背負う者
アサヒユウキは、オフィスでコンピューターのキーボードをたたき続けていた。先ほど第1食堂のいつもの席で、緑の星リンネルーアのヘムルート・エルドーアと、画面越しだったが鉄の星ヒルタのグレーゴール・フェルムと話してから、そのことが頭にこびりついている。画面には作成中の書類と、画面に反射する疲れた自分の顔。もう一度息を吸い込んでキーボードを叩き直す。
書類は第3軍の太陽系外調査部隊への報告と命令を兼ねた書類だった。
クラモトカズマ第3軍司令官は、第3軍というある程度大きな規模の軍隊を預けられ、太陽系外縁部を含む太陽系全体の防衛や警備を任され、その任務を遂行してきた。そんな彼が、徐々に増えていく、といってもまだまだ足りない戦力を割いてまで作った部隊がある。それが太陽系のすぐ外側を調査する部隊だ。
「藍色の宇宙」の存在と、その出入り口たる「宇宙の裂け目」の存在が知られてから、LSSE航海局を含む地球人にとって外宇宙への出入り口は、火星と木星の軌道の間のアステロイドベルト付近にある地球側の「宇宙の裂け目」になった。航海局が管理しているのもこの「宇宙の裂け目」である。
しかし、太陽系の最果てを飛び越え、そのまま外宇宙へ行く方法がなくなったわけではない。そしてそこから新たな脅威が来ることも。実際に、辺境戦争で敵となったメカは、外宇宙から直接太陽系外縁部を襲ってきた。つまり今ヒルタと地球を結ぶ「藍色の宇宙」とはまた違うルートで、まだ知られていない「宇宙の裂け目」を使って太陽系まで来た可能性だってある。無論、ヒルタから「藍色の宇宙」を経由せず、宇宙で果て無い旅をした結果流れついてきた可能性も捨てきれたわけではないが。
本来なら機動部隊として編成された第1軍でやるべきことであり、LSSE航海局第1課長ニイムラトウキをはじめ、多くの人が外宇宙の探索を主張した。しかし、LSSEもチームゼロも第1軍も、太陽系の復興と天の川銀河の星々との協力に手いっぱいで、自らが住む宇宙の外側へ人々を派遣できる余裕はなかった。
そこでカズマは自らの権限を使い、第3軍が独自に派遣するという形で調査部隊を何度か未知の外宇宙に送り込んでいる。このミッションはすでに成果を上げ始めており、今まで知られていなかった現象を観測したり、太陽系そのものの謎に迫る発見をしたりしている。また、この調査部隊には、トウキが送り込んだ航海局の連中や、コウスケが送り込んだ技術局の連中、民間人も乗り込んで協力している。しかし、いまだに他の「宇宙の裂け目」を太陽系周辺では発見できていない。
基本的には自由に泳がせている調査部隊だが、今回のヒルタ宇宙軍の悲劇により、同盟星として太陽系からも太陽系防衛軍を派遣する可能性が高くなった。派遣するべきかどうか、どの程度派遣するかは、意見が分かれ、今まさにショウタやセンカが意見を調整しているはずだ。もし派遣されるとなれば第1軍だろうが、そうなると彼らの抜けた穴を第2軍と第3軍で賄わなければならない。
現状の報告と、それゆえに調査を切り上げて、冥王星のプロセルピナシティ、宇宙移民自治政府の本拠地に戻ってきて常に動けるようにしてほしいと命令するための書類を、ユウキは作っている。カズマは第1軍司令官かつ最高司令官であるハシモトショウタをはじめとした軍の高官たちと、一歩も引けない取引に手いっぱいで、第3軍の細々した業務はユウキに投げられていた。思わず親友への恨み節で頭がいっぱいになる。
「アサヒ課長?頼まれていた書類です。」
