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太陽の子供たち ~宇宙に進出した地球人の物語~  作者: さうざん
【大学生編】カルネアデスの舟板
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突然、戦闘が始まった日

「おはようございます、ウエキ課長。」

あの電話から数日後の、ある日の朝。センカはいつも通り出勤し、戦略局のオフィスにいた。そのセンカのオフィスに、ユリアン・ゲープハルト戦略第2課長が現れた。


戦略局のオフィスは、個々の机を特例がない限り与えず、スタッフは自分のロッカーからパソコンや書類などの必要なものを持ち出して、好きな席に座る方法をとっていた。これは、戦略局は3人から10人くらいのチーム単位でプロジェクトを動かしていくことが多く、個人の机を与えてしまうと集まりにくいからである。個室タイプのミーティングルームはもちろん、大きなテーブルやカウンター、機材が揃えられたコンピュータールーム、個人の作業がしやすい隔離された机、資料の集められた棚など、バラエティ豊かなオフィスとなっている。


ただし、誰がどこにいるのかわからなくなってしまうという問題も起きる。そこで、全員机に備え付けられている、あるいは机の近くにあるIDカードで、その日その時間に使っている席を登録する必要がある。このデータは職員であればだれでも閲覧可能で、それを見ながらお目当ての人物を探し出すことができるのだ。

また、オペレーター職などの専門的な業務を任されている職員は、残念ながら席が固定化されてしまう。そして、課長たちもオフィスと指令所が一望できる位置に、自分のオフィスを構えていた。もっとも、課長たちもふらふらと他の場所で仕事をしていることが多かったが。



「おはようございます、ユリアンさん。」

「昨日はよく眠れた?それとも残業?」

「昨日は早めに上がれたんですよ。急ぎの仕事もなかったので。」

「それはよかった。第3課長とデートでも?」

センカはぎろりとユリアンをにらみ、ふふっと笑った。

「久しぶりに本部のお風呂に入ってから帰ったんですよ。そうしたらユウキも同じことを考えてたらしくて、お風呂上りに牛乳飲みながらちょっと話したわ。」

「風呂上がりの牛乳ですか……いやぁ、どこまでも日本人ヤーパンですね。」

「ふふふ、そうでしょ? それはそうと、ユリアンさん、昨日は早めに仕事を切り上げたようですけれど、どちらに行っていらっしゃったんですか?」

「あーあ、ばれちゃってるかぁ。」

ユリアンは頭をかいた。

「少なくとも課長たちの間では周知の事実です。」

センカが笑う。

「ですよね……エーヴが私の家に来て、2人でドイツのビールを飲んで、まぁいろいろ話しました。」

「へーえ、それは楽しそう。」

ユリアンはますます困った顔をした。センカはそれを見てまた笑った。

「まぁ、いいんじゃないですか? 2人はお似合いだと思いますし、あーでも、スキャンダルにならないようにしてくださいね。ユリアンさんは第2課長で保守派ニューヨークの牙城、エーヴさんは独立派プロセルピナの牙城、気を付けてくださいよ。」

「それなら、あなたもですよ。ウエキセンカは言わずとししれた革新派テラポルトスの象徴、対するアサヒユウキは独立派プロセルピナの象徴、お互い殺しあっている仲のはずが、実は恋人同士でした、なんて、革新派テラポルトス独立派プロセルピナに命をささげている人たちが知ったら、それこそ本当にクーデターが起きますよ。デート中に世界の未来を決めてるんじゃないかって。」

「はっきり言わせていただきます、ユリアンさん。私はアサヒユウキともハシモトショウタとも誰ともそういう仲ではありません。そんな暇ありません。」

「そう、それなんですよ。で、ウエキ課長、本日のスケジュールは?」

ユリアン・ゲープハルトは、身を乗り出して尋ねた。

「今はメールチェック中。午前中は部下たちの抱えているプロジェクトを見て回って、午後はアフリカ連合の方との打ち合わせ。アフリカ大陸の資源を銀河系に輸出することに関するルール作りについて、現状報告をお互いにね。アフリカ連合としては、資源をどんどん輸出して、アフリカの発展を狙っているみたいだけれど、個人的には天然資源以外での発展の道も考えていくべきだと思っているの。」

