サハラの西のはてで
物語は『太陽系の民主主義を守る会』に追われたチームゼロが戻ってきたときまでさかのぼります。スーマー・ヤオやユリアン・ゲープハルト、そして多くの人がそれぞれの立場で頑張っていたころ、チームゼロが何をしていたのかを書いた番外編です。
「しかし、『太陽系の民主主義を守る会』の例の事件、どうなるんだろうな?」
「ああ、まったくだ。」
「あいつら、あれこれ規制をしたり、いちゃもんをつけようとするらしい。俺たちの生活に影響が出なければいいが。」
「まぁ、LSSEへの不満がないわけではないが…。」
「地球を救った子供たちだっていうのはわかるが、まだ大学に行っているような子供たちが地球人のトップだろ?」
「だいたい、ほんとにあの子たちが地球を救ったのか?いくら特攻するしかなかった防衛軍とはいえ、優秀な人材は残っていただろ?」
「まぁ表向きはあの子たち、裏ではきな臭い大人が仕切ってるってこともありえるな。」
「だいたい全員日本人だろ?戦艦オリオンの幹部もほぼ日本人の元スパイ。生き残ったのも全員日本人。えこひいきくらいしたくなるさ。」
「日本人は嫌いではないよ。まじめだしいいやつだ。でも金で何とかなると思っているような……なんかあの冷たさがなぁ。」
「先進国だが経済大国だか知らないが……。」
「絶対何かあるよな。チームゼロの学費や給料はどこから来てるんだか。」
「ともかく、子供に任せるなんて、まったく正気じゃないよ。」
「しかし、鉄の星ヒルタや緑の星リンネルーアとの交流は、あの子たちじゃなきゃ進まなかっただろうな。」
「大人だったら絶対戦争になってたな。」
「まぁ見た目が子供だから、向こうも油断するだろうし、無邪気に動けるだろうし、仲良しごっこには一役買ったんだろ。」
「でも、あの子たち、鉄の星ヒルタの首相に啖呵を切ったんだろ?」
「らしいな。ヒルタの高官たちが目撃してる。最初の階段でいきなり辺境戦争のことを言い切ったそうだ。」
「あの戦争はな……。いくら自衛装置の暴走だったといわれても許せるものじゃないだろ。」
「この国からも移民が大勢宇宙に行ったからな……。」
「俺の友人は行方不明。乗ってた避難船がメカの餌食になったそうだ。」
「俺の親戚もだ。」
「俺も何人か知り合いが死んだな。防衛軍からの発表を聞くたびに胸がきりきり傷んだのをよく覚えている。あんな想いはもうしたくない。」
「一番それを感じてるのがあの子たちだろ。周囲の大人みんな死んじまったからな。」
「だからスカッとするんだよ。表向きはにこにこしてるけど、ちゃんと言うことは言ってくれるから。」
「なんだかんだうまくいってるんだよね。」
「でも、戦争の傷も、宇宙開発の負の遺産も、まだまだあるぜ。」
「なんならあそこの魚屋の息子さん。」
「知ってる知ってる。メカに追われて移民星から命からがら逃げたが、嫁さんは助からなかったんだってな。」
「一度帰国してたな……。今はどこにいるんだっけ?」
「冥王星に行ったそうだ。熱心に辺境移民再建協会に入れ込んでたからな。」
「じゃあ今はプロセルピナかな?」
「どっちにしろ、今は大変な時期だろ?」
「ああ、ともかく早く収まってほしい。」
「守る会の政策はむちゃくちゃだ。」
「ほんとに。」
「地上の国っつったって、どうせいい思いをするのは先進国だけ。俺たちアフリカの小国には何もいいことはないさ。」
「むしろ宇宙移民で発言権が増して、チャンスも増えて、これからって時なのに。邪魔しやがって。」
「おいおい、それくらいにしておけ。どこで監視されているかわからないぞ。」
「まさか。こんな砂漠の国を監視するやつがいるか?」
