初代航空隊長の命日
ー2か月前
「こちら航空隊長のバイルシュミットです。航空隊、発進します!」
「こちら第一艦橋。了解しました。データ通りにシールドを抜けて、敵戦闘機の殲滅をお願いします。」
ディルク・バイルシュミットは戦艦オリオン航空隊隊長かつ絶対的エースだった。彼はドイツ生まれの軍人だった。彼の家は代々軍人として名をはせていた。そのためディルクも軍人になったのだった。戦争は嫌いだったが、軍人の誇りは忘れない立派なパイロットだった。
今日も、現れた敵戦闘機から戦艦オリオンと、小惑星ポイオーティアを守るのが彼の仕事だった。思えば最近、敵が多い。威力偵察のつもりだろうか。ディルクは首を振った。そんなこと戦闘機乗りには関係がない。
「バイルシュミット隊長。こちらフェシカです。応答願います。」
「どうした?テレーゼ。」
「いえ、私は戦略班のエリーゼ・フェシカです。」
「いや、すまん。あいつに声が似てるな。」
「双子ですから。」
「用件は何だい? 手短に言ってくれ、あと180秒でシールドを抜ける。」
「姉の体調が悪いようなのです。最近食欲がない様子だったので。で、今朝問い詰めてみたらなぜか泣き出して。」
「そうだったのか…。確かに元気がなくて、今日も戦場に引っ張り出すのが忍びなかったんだが。」
「そうでしたか…。一応隊長にはお知らせしておきます、ということで。」
「わかった。気にかけておく。」
「ありがとうございます。すみません、こんな時に個人的に連絡をしてしまい。」
「大丈夫だ。ありがとう。オーバー。」
ディルクは通信機を操作した。操作といっても、基本的には音声入力である。もちろんマニュアル操作もできた。
「フェシカ機に個別で回線をつないでくれ。」
「了解しました。通信始めます。3,2,1,通信開始。」
機械の電子音がピーッと鳴った。
「テレーゼ・フェシカ。こちらディルク・バイルシュミットだ。」
「ディ…隊長。何か?」
「お前大丈夫か?」
「別に…なんでもないですよ。」
「そうか…。無理はしないでくれ。」
「大丈夫よ…。今にあなたをエースの座から引き下ろすわ!」
テレーゼはやや悲鳴がかった声を上げた。
「はいはい、わかったよ。まったく、イイ女のくせになぁ。」
「ちょっと!」
「もう切るぞ、シールドを抜ける。」
「わかった。Danke schön、気にかけてくれて。楽になったわ。オーバー。」
ディルクは、一瞬前に身を乗り出した。出かかった返事をぐっと飲み込む。無線の時に、「オーバー」と言われたら会話はおしまいだ。そっと息を吐きながら、ディルク・バイルシュミットは誰も聞いていない通信機につぶやいた。
「Danke, liebe Menschen。今日も、無事でいてくれ。」
宇宙での戦闘機たちの戦いは熾烈なものだった。宇宙には上も下も右も左もない。ただまっさらな空間に放り投げられる。自由に飛び回れるが、死ぬときは一瞬だ。自分がどこで何をしていて、どこに敵がいたのかもわからないまま、仲間たちは爆風に消えていった。恐ろしい世界だと人は言う。だがディルク・バイルシュミットはその自由を愛してすらいた。
「あと何機落とせば・・・。」
ディルクは一瞬で爆炎の中から、敵の滑らかな機体を見破った。
「あと5機か。しかし見たことのない動きだな。」
ディルクは機体を傾けて、敵のほうへ向かう。
「全航空隊員、全航空隊員に告ぐ。こちら第一艦橋。残りの敵5機はすべて未確認の新型である。繰り返す。残りの5機はすべて未確認の新型と思われる。」
「第一艦橋、こちらバイルシュミット。航空隊了解した。引き続き援護を頼む。」
バイルシュミットは敵を追いかけて右往左往しながら、もう一度通信回線を開いた。
