おしゃべり
テラポルトスのLSSE本部施設の片隅、自動販売機とゴミ箱とベンチが並ぶ休憩所の一角で電子音が鳴る。ベンチで缶コーヒーを飲みながら、横に置かれた観葉植物の葉っぱをあてもなく触っていたウエキセンカは、手にしていた端末の画面を触る。電子音は止み、代わりに画面には2人の女性の顔が現れた。
1人はコンピューターの画面に囲まれた部屋にいた。もう1人の背後には、荘厳な壁の飾りが見える。1人は、鉄の星ヒルタのノトメイア研究所所長にして、ヒルタ宇宙軍の技術士官でもあるメイル・ノトメイアだ。もっとも彼女は、研究所所長代理を名乗ってはいるが。もう1人は、緑の星リンネルーアの王位継承者たる王女にして、リンネルーア軍最高司令官であるレイア・リンネルーア。彼女の叔母であり現女王のリーヒ・リンネルーア女王が兄の死後に代理として即位した理由が、レイアの幼さであったので、もうすぐ成人するレイアへの譲位が噂されていた。
「もしもし?」
センカがイヤホンとマイクを着けながら声をかけると、イヤホンから懐かしい声がする。
「もしもし、2人とも元気にやってる?」
メイルの声に、レイアの声が重なる。
「3人そろうのは久しぶりだよね?」
「ええ、地球は平和よ。」
センカの言葉に、レイアがくすくす笑う。
「まったく、どこがよ!」
センカは目を細めた。最後に3人が揃って会ったのは、例の「太陽系の民主主義を守る会」のクーデターの後、火星のカフェで話した時だ。あれからもう1年はたつ。
「あっ、センカ!あれ見たよ!ええと、成人式だっけ?大人になる儀式のやつ。ヒルタではとっくに廃れた風習だったから、とても珍しがっていたよ。」
「ええ、着物姿、すばらしいとリンネルーアでも話題になったのよ。でもその、成人式、だっけ? 成人式って日本だけなんでしょ? あらためて、地球の文化の多様さに驚かされたわ。」
「えー、そんなに?」
「センカ、まぁメイルもだけど、2人とも自分の影響力の大きさをもっと自覚して頂戴。」
「はいはい、王女さん。」
メイルがわざとらしく頭を下げた。
「メイル、それはちょっとダメ。今はいいけれど……、わが友人のご無礼をお許しください、メイル殿下。」
「うん、センカが正解。さすが、地球で一番長い王家を持つ国の生まれだよね。ちゃんとリンネルーア語の敬語とか敬称とか、マスターしてくれている。たぶん、リンネルーアの王宮でもうまくやっていけるよ。」
「ありがとうございます、殿下。しかし、そちらにはホーリー・ボロウ伯爵をはじめとする、優秀な家臣の皆様がいらっしゃいますし、何よりもリーヒ女王陛下が皆に心を配っておりますゆえ、私の出る幕などございません。」
「あー、もう2人ともやめてよ!そういうのは公式の場でやって!もうほんとそういうの苦手なんだから!」
メイルが頭を掻きながら叫んだ。
「まっ、ヒルタはずいぶん前に共和制になって、そういうのないに等しいもんね。」
センカが頷くと、レイアも続ける。
「まぁ、形式ばりすぎてて嫌になることもたくさんあるけれどね。ここでは不敬罪とか全然ないから、安心してね。」
3人はくすくすと笑った。
「そうそう、本当に成人式の写真、素敵だったよ。」
「ありがとうメイル。レイアも。」
センカはつい先日、成人式を迎えた。もちろんチームゼロの面々もそれぞれ自分の地元の成人式に出席した。移民星アスのアサヒユウキとクラモトカズマも、正月に移民星アスの両親の墓で挨拶をしてから、生まれ育った日本の町の成人式に出席した。もっとも、センカは早生まれなので、まだ19歳であったが。
当然、世界中の、特に日本のメディアがぜひ取材をしたいと申し込んできた。しかし成人式を壊されたくなかったチームゼロの面々は、取材を固く禁じた。
「成人式は、同級生みんなのものです。取材はお控えください。」
ハシモトショウタは、全世界に向けてこう言い放った。
「成人式を守るためなら、僕らはどんな手段でもとります。」
ちょっとしたショウタの冗談だったのが、これが大きな騒ぎになった。チームゼロが動けば、世界中のチームジパングのファン、つまり世界中の裏社会が協力するのは明白だったし、「同窓会に忍び込もうと思ったら、トイレでチームゼロに殺されてしまうに違いない」とか「カメラをもって会場に忍び込もうとしたら、遠くから狙撃されて、何もわからぬまま人生を終えることになりかねない」とか「SNSで写真や何かを探して、同級生に交渉しようものなら、サイバー攻撃を受けるに違いない。YURIKAシステムに勝てるエンジニアはいない」などと噂がどんどん広まってしまったのだ。結果、成人式も同窓会も、ものすごく平和に、平凡に終わることができた。
