第4種戦闘態勢下の指令所
「状況を報告してくれっ!」
センカとユウキが発令所にたどり着くと、すでにアラート音が鳴り響き、職員たちが忙しく走り回っている。センカは発令所のオペレーターの画面を少し覗き込んだ。
「ありがと。」
「いいえ、仕事ですから。」
画面の中に集まる情報を、センカは瞬時に確認する。向こうの方でユウキが同じように第3課の職員たちの動きを見つめている。
「同期システムをはじめましょう。」
センカはそういうと、背後にある床の印の部分に立つ。横長の四角が床に書かれ、その中に各局の紋章が描かれていた。その中で1つだけ目立つ色で描かれているオリーブとペンの紋章の上に、センカはゆっくりと足を踏み入れる。ユウキも同じ紋章の上に立った。
「同期開始してください。」
センカがそういうと、オペレーターがスイッチを押す。とたんに四角は青白い光に包まれたかと思うと、半透明の姿の課長たちの姿が現れる。異なる場所にいても連絡と協議を同時に行える通信システムでつながった、各局の責任者たちだ。
『センカ、待ってたぞ。』
センカの隣に映し出されたコウスケがちらりとこちらを見た。
「ごめん。」
「コウスケ、状況は?」
『関係各所への連絡および、情報収集がメインだ。技術局は技術関係者のルートで手に入れたデータの解析にあたっている。さっさと戦略局も動いてくれ。宇宙移民自治政府もだ。ところでゲープハルト課長は?』
「ニューヨークの国連本部と連絡中だ。LSSE総会が整備されていない以上、地球の国連総会と冥王星の宇宙移民総会が第4種戦闘態勢の承認にあたるだろ?」
ユウキが加わる。
『ニューヨークへの説明か。』
「そゆこと。冥王星の方は俺がやる。こっちに任せてくれ。」
『頼むよ。正式に依頼が通れば、こっちも動きやすくなるんだ。』
コウスケはそういうと、センカたちの後ろの方に声をかけた。
『おい、最高司令官、第1軍はどうなってる?』
『これはこれは、ツツイコウスケ第1軍副司令官殿。』
光の中でショウタがわざとらしく頭を下げる。しかしすぐに緊迫した低い声で続けた。
『第1軍は木星プラント周辺で訓練を切り上げ、テラポルトスに向かわせている。』
『到着予定は?』
コウスケは畳みかけるようにショウタに聞く。
『今日の夜になりそうだ。あれだけの大艦隊がまとめてテラポルトスに向かうとなると、民間の空港利用や何かとの兼ね合いが大変だな。』
『それは今、ニイムラトウキ航海局航海第1課長がなんとかしてくれている。えっ、なんだって?……わかった、ありがとう。詳しいデータをまとめて各部署に共有してくれ。コウスケ、すまん。なんだったっけ?』
『ショウタ、お前は太陽系防衛軍最高司令官としての業務に集中しろ。第1軍関連の連絡はこっちにまわせ。第1軍のテラポルトス入港に関する手続きは、航海局と協力して副司令官の権限でやっておくから。』
お互い青白い光の中に移ったお互いの姿を見つめあう。
『わかった……。太陽系防衛軍第1軍の者に通達、太陽系防衛軍第1軍関係者に通達。第1軍関連の権限を一時的にツツイコウスケ第1軍副司令官に移譲する。ただし大きな判断はこっちに確認を取ってくれ。コウスケを信用していないわけじゃないんだが、いざというとき最高司令官が責任をとれない。』
『さんきゅー、任せろ。』
『ツツイコウスケ第1軍副司令官、こちらニイムラトウキ航海局航海第1課長、および第1軍航海長だ。現状航海局で把握している民間とLSSEの船の位置データ、および第1軍の航海科で検討中の航路データを共有する。あと、急ぎでない民間の貨物船をバイコヌールとケープカナベラルに誘導すれば到着をもう少し早められそうだ。ただ、民間の運送業者への補償が必要になる。そのあたりの交渉をしないといけない。』
