ハルモニアのカフェで、また
「へー、そんなかんじだったのね。」
火星の古ぼけたカフェ。わずかに青い肌を持つヒルタ人、メイル・ノトメイアはコーヒーを一口飲んで呟いた。
「まっ、また詳しい話はおいおい聞くわ。」
わずかに緑色の肌を持つリンネルーアの王女、レイア・リンネルーアも、わけありげな視線で目の前を見つめる。
2人に見つめられた、わずかに赤い肌を持つ太陽系地球人ウエキセンカは、ばつの悪そうに目を背けた。
「で、今度は私から。」
センカはため息をつくと、体を前に乗り出した。
「鉄の星ヒルタと、緑の星リンネルーアは、水の星地球が大変なことになっている間、どう動いていたの?」
「それは、地球による太陽系連盟、戦略局戦略第1課長として?それとも友人として?」
メイルが呟く。
「どっちも。」
センカはそうとだけ答えた。
「もちろん、感謝しているわ。無駄な星間戦争は避けたかったし……。でも宇宙移民自治政府が無茶言い出してもついてきてくれたし……助かった。ありがとう。」
「こっちも、肝が冷えたわ。」
レイアがため息をついた。
「歓迎されて合同訓練かと思ったら、いきなり本部から真逆の命令が発表されたのよ。一体何かと思って戦艦アルタイル、戦艦ベガ、戦艦デネブ、戦艦ベテルギウス、戦艦シリウス、戦艦プロキオンに問い合わせた。けれどすでにあなたたちは脱出していた。私たちは『敵』『信頼できない異星人』と言われたの、いきなりね。」
「我々が大部隊を連れて太陽系を悠々と進めるのも、太陽系とわがヒルタ、リンネルーアとの友好関係に裏付けられていたからだった。なのに太陽系がいきなり方針転換をした。私たちは安全ではなくなってしまった。もはや敵地にいるも同然だった。」
メイルがレイアの言葉に続けた。センカは黙って2人を見つめた。
「とりあえず、私たちは火星に行くことになった。おそらくテラポルトスで何かが起きてしまった、ということだけしか推測しえなかったんだけれど、火星でダイマス団長に会えて、なんとか事情を把握した。」
メイルが続けた。
「ダイマス団長に会えたことは本当に大きかった。彼は私たちが監視されていることや、「守る会」がどんなやつなのかを丁寧に教えてくれた。ばれたら火星のハルモニアシティも危なかったでしょうに。」
メイルは、ファーストコンタクトの時に火星に墜落していた。その情報をセンカとコウスケに知らせ、メイル救出を手伝ったのは、火星のダイマス師団長だった。その縁もあって、メイルは火星の大男にかなり懐いている。あの状況下でダイマス団長に会えたことは、本当に安心できる出来事だったのだろう。
「そのころ、リンネルーアでは大きな騒ぎになっていたの。当然よ、いきなり「守る会」が放送電波をジャックしちゃったから、地球の放送を見ていた人から騒ぎがどんどん大きくなって、「うちの主力は無事なのか!王女は無事なのか!」て大騒ぎになっちゃった。」
レイアの言葉をメイルが遮る。
「大騒ぎどころじゃない、暴動が起きかねなかった。」
メイルは寂しそうに笑った。
「ヒルタ人はね、常に水の星地球や緑の星リンネルーアと戦争になることを恐れているの。私たちは自動防衛装置を開発して運用していた。そしてその自動防衛装置の一部が脱走し、機械群は太陽系の辺境で大勢の命を奪い、敵は緑の星の最高の戦士であった国王夫妻を殺してしまった。その星々と交流するということは、自分たちが犯した罪を背負っていくということ。そしていつか、太陽系やリンネルーアとの間に何かが起きてしまうのではないかと不安だったの。」
メイルはコーヒーを一口飲んだ。
「複雑よ。罪を償い許される一方で、奥底では不安でしかなかった。自動防衛装置の開発の再開、そして全自動の機械軍の開発を少しずつ進めてきた背景には、そんな複雑な感情もあったのよ。そこに、地球の「守る会」があんなことを言い出した。人々の不安と怒りが一気に暴走してしまった。」
「脱線してるね。」
レイアが少し笑った。
「火星で何が起きていたか話すわ。」
戦艦ベルダーナの通信室。普段は人の集まらない狭い部屋に、ヒルタ宇宙軍の精鋭たちが集まっていた。様々な苦い顔を見せる幹部に囲まれて、若い通信士官が黙々と職務をこなしていた。妙に生き生きしているようだった。いや、そうせざるを得なかったのだろうか。
