周りを巡る第4の惑星、火星の赤い大地にたどり着いた。そこで赤い血を持つウエキセンカに出会った。重い罪を一身に受けた彼女は、両親の後姿を追って、システムを再びヒルタ人の元に呼び戻すための研究を進めた。強き意志と目もくらむような才能、しかし本当は両親の後姿を必死に追いかけているだけの女の子でしかない。彼女の名前は、メイル・ノトメイアという。」
戦艦ベルダーナの名前を、レイアは少しだけなぞった。
「最後の1人は、緑の星リンネルーアの王家の家に生まれた。ある日、両親が謎の敵に殺され、まだ若い叔母の2人、混乱する星の真ん中に残されてしまった。彼女は助けを求めて宇宙に吠えた。でも助けは来なかった。気が付くと、敵をただひたすらに憎み、無謀な復讐と刺し違えて死ぬことしか考えていなかった。あの日も、攻撃を受けて動かなくなったスプレプトの中で、死ぬことしか考えていなかった。そんな私に、可能性と希望を見せてくれた、赤い血と青い血を持つ友人たち。高貴な緑の血を誰よりも誇りに思いつつ、赤い血と青い血の人々をこんなにも愛してしまった、リンネルーア軍最高司令官にして、リンネルーア次期王位継承者。彼女の名前を、レイア・リンネルーアと言う。」
レイアは息を吸い込んだ。
「わたしたち3人のささやかな願いは、私たち3人の友情が、いつまでも変わらずに続くことである。そんな子供じみた願いをかなえるためには、天の川銀河の安定と平和が欠かせない。我々がピュラーと名付けた機械の塊は、親友の兄弟のような存在であり、親友から平凡な幸せを奪った存在であり、私の両親の仇であり、私たちが出会うきっかけとなった存在であり、私たちの大切なものを奪った存在である。ピュラーとの決着は、今ここで私たちがつける。全ては緑のために、全てはリンネルーアのために、そしてすべてはこの天の川銀河のために!」
「だってさ、リンネルーアの『影の盾』さん。」
冥王星プロセルピナシティの宇宙移民自治政府の施設の一角で、ユウキにそういわれて、ヘムルート・エルドーアはくすりと笑った。
「なんて演説だ。自分の話しかしてないじゃないか。」
「そんな王女様のことが大好きなんだろ。」
カズマにそういわれて、ヘムルートは首を振った。
「そういうのじゃないよ。あの方は……。」
ヘムルートは少し目を背けた。リンネルーア人にしか見られない、プラチナブロンドとも、薄緑ともいえる髪が揺れる。
「俺としては、ユウキもヘムルートも素直になるべきだと思うんだが。」
カズマはそういうと、手元のタブレットを動かした。
「ヘムルート、昨晩報告された探索の結果だ。まだ防衛軍の外には出していない。」
「ありがとう。」
ヘムルートはタブレットを見ながら続ける。
「なるほど……第2軍と、ヒルタポリスの第1軍には共有したのか?」
ユウキは、首を横に振った。
「ミサカ司令官にはすでに知らせてある。しかし第2軍のほとんどはこの情報を知らない。第3軍でも大部分の兵士はまだ知らないだろうな。ヒルタポリスのショウタには、この話に結論がついてから報告書を送る予定だ。どっちにしろ、チームゼロの8人はもう自由に動ける身じゃない。まだ知らせなくていいだろう。」
「あいつらは太陽系防衛軍の首脳部にあたるけれど、今回のピュラー打倒作戦、The Operation of Deucalionは、ヒルタ宇宙軍最高司令官のグレーゴール・フェルムの指揮下にある。確かに経験としては、ショウタやレイアの方が上だが、権限はグレーゴールの方が上。いざ帰りたいと言っても、すぐに帰れる状況じゃあない。」
カズマはそう言うと、ソファの背もたれにぐっともたれかかった。
「ピュラーを止められれば、俺たちの勝ちだ。太陽系のメカも中枢のピュラーが止まってしまえば、止まらざるを得ない。太陽系が再び襲われるのが先か、ショウタたちがピュラーを止めるのが先か。それとも……。」