センカが手元の端末を見ながら言った。

「同感ですね。天然資源はいつまでもあるとは限らない。それ以外の道を模索して『持たざる国』でも豊かに生きていける国にしないと。」

「ええ、そう思うわ。戦略第1課はアフリカの資源や製品、文化や観光の輸出や輸入に関するルール作りに全力を尽くすけれど、並行して今度、国際連合ニューヨークからも具体的なアフリカの成長プランを出してもらうつもり。戦略第2課も関わっているわよね。」

「その件に関してはこちらも動いている。部下が課や局を超えてプロジェクトチームを作った。各部署で進めていたアフリカの持続的な発展に関する計画をまとめ、実行していくことになりそうだ。現地にもスタッフを派遣して、調査にも当たらせている。アフリカの強みが、天の川銀河の中でどのように生かせるか、戦略第1課からも働きかけてほしい。」

「ええ、そうさせてもらうわ。それから、緑の星リンネルーアの方が私にお会いしたいと。忙しいから個人的な面談はなるべく控えているんだけれど、ホーリー・ボロウ伯爵直々の推薦状をもっていらしてね。」

「外交官ですか?」

「いいえ、めったに聞かない名前。地球に見物に来たリンネルーア貴族の若者で、観光ビザを持っていらっしゃる人。年齢はほとんど同じくらい。」

「リンネルーア王宮の期待の星、とかではないでしょうか。リーヒ女王はリンネルーアの若者が外の世界を知ることを推奨していらっしゃいますから。」

「リーヒ女王が推奨しているというよりも、レイアが勝手に外に遊びに行っちゃうからなんだけれどね。」

「まぁ、太陽系としてもやりやすいじゃないですか。」

「まぁ、そうね。」

センカはそう言って笑った。

緑の星リンネルーアは、独自の文化や技術、価値観を持つものの、人口や領土といった規模としては水の星地球や鉄の星ヒルタに遠く及ばない。保護主義政策に走るかとも思われたのだが、トップであるリーヒ女王とレイアが積極的に異文化を理解しつつ、リンネルーアの独自性を守り、逆にそれを他の星にもアピールすることを積極的に行っているため、リンネルーアの人々も異星との交流に比較的好意を持っている。おかげで戦略局もずいぶん楽をしていた。

「あとは鉄の星ヒルタの若い指揮官と、電話で顔合わせをすることになってるわ。」

「それは、戦術局の連中がやることでは?」

「私もそう思ったの。ほら、ヒルタは最近、若い人材を育てるのに躍起になっているでしょう? 今日話すのは、グレーゴール・フェルムという同い年くらいの若い部隊指揮官。若い士官を多く載せた訓練用の部隊で、ヒルタ本星周辺の警備を任されつつ訓練をするらしいわ。まるで特別青年地球防衛隊ね。」

「悪い冗談はやめてください。」

ユリアンはわざと大げさに顔をしかめた。辺境戦争の際、A作戦に従事して死んでいった大勢の若者の存在は、いまだに地球人に暗い影と悲しみを落としている。

「そんなつもりはないわ。若い人材を育てておくことの大切さを痛感してるのが太陽系ウチでしょ?」

「ええ、そうですね。あの時は賛否両論でしたが、実際あなた方子供を訓練生として訓練していなければ、太陽系の人類の未来はもちろん、地球の防衛すらままならなかったんですから。」

ユリアンはため息をつく。センカが話をつづけた。

「それで、グレーゴール・フェルムの話。簡単な挨拶と意見交換、まぁ顔合わせみたいなものね。ヒュンベルガー首相の側近が直々に予定を取り付けてきたから、断れなかったの。本当なら戦術局の連中が対応すべきなんだけれど、いまヒルタ宇宙軍の主力部隊が、メカ討伐に向かってるでしょ?」

「ええ。かなり大規模なメカが、未知の宙域に向かった形跡が藍色の宇宙から見つかった、と。しかも、ノトメイア夫妻の乗ったシャトルが同じ方向に向かったと思われるわずかな痕跡もあったので、もしかしたら逃げ出した自動防衛装置メカ中心コアにあたる部分ではないかと言われていますね。」