「失礼します。」
メイル・ノトメイアは扉を開けて、薄青く光る部屋に入った。
「メイル・ノトメイア宇宙軍技術士官およびノトメイア研究所所長、入ります。」
数人がこちらを見た。ひどく疲れた顔ばかりだった。
「ノトメイア技術士官、待っていたよ。」
「ヒルタ本星から極秘通信が入っているんだ。」
若い士官が焦ったように畳みかける。
「以前テラポルトスに見つからないようにばら撒いたヒルタの小型通信衛星が役に立ちました。テラポルトスにはほとんど感知されずに通信できます。」
「どなたと通信しているんですか?」
メイルは、自分も通信機に近づきながら尋ねた。狭い部屋は机と椅子と士官たちでいっぱいで、メイルは体を時折傾けながら進まなければならなかった。
「ヒュンベルガー首相です。」
「ヒュンベルガー首相と?」
メイルは足を止めた。
「音声だけですが……こちらの状況と、本星の様子を確認しました。」
「そう……。きっとばれたら、テラポルトスはタダじゃ置かないわね。」
メイルはわざと笑った。盟友である地球人に何も知らせずに本星と連絡を取り合っては、不信感につながりかねない。ましてや勝手に小型人工衛星をばら撒いていたとなれば、立派な外交問題だ。
「まぁ、テラポルトスにセンカたちが戻ったら、誤解を解かなくちゃ。」
メイルは顔を引き締める。
「で、私がヒュンベルガー首相に呼ばれた理由は?」
「はい、ヒュンベルガー首相が、メイル・ノトメイア技術士官とお話になりたいと。」
「……わかったわ。」
メイルは頷くと、若い通信士官から席を譲ってもらった。「SOUND ONLY」とヒルタ語で書かれた画面に向かって話しかける。
「メイル・ノトメイアです。」
「おお、君か。ヒュンベルガーだ。まずは無事で何よりだ。チームゼロのみんなから、連絡は来ているか?」
「いえ、なにも。」
メイルは首を振った。親友であるメイルとレイアにはセンカから何か通信が入るのではないかと多くの人が期待していたが、まだ音沙汰はない。
「友人の無事もわからないというのに、申し訳ないな。」
「いえ…とにかく通信は危険です。さっそく要件をお伺いします。」
「では聞こう。」
くぐもったヒュンベルガーの声が続く。
「君は、もし戦争が起きたら、ヒルタのために戦うのかね?それとも、命まで救ってもらった第2の故郷、太陽系のために戦うのかね?」
メイルは息をのんだ。
「首相、おっしゃることがわかりません……。」
「戦争が起きたら、君はヒルタと太陽系、どちらにつく?」
いつも通りの口調でつづける大人の声に、メイルはこぶしを握り締めた。
「つまり……ヒルタでは戦争を考えているのですか?」
「どっちかね、ノトメイアさん。」
メイルは画面を見つめた。
「私は……私は、自動防衛装置の開発者の娘。自動防衛装置は大勢の人を、太陽系で殺してしまいました。その償いをしたいと思っています。もちろん、太陽系の人々も好きです。戦争など考えたくありませんが……。」
メイルは息を飲み込んだ。
メイルは、自動防衛装置の開発者の娘だ。ヒルタの人の命を犠牲にすることなく、ヒルタの星を脅威から守るために、そして軍隊の人員削減と真の平和を目指したメイルとスタワードの両親は、自動防衛装置を作り上げた。しかし高度な人工知能やコンピューターを組み合わせた自動防衛装置の一部は、その高度な能力ゆえに暴走してしまった。水の星地球ではメカと呼ばれ、太陽系外縁部に住む辺境の人々の命と生活を奪い、戦艦オリオンと国連宇宙防衛軍の若い命を奪った。緑の星リンネルーアでは、敵と呼ばれ、リンネルーアの王にして最高の戦士であったルヒート王とレイピア王妃の夫妻を奪った。残された幼いレイア王女を守るため、代理の女王であるリーヒ女王は、緑の星リンネルーアの宇宙進出の夢を諦め、先王夫妻の仇討ちをすることを禁じざるを得なかった。この天の川銀河でも大勢の人が死んだのだった。