アフリカのモーリタニアの首都ヌアクショット、砂漠の近くの街。火星のように砂が舞う街の郊外の市場の片隅の小さな商店には、生活に必要なものを買い求める客であふれていた。砂嵐や暑い日差しから身を守るため、擦り切れたコートや布をかぶっているものも少なくない。店には、様々なものが所狭しと並べられ、きらきらと砂埃が光っている。
1人の若者が、その商店のレジにいくつかの商品を置いた。退屈そうに客を眺めていた店主がそれらを手に取り、値段を足していく。
「缶詰が1,2,3,4、……10個に、ビスケット3箱、薬が3つ、ろうそく1箱。」
「これで足りますか?」
若者はすりきれたコートから数枚の紙幣を取り出した。
「ああ、十分だ。はい、おつり。」
「ありがとうございます。」
「しかし、すごい荷物だな。果物に野菜、魚。」
「長旅になりそうなのでね。」
若者は足元に置いていた大きな荷物と、新しく加わった紙袋を抱えると、少し笑った。しかし目元はサングラスで見えない。
「ということは、お前さん、もしかしてサハラ砂漠にでも行くつもりかい?」
「急いでいかなければいけないところがあるんです。」
「そうかいそうかい、見かけない顔だからな。ヨーロッパかアメリカからの観光か?」
店主はそこでポンと手をたたいた。
「そうだ、俺から餞別。ほれ、荷物の中にねじ込んでいけ。」
店主は足元から英語の雑誌を3冊出した。
「観光客用に仕入れていた海外の雑誌なんだが売れ残っちまって。ちょっと昔のだがまあ暇つぶしにいいだろう。最新技術だなんだで、サハラ砂漠もそこまで危険じゃなくなったが、それでも旅は長いぞ。もってけ。」
「ええ、ありがとうございます。」
若者は市場を通り抜け、町はずれに向かう。町はずれには、砂漠化の影響で人が済まなくなった地域がいくつか取り残されており、古びた家や公園が放置されていた。少年はしばらく歩くと、廃墟の間の駐車場に止められていたジープを見つけた。
ジープのそばには、ブルーシートで作られた簡単な日よけがロープと組み合わさって立っていた。その隙間にわずかに人影が見える。若者はそっとサングラスを下した。
若者の名は、ハシモトショウタ。
LSSE戦術局戦術第1課長、太陽系防衛軍最高司令官および第1軍司令官、チームゼロのリーダー。
『太陽系の民主主義を守る会』に絶賛指名手配中で、太陽系の辺境からアルテミスケノンベースキャンプ、移民星アス、月のアルテミスシティを経て、地球にやっと帰還した彼は、いまアフリカ西海岸のモーリタニアの首都のはずれにいた。
「センカ、もどった。」
「おかえりなさい。」
人がブルーシートの中から出てくる。日差しをよけるようにすりきれた布をかぶっている。
彼女の名は、ウエキセンカ。
LSSE戦略局戦略第1課長、太陽系防衛軍第1軍戦略長。
「なにこれ?雑誌なんて買ったの?」
センカは荷物の中から雑誌をひょいと抜き取った。
「お店の人のサービス。」
「へぇ。」
センカが荷物をいくつか受け取り、ブルーシートのそばで広げ始めた。
「果物や野菜、魚は早いところ食べないとね。」
「ドライフルーツを手に入れられたのは運がよかった。新鮮なものは今日の夜にでも食べてしまおう。」
ショウタも荷物を広げ、種類ごとにまとめてジープに積み込んでいく。
「出発時間は変えない?」
「ああ、変えないつもりだ。」
「了解。」
「水を汲まなくちゃいけない。一滴でも多く持っていきたいし。」
「ええそうね。新鮮な水を持っておきたいわ。そこの廃墟の井戸で、夕飯のついでに汲んでおかないと。」
「後でやっておこう。」
「そういえば、例の連絡は?」
「モーリタニアの政府関係者と無事会えた。我々の要求をのんでくれた。ほら。」