「まだ判断はできないわ。とりあえず例の宙域に向かって調査をするところから始めなきゃ。戦術局はそちらの情報収集とサポート、もしも大規模なメカが見つかった時の太陽系防衛軍の派遣についてのほうでてんてこ舞いで、顔合わせもできないというのよ。」

「それで、ウエキ課長が?」

「ええ。これでも第1軍戦略長を兼ねてるからね、まだ。」

「おつかれさまです。」

「もっとも、悪いことばかりじゃないのよ。おそらくヒルタの未来を任されるであろう同年代とのつながりを作れるのはいいことだし。」

「僕からもよろしくお伝えください。」

「わかったわ。今日の予定はこんなかんじよ。」

センカは改めてため息をつく。

「ええ、ありがとうございます。それでなんですけれど、第2課の抱えているプロジェクトで行き詰っているのがあって、ちょっと見ていただきたいんですよ。」

「いいわ。どのプロジェクト?」

「太陽系の共通語のプロジェクトです。」

「ああ、それかぁ。」

「ええ、それです。なかなか進んでいかなくて。」

「わたしも正直あれはお手上げ。私が行っても無駄じゃないかな。」

「プロジェクトがどうこう、というよりも、プロジェクトメンバーの精神が不安なんです。ちょっと顔を出して、話を聞いてやるだけでも、ずいぶん救われるのではないかと。あなたも現状を把握できますし。」

「そうねぇ。わかった。時間を見つけて顔を出すわ。チームゼロのみんなにも共有しておく。」

「ありがとうございます。いつかおごりますから。」

「じゃあ、ドイツのビール!」

「あなたはまだ未成年ですから!」

ユリアンは少し笑うと、会釈をしてオフィスから出ていった。










ちょうど昼食時だった。


「ええ、共通語のプロジェクトには壁しかなかったわ。地道にやっていくしかないと分かってはいるけれど、つらいものよね。」

センカは、広いオフィスの中ほどの大きなテーブルで、数人の女性スタッフと話し合っていた。

「それに比べると、こっちのプロジェクトはだいぶ進んできたわね。」

「ええ、そうですよウエキ課長。一度家庭に入った女性たちへ、ヒルタ語やリンネルーア語を教えたり、これからの時代に役に立つ講座を開講するプロジェクトがこんなに反響を呼ぶとは。」

「ヒルタ語やリンネルーア語はもちろん、コンピュータのスキルや、宇宙への知識、異星との交流に必要なスキルはたくさんあって、こちらも新しい人材の確保に苦労してて……そこで家庭に入った女性たちが無理なく社会に参画できるよう支援をすることで、いろいろといいこともあって、うれしいです。」

「でも、まだまだ効果は小さいですね。なかなか結果が出ない……。」

センカはコンピューターの画面をのぞき込む。

「ええ、そうね。アジアや中東だと、女性は家庭って考えが根強いし、そっちのほうがなんだかんだ楽だったりするのよね。私の母もそうだし、家庭も仕事もなんて、実際には夢物語。でも、どちらも女性の幸せに欠かせないものだから、両立を願う女性の手助けになればいいんだけれど。」

センカはそうつぶやいた。センカの母親はなんだかんだ専業主婦だった。家で忙しく、それでもどこかのんびりと、子育てや家事、空いたわずかな時間に本を読んだりテレビを見たりするつつましい専業主婦の生活に、特に不満もないようだ。そんな姿を見続けたセンカは、女性の社会進出が絶対的な女性の幸福とは言えないことを、なんとなく理解しつつある。

「そうですね、課長。私たちも、せっかくあれこれ講座を開設したのに、全然受講者が集まらなくて、改めて需要を調べてみたら『遠い宇宙で働く未来なんて考えてない』って言われちゃて。それで、社会進出だけじゃなくて、料理とか子育てとか、そういう講座を開いたら一気に人が集まって、ああこういうものなんだなぁと思いましたよ。」

「でも、そこで諦めないで、例えば「子育てで使えるヒルタ語講座」みたいな感じでヒルタやリンネルーアの理解につながるような内容を組み込んだりして、こちらの伝えたいことも伝えるようにしてるんですけれど、ね。」