メイルとスタワードの両親は、そんなメカの暴走を危険視し、たった2人で調査のために宇宙に旅立ち、行方不明になった。そんな両親を探し、後を追って宇宙に飛び出したメイルとスタワードは、「藍色の宇宙」の中で吹き飛ばされ、その先で偶然、水の星地球に助けられたのだ。
センカをはじめとする太陽系の人々も、レイアをはじめとするリンネルーアの人々も、決してメイルとノトメイア一家を怨んでいるわけではない。自動防衛装置の拡大や、機械化宇宙軍の創設など、過度な機械への依存には否定的だが、過去の罪を鉄の星に擦り付けるつもりはない。しかし、多くの人の命が奪われた悲劇が消え去ったわけではない。鉄の星ヒルタの人々は、天の川銀河の交流の中で、加害者である自分たちを複雑な目で見つめざるを得なかった。ヒルタの人々にとって、機械と共に暮らすことはもはや当たり前であったのだ。
「私は、ヒルタに忠誠を誓った、ヒルタ宇宙軍の兵士です。すべてはヒルタのために……。」
メイルは、涙をこらえながら、もう一度告げた。
「ヒルタのためなら、もう一度自動防衛装置を作りましょう。ヒルタのためならば、テラポルトスの友人たちを殺しましょう。ええ、そうです。私の両親だって、ヒルタのために自動防衛装置を作り上げて、ヒルタのために暴走した自動防衛装置を探しに行ったんです。悪気があったわけではないのに……。」
心にもないこと、いや心の奥底にあった言葉が、次々と出てきた。
「ありがとう。」
ヒュンベルガーが呟いた。
「泣くのはやめなさい。私はいい答えを聞かせてもらった。ヒルタ宇宙軍の技術士官、そしてノトメイア研究所の跡取りが、そこまで自分の背負ったものを受け止めてくれているとはな。」
「失礼しました……。」
「構わん。君の話を聞いて考えが決まったよ。」
ヒュンベルガーが続けた。
「宇宙戦争は避けるべきだ。身の安全のためでも、武力行使は極力避けてくれ。ただし現地の判断に任せる。そちらにはノトメイア技術士官もいるから、判断を誤ることはないだろう。」
「わかりました……。」
メイルは静かにうなずいた。
「ヒルタポリスはひどい騒ぎだ。君たちもわかるだろう?思いがけない加害の罪を背負うことは簡単なことではない。みな今までの鬱憤をまき散らすかの如く、地球へ攻め込めと叫んでいる。攻め込むまではいかなくても、水の星地球との交友関係は終わってしまったと誰もが思っている。」
「そんな……テラポルトスは「守る会」に占拠されてしまったんです!本心ではありません!」
メイルは叫んだ。
「わかっているよ、ノトメイア技術士官。それでもひどい騒ぎが起きてしまっている。研究中の機械化軍を出せという人々までいるんだ。」
「そこまでしたら……!」
「いいか、ノトメイア技術士官。ヒルタのことは我々に任せてくれ。」
ヒュンベルガー首相の声に、メイルは黙ってわずかに頷いた。
「もうひとつ報告しよう。例のヒルタ宇宙機械化軍の研究のすべての権限を、一時的にスタワード・ノトメイア士官候補生に委譲した。」
「スタワードに?」
メイルは思わず叫んだ。
「スタワードはまだ士官学校に通信制で通っているような子ですよ?」
「しかしノトメイア研究所の立派な跡取りだ。彼なら過ちを犯さないだろう。スタワード君に守ってもらう。分別を失った者たちがヒルタポリスに攻め入っても、大人たちは誰一人機械化軍の運用や研究に関する権限を持っていないんだ。最高の守りだ。太陽系の人々の命も、我々の命も、機械の命も守ってくれるはずだ。お姉さんの了承を得られることを期待するよ。」
メイルは、目を閉じた。ヒュンベルガー首相の言っていることは正しい。しかし弟が何を背負うことの重さが、気がかりでもあった。
「お願いします。」
「ありがとう。ノトメイア家には、本当に世話になっているな、我々は。」
ヒュンベルガー首相はそうつぶやくと、通信士官に変わるように促した。
「本星としっかり連絡をとったのはそれっきりよ。」
メイルはそういってコーヒーを一口飲んだ。
「通信は危険すぎたし。守る会もうるさかったし。」
「でもね、リンネルーア軍とは結構やり取りしてたんだよ。隣同士だったしね。」
レイアが少し笑った。
「こっそりここに来て、話したりとかしたよ?」
メイルも少しだけ笑った。
「リンネルーア軍も本星とやりとりしてたの?」