もっとも、チームゼロも鬼ではない。メディアや世界中の人々の求めに応じ、あらかじめLSSE本部施設内で、スーツと振袖姿で集まって写真撮影を行い、成人式に合わせて公開した。また、抽選などで選んだ10人ほどの記者によるインタビュー記事をLSSEのホームページで公開したし、全員分ではなかったが、家族や恩師、友人たちからのコメントも紹介した。
また、日本の「成人式」の文化や、世界の通過儀礼に関する文献や映像などの資料もホームページで掲載した。これは、成人式になじみのない、日本以外の人々に向けてのものだった。ただの紹介だけでなく、SNSで投稿されるような若者の声や、成人式で若者が粋がって暴れてしまう映像まで、丁寧な解説や考察を加えて分かりやすく紹介しているのが、逆に「Cool」という謎の評価につながってしまったりもして、それを日本のメディアが不思議がって取り上げるのもまた興味深かった。
特に写真が好評だった。振袖やスーツに、階級章や所属を表すバッジをこてこてとつけて、ピシッと敬礼したものから、傘や手毬を持ったもの、おちゃらけたポーズのものや、自然な笑顔まで、様々な表情のものが公開され、「このほほえましい写真たちは、地球人たちの精神的なよりどころとなりつつある日本人のチームゼロの面々が、ようやく大人の仲間入りを果たした若者に過ぎないことを、我々に突き付けてくる」とか「絶対的な権力を持ってしまった彼らの、普段は見えない自然な笑顔に、思わずほっとした人も多いだろう。彼らも人間なのだと。」とか「自国の文化や習慣を大切にし、それを地球の多様さの一つとして全宇宙に発信していく姿は、地球人としてのアイデンティティを確立しようとする彼らを象徴する姿だろう」などと、これまた様々な声が上がった。
当然、鉄の星ヒルタや緑の星リンネルーアでも話題になった。センカたちが公式のSNSであげた、プライベートな雰囲気満載の振り袖姿にも、2人は丁寧にコメントを返したり、シェアしたりしている。そう、彼女たちはちゃっかり太陽系のSNSのアカウントを取得しているし、なんなら地球人の自由気ままなインターネット文化は急速に天の川銀河に広まっていた。
「いよいよ、センカも成人かぁ。」
「なによメイル、地球人みたいなこと言って。」
「正確に言うと、日本人ね。ところでレイア、ちょっと仕事の話になるんだけど、いい?」
「えー、まぁいいけど、LSSE戦略局戦略第1課長さま。」
「センカ、レイア、この回線、一般の回線なのわかってるよね? 機密情報話していいホットラインとか、公式の外交ルートとかじゃないんだけど!」
「大丈夫だってメイル。コウスケとリンカが徹底して防御プログラムかけてくれたから、私たちの個人な通信は一番安全といっても過言じゃないの。」
「はいはい、わかってるけどさー。」
「で、センカ、私に何か質問?」
「うん、レイアももうすぐ成人よね?」
「そうね、リンネルーアも大体これくらいの年齢で『大人』とみなすから。」
「うん、じゃあ、王位に就くのはいつごろになりそう?」
「ちょちょちょちょちょ……!」
メイルがまた声を上げる。
それもそのはず、これは全宇宙が注目している話題だ。リンネルーア王家からの公式な発表はいまだにないが、代理の女王であるリーヒ女王から、正統な王位継承者であるレイア王女への王位継承、となると、天の川銀河に大きな変化が訪れるだろうと言われていた。そのため、リンネルーアの人々だけでなく、鉄の星ヒルタや水の星地球の人々も、リンネルーアの王宮の様子を伺っていたのである。もちろんLSSE戦略局戦略第1課は全力で探って、シュミレーションを続けていた。
王位継承のタイミングとして一番ささやかれていたのが、レイアが成人するタイミングである。リーヒ女王もかつて即位する際に「正統な継承者であるレイアが成人するまでの代理」としていたからである。実際に、レイアは王が兼任するリンネルーア軍の最高司令官の座を、すでにリーヒ女王から受け継いでいる。また、リーヒ女王とホーリー・ボロウ伯爵との結婚の可能性も関係者の間では噂されており、それを加味すると、このタイミングでリーヒ女王が退位し、ボロウ伯爵家に嫁ぐのがよいのではとささやかれていた。