スタッフたちはやれやれと頭を抱えた。

「報告書で見たわ。方向としては悪くないんじゃない?」

「ええ、ですが……。」


その時だった。ふいにセンカの持つ端末が音を立てた。

「ちょっとごめんなさい……、はいこちらウエキ。」

「こちらシイナ。今大丈夫?」

「大丈夫よ、戦略局のオフィスで、女性の社会進出のプロジェクトのメンバーと話しているところ。」

「ちょっと、人に話を聞かれない場所に移動してくれる?」

「ええ、わかったわ。でも……何かあったの?」

リンカの声は妙に低い。センカは何かあったと察した。センカはプロジェクトのメンバーに目で合図をすると、素早くその場を離れた。ちょうど昼食時で人が出払って閑散としているテーブルがあり、そのあたりに向かう。

「人は?」

リンカの低い声がささやく。

「いないわ。人気のないところに来た。」

「いい? 落ち着いて聞いて。」

「うん。」

「ヒルタ宇宙軍の主力艦隊がほぼ壊滅した。」

センカは思わず目を見開いたまま、その場に固まってしまった。まばたきも、呼吸すらも忘れるほどの衝撃に、体が硬直したまま動こうとしない。

「え……、あのヒルタ宇宙軍の?」

やっと動いた口から、絞り出したような声が出る。それを聞いたリンカは話をつづけた。

「例の宙域に向けて、宇宙の裂け目を抜けた瞬間、そこがメカの索敵範囲だった。すぐに襲われて、メカ弱体化プログラムを打ち込めなかったんだ。ヒルタ宇宙軍の大艦隊はほぼスクラップにされた。生き残った数隻が命からがら宇宙の裂け目に飛び込んで、なんとか藍色の宇宙を通って、帰路についた。あと数時間でヒルタポリスにつく。」

「そう……。」

センカは大きく息を吸って吐く。


天の川銀河の軍事力は「若さと希望の太陽系防衛軍、高貴なるリンネルーア軍、強く大きなヒルタ宇宙軍」と並び称されることが多々あった。

「若さと希望の太陽系防衛軍」は、その名の通り、設備も人材も歴史も3つの星の中では一番新しい太陽系防衛軍のことだ。最高司令官がまだ20歳になったばかりの青年であり、国連宇宙保安隊から数えても歴史は新しい。当然設備も新しい。一方で、逃げたした自動防衛装置メカとの大規模な戦いを経験し、メカとの戦いにおける経験と技術はどの星にも負けない。そして、その辺境戦争ですべての悲しみを見た若者がトップになっていることもあり、彼らが今までの長い地球の歴史の愚行を断ち切って、本当の平和を作っていけるのではないかと、人々の希望を一心に集めている軍隊だ。

「高貴なるリンネルーア軍」は、王が「最高の戦士」として最高司令官を兼任する誇り高いリンネルーア軍を、ほめつつどこか皮肉った言葉だった。地球人やヒルタ人からすると、どこか前時代的で、まるで中世の騎士のようなところがどこかあった。だからこそ、1人1人の軍人としての意識は高く、その人柄はどの星の人々からも信頼されている。

そして「強く大きなヒルタ宇宙軍」。技術力も物量も圧倒的なものを誇っている天の川銀河最強の軍隊だ。反面、すべての悲劇と出会いのきっかけになった自動防衛装置メカの開発、さらにその技術を基にした完全に人の力なしで動く機械軍の創設を進めていたこと、そういった部分への批判や反感は根強く残っていた。

この3つの星の軍隊組織が、共同で自動防衛装置メカの暴走を止める。それがここ数年の天の川銀河の方針だった。


その、最強の軍隊の主力が、一瞬で壊滅してしまったのだ。


「続けるわよ。ヒルタ宇宙軍は極秘の報告としてヒルタ政府に情報を報告した。大艦隊を犠牲にして集めた、例の宙域と例のメカのデータを、速攻でヒルタ宇宙軍の技術部と、ノトメイア研究所が解析した。詳細はまだ解析中だけれど、データを一目見れば素人でもわかるわ。例のメカが、十数年前に逃げ出し、太陽系とリンネルーアを襲い、止めようとしたノトメイア一家を遭難させ、私たちのファーストコンタクトのきっかけとなった、自動防衛装置メカの総旗艦の可能性が高いって。」


