ノトメイア家の末っ子
「スタワード。」
メイル・ノトメイアは、ヒルタ宇宙軍旗艦ベルダーナの一角、技術士官たちに与えられた区画で、一心不乱にコンピューターとにらめっこしている弟のスタワード・ノトメイアに声をかけた。
スタワード・ノトメイアの身分は、あくまでまだ学生である。高度な機械文明の築かれた鉄の星ヒルタで最高峰の研究と教育で知られる、ヒルタ技術高等専門学校の学生だ。ノトメイア夫妻の才能を存分に受け継ぎ、成績はメイル以上だというのが専らの噂だった。
しかし、長い内乱の歴史を持つヒルタの若者として、当たり前のように軍事訓練を受けている。(もっとも、ノトメイア研究所は軍事にまつわる研究をすることもあったため、ある程度軍とのつながりがあったほうが、研究がしやすいという事情もあった。)スタワードは姉メイルと同じくダブルスクールの制度でヒルタ軍の士官学校に在籍し、通信教育と長期休暇を利用した講習などで軍事訓練を受けていた。姉と同じく、戦闘機ジュラーダの操縦もできる。
今回は、自動防衛装置が関わっていること、両親の安否が関わっていることもあり、特例としてスタワードも戦艦ベルダーナに乗り込むことが認められた。
もっとも、姉のメイル・ノトメイアも、軍籍は持っているが職業軍人とは言い難い。”ファーストコンタクトの3人”ということもあり、メイルは軍人として遠征や式典に参加しているが、本業は両親の研究所の所長代理だ。技術高等専門学校卒業後の今は、他の所員たちと共に、両親が残した研究を引き継いで、命令に逆らって遠い宇宙に逃げ出した自動防衛装置の捜索と破壊、そして逃げ出した自動防衛装置の中枢である”ピュラー”の捜索と破壊に関する研究を続けている。
幸い、両親が母星ヒルタを守るために作った全自動の自動防衛装置の設計図やプログラムは残されていた。しかし、自動防衛装置に積まれた人工知能はどうやら独自の進化を遂げてしまったらしく、自らプログラムを書き換えたり、全自動の修復装置を利用して装備を最新のものに改良したりしているようだった。そのため、たとえ開発者夫妻の娘が作り出した停止プログラムを自動防衛装置に送信できても、ある程度の弱体化はできるが、厳しい戦いを強いられることにかわりはなかった。
そんな事情もあり、スタワードが戦艦に乗り込んで任務を与えられるのは初めてのことだった。今の身分は士官見習の訓練生といったところだろうか。そのため、権限もなければ、責任もなかった。つまり、やれることは誰にでもできる雑用だけなのだ。
スタワードも、重々それを承知だ。しかし若者はそれで手を抜くような図太さは持っていなかった。前例のない悲劇に見舞われ、人手不足の戦艦で、自分にできることは何かないかと、あれこれ動き回っていた。
メイルは、立場上はノトメイア研究所、外部の研究機関からの協力者に過ぎない。しかし、一応士官学校卒の軍籍を持つメイルは、ある程度の権限を持った技術部門の要であった。スタワードも、メイルに引けを取らない自動防衛装置の研究者であることにはかわりはない。ということで、メイルは弟のスタワードにメカの解析を手伝わせていた。また、解析室の面々も、よほどの機密データでなければ、解析や報告書の作成などを手伝わせる形で、あれこれと任せていた。
スタワードは、任された仕事を何でも一生懸命やった。しかしどこか気を張りすぎているのではないか、とメイルは思っていた。他の乗組員のように、うまく手を抜いて休憩をしたりすることもなかった。今も、夕食時でそのまま勤務時間は終わりだが、どう仕事を終わらせていいのかわからなかったのだろう、時計を時々見ながら、意味もなくコンピューターの画面を眺めている。
「スタワード。」
「あっ、姉さん、じゃなくてノトメイア士官。」
「公の場所じゃないからいいよ。わたし、夕ご飯に行くつもりだけど、あんたは?」
「大丈夫だよ。ちょっと待ってて。」