「トウキ、こちらセンカ。どこの業者かしら? 交渉は戦略局で受け持てるわよ。……うん、ヒルタからの情報は全部拾って。リンネルーアの出方も引き続き。必要なら私が直接話すわ。……ごめん、トウキ。」
『こちら建設局のニシオカ。センカ、戦略局はリンネルーアとヒルタとの交渉を優先してくれ。建設局は比較的余裕があるし、建設事業関係で運送業者とのパイプもある。こちらで交渉をしておこう。トウキ、データをこっちに回しといてくれ。』
『タケル、感謝する。コウスケ、今後の航路を確認してOKだったら、ショウタ名義で正式な帰還命令を発してくれ。最高司令官の名義でだ。こちらは引き続き航路の選定に移る。』
『テラポルトス、テラポルトス。こちらプロセルピナシティの第3軍司令官、クラモトカズマだ。ショウタ、第3軍本体は引き続き冥王星で待機、太陽系外縁部の警戒を厳とする。念のため確認だが、俺は今から地球に戻ることも可能だ。しかし冥王星にとどまっていた方がよいだろう?』
『ああ、太陽系防衛軍の今後の出方を決める必要がある。ただ、第3軍がすぐに動ける体制にもしておきたい。』
ショウタの映像が、遠く冥王星の指令所とリンクし映し出されるカズマの映像と目を合わせる。カズマだけは宇宙移民自治政府に残留し、第3軍関連の業務を終わらせてから本部に戻る予定だった。こんなことがなければ、すでに地球へのワープウェイで昼寝でもしていたかもしれない。
ショウタはなるべくこみあげてくる感情を押し殺すように、淡々と話をつづけた。
『確証はないが、いまヒルタ宇宙軍の主力を壊滅させ、生き残りを追いかけまわしているメカは、暴走したすべてのメカの核、つまりメカの総旗艦で中枢である可能性が高い。すでにリンネルーアや太陽系の存在を感知し、こちらに別動隊を向かわせている可能性も捨てきれない。そうしたら真っ先にメカと対峙するのは……辺境の宇宙移民たちだ。すまない。』
『もうそれは十分に分かっている。奴らが藍色の宇宙を通ってくるのなら、危険なのはアステロイドベルトの宇宙の裂け目だ。しかしかつてのように外宇宙を通る可能性もある。案外太陽系のすぐそばに別の宇宙の裂け目でもあるのかもしれない。どちらにせよ、第3軍は、太陽系のすべての人々を今度こそ守るだけだ。』
カズマはにやりとさみしげに笑う。
『万が一の辺境防衛体制に関して、今一度プロセルピナの作戦畑で練っておく。第3軍のみでの運用ができるまでにしておく。ただし……正直に言うと、第2軍はこちらにほしい。』
『第2軍の目的は地球防衛だ。』
ショウタは自分に言い聞かせるように言う。
『もちろんわかってる。第2軍は地球防衛のための軍隊だ。でも、お前も予測はしているだろ?……メカのせん滅は天の川銀河の願いだ。天の川憲章で軍事力が否定されなかったのは、メカという共通の敵がいるからだ。おそらくリンネルーアも太陽系も、自国の軍隊は温存しておきたいだろう。下手に派遣をすると、力の誇示でもしようと疑われかねない。でも、下手に出し惜しみをすれば温存を疑われる。温存した軍隊で何をしようとしているのか疑われる。』
『「攻撃は最大の防御」っていうもんな。そこは俺もよくわかってるぜ、最高司令官。お互い苦労が絶えんな。』
『俺も、できれば第2軍と第3軍、なんなら第1軍も太陽系で温存しておきたい。無駄な死を見つめるのはもうごめんだ。』
『第4種戦闘態勢なんか出したのはどこのどいつだよ。』
カズマがそう言ってため息をついた瞬間、リンカの声が響いた。