それこそ、長年天の川銀河の軍隊が探してきたものだった。逃げ出した自動防衛装置全体を総括するメカの総機関ともいえる巨大な機械群があるだろうというのが、ノトメイア研究所をはじめとするメカ研究の研究者たちの見解だった。それを、中心を止めてしまえば、宇宙に散らばってしまったメカたちを止めることができるはずだと。ようやくそれを見つけたのだ。


「……そう。それにしても、犠牲が大きすぎる。」

センカは唇をかみしめた。

「ええ。ことが重大だから、ヒュンベルガー首相直々に秘匿回線で連絡をくださったわ。リンネルーア側はボロウ伯爵が窓口になった。現状、一般には情報の公開をしていない。今のところ知っているのは、ヒルタ宇宙軍およびヒルタポリスの上層部、リンネルーア軍上層部およびリンネルーア王宮の中枢、そしてテラポルトスの情報局の担当オペレーターと、私たち課長クラスのみね。」

「わかったわ。でも、どっちにしろ公開する情報よね。」

「もちろんよ。ただ、どういう風に公開するか、記者会見はどうするかとかは、まだ決まっていないわね。」

リンカがそこまで言ったとき、端末が鳴った。

「ショウタだ。」

センカは端末を見てつぶやいた。

「やっぱり、そうくるわよね。こっちは切るわ。」

「ありがとう、リンカ。」

リンカとの通話が切れたかと思うと、すぐにショウタの声が聞こえる。

「こちらハシモト、センカ聞こえるか?」

「今、リンカから情報を受け取った。」

「なら話が早い。」

「他のみんなには?」

「情報を受け取った情報第1課長のリンカが、オペレーターと協力して、課長たちに報告をしてくれている。今日、どの課長も出張していなかったのが奇跡的だ。」

「おとといだったらまずかったわ。宇宙移民自治政府プロセルピナで大規模な会議が続いていたから。それが終わって本部テラポルトスにみんなが戻ってきたところで、ちょうどそろってたから。」

「ああ、違いない。それで、こちらもすぐに動かないといけない。」

「ええ、そうね。」

「情報を全世界に公開し次第、戦術局は第4種戦闘態勢を宣言するつもりだ。」

ショウタは声を低くした。

「第4種となると、緊急時でもテラポルトスにいる局長クラス……いえ、いまは局長はいないから課長クラスが代理だけれど、全員の承認が必要よ?」

センカも答えて声を低くする。


LSSEには、いくつかの「戦闘態勢」が指定されていた。どれかが宣言されたら、LSSE職員や太陽系防衛軍の兵士はそれぞれの配置につくことになっている。

第1種戦闘態勢は、LSSE本部施設、つまりテラポルトスが直接攻撃を受けた際の対応に関する指示、第2種戦闘態勢は、地球圏が攻撃の対象になったときの対応だ。この攻撃は、隕石が飛来したとか、スペースデブリが落ちてきそうとか、太陽嵐が起きそうとか、そういう自然災害も含まれている。要は、通常の業務よりも太陽系防衛軍の活動が優先される緊急事態であることをLSSE職員(そして兼務して防衛軍の兵士たち)に戦術局から宣言することだ。

ちなみに、第3種戦闘態勢は、地球圏には影響がないものの、太陽系のどこかで緊急性の高い自然災害が起きたときの対応だ。ただしこれは宇宙移民自治政府プロセルピナと太陽系防衛軍第3軍がメインになる。そして第4種戦闘態勢は、天の川銀河の同盟国である、鉄の星ヒルタと緑の星リンネルーアの領域で、緊急性の高い攻撃または自然災害が起き、地球人保護や同盟国の保護のために太陽系防衛軍が緊急で重大な行動をとる際に宣言されるものだ。しかし、第4種戦闘態勢は下手すると内政干渉になりかねないため、宣言にはテラポルトスの本部にいる局長クラスの者の承認が必要とされる。本部に何らかの理由でいない場合には、後日改めて承認をすることが求められている。また、将来的に開かれるLSSE総会での承認を後日取り付けられなければ、局長たちが責任をもって辞職せねばならないため、むやみやたらに暴発されないようになっていた。