無論、リーヒ女王は代理の女王とはいえ、その手腕と人柄は高く評価されている。レイアという心に傷を負い、ただひたすらにメカへの復讐に燃えている姪を見守りながら、メカからリンネルーアを守り続けたこと。決して奢らず、代理であるからと謙遜しながらも、やるべきことは行う責任感の強さ。異星人とのファーストコンタクトを平和に受け止め、天の川銀河とリンネルーアに平和な発展をもたらしたこと。リンネルーアの人々は、ルヒート王の聡明な妹であり、最高の代理の女王である、リーヒ・リンネルーアを心の底から慕っていた。
一方、レイアも期待されている。メカへの復讐に燃える痛々しい少女は、ファーストコンタクトを通じて、大きく成長した。リンネルーアの代表として天の川銀河を駆け回る姿、メカの戦闘機へも対応できるほどの戦闘能力に、的確な指示で決して負けない艦隊指揮の力。強くたくましく、けれど悲しみも弱さも知っている王女に、リンネルーアの人々は心の底から慕い、期待し、支えたいと願っていた。
「あー、まだ正式発表はしていないんだけど……近いうちに発表するつもりなんだけれど……、2年くらい後を目安に、女王の座を受け継ぐ予定なの。」
「そう……。」
センカは優しくうなずいた。メイルは口をおさえる。
「2年間の間に、きっちり引継ぎをする予定なの。叔母にはそんな時間がなかったから、ほら、父と母は、メカとの戦いで、突然だったから。叔母は先代のボロウ伯爵や、大勢の家臣の人と、何度も何度も話し合って、兄や父、祖父が残した日記を必死で読んで、女王とは何たるかを自分で1から探していかなければならなかったの。『女王という職ほど重いものはない』と叔母は寂しそうに言っていた。少しでも重さを軽くしてあげたいって。だから、ゆっくり引継ぎを受けて、わたしも叔母の仕事をいろいろ手伝うつもり。」
「うん、頑張ってね。」
センカはささやく。王女として生まれ育ったレイアにかける言葉としてはどうかと思ったが、同じように星を導く責任を背負ってしまった一人の少女として、センカはささやかずにはいられなかった。
「叔母が即位したときの約束は成人するまで、だったから、それは守る。だからもうすぐ公開するけれど、譲位に関連して混乱が起きるのは嫌だから、急に即位したりとかはないから。穏やかに変化する予定だから、安心して。」
「わかったわ。戦略局への配慮、ありがとう。」
センカはちょっとだけ笑った。
「じゃあ、女王になったら、なかなかこっちに来れないよね?」
メイルが暗い顔で聞く。共和制の星で生まれ育ったメイルは、センカはともかく、レイアのように生まれだけですべての責任を負うことになる運命を極度に嫌がる。レイアが王位継承者であることを必要以上にからかったり、心配したりするのは、定められた運命に逆らえない世の中がいまだに存在することへの恐怖と怒りがあった。
「うーん、どうだろう。リーヒ叔母さんは、確かにリンネルーアの外に出ることはなかったけれど、別に女王がずっとリンネルーアにいなきゃいけないわけじゃないし。その辺は、まぁ女王になったら、いろいろ仕組みを整えていけばいいと思うし。」
「うん、いいと思うよ。でもレイアが女王様になったら、受け入れるこっちの警備とかも跳ね上がっちゃうけれどね。」
「あー、そこはごめんなさいだね。」
また笑い声があがった。
「次に会えるのはいつかな?」
センカがコーヒーを一口飲んでから言った。
「レイアは当分忙しいよね?」
「うん、そうね。今日も、この自由時間が終わったら、謁見。」
「へーえ、誰と会うの? リンネルーアの貴族の人?」
「うーんとね、ヘムルート・エルドーア伯爵だって。」
「え、誰?」
「でしょ?」
レイアは身を乗り出した。メイルがそれを遮る。
「え、センカってリンネルーアの王宮の面々、全員覚えているの?」
「もちろん。リンネルーア王家の譲位の問題と、家臣団の力のバランスをきちんと読み解くのはすごく大変で大切なことなの。主要な家臣たちにはアプローチをかけてるし、パイプはいくらでも必要なの!」
「へーえ。」
「へーえ、やっぱりそうなんだ。」
「ちょっと、レイアまで!」
「まぁ、わかってるからいいけれどね。もちろんランダルー伯爵家については知ってるわ。今の当主はランダルー・エルドーア伯爵。あまり高い地位についているわけではないんだけれど、とても古い家系の1つなの。私と同じくらいの息子さんがいるのは知っているんだけれど、ヘムルート・エルドーア本人と会うのは初めて。」
レイアが首をかしげる。
「ええ、エルドーア伯爵家については知っているわ……ねぇ、あの噂本当なの?リンネルーア王家のお嬢さん。」
「あの噂って、何?」
メイルが身を乗り出した。