カズマはぼんやりと空中を眺める。
「うちの艦隊がやられるのが先か。」
ヘムルートは唇を少しだけかみしめた。状況は緑の星リンネルーアも同じだ。同じ銀河系だ。いつメカに襲われるかはわからないのである。ヘムルートは顔に表情を出さないように、自分を戒めながら、思わず表情を出してしまいかけるほど気にかけるようになった同い年の2人の顔を眺めた。カズマは遥か彼方の仲間たちが目の前にいるかのように虚空を見つめていたが、一方で心はすぐそこにいるようだった。ふと手を止めてしまっただけなのだろう。ユウキの顔は、ヘムルートの場所からはうまく見えなかった。
「今なら、守る会のクーデターの時のヒュンベルガー首相の気持ちがよくわかるよ。」
ユウキがあきれたような、後悔しているような顔をして振り返った。
「いつのまにか三星連合艦隊の最高司令官の権限を俺に渡しておいて、『はい僕が最高司令官です。まだ演習は続いています。あなた方は僕の命令を聞く必要があります。とりあえず軍事同盟を結んで、地球を攻撃しましょう。』だもんな。」
カズマが鼻で笑った。
「あの時、俺たち生死不明だったんだぜ。すっげえ心配されているところに『こんにちは。命令です。あっ、生きてますよ。』だろ。あの後、メイルには何かすごい暴言をヒルタ語で言われた気がするし、レイアからは殴られた。」
ユウキの言葉にヘムルートが振り向く。
「レイア様が?」
「ヘムルートもわかってんだろ、あの王女様。あんなに色素薄めのおしとやかな美少女に見えて、だいぶあれだよな。」
「王は最高の戦士でもあるのです。」
「んなこたぁ、わかってるけどさ。」
「実を言うと、レイア様と顔を合わせたことはあまりないんですよ。僕らは影ですから。」
「そうか。」
「ただ、僕の記憶に間違いがなければ、僕らは幼いころはよく会っていたはずなんです。」
「え、そうなの?」
ユウキが声をあげた。
「それは初耳だぜ、次の黒幕さん。」
カズマも身を乗り出す。
「僕も確証はないですよ。父も周囲の者も、このことに関しては答えてくれませんから。」
「隠されてるってことか?」
「ええ、幼子の記憶があいまいなのをいいことに、忘れさせようとしているといったほうが正解かもしれません。」
「じゃあ、何を覚えているの?」
「そうですね……。幼いころ、仲が良かった女の子がいたんです。エルドーア家には暗い噂がたくさんあるから、わざわざ訪ねてくるような貴族もいません。サルフォルク家くらいでしょうかね、我が家を訪ねてくるもの好きは。ただ、いつごろからか、その女の子とは会う機会がなくなって、いつのまにか名前も忘れてしまった。」
「その子とはどんなことをしたの?」
「妙に覚えていることがあるんです。普段はその子には普通に両親がいたはずだったんです。顔ももう思い出せないのですが、その子に会うたびにご両親にも挨拶をしていた。だからその日も、挨拶をするよと伝えたんです。ところが、彼女は黙って、裏庭に連れていくんです。そこに石碑があって、これがお父さんとお母さんだと言うんです。幼いながら、ご両親は亡くなったのだと気づいてしまった。僕はどうしていいかわからなくて……冗談かもしれないとも思ったし……思いたくて。だから石碑に向かっていつも通り挨拶をしたんです。『こんにちは、ヘムルート・エルドーアです。今日もお元気ですか。今日は母がケーキをもたせてくれました。ぜひ食べてください。とてもおいしんですよ。』みたいにね。元気よく。そうしたら、いきなりその子が泣きだして、『ありがとう』と言ってくれた。彼女が求めていたのは、そういういつも通りの言葉だったのだとなんとなく感じました。」
「それが、レイア?」
「その庭って、宮殿の奥にあるってやつかな?センカから聞いたことがある。」