ふと話しかけられて振り向くと、部下がタブレット端末を見せてきた。ヴィタヤ・シカマナというタイ生まれで火星に移住した者である。タイではそれなりにエリートだったらしいが、ヨーロッパのどこかに仕事で行った際にかなりひどい差別を受けたらしく、それならばいっそ宇宙に飛び出してやろうと単身火星に移住したという経歴を持ち、その優秀さから火星の行政府に引き抜かれ、そこからいろいろあって宇宙移民自治政府にスカウトされ、今は本部勤務となっている。
「ん?ありがとうございます。」
「チェックお願いします。」
「直したところは?」
「言われた通り、ここの表現と、ここも付け加えました。こことここの誤字も直しましたよ。」
「んー、大丈夫そうだな。俺の電子署名を入れて宇宙移民自治政府に送ってください。」
ユウキはそう言ってにやっと笑うと、自分より年上のヴィタヤ・シカマナを見上げた。
「今日は、他の仕事は?」
「急ぎのものはありませんが、今日共有された資料の整理をしておきたいですし、まだ読み込めていない資料もありますし。必要そうなものはあらかじめ印刷しておきたいですから、今のうちに……。」
「いや、シカマナさん。もう今日は仕事を切り上げて帰宅して下さい。もうとっくに時間外労働の時間です。いくら残業手当がほしくても、懸命じゃない。」
「その言葉、そっくりそのまま返させてください。」
ヴィタヤはそういうと、ちょっとため息をついた。
「私はここで切り上げますね。この資料を送ったら、宿舎に帰ります。」
「うん。」
「アサヒ課長、何か手伝えることはありますか?」
「いや、僕もこれを送ったら引き上げるよ。他にもやりたいことがあるしね。」
「無理はしないでくださいよ……チームゼロの皆さんは頑張りすぎですから。」
「シカマナさん、ありがとうございます。本当にすぐ終わりますから。あと10分もあればこのオフィスは空です。」
「わかりました。では、僕はこれで。」
ヴィタヤはそう言って笑うと静かに去っていった。
ユウキは作成した資料をプロセルピナシティの第3軍司令部に送ってしまうと、コンピューターの電源を落とした。それから、誰一人いないのを少しだけ確認して、ユウキは自分の個人の端末の電源を付けた。かつて銃を向けあった人に、そっとメッセージを送る。同時に、同じようなメッセージを彼女の戦友に送った。
すぐにハシモトショウタから連絡がきた。もうすぐミーティングが終わり、あと少しで時間ができるという。ウエキセンカからはまだ返信がない。
「おつかれさん」
夜、誰もいない休憩スペースは、自動販売機とわずかな蛍光灯で照らされている。ベンチがぼんやり浮かんでいて、そこに缶コーヒーを片手に座り込んでいるのは、ハシモトショウタLSSE戦術局戦術第1課長および太陽系防衛軍最高司令官および第1軍司令官だ。仰々しい肩書の割には、まだ成人したばかりの青年にすぎない。その顔にはさすがに疲れが浮いて見えた。
「ショウタ、大丈夫か?」
「しかたないだろ。」
ユウキは自分も自動販売機の前に立つ。少し悩んだが、まっすぐにコーヒーのボタンを押した。ガコッという鈍い音が静けさをかき消す。
「ユウキ、何があった?」
ショウタは静かにそれだけ言った。
「鉄の星と緑の星から、それぞれ宇宙移民自治政府に情報がきた。」
「ははっ、そうか、俺ら本部は仲間外れになったわけだな。」
「2人が知らせてこなかったら、地球人そのものが仲間外れになるところだったそうだ。」
「と、いいますと…?」
ショウタはそういうと、はぐらかして楽しんでいるようでも、深刻に考え込んでいるようでも見えるような顔でコーヒーを一口だけ飲んだ。
「『チームゼロ』には話すな、というお達しだったそうだ。」
「それじゃあ、地球人には話せないだろうね。で、そんな情報を、広義の意味ではチームゼロにカウントされているユウキに教えたのはどこの誰だい?」
それは信用に値する情報なのか、とショウタの目は静かに聞いていた。