スタワードはコンピューターをさっと操作した。
「こっちはロックかけて、っと。お待たせ。」
「食堂行こ。スタワードはもう勤務時間終わり?」
「あー、そうだけど、やっときたいことはいっぱいあるし、残ろうかなぁとも思っているけれど。」
「スタワード、それは急ぎの用か?」
向こうから、中年の技術士官、バルギ・ゼンシュが声をかけた。
彼はエピメーテ・ノトメイア博士の後輩にあたる研究者だった。軍と密接に結びつきながらも、あくまで研究者であった2人の父親と、軍の技術士官として戦いの現場に身を置いたバルギ・ゼンシュ士官との間に、直接の接点はあまりなかったが、お互い名前を聞いたことはあったらしい。バルギ・ゼンシュは後方勤務に回っていたため、あの悲劇には巻き込まれず、今回戦艦ベルダーナに乗り込んだ。軍人としての経験はそこまでないノトメイア姉弟にとって、頼れる大人の一人だった。
「急ぎではありません。」
「じゃあ、明日やれることは明日やれ。上がどんな戦術でピュラーと戦うつもりかは知らないが、今できることはもうやった。いざという時はなんとかするんだから、今は休む。わかったかい?」
「はい、そうさせていただきます。」
「メイルも今日は上がり?」
「ええ、そうです。せっかくだから、親友とお電話でもしようかしら。」
「姉さん、レイアさんとセンカさんは、めちゃくちゃ忙しいんじゃない?」
「あの2人は、わかりもしない未来について、あーだこーだ頭を悩ませているんでしょう?暇よ、あれは。ひ、ま、じ、ん!」
メイルはそう言ってため息をついた。
「ちょっと気になることがあってね……まっ、別にこれも急ぎってわけじゃないし。スタワード、行こ。」
「うん。お先に失礼します!」
スタワードは解析室の面々に敬礼をすると、姉の後についていった。
食堂には、それなりに乗組員たちがおり、食事をしたり話をしたりしている。2人はたわいものない話をしながら、スープなどを次々と選んでいく。ヒルタは長い内乱の時代に加工食品が発達し、「栄養さえ接種できればいい」という思考の下、急速に伝統的な料理文化が失われつつあった。しかし、最近は水の星地球の多様な食文化の影響からか、凝った料理も見直されつつあった。食事が文化である、という概念を思い出したのだ。
両親が行方不明になってから、メイルもスタワードも手料理を食べる機会は減った。ちょうど加工食品が異様に発達したこともあり、ゼリー状の栄養食品などで食事を済ませてしまうこともあった。単純に2人とも料理ができなかったからだったが、母パンドールラの不在を突き付けられてしまうからでもあった。
地球から戻ってからは、なんとなく手料理が食べるようになった。センカの母や祖母から教わった地球の料理、戦艦アルタイルやベガ、デネブの食堂で食べた料理、そんなものを食べているうちに、食へのこだわりを思い出したのかもしれかった。緑の星リンネルーアのリーヒ女王の料理は忘れられなかった。
いつのまにか、ヒルタの穀物を使ったパンやスープをあらかじめ用意しておいて温めて食べたり、人からもらったり、手の込んだ料理を食べるようになった。たいしたものではなかったが、以前よりも食事を大切にするようになっている。 戦艦ベルダーナに乗り込んでからも、2人の姉弟は、1日に1度は一緒に食事を取るようにしていた。
「今日ね、艦橋で面白いことがあって。」
メイルはサラダを食べる手を止めて、スタワードの方に身を乗り出す。
「ん?なに?ていうか、艦橋に呼び出されるようなことがあったの?」
スタワードがスープを飲む手を止めて返す。
「ああ、遊びに行っただけ。」
「遊びに?艦橋行く?」