「ありがとう。」
ショウタが差し出したのは、モーリタニアの要人経由で届けられた、中国のパスポートだった。
「日本のパスポートじゃ怪しまれてしまう。本物の身分証明書以外で使えるやつを、なんとか手に入れてもらった。」
「助かるわ。あとでお礼をしないと。」
センカは中国のパスポートをしげしげと眺めた。少しゆがんだ自分の顔が見つめ返してくる。
「おっと。そこは戦略第1課長に任せる。」
「はいはい、テラポルトスに戻ったらね。で、日が落ちてしまう前に出発なら、もう夕食の準備をしちゃおう。」
「今日の夕食は何?」
「魚でつみれを作る。焼いてしまえば、少し日持ちするし。今日はスープにして、お水があるうちにお米も食べちゃおう。ご飯はもう準備してるから、あとはその魚をなんとかするわ。」
「了解。水くんでくる。」
「お水くんだら、いろいろ洗っておいてくれない?お皿や、お皿代わりの缶を洗うチャンスも減るだろうし、洗濯物も少しでも洗っておきたい。布巾とか特に。」
「はいはい。」
ショウタは手をひらひらさせた。
2時間後、2人はいそいそと荷物をまとめていた。ブルーシートの日よけはするすると畳まれ、荷物はジープの後部座席に押し込まれていく。一方でゴミはまとめて火の中に入れられ、時折センカがその火を突っついていた。燃やせないものはまとめて目立たない木陰のゴミ捨て場に置いていく。大学生でもあるが、現役の軍人でもある2人の手際は驚くほどいい。
「準備完了!」
ショウタはジープをポンポンたたいた。」
「最後に思いっきり水を飲んでいこうぜ!」
「ええ、喉乾いたしね。」
2人は井戸まで走った。人が住んでいるのかどうかもわからない廃墟を駆け抜ける。足元に砂埃が舞い、チクチクと足を刺した。わずかに生えている雑草が、2人の立てた砂埃にわずかに揺れた。
井戸まで来ると、センカがバケツを井戸に落とし、ひもでゆっくり引き上げる。バケツ一杯に透明で冷たい水が入っていて、ざぁと音を立てて余分な水が零れ落ちる。2人は何度も繰り返して、冷たい水をおなかいっぱいまで飲んだ。また飲むだけでなく、2人はキャッキャと年相応に叫びながらお互いに水を掛け合った。すっかりびしょびしょになると、2人は笑いながら戻った。束の間の息抜きであった。
「運転、任せる。」
センカは取り込んだタオルで髪をふきながら、助手席にとび乗った。
「ったく、俺はあっしー君ってことか?」
ショウタは少し笑って運転席に乗り込んだ。
「飛ばすぞ。なるべく早くエジプトまで行きたい。モーリタニアから信頼できる情報筋に俺たちがエジプトに向かっていることを流してもらっているからな。」
「正確に言うと、『アフリカの奥地で調査をしていたので監視の目を逃れ、独自行動をとるテラポルトスの人間がいる』『彼らは北に向かって脱出し、協力者を探している』っていう都市伝説レベルの噂でしょ。私たちはまだ太陽系の僻地にいなければいけないんだから。」
「とりあえず出発するぞっ!」
ショウタはやや乱暴にアクセルを踏み、車の向きを変えて、砂漠を目指す。このジープは見た目はスマートではないが、最新の技術を集めたタフな車で、1週間もかからずにサハラを走破できるという。モーリタニア政府が危険を覚悟でそろえてくれた装備だ。昼夜問わず走らせ、なるべく早くエジプトまで行きたい2人の大切な足である。
「モーリタニアには感謝しなくちゃ。こんなリスク、背負いたくないでしょうし。」
センカがつぶやいた。
「まじで、後で何かお礼しないと。方向あってる?」
「ええ。方位磁石が間違っていなければね……。さて、このごたごたに巻き込んでしまったのは……。」