「ヘムルート・エルドーアというリンネルーア人の観光客さ。」
「ただの観光客じゃないんだろ?」
「ご明察。ランダルー・エルドーア伯爵の跡取り息子だ。」
「その親父さんは何者なんだ? 俺が知らないとなると、軍の関係者ではないし、外交はセンカに任せてるから、宮廷の序列まで俺は把握してない。」
「エルドーア伯爵家は『影の盾』の役を太古の昔から引き継いでいると言われている。裏社会を牛耳って王家を守る一族と思ってくれて構わない、とヘムルートは言っていた。」
「ずいぶん仲良しなんだな。」
「ああ、連絡先までゲットしたよ。」
ユウキはそこでコーヒーを一口飲んだ。
「その情報、他に誰がどこまで知っているんだい?」
ショウタはそう尋ねながら、その情報を自分が今知るべきか判断しようとしていた。ユウキは息を吸い込む。
「俺も正確に知ってるわけではないが、一つ言っておく。その情報を伝えるなと言われた対象は『チームゼロ』、そして『メイル・ノトメイア』と『レイア・リンネルーア』だ。」
「……って、全員その星の最重要人物じゃないか!」
「ヘムルートの話では、真っ先にヒュンベルガー首相とリーヒ女王に伝えられた後、地球まで伝わる前に2人が封印してしまったそうだ。」
「どんな情報か知らないので何とも言えないが……、軍事的な情報であれば最高司令官である僕やレイアに知らせないのはダメだろう……。」
ショウタはそこではっと息をのんだ。
「ユウキ、新しいヒルタの最高司令官……グレーゴール・フェルムには知らされていたのか?」
「……いや、知らされてはいなかった。知らされてはな。」
「知らされてはな……?」
「ヘムルートと俺、そしてグレーゴールで個人的に連絡を取って、その時にヘムルートから聞いた。グレーゴールもその時に知った。グレーゴールに意図的に隠したのかどうかはわからない。だが情報の内容と、グレーゴールの経歴を考えると、ヒュンベルガー首相があえて知らせていなかった可能性もある。」
「彼が若すぎるからか……?」
「確かにへとへとだろうけどさぁ、それ以外にも、メイルと関係が近いことも理由かもね。」
「年が同じで、士官学校で顔を合わせていてもおかしくない、か。」
ショウタはため息をついた。
「ユウキ、いや宇宙移民自治政府戦略委員長、その情報は俺に与えていいものなのか?」
「……ヘムルートは、この情報を僕らに知らせることが、『自分が仕えるべき未来の女王のためになる』と言っていた。レイアのためであれば、メイルのためにもなるし、チームゼロの……そしてセンカのためにもなる。」
「センカにはこの話は……?」
「しようと思ったが、まずはショウタに話すべきだと思ったんだ。」
「俺がアルテミスケノンベースキャンプの司令官だからか?」
「そうだね、ショウタが国連宇宙保安隊日本人訓練生第1班の班長だったからっていうのもあるし、ショウタがセンカの戦闘時のパートナーで、センカの背中を守れるのはショウタだけだからだ。」
「お前、何が言いたい?」
「ショウタなら、センカが暴走する瞬間を判断して止められる。この件はショウタが判断すべきだ。僕がそう考えた。」
「……わかった。聞こう。」
「よく聞いてくれ……。かつて、暴走を止めようと逃げたメカを追って消えた、エピメーテ・ノトメイア博士とその妻パンドールラ・ノトメイア博士の乗った調査船と同じ種類の機体が、今回の悲劇の舞台となった、宇宙の裂け目を通った痕跡が発見されたそうだ。」
ショウタは息をのんだ。目を見開き、しばらく体中の血液が止まったかのように動かなかった。ただ、目から1粒の涙がこぼれ落ちた。
「2人の調査船なのか……?」
「ノトメイア研究所の使うような調査船がいくつもあるわけじゃないし、その中で行方不明の機体がたくさんあるわけでもない。たぶん2人のものだろう。」