スタワードにとって、第一艦橋はよほどのことがない限り足を踏み入れてはいけない神聖な場所だ。というように教わった場所だ。太陽系防衛軍の戦艦の艦橋には何度か足を踏み入れたことがあったが、ヒルタ宇宙軍の艦橋には、士官学校の見学会でちらりとみたくらいだ。今回の航海中、スタワード・ノトメイア士官見習生(協力外部研究所派遣)が訪れた場所と言えば、自室と食堂の他は、トレーニングルームと格納庫、電算室とコンピュータールーム、情報部用会議室くらいだろう。あとは、荷物を運ぶのを手伝わされた姉の部屋。巨大な戦艦ベルダーナのほんのわずかな部分にすぎない。
姉のメイルが、思ったよりもいろいろな場所に顔を出しているのに、スタワードは気づいていた。
まずは、戦略部。ベルゾン・ストラテジス戦略長をはじめとする戦略担当のスタッフとかなり話し込んでいるようだった。(メイルに頼みたいことがあるのに、どこにいった?という他の乗組員の焦った顔をスタワードはよく見ている。)
戦略担当の部署には、スタワードの士官学校の同期も何人か乗り込んでいた。それくらい、人手が足りなかったのだ。士官見習生という曖昧な雑用係たちは、さまざまな戦艦に乗り込んでいた。旗艦である戦艦ベルダーナに乗り込んだ士官見習生はそう多くなかったし、スタワードと仲のいい者はあまりいなかったが、それでも食堂などで顔を合わせると、安心して誰ともなく話しかけていくようになっていた。
その中に、戦略部に配属された士官見習生のゴストア・ヒルドレイという若者がいる。ゴストアは士官学校の中でも優秀な成績を収めていて、同期の中では、「生まれるのがあと1年か2年早かったら、悲劇の若すぎるヒルタ宇宙軍最高司令官はゴストア・ヒルドレイになっていただろう。」なんて話もささやかれたくらいだ。もっとも、すらっと背の高いゴストアは、見事に雑用係となっており、データを打ち込んだり、資料を整理したり、先輩方に届け物をしたり、飲み物を配ったり、と駆け回っている。ただ、いろいろな資料に目を通し、先輩方の仕事を手伝う中で、いろいろと学ぶものは多いらしい。
ゴストアが学んだことの1つに、「ピュラーについて知るならノトメイア家に近づけ」があるらしい。膨大なデータの解析は大人数で行うが、自動防衛装置についての情報を総括しているのはメイル・ノトメイアただ1人、それに匹敵するのは弟のスタワード・ノトメイアくらいだろう、というのがヒルタ宇宙軍の頭脳の出した結論らしい。メイルとスタワードは、幼いころから両親の自動防衛装置の開発を眺めて生活していた。夕食の席で自動防衛装置が話題になることも多く、自動防衛装置の仕組みはごく自然と2人の中に刷り込まれていた。メイルもスタワードも何か自動防衛装置についてノトメイア家しか知らない秘密を持っているわけではない。が、周囲から見ると、第一人者である2人は、まさに自動防衛装置の兄弟のようなのであろう。ゴストアはスタワードに「ぶっちゃけ、ピュラーの性能はどれくらいで、どうしたらいいのか?」と尋ねた。
どうやらメイルも、ベルゾン・ストラテジス戦略長に同じようなことを聞かれているようだ。そのたびに、データを持って行って説明し、どうしたらいいかとあれこれ意見交換しているようだ。そして、様々な立場の人々から得た意見をふまえて、再び解析に向かう。
同じことは、機関部でも、補給部でも、医務部でも、そしてどうやら艦橋でも起きているらしい。
「冗談だって。さすがに遊びじゃないわ。レイアとセンカに頼まれててね、以前レイアが倒した一群の報告書を共有してと。」
「ああ、あれ?覚えているよ。あれはリンネルーア軍の部隊が倒したから、むしろデータはリンネルーア軍の方が持ってるんじゃない?」
「戦闘結果もそうなんだけど、ピュラーとレイアが倒した一群とを比べたいんだって。となると、ノトメイア研究所で解析して政府と軍に報告した報告書とかデータがあった方がいいでしょ?」
「いいの?送っちゃって?」
「そう、そこの許可をもらいにね。オンラインでもよかったんだけど、司令官様がね。」
「フェルム司令官が?」