「リンネルーアの王宮に伝わる噂よ。とても他愛もない噂。『リンネルーア王家を囲む家臣団のなかには、古から続く使命を帯びた家の者たちがいるって。例えばボロウ伯爵家。彼らの家は「表の宰相」の役割を担う家系なのでは、と。」
「へー、まるでおとぎ話だ。」
メイルがため息をつく。
「ほかにもいくつか噂があるの。まぁ、ボロウ伯爵家の「表の宰相」とサルフォルク家の「語り継ぐ賢者」くらいかしらねぇ。途絶えてしまったのではないかと言われていたり、憶測でしかない古の役割もたくさんあったの。まぁ、ただのおとぎ話なんだけれど、あながちそうとも言い切れないし。……そのへんどうなの?」
「秘密。」
レイアがさらっと言い切る。
「えー!」
センカが叫んだ。
「リーヒ叔母さんはもっと知ってるかもしれないし、そうかもしれないけれど、私はあまり詳しく知らないの。」
「やっぱり、そうなんだ……。」
「まぁ、知っててもしゃべらないわよ、さすがに。」
レイアが笑う。
「で、エルドーア伯爵家は何だと思ってるの?」
「そうね……『影の盾』の家系? とっくに途絶えた役割だと思っていたんだけれど。」
「『影の盾』ですって?」
レイアがまた笑い始めた。
「伝説中の伝説じゃない!それこそ、この世界の始まりの伝説レベル!」
レイアがしばらく笑い続けるので、メイルが飽きれながらセンカに尋ねなおした。
「で、センカは元気?暇ありそう?」
「全然。大学はあと3週間くらいで休みになるんだけど、日々業務に悩殺されてる。」
「噂の、LSSE議会の進み具合はどう?」
「選挙制度をどうするのか、議席の配分、選挙区、選挙権の年齢、宇宙移民自治政府の議会や、各国の議会との関係性、もう、揉めに揉めて、大変。国連総会での満場一致と、宇宙移民の代表の議会での満場一致を目指しているんだけれどね。ユウキもひーひー言ってるし、ユリアンさんは切れてビールをありえない量飲んでた。」
「じゃあ、当分決まらない?」
「うん、もう一回練り直しだね。あーあ、泣きてぇ。なんとかヨーロッパ……諸国の支持は取り付けたのに!アフリカ諸国も!あとはあの理想に生きる月移民政府も!」
「うん、おつかれさま。レイア、そろそろ笑うのはやめて。」
「また、徹夜の楽しい日々が始まるよー。今度は何を差し入れしようかなぁ。」
「レイア、そろそろ落ち着いて。センカ、休むのも忘れずに。」
「はははっ、『影の盾』だって。で、メイルは忙しいの?」
メイルが画面の中でぐーっと伸びをした。
「うん、そうだね。今、世代交代の時期だもんね。ヒュンベルガー首相もそろそろ引退かって言われてるし、ぶっちゃけ言うと、地球はセンカたち若い世代が引っ張っていって、リンネルーアもレイアへの世代交代が進もうとしてるでしょ? こっちも若い世代を育てていこうってなってさ。今も軍部は若い世代に経験と責任をおしつけようと躍起なんだ。」
「技術面でも?」
センカが聞く。
「まぁ、技術面ではわたしとスタワードがいるからいいけどさ、いつノトメイア研究所に若い研究生が送り込まれるか、ひやひやしてる。」
「メカの研究は進んでる?」
レイアが尋ねる。声音に、かすかにリンネルーア軍最高司令官の責任が混ざる。
「ぼちぼち。ただ、メカの動きが変わったって報告がいっぱいある。どんどんヒトらしくなっているって。何が起きているのかわからないけれど、とにかくデータを集めている。もうメカはただの機械の塊じゃない。気を付けて……。」
「わかったわ。また情報があれば共有してね。」
「うちにも。太陽系防衛軍第1軍戦略長として改めてお願いするわ。メカの研究に関しては、ノトメイア研究所に任せっきりになっちゃうもん。」
3人はわざとらしくため息をついて、また笑った。
「ごめん、もうそろそろ時間なの。」
レイアがふいに、申し訳なさそうに言った。
「そうね、私もあと一息頑張らなきゃ。早く帰らないと、また宇宙移民自治政府の戦略委員長さまに殺されちゃう。」
センカはそう言って笑った。
「リンネルーア軍と太陽系防衛軍からお願いがあったので、こっちもまじめに研究に戻らせていただきます。やっぱりまだデータが足りなくて、なんとも解析できないんだけれどね。」
メイルもぺろりと舌を出す。
「それはそうと、また暇ができたら遊ぼうよ。いろいろ話したい。ノトメイア研究所はいつでもあけとくよ。」
「ねー、どかんと休暇を取って、他の星に飛んでいきたいわ。ヒルタで遊ぶのもいいし、リンネルーアの海岸で泳ぐのも悪くないわねー。」
「地球の食べ物が恋しいわ。」
3人はもう一度笑うと、めいめい通話を切った。