「出すしかないだろ。ヒルタ宇宙軍の主力が苦しみながら送信された大雑把なデータだけ見ても、総旗艦の可能性は高い。しかしまだ解析中だ。もしかしたらメカ宇宙の裂け目から藍色の宇宙に入り込んでいるかもしれない。あのヒルタ宇宙軍の主力がやられているんだ。天の川銀河の中では一番の軍事力を持つ星の主力艦隊が壊滅だぞ。」

ショウタは続ける。

「下手したらヒルタが危ない。ヒルタには地球人もリンネルーア人も駐屯しているし、なによりヒルタ人はほぼあそこに住んでいる。」

「わたしも反対はしないわ。どちらにせよ、緊急で情報収集と解析、関係者と連絡を取り合って、『地球による太陽系連盟』がどう動くかを決定しなければならないわ。」

「ヒルタにこちらの艦隊を派遣するかどうかはまた考えて、関係各所と調整する。情報収集と解析、今後の方針を決めるために、戦術局戦術第1課長の名で『第4種戦闘態勢』の発令を各課長に依頼する。発令されれば、すべての部署は形式的にとはいえ、僕の、戦術局の配下になってしまう。LSSE戦略局戦略第1課長、いいか?」

「今更何を言ってるの?」

センカはため息をつく。

「どうせ部下にもう完璧な書類を作らせてるんでしょ? わたしもすぐ発令所に行くから。」

「ありがとう。今送る。」

通信を切って、すぐに発令所の方に向かう。この広大なオフィスの先に、各部署との連携を取りながら指揮をとれる発令所があるのだ。すぐに部下から端末に連絡が入った。

「ウエキ課長ですか? こちらLSSE本部発令所、戦略局オフィスのオラシオ・アコンチャです。もうご存知かもしれませんが、たった今ハシモトショウタLSSE戦術局戦術第1課長から、各課長たちに、第4種戦闘態勢発令の承認の依頼が!」

「ええ、直々に連絡をいただいているわ。戦略第1課長は承認する!いまから発令所に向かうから、そっちの対応よろしく。」

「そのように報告しておきます。」

「第4種戦闘態勢が発令されたら、各国や各星への連絡で忙しくなるから、もう準備しておいて。」

「はい、オペレーターたちに共有しておきます。」

「ええ、よろしくね。じゃ。」


センカは連絡を切ると、大股でつかつかと歩いた。こういう時に走っては焦りを助長させるだけ、とかつて偉大な先輩方が実践していたことを思い出す。センカがちょうどオフィスの中を通り抜け、観葉植物に囲まれた休憩スペースの横を通り抜けようとしたとき、ふいに声が聞こえた。


「LSSEは第4種戦闘態勢をとるのですね。」

聞き覚えのない声に、センカは振り向く。見慣れない青年がそこに立っていた。

「あなた、リンネルーアの方ね?」

センカは、青年の緑がかった髪の色を見てつぶやいた。

「ここはLSSE戦略局のオフィスよ。部外者は今すぐ出ていってちょうだい。」

「許可はもらっているよ、あなたからね。」

青年は許可証をひらりと見せた。

「申し遅れました。お初にお目にかかります。緑の星リンネルーアのランダルー・エルドーア伯爵が息子、ヘムルート・エルドーアです。」

青年はゆっくり頭を下げた。

「本日の午後、面会の予定がありましたので、時間に余裕をもって本部に来たのですが、この状況では面会どころではありませんね。」父はわ

「……どこまで知ってるの?」

センカは静かに相手の顔をにらむ。センカの予測が正しければ、彼は「影の盾」の役割を受け継ぐ者だ。伝説とはいえ、気が抜けない相手となる可能性は高い。そもそも、ただの観光客の青年が地球の戦略の責任者との面会を求め、リンネルーア王宮からの推薦状まで用意しているのはおかしい。何かしらの裏があって接触しようとしているのはすぐに予測がついたが、まさかこのような形で顔を合わせることになるとは思っていなかった。