「おそらくそうです。あの時は大勢の人が『敵』によって死んだ年だった。ついこの間、女王陛下があの墓のありかを教えてくださったんです。その時に、この記憶がはっきりとよみがえった。」
「それで、レイアとはその後……?」
「ええ、会っていないはずです。リンネルーア王家に余裕がなかったことも事実ですが、もうこれ以上エルドーア家の人間と親しくするのは、よくないと判断されたのでしょう。レイアは元々王位を継ぐべき人間でしたが、それでもルヒート王が存命のあの時代は、まだそれが目の前に迫ったことではなかった。レイア王女は幼く、弟が生まれる可能性も十分にあった。」
ヘムルートは言葉を続ける。
「しかしルヒート王とレイピア王妃が亡くなり、代理の女王をたてたあの時、レイアは王位から逃れられなくなった。将来の女王とエルドーア家の人間が親しくするべきではないというのは、間違ってはいません。ただ……。」
「ただ?」
「……いえ、なんでもありません。」
ヘムルートがずいぶん優しい目をしていることに、カズマは気づいた。
「ヘムルート、お前もう少し年相応に素直になってもいいんじゃないか?」
「なんのことでしょう?」
「まぁ、いいか。今は。」
「……ああ、そうでした。例のリンネルーアからの贈り物の件ですが。」
「助かるよ。第3軍司令官として、改めて礼を言わせてもらう。」
「宇宙移民自治政府からもだ。」
「いえいえ、すべてはリンネルーアのために、すべては緑のために、そしてすべては未来の女王のために。」
ヘムルートは背筋を伸ばして軽く頭を下げた。
「僕の裏の人脈を使って、地球への技術研修旅行を組んだ。主な目的は、リンネルーア人の宇宙移民推進にむけての課題を探求すること。そのために、太陽系外縁部の移民星などを見学し、実際に移民事業を体験する。リンネルーアの優秀な学生や若い研究者の他、太陽系に興味のある若者が広く参加できるよう呼びかけた。急だったが、スポンサーが優秀なおかげで、渡航費用をずいぶんおさえられるとあって、多くの若者が志願してくれたよ。改めて、春と冥界の女神プロセルピナの助けを感謝する。」
「女神はいつもどおり、やるべきことをやっただけだ。」
ユウキがにやっと笑った。
「それで?」
「ああ。体験事業の事前研修と称して、非常時の対応は全員に伝えてある。また、研究者や学生の中には、専門的な知識や技能をもった者も多い。医療関係者もいる。彼らを中心にすでにこちらで非常時の班を分けてある。もし、辺境の移民星が危険にさらされたら、この研修生たちが協力するよ。」
「その、優秀な若者たちの中に、高貴なるリンネルーア軍はどれくらいいるんだい?」
「いい質問だ、第3軍司令官殿。リンネルーアの王宮で審議された結果、リンネルーアの将来に役に立つと判断されて、軍の艦船が参加者を地球まで送ることになった。というか、まだ民間船だけでは藍色の宇宙を超えるような後悔は整備されていないから、必然的にそうなるんだけどね。当然、乗組員は全員軍人だし、研修旅行のプログラムにも参加する。若い士官や士官候補生も何人か同行する。残念ながら大型の戦艦というわけにはいかなかったが、小型の駆逐艦や巡洋艦の中でも、輸送に向いている艦船が選ばれたから、いざというときは役に立つだろう。D作戦で、藍色の宇宙や太陽系の防衛が手薄になっていることを理由に、武器や戦闘機もかなり充実したものになっている。」
「助かる。」
「僕は、地球の事情に通じたコーディネーターとして手伝っていることになっている。研修旅行に同行して移民星をまわり、必要になれば本国と連絡を取って命令を出してもらい、正式なリンネルーア軍の派遣と名前を変えて協力する。王宮も、予期せぬ非常時に即応可能な軍の艦船が現地にいると知れば、飛びつくさ。なぜって? こんな時代だ。地球人に恩を売っておきたいに違いない。」
「このこと、リンネルーアの王宮はどこまで事情を知っている?」