「グレーゴールに報告書のデータを送って、リンネルーア軍と太陽系防衛軍に共有してもいいか最高司令官権限で判断してもらおうとしてたの。そうしたら、グレーゴールがいくつか確認したいことがあるっていうから、じゃあこっちから艦橋に行くよって。こっちも他に確認したいことがあったし。」
「なるほどね。フェルム司令官に何を聞かれたの?」
「レイアが自動防衛装置を倒した時の話をいくつか聞かれたわ。作戦とか、いろいろ。レイアからさんざん話は聞いたから、ある程度は応えられたけれど、本人に聞け、って最後は言っちゃった。」
「姉さん、フェルム司令官と仲いいけれど、いいの?」
「あいつも追い込まれてるのよ。私が言うのもなんだけど若すぎよ。みんなそう、センカもレイアも、ショウタも、みんなよ。グレーゴールにも、ちょっと気を緩めてもらわないと。なんかね、同じ年の仲間として、自分が周りにしてほしいことをしているかんじ。」
メイルはため息をついた。
「あんたもだよ、スタワード。戦場に連れてきていい歳じゃない。ヒュンベルガー首相もよく許可を出したわ。あの狸おやじ、結局は自分の支持率しか考えていない。」
「行きたいって言ったのは僕だよ。父さんと母さんの手がかりがつかめるかもしれないんだ、行くよ。」
「わかってるわよ。長期休みを使って父さんと母さんを探すっていう無茶な計画に乗ってくるような弟だもん。待ってるだけなわけないよね。」
スタワードは笑って頷いた。
「ところでさ、フェルム司令官が聞いたのはそれだけ?」
「ん?」
「いくら若くても、フェルム司令官はすごく優秀な人だもん。レイアの作戦とか、別に姉さんに聞かなくても報告書見ればわかるだろうし、聞くならレイア王女に直接聞けばいいじゃん。最高司令官同士だし、密に連絡を取り合ってるでしょ?」
「そうね。」
「だから、フェルム司令官が本当に聞きたかったのは、他にあるんじゃないかなって思ったんだ。ピュラーの核心を突くようなことで、メイル・ノトメイアにしか聞けないこととか?」
メイルは、少し迷ったように目を泳がせたが、弟の真剣なまなざしを見て、何かをくくったように口を開いた。
「グレーゴールは、こう聞いてきたの。ノトメイア家は自動防衛装置の破壊を本当に望んでいるのか、と。」
メイルはそう言うと、微笑んだ。しかし姉の目はぞっとするほど冷え切っていた。
「スタワードならどう答える?」
「ノトメイア家、だよね。」
「そう。ノトメイア家は。」
スタワードは言葉を失った。
「……姉さんは何て答えたんだ?」
「全く同じように返した……。グレーゴールは、自動防衛装置の制御には人工知能が積まれていることから、人工知能が開発者と何らかの繋がりを持っているのではないかと思ったそうよ。」
「やっぱり、否定はできないよね。」
「ええ。そうよ、スタワード兄さん。」
メイルは最後の言葉をささやくように告げた。スタワードも声を潜める。
「……言ったの?」
「仮に自動防衛装置が高度な進化を遂げ、まるで魂を得たかのように高度な思考力を得て人格ともいえるものを形成したら、中枢たるピュラーはわたしの兄弟ともいえる存在になるとも言える、と答えた。」
「フェルム司令官は?」
「黙っていたわ。」
メイルは水に手を伸ばしたが、水を口に含むことなく、ただカップを撫で回した。
「姉さんは、ピュラーを弟か妹だと思ってるの?」
「あんたは、スタワード?」
「わからないけれど、わからないんだけど、ピュラーは女の子だといいな。妹がほしいなって、小さい頃に思ったことがあるんだ。」
「そうね。一緒に遊んであげたいわ。」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
旅立ちの季節、寂しさと悔しさと喜びでいっぱいですね。
いよいよ、3つの星やチームゼロの運命を変えた、鉄の星ヒルタの自動防衛装置、水の星地球では「メカ」、緑の星リンネルーアでは「敵」と呼ばれた機械群の謎に迫っていこうと思います。最後にメイルが選ぶ未来はいかに。