「航空隊、航空隊。こちら隊長のバイルシュミットだ。敵は新型の可能性あり。1人での戦闘は危険だ。3人組であたるように。独断行動を禁ずる。」
バイルシュミットもいったん敵から離れて、態勢を立て直した。通信機ががちゃがちゃ音を立てる。
「おい、そこの1号機。独断行動禁止だぞ。離れろ。」
「1人で手柄を独り占めかい?」
「あれはフェシカ機じゃないか?かなり危ない。敵が早すぎる!逃げ切れないぞあれは!」
「テレーゼさんなら大丈夫ですよ。何せあのバイルシュミット隊長の次ですから。」
「まぁそうだな。俺たちも援護に向かおう。キム機、コープ機、フェシカ機の援護に向かいます。」
「あれは早いぞ、ヨンミン。気を付けていこう。」
だが、何かの爆炎に邪魔されて、キム・ヨンミンとジョージ・コープはバランスを崩して飛ばされた。
「ヨンミン!ジョージ!」
バイルシュミットはそちらの援護に行こうとして、ふともう一方の方向を見ると、テレーゼの1号機が今にも敵の手にかかりそうだった。さらにもう1機の敵が迫っている。テレーゼなら大丈夫だろう、と思ったが、ふとエリーゼの声を思い出した。
「姉の体調が・・・。」
確かに昨日の夜、夕食の後、気分が悪そうだった。今朝会った時、あまりにはかなげな姿に思わずはっとしたことも思い出した。
「テレーゼ!」
ディルク・バイルシュミットは、テレーゼ・フェシカの機体と敵機の間に突っ込んだ。1機撃ち落とす。
「もう1機だ。テレーゼ!」
「ディルク!」
テレーゼが敵をもう1機撃ち落とした。
「ありがとうディルク!」
「無事か、テレーゼ? 態勢を早く立て直せ!」
通信機に向かって、ディルク・バイルシュミットは叫んだ。テレーゼは態勢を立て直すべく、あれこれボタンを押したりレバーを引いたりしていた。あれならすぐ立て直すだろう、とディルクはほっとした。すると、かすかにアラート音が聞こえてきた。
「ディルク!後ろ!早く!敵が!ディルク!」
ミサイルに追尾されたときのアラート音だった。だがディルク・バイルシュミットは手を動かせなかった。
「だめだ…。よけたら君が撃たれてしまうじゃないか、テレーゼ…。」
アラート音が消えた。ディルク・バイルシュミットは爆炎の中、無音の世界に放り投げられた。
その後、テレーゼ・フェシカによって残り3機の敵は倒された。キム・ヨンミンとジョージ・コープの2人が、バイルシュミット隊長の機体の残骸とフライトレコードを回収してやっとこさ戻ってきたときには、もう航空隊員のほとんどが控室で思い思いに座っていた。立っているもの、飲み物を持っているものも少なくない。しかし皆一様に死んだ目をしていた。
「キム、コープ両名、帰投しました。フライトレコードと隊長の1号機のナンバー部分を回収できました。すでに情報班と技術班にまわしてあります。」
すこし空気が揺れた。すると、窓際で1人立ち尽くしていたテレーゼ・フェシカが、声を張り上げた。
「ディルク・バイルシュミット戦艦オリオン初代航空隊長と、今までに散ったすべての戦友に……。Salute!」
スパイ時代の影響からか、普段はきれいな英語(のちの、太陽系公用語の母体)を話すテレーゼ・フェシカが、公式な場で思わず母国語を使ったのは、後にも先にもこの時だけだったと言われている。あのテレーゼ・フェシカが人前で涙を見せたのも、これが最初で最後であったそうだ。
航空隊員は、誰一人として、敬礼をやめようとしなかった
今回は本編の2か月前、前航空隊長のバイルシュミット隊長が戦死したときの回想話です。この時、チームゼロの面々はまだ地球で学校に通いながら、地球防衛の任についています。