ユウキが顎に手を当てて考えながら言った。
「条件として、第3軍が既に新たなメカを発見したことは外に漏らさないことになっているのは、わかっているな? 地球人を索敵中のメカの存在を知っているのは、第3軍調査部隊、司令部のオペレーター、俺、ユウキ、ミサカ司令官、ショウタくらいだ。」
「約束は破らないよ、司令官殿。リンネルーアの王宮はメカと会敵したなんて知らないはず。ただ、僕もエルドーア家の当主である父のもつネットワークの全てを知っているわけではない。父上が既に情報をつかんでいて、全ては父上の掌の上という可能性も高いんだ。」
「親父さん、やべえな。俺、この情報、何かの勢いとかで漏らしてないよな……。」
ユウキがつぶやいた。
「父上は、現女王である陛下のために動く。だから女王陛下のためにならないと判断すれば、僕らの試みはすぐにつぶされてるさ。」
「ですよね。」
カズマも頷いた。
「ただ、父上は僕にピュラーの情報をいち早く与えたし、今のところ裏から握りつぶされていない。」
「親父さんは、僕らの案に賛成ってこと?」
「だといいな。僕も心の底からそう思っている。」
ヘムルートは、ほっと溜息をついた。
「どうやら、次はグレーゴールの演説のようだ。」
ユウキが中継画面を指さした。リポーターが何かを熱く語っており、戦艦ベルダーナがフラッシュに照らされている。
「天の川銀河の3つの星の軍の最高司令官が3人とも、やっと20歳になったばかりの若者になるとは。武力紛争における児童の関与に関する児童の権利に関する条約の選択議定書ってもう無効なのかなって感じだね。」
「おーっと、あれは18歳未満が対象だ。俺らもう19歳を超えているからな。戦えるさ。」
そう言って、カズマが少し笑って見せた。悲しい笑顔だった。既に彼らは歴戦の兵士だ。いつのまにか、少年兵になっていたのである。
「グレーゴール、大丈夫だろうか。経験も何もない奴だ。」
ヘムルートがこぶしを握り締めた。ヘムルートとグレーゴールは、直接会ったことはないが、あれからメッセージのやりとりは続いている。
「聞こう。我らの最高司令官様だ。できうる限り支えよう。仲間だからな。」
カズマがそう言って立ち上がった。ユウキも立ち上がって画面に向けて敬礼をする。ヘムルートは軍には所属していないため敬礼はしなかったが、リンネルーアの王宮のように、ひざを折った。
「ヒルタ宇宙軍の皆さん、および三星連合艦隊の皆さん、そして崇高なる青き血を持つすべてのヒルタの皆さん。こちらは、ヒルタ宇宙軍および三星連合艦隊 最高司令官のグレーゴール・フェルムです。」
グレーゴールの声が宇宙に響き渡った。
「ヒルタは、長い間、青い血を持つ同胞たちが殺し合う凄惨な内乱の中にありました。いえ、あったそうです。僕の曾祖父たちは、その戦いの中で生まれ育ったそうです。なぜ、このような戦いが起きてしまったのか、僕は本当のところを知りません。いえ、もはや知らないでしょう。4つ衛星まで生活圏を広げてみたら、言葉や価値観の違いが生まれてしまった。そしてその違いを受け入れられなかったのが、あの凄惨な戦争の原因だったと伝わっています。」
戦艦アルタイルの第一艦橋で、センカはこぶしを握り締めた。要するに戦争の原因は、違いを受け入れられないことなのだ。それは星が変わっても同じだった。
地球には、ヒルタ人が内乱を治めるために自ら消してしまった文化の多様性と様々な価値観が残っている。しかしだからこそ戦争の火種は消えていない。太陽系辺境防衛戦争とLSSE体制への移行をきっかけに、地球上で表立った「戦争」は見られなくなったが、ゲリラ戦やテロは各地で発生している。外交や経済、情報の世界に戦いは持ち込まれ、国家間の、そして民族間の対立はむしろ悲惨さを極めた。LSSE戦略局は全力を持って調停と融和にあたっていたが、争いはなくならなかった。対立そのものが悪なのではないと、一番知っているのがチームゼロだ。彼らは自分たちへの批判を常に受け止め、意見を対立させることでより議論を深め、よりよい世の中を作っていくよう意識している。それでも、その対立が誰かの命を奪わないよう、彼らは必死なのだ。