「地球人全員。まぁ俺たちを助けた罪で守る会に殺されかねないのは、まずは宇宙移民自治政府だな。」
ショウタはそう言ってうなずいた。
「そもそも演習中の私たちに、テラポルトスの異常をいち早く伝えてくれたのは宇宙移民自治政府。守る会がすべてを掌握する前にいち早く移民星アスに逃げ込めた。」
「そして俺たちは移民星アスで情報を集め、アルテミスケノンベースキャンプを掌握、プロセルピナと密かに連絡を取り、プロセルピナシティの第3軍の精鋭部隊に救出してもらって月のアルテミスシティ経由でここに来た。」
「プロセルピナシティは監視が緩いから、ユウキとカズマが掌握できた。というか戻っただけなんだけれどね。2人が帰還したことはまだ報告されてないはずよ。」
そういってセンカがちょっとだけ笑う。
「あの2人が、わずかな監視員を全員拘束したらしいな。何をしたかはさておき……ユウキとカズマはいわば黒幕みたいな感じで動いてるってとこだな。表向きはまだ行方不明ってことになってるはずだ。」
「宇宙移民自治政府はもう大丈夫よ。気がかりなのはLSSEの第3課に出向してる職員たち。彼らは実質テラポルトスで軟禁状態だから、宇宙移民自治政府は大掛かりに反抗することは避けるでしょうけどね。」
「お前、あんな計画立案しといて……!」
作戦立案の責任者であるセンカの頬に、すべてを知るショウタが笑ってこぶしを突きつける。
「なによ。それに乗っかって指揮権を全部カズマに委託したのはどこの誰でしたっけ?」
ジープは音を立てて砂漠を進んでいく。
「地球に降りてからは、まずここモーリタニア。アフリカ諸国は宇宙移民を多く輩出してるし、テラポルトスにも好意的だけど、きっと嫌よね。下手に守る会から目をつけられるのは。」
センカは砂漠をながめながらつぶやいた。ショウタはハンドルを握りしめなおす。
「とりあえずモーリタニアが関係の深いフランスに情報を流してくれた。フランス政府としても嫌だろうな。下手に情報が広まると、情報源のフランスは守る会の餌食だ。」
「でもフランスには動揺が走る。わずかな揺れもほかの国は見逃さない。ヨーロッパの皆さんはそういう国だから。」
「だからこそ信頼できるし、信頼できない、だろ?」
「ええ、そうよ。」
「これでヨーロッパは勝手に動いてくれる。俺たちがつく頃には、きっと笑顔で俺たちにどう協力するか計画書を準備して迎えてくれるぜ。」
「一方私たちは中東諸国に向かう、と。資源も押さえておきたいし、あの地域を抑えて、イスラム勢力を固めておかないと。」
「そうだな……。悪い、ちょっと運転荒くなるかも。」
ショウタがそういった瞬間、車が砂地に乗り上げ、勢いよく飛び上がった。2人の体が一瞬宇宙を漂っているように宙に浮く。
「無理しないでね。しばらくしたら変わるから。」
「ああ、今のうちに寝ておいてくれ。」
「ありがとう。次の休憩は?」
「そうだな、あまり知られてないオアシスがあるはずなんだけど…ぉっと!」
車が再びがくんと揺れる。
「地図に載ってる?」
「ヌアクショットの人に聞いて、俺がメモした。ここをずっと東に行けばいいはずなんだけど。」
「わかったわ。」
「頼む。」
真っ赤な夕日が最後の未練がましい炎を砂漠に落とし、宇宙がそのまま降ってくるような星空が東の空に広がろうとしていた。その中を、ジープは砂埃を立てて走り去っていった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
急にパソコンが壊れてしまい、更新が滞ってしまいました。
本編にうまく組み込めなかったチームゼロの動きをどうしても書きたくて番外編に突入しました。ゆっくり楽しんでいただけたら幸いです。