センカの問いかけに、レイアが答えた。
「ええそうよ。でも、叔母とは話していないわ。」
「レイア・リンネルーア殿下、ご無事で何よりです。」
通信機から聞こえるくぐもった聞き覚えのある声に、レイアは一言だけ返事を返す。かすかに声が震えた。
「ホーリー・ボロウ伯爵、大儀であった。」
ホーリー・ボロウは、叔母リーヒ女王の幼馴染だ。レイアにとっては、兄とも叔父とも呼べる存在であった。
「この通信を聞いているのは、通信士と私のみです。」
「こちらも、数名の通信士と戦艦シャハラザードの士官たちのみです。機密事項等があれば、いつでも人払いをします。」
「ご配慮ありがとうございます、レイア様。」
ホーリー・ボロウ伯爵の声を聞くと、レイアは息を深く吸い込んだ。
「ホーリー、おばさんは……?」
通信機の向こう側の空気が一瞬揺らいだのが分かった。
「まったく、ここは正式な場所ですよ…。」
ホーリーの声が少しだけ明るくなった。
「リーヒは、今回の知らせに大変驚いている。あなたやリンネルーア軍の主力、太陽系に赴任しているリンネルーア人の無事を心から祈っているよ。」
「リンネルーアはどうなの? ヒルタはひどい騒ぎだと聞いているのだけれど…。」
「王宮には大勢の市民が集まっています。皆不安なのです。先ほどもリーヒは……。」
「リーヒ叔母さんが?どうかしたの?」
レイアは思わず焦って身を乗り出した。
「レイア、落ち着いて。リーヒは何度か記者会見を行ったり、バルコニーに姿を見せたりして、市民たちに現状を伝えています。なので暴動も起きていないし、赴任中の地球人やヒルタ人へ危害が加えられてもいない。しかし情報がほとんど集まっておらず、かなり不安そうで……。」
「そうよね……。申し訳ないわ。」
「謝るのは、帰って来てからにしてください。」
ホーリーが静かに告げた。
「この通信そのものが最高機密です。私もリーヒにこの通信を行ったことは伝えません。たとえ女王陛下がそのことでお怒りになり、女王陛下の命令に従わなかった罰として私が死ぬことになろうと、リーヒにこのことは伝えません。リーヒが女王だからです。次期王位継承者たる王女の君には、それがなぜかわかるね?」
レイアは静かにうなずいた。
「今後何が起きるかわからないわ。もしリーヒ女王と地球に残されたリンネルーア軍が密かにつながっていて、ってことがばれたら、外交問題になりかねない。」
レイアは少し寂しげな声で答えた。
「ええ、そしてそれがもとで、「守る会」の地球と我がリンネルーアが戦争状態に陥ることも避けねばなりません。もしリーヒ女王陛下が関わっていたとなれば、全面戦争は避けられません。しかし、この通信はあくまで私が、ホーリー・ボロウが自分の権限を使って部下に命令し、勝手に行ったことであるとなれば、私を処刑することでリーヒ女王陛下とリンネルーア王家、そして緑の星リンネルーアそのものも守ることができるのです。」
「ホーリー、ありがとう。私たち王家と、この星のために、本当にありがとう。」
レイアは頭を下げた。心の底からの感謝の言葉だった。若く偉大なルヒート王とレイピア王妃の死後、残されたのは聡明だが何も知らない王の妹のリーヒと、幼い王の一人娘のレイアの2人だけだった。それを支えたのは、ボロウ家をはじめとする忠臣たちと市民たちだった。レイアはもう一度呟いた。
「本当にありがとう。」
「我々リンネルーア人は、あなた方に助けられてきました。たまには恩返しをさせてください。リーヒもあなたも、それをいつも忘れて1人でなんでもしようとするんですから。」
ホーリーはそういうと、声音を変えた。
「では、本題に移りましょう。今後我々がどう行動するかです。女王陛下や忠臣たちの意向も伝えます。私はリンネルーア軍の主力や、リンネルーア軍最高司令官であるあなたと通信したことは伏せ、リンネルーア本星の意向と、リンネルーア軍の意向が矛盾しないよう、裏で動きます。」
「ええ、早速ですが、女王陛下の意向を教えて頂戴。」
「かしこまりました。」
通信はしばらく続いた。
「まっ、こっちの動きは、それぞれの星で報告書にまとめて公開するから、もう少し待ってて。」