チームゼロが、鉄の星ヒルタと交流していく中で気付いたことがあった。それはヒルタの暮らしの奥深くに、長い間続いた内乱の痕跡が根強く残っていることだった。若者のほとんどが軍事訓練を何らかの形で受けること、住民のほとんどが何らかの形で軍人としての身分を持っていること。暮らしを豊かにする機械化の名目の元に作り上げられた管理社会。争いの原因となるような宗教や身分や伝統は姿を消した。自由な個性を持つことよりも、みんなが平等であることを良しとする世界。妙に洗練された世界に、チームゼロは星を巻き込んだ戦争の結末を垣間見たのだ。
3つの星の交流は、あの内乱の結果ヒルタの人々が失ったものは何かを突き付けることになってしまった。
機械化を進め、人々を管理し、争いの火種のない社会を目指しつつ、一方で、争いへの恐怖から軍備の拡張を進める。その結果、ヒルタの人々が喝さいを送ったのが、エピメーテ・ノトメイア博士と、その妻パンドールラが開発した「自動防衛装置」だった。戦いを機械に肩代わりしてもらい、ヒルタ人たちは優雅に平和に暮らし続ける、そんな未来が待っていたはずだったのだ。
しかし、ヒルタ人が生み出した自動防衛装置は暴走した。暴走した自動防衛装置は、まだ見ぬ異星の人々を襲ってしまった。しかし誰もそのことに気が付かなかった。ノトメイア夫妻以外は。2人は誰の協力も得られないまま自動防衛装置を追い、そんな両親を追った子どもたちが、自動防衛装置の攻撃の傷が癒えない太陽系にたどり着いてしまったことは、まさに星々のいたずらであった。
ヒルタには今、争いのない社会を作りたい、青い血の流れない世界を作りたい、そして機械の力を借りてそんな世界を作り上げたという自信が残っている。一方で、水の星地球と、緑の星リンネルーアへの贖罪を求められる。やり場のない複雑な想いは何度も混ざり合い、ヒルタの人々を動かし続け、そして、ヒルタ宇宙軍主力の壊滅という最悪の結果にたどり着いてしまった。それを補い、ヒルタを守るために、ヒルタの繁栄の象徴であった、自動防衛装置の中枢「ピュラー」を倒すために、残されたわずがな軍勢が、生きて帰れない戦場に向かおうとしているのである。
「それがいかに愚かなことであったかを、僕らはあの内乱を通じて知りました。だからこそ、内乱は鎮められ、人々は争いのない社会を作ろうとあらゆる努力をした。そのために、平和な世界のために、多くのものも捨ててきた。そんな多くの大人たちの努力によって、僕らは戦争を知らずに育つことができました。」
グレーゴールはそこで息を静かに吸い込んだ。
「その努力の結晶が、僕らを守る自動防衛装置です。ヒルタの技術と想いの詰まった最高傑作だと僕は思います。しかし、ノトメイア夫妻、いえ彼らだけではありません。青い血を持つヒルタ人全員で作り上げた自動防衛装置が、僕らを守ろうとするあまり暴走してしまった。作り上げ、利用してきたヒルタは、これを止める必要があると僕は思う。」
グレーゴールは、そこで少しだけ口を止め、何かか考えこんだ。しかし、すぐにまた口を開く。
「僕も、僕の話をさせていただきたいと思います。僕は、何も考えていなかった。世界は誰かが動かしてくれて、誰かがなんとかしてくれる。僕はそれに流されてうまくやっていけばいいと思っていた。大人がなんとかするだろうと。」
グレーゴールは、ふとここ数日を思い出す。予想だにしていなかった責任の重さに震えながら、必死に前に進もうとした数日間だった。