「そうだよな……。ユウキ、メイルとスタワードのご両親の安否は?」
「わからない……。しかしヒルタ宇宙軍の本隊が、一瞬で壊滅した宙域だ……。」
ユウキとショウタの目の前に、砂ぼこりが巻き上がったような気がした。嫌でも移民星アスの悲劇を思い起こす。建物も人も容赦なく星ごと壊され、妹たちを抱えて防空壕へ飛び込むしかなかったあの日を思い出し、ユウキはぐっと手を握りしめた。
ショウタもしばらく黙りこくっていた。
「センカは、軍を派遣すべきかどうか悩んでいる。」
ショウタはぽつりとつぶやいた。
「俺は……、もちろん誰も仲間を巻き込みたくない。安全なところに引きこもっていたい。でも、俺たちは……。俺たちは、大切な仲間たちが家族を失って泣くのを、もう見たくはないんだ。」
「ああ、そうか……。」
ユウキは小さくつぶやいた。
「センカには、お前から今のように伝えてくれ。伝えたうえで、あいつの心の赴くままに、いくらでも送り出してやってくれ。心置きなく、送り出してやてくれ。その代わり、俺たちが零れ落ちたものを全部拾うから。」
「……わかった。明日の朝にはセンカに伝えるよ。」
「俺も、チームゼロの面々に共有しておく。お前もカズマに伝えといてくれ。」
「ああ、わかった。ありがとな、ショウタ。俺、いったん宿舎に帰るわ。」
ユウキはそう言って立ち上がった。缶をゴミ箱に投げ入れながら、ショウタの方に顔を向ける。
「ショウタ、お前は?」
「すまん、コーヒーが飲み切れなかったうえに、忘れ物をしたことを思い出してね。先に帰っててくれ。」
「あ、わかった。じゃ、おやすみ。」
「おやすみ。」
ユウキがいなくなると、コーヒーを一口飲んでショウタは自分の端末を見た。すばやく画面をタッチして、プロセルピナシティのカズマに連絡する。
『あ、ショウタか……例の報告書は見てくれた?』
「ああカズマ、見た。やばいだろあれ。外部に情報は?」
『まさか。俺のところに直接連絡がきたレベルだ。ユウキにもまだ共有されていない。』
「ユウキにもか……!」
『だってやばすぎるでしょ。昔設置した観測装置が壊されていて、最後に観測装置が調査部隊に送った映像にメカが映ってたんだ。太陽系にメカが再びやってくるかもしれないんだよ……。ただ、太陽系からめちゃくちゃ近いってわけでもないし、そのメカが新手なのかどうかもわからない。案外辺境戦争の生き残りの戦闘機とかかも。でも下手に騒いだらパニックになって、太陽系の外縁部は大混乱だ。それくらい辺境戦争の爪痕は残ってる。ユウキの中にも、僕の中にもね。』
電話の向こうで、カズマはため息をついた。
「まだしばらく解析を続けて、情報が確定したらまた報告してくれ。なんなら確定したなら宇宙全体に放送を入れてくれても構わない。ただ、今は俺とカズマの中にとどめておくことにする。それでいいか?」
『チームゼロのみんなにはどうする?』
「……そこまで背負わせられない。」
『お前が言うならそうだろうな……。確かにまだ推測でしかないけれど、いざというときは第3軍だけじゃ持ちこたえられないかもしれない。そこんとこはわかっといてくれよ、第1軍司令官。』
「最高司令官は常に全体をみておく。ただすぐに大軍を動かすことは難しい。第3軍は任せるからな。」
『ああ、じゃあな。あんま無理するなよ、班長。』
「そちらこそ。じゃあな。」
『切るぞー。』
「ああ。」
ショウタは、空っぽになった缶と、静かになった端末を片手に、虚空を見つめた。
「戦艦オリオンの艦長室で、あなたは何を想っていたんですか……?」
ショウタは、トニイと呼ばれた伝説の艦長の名を、知らず知らずのうちにつぶやきながら、しばらくそのまま動けなかった。