メイルはそういうと、立ち上がって擦り切れたコートを羽織った。
「明日出発でしょ?長居できないの。もう戻って明日に備えるわ。コーヒーいくらだっけ?」
「3ドルよ。エレクトロンにすると300エレクトロン。」
センカが真顔で答える。
「エレクトロン……ってまだテラポルトス以外では使われていない試験通貨じゃん。はい、3ドル。ごめん後で払っておいて。」
「りょうかーい。」
センカはドル札が3枚あることを確認すると、それを空っぽのコーヒーカップの下に置いた。レイアは少し不思議そうな顔でそれを見ていた。
「じゃあ、またどこかで。次地球に来るとしたら、慰霊祭かな?」
メイルがコートに手を突っ込みながら言った。
「今度は日本に来れるといいわね。母がメイルとレイアに会うのを楽しみにしているの。」
センカが自分のコーヒーカップを片手に答える。
「じゃあ、ヒルタのお土産持ってこなくちゃ。また着いたら連絡するよ。レイア、明日の出発の時、よろしくね。」
「ええ、すべては打ち合わせ通りに。」
レイアは自分のコーヒーカップを置きながら静かに答えた。メイルはもう一度手を振ると、きしむ木の扉を開けて、ゆっくり砂埃の世界に消えていった。
「ヒルタとリンネルーアは明日出発か。」
「うん。『合同訓練』も無事に終わったしね。」
今回の一連の事件によって置きた武力対決やら宇宙移民自治政府との同盟やらは、宇宙移民自治政府の太陽系防衛軍第3軍司令官、クラモトカズマが移譲された「合同訓練のための全軍の指揮権」により行ったことであり、あくまで「訓練の一環であった」ということで、すべて平常時の体制に戻っている。少しばかり強引だったため、こんな風に揶揄するものも少なくはない。
「私もそろそろ帰らなきゃな。最高司令官の役目もそうだけど、次期王位継承者としてもやることたくさんあって。」
レイアがリンネルーア語で呟いた。3人で話すときはヒルタ語を使うことが多かったが、メイルがいないと違う言語で話すこともある。日本語とリンネルーア語は割と似ているところもあるからだ。
「そうそう、その件について聞きたかったの。レイア、もうすぐ成人でしょ?女王に即位するかどうか、決めたの?」
センカの言葉に、レイアは動きを止めた。
「ごめんこういう時に。でもこちらとしてもある程度の情報は欲しいし、それにメイルの前だと話しにくいでしょ? メイルはヒルタっ子だから、王位継承とかそういう話、理解できないし。」
「そうね……。悩み中なの、その件に関しては。」
レイアは静かに告げた。
「でもね、今回のことがあって、女王にならなきゃと思った。リーヒ叔母さんと、ホーリー・ボロウ伯爵のためにね。」
「レイア……それって、まさかあの2人。」
センカは目を見開いて口を押えた。
「しーっ!何もないわよ。」
レイアは少し笑った。
「でも、ホーリーがリーヒ叔母さんのそばにずーっといて、リーヒ叔母さんもホーリーに本当に頼ってる。お互い本当に信頼しているし、大切にしているし、リンネルーアの王宮じゃ本人たち以外全員気付いてるわよ。」
「じゃあ、ホーリー・ボロウ伯爵とリーヒ女王が結婚できるようにするために、あなたが女王を引き継ぐってこと?」
「いずれはそうなるしね。なんか今回の2人を見てて思っちゃったの。この2人、自分の役目に忠実なあまり、自分たちの想いを無意識に殺しているんだなって。だったらリーヒ叔母さんが女王をやめて、普通の女の人になってしまえばいい。ボロウ伯爵家は王家にも引けを取らない立派な家系だから、反対する人もいないと思うし。」
「でも、レイアはまだ女王には……。」
「センカ、いずれは女王になるのよ。確かに女王になったら、今みたいに気軽に他の星へは行かれないけれど……。でもいずれそうなる。早いか遅いかだけの違いよ。」
レイアはまた少しだけ笑った。
「センカと話してたら少し吹っ切れてきた。帰ったらリーヒ叔母さんにも相談するわ。じゃあ、私もそろそろ行く。ありがとうね、火星まで来てくれて。」
「ううん。こちらこそ、結局テラポルトスに招待できなかったし、ごめんね。」
レイアは古ぼけたベールで全身を覆うと、きしむ木の扉の向こうに消えた。