「でも、僕たちは「若いから」という理由で考え行動することを放棄してはいけなかった。誰かがやらなくちゃいけない。僕ら若者は、今よりも楽しくて面白くて、希望に満ち満ちた世界を作る可能性を持っている。僕らが、人一倍考えて行動しなければいけなかったんだ。」
グレーゴールは、今度は、ここ数日間で出会った友人たちの顔を思い浮かべた。
「いま、天の川銀河を動かそうとしているのは、若者たちだ。自らその地位に立った自信家はこの銀河にはいない。大きなうねりの中に巻き込まれ、たくさん背伸びをして、必死にがむしゃらに生きている若者たちだ。たまたま、今回は僕はこの役回りになった。なってみて気づいた。誰がなってもおかしくなかったんです。今この放送を聞いているあなただったかもしれないんです。」
遠く地球のニューヨークで、キャシー・レイハントンは、車の中でその放送を聞いていた。ハンドルを強く握りなおす。指先がかすかに震えていた。
キャシーは、あの「太陽系の民主主義を守る会」のクーデターの際、国連の資料などを保存する施設の職員として、スーマー・ヤオとジョン・ウェブと共に、いくつもの資料を発見した。その資料を基に、ヤオが国連宇宙防衛軍の1人として地球防衛特別令を発令し、結果としてあのクーデターを抑えたのだ。先ほどまでは、それもすっかり昔のことのようだった。しかし、突然ニュースで聞くようになった「グレーゴール・フェルム」という青年の言葉は、キャシーにあの時の記憶をまざまざとよみがえらせてきた。
ヤオの放送が終わり、クーデターの収束にある程度のめどが立った後、しばらく職員総出で資料の解析を行った。その際、キャシーはちょっとした出来心で、ちょうどチームゼロの面々と同い年のいとこの名前を検索してみた。
キャシーのいとこは田舎者で、決して優秀とは言えなかったが、親戚の農場を快く手伝う、力持ちのいい少年だった。とても国連宇宙防衛軍にスカウトされるような人物ではない。
数十秒後、コンピューターの画面には、よく知っているいとこの名前が表示された。住所や成績などの個人情報も、寸分の狂いもないデータとして残されていた。キャシーは、その時はじめて、誰もがチームゼロになり得たことを、誰もが特別青年地球防衛隊になり得たことを理解することができたのだ。キャシーはそのことを、誰にも言うことができなかった。ましてや、高校卒業と同時に、同級生の素直そうな女の子と結婚式を挙げたいとこに、その事実は言えなかった。
「わたしだったかも。マックだったかもしれない……。」
キャシーはハンドルをもう一度しっかり握りなおすと、職場への行き慣れた曲がり角を勢い良く曲がった。
「僕は、ヒルタの若者として、精一杯考え続けたい。僕は命ある限り、この天の川銀河とヒルタの行く末について、本気で考えていこうと思う。そして、もし僕が……僕らが命と引き換えに何かを成し遂げるようなことがあるのであれば、どうか、この放送を聞いているみなさん、僕の代わりに、今よりも楽しくて面白くて、希望に満ち満ちた世界を……。」
グレーゴール・フェルムはそこまで言うと、唇をかみしめ、また言葉を選ぶように目を泳がせた。やがて、最後までどの言葉を言おうか一つ一つ選びながら、演説をつづけた。
「これ以上、ヒルタの青い血が、そしてリンネルーアの緑の血と、地球の赤い血が流れることは許せない。全員の命を、責任を持って預からせていただきます。必ず、このヒルタの青白い太陽の光の元に戻ってきましょう。全員で。必ず。それまで、しばしの間、どうかお元気で。」
グレーゴールは思いっきり息を吸い込んだ。もう、迷いはなかった。
「The Operation of Deucalion 開始! 目標、自動防衛装置中枢「ピュラー」! 戦艦ベルダーナ、発進っ!」
更新が滞ってしまい、申し訳ありません。
お仕事、楽しくやっています。