『こちら情報局シイナ。ヒルタポリスのヒルタ宇宙軍総司令部より通信が入っているわ。』
「誰から?」
センカはリンカの映像に向き合う。戦略局は、先ほどからヒルタやリンネルーアからの情報や報告を逐一集めつつ、今後地球はどう動くべきか、何をどのように発表していくべきか、協議していた。ヒルタ宇宙軍総司令部からの情報は、喉から手が出るほど欲しい。
『グレーゴール・フェルムよ。ヒルタ宇宙軍最高司令官の権限で、太陽系防衛軍最高司令官との電話会談を求めています。』
「グレーゴール・フェルムが……?」
センカは絶句した。
『彼は、若い士官たちを集めた訓練も兼ねた、ヒルタ本星防衛部隊の司令官よね? 私たちやメイルと同じくらいの年で、一応ヒルタの士官学校の正規課程を卒業しているらしいけれど、まさかね。センカ、何か知ってる?』
リンカの声がわずかに震えている。全員の脳裏に、特別青年地球防衛隊の悲劇が浮かんだ。
「今日、ちょっとした会談をする予定だったわ。ほんのあいさつ程度の。」
『つまり、そういうことだ。センカ。』
ショウタがつぶやく。
『事前の報告を見る限り、今回のメカの調査には、ヒルタ宇宙軍の主力部隊が総出で向かっている。ヒルタ宇宙軍の主力なら、本星や衛星の守備部隊や治安部隊なんかを含めたヒルタ軍すべての主力だ。そしてそこには、ヒルタ宇宙軍総司令部やら軍政に関する重要人物、経験を積ませるためにヒルタの主力を担っていた大人たちがそろって乗り込んでいったそうだ。』
それを聞いたスズナの映像が、口元を抑えて嗚咽を漏らした。LSSEの人事をも握るスズナは、これだけの人材がいっぺんに失われていく恐怖を真っ先に感じたのだろう。タケルの映像は黙って映像越しにスズナの肩にふれた。
タケルも、いやテラポルトスにいる全員が、この悲劇の意味を瞬時に悟った。かつて太陽系辺境防衛戦争によって、地球はその防衛にあたっていた若き優秀な人材をほぼすべて失い、わずかな望みをチームゼロの子供たちに託さなければならなくなった。それに伴う矛盾や苦悩や悲劇は、地球人たちが一番わかっていた。
今それと同じことが、強大な軍事力と技術力で、天の川銀河の要となっていた星を襲ったのだ。
『おそらく、大人が全員消えてしまったわけではないだろう。ヒルタポリスにはそれなりに年を取った人間が残っているはずだ。それでもあえて、グレーゴール・フェルムを抜擢した……。』
ユウキが腕を組んでつぶやく。
「ヒルタが焦っていたのは事実よ。太陽系はチームゼロ、リンネルーアはレイア王女、ただの若造が星を動かそうとしている。その可能性の広さと勢いはヒルタにはなかった。ヒルタが若者を積極的に登用しようとしていたのは、戦略局も把握済みだった。将来有望な若者とのコネを今から作っておこうとあれこれ動いていたし、今日のグレーゴール・フェルムとの会談もその一環と言えばそうだった。」
センカは息をのむ。
「まさか、こうなるなんて……。」
ショウタの映像が全員を見つめた。
『リンカ、その会談を受けよう。ただしまだ俺たちはグレーゴール・フェルムが一体どういう立場になったのか知らないし、ヒルタ宇宙軍から正式な知らせをもらっていない。よって太陽系防衛軍の最高司令官たる俺がすぐに応じるわけにはいかない。』
ショウタはそう言ってセンカを見た。
『センカ、今日の会談は第1軍戦略長およびLSSE戦略局戦略第1課長に一任していた。当初の予定通り、君が新設されたヒルタ本星防衛部隊の司令官と友好を深めてくれないか? 何かあればすぐに太陽系防衛軍最高司令官も対応する。』
センカは黙って頷いた。
「リンカ、戦略局に通信回して。」