「ボロウ伯爵が父に例の情報を伝え、父が地球にいる私に託しました。すべてを知っています。」

「そう……。ショウタは戦闘態勢を出したいと依頼してきたわ。おそらく今にも発令される。」

「わかりました。おそらくリンネルーアの王宮も同じ判断をするでしょう。」

青年は静かにうなずいた。真意は見えない。

「そうね。ただどこまでの対応をするかは、慎重に対応させていただくわ。」

「もちろんです。……ウエキ課長、僕は1人の観光客にすぎませんが、エルドーア伯爵家の嫡男です。おそらくあなたはその真意をつかんでおられるでしょう?」

「伝説は本当であると、確信をもっていいのね?」

センカは目をそらしながら言った。

「あなたが我がリンネルーアの伝説をどこまで知っているかはさすがに存じ上げませんが。」

青年は静かに続ける。

「私は、エルドーア伯爵家の嫡男としての務めを果たすだけのことはできます。このような時に私が地球にいるのも、何かの因果でありましょう。父はエルドーア伯爵家の当主として、僕に地球での一切を任せると告げました。在地球リンネルーア領事館もリンネルーア王宮も、そしてエルドーア伯爵家は、あくまでリンネルーアのために動きますが、リンネルーアの未来は太陽系とヒルタとの協力の先にあるということは忘れないはず。私にできることがあれば、できる限りのことはしましょう。」

青年はそう言ってもう一度丁寧に頭を下げた。

「すべては我らが偉大な代理の女王のために、そして我らが愛しき未来の女王のために。たとえ自らが暗い「陰」

「わたしも親友の不幸を望まないわ。リンネルーアのエルドーア伯爵家のご嫡男からのお言葉、心強く感じます。」

センカは完璧な礼をする青年に静かに声をかけた。

「しかしわたしたちは、私たちの故郷ふるさとを守るべく動きます。すべては……。」

センカは一瞬言葉に悩んだ。だがすぐに続けた。

「すべては、我らが青き水の星と、赤い血を持つ我らの同胞のために。そして私たちが紡いできた長い過去と今と、可能性という未来を希望にするために。」

「ええ、そうですね。そうしましょう。」

ヘムルートは頷いた。

「観光客のヘムルートさん、と今は呼ばせていただきますね。もうすぐここは忙しくなります。戦略第1課長として、ご自分の宿舎か、リンネルーア大使館に行かれることを進めます。少なくとも、この場からは即刻立ち去っていただきたい。」

「わかりました。何かあればいつでもお声をかけください。」

ヘムルート・エルドーアがそう言って立ち去ろうとしたその時だった。


「センカ!」

こちらに速足で向かう若者の声は、よく聞きなれたものだった。

「知ってるな? 急ぐぞ。」

「ユウキか。」

センカはやれやれという顔をする。

「今はなしていたのは?」

ユウキは立ち去っていく緑がかった髪の青年をちらりと見て言った。

「リンネルーアの『影の盾』を受け次ぐ人。」

「ふーん。」

ユウキはわかったような、わからないような顔をした。

「しばらく忙しくなる、センカ、お前大丈夫か?」

「いつものことじゃない?」

センカはそう言いながら歩きだす。

「今度は、いつもどおりにはいかない気がするんだ。」

ユウキが不安げに言う。

「今まで積み上げてきたものが、壊れてしまうんじゃないかと、怖くなってくる。」

「新しい宇宙の時代の先頭に立っているのがあなたでしょ?何をいまさら言ってるの?」

「なんとなくなんだ。なんとなく。」

「忘れないようにしっかり覚えておくわ。」

その時、不気味なアラート音が鳴った。

「第4種戦闘態勢発令、第4種戦闘態勢発令。くりかえす、第4種戦闘態勢発令。LSSE職員及び防衛軍関係者はすみやかに指定された配置につくこと。」

オペレーターの声が、テラポルトス中に響き渡った。

「センカ。行くぞ。」

ユウキはそう言ってセンカの肩を叩くと、二人は前に駆け出した。





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