本当にあったこと
あれから数日後。火星では、今日も砂埃が舞う。
「じゃ、生き延びたことを記念して。」
火星の例の酒場、隅の席で3人の若い女性がカップを持った。
「かんぱーい!」
そして、コーヒーを熱いコーヒーをすすった。
「はぁ、やっと落ち着いたってかんじ。」
センカがしみじみと呟いた。
「公開事情聴取、まじで辛かったんだから。その辺のおっさんならともかく、「防衛軍の」スーマー・ヤオが尋問官。矛盾点があるとすぐ聞いてくるし、でもしゃべっちゃまずいこともあるし。ひやひやしてたわ。」
「お疲れさま。」
レイアが笑って返す。
「でもね、センカ。それだけ迷惑をかけたんだから、それくらいきちんとやって。」
メイルがセンカのほっぺをつねった。
「はいはい、ごめんなさい。」
「ごめんんじゃすまないわよ、センカ。」
3人の笑い声が響いた。
「でも、よく無事に帰って来たわよね。なんであんな行動とれたの?」
レイアがコーヒーを少し飲んでから聞いた。メイルも頷く。
「そうよ。ここにはスーマー・ヤオも大人たちもいないし、白状しなさい。」
センカはわざとらしいため息をついた。
「それ、もういろんな人に何度も話したの。おとといも、仕事終わりに、ユリアンさんに連れていかれたわ。一緒にご飯食べながら本部側の愚痴を延々と聞かされた。」
センカはそういってニヤッと笑った。
「僕も、センカさんとユウキさんが無事で、本当にうれしかったですよ。本当に、本当に、生きていてくれて嬉しかった。あなた方は、地球にも宇宙にも、戦略局にも必要な人です。」
ユリアン・ゲープハルト第2課長は、自分の家で、一気にビールを飲み乾した。
「でも、何してくれたんですか!?本当に!?」
「それは、「守る会」の連中に言ってやってくださいよ!」
ユウキがそういって、日本酒をくいっと飲み乾した。(ユウキはまだ未成年であることをお忘れなく。)
「結局、おとがめなし、ということは…。」
センカが日本酒を少しだけ口に含んでいった。(センカももちろん未成年であることをお忘れなく。)
「はい、スーマーは守る会に何らかの罰則を与え、かつ背後であの市民団体を操った何かを探ろうとしていたのですが、上から止められたようです。」
「上……国連宇宙防衛軍の上にいる存在か。絶大な権力を残されたままの国連宇宙防衛軍の上。」
ユウキがため息をついた。
「たぶん、人類宇宙委員会ね。」
センカが空中を仰ぎ見た。
「委員会は、本部や宇宙移民自治政府、国際連合の味方じゃないもん。それこそ人類全体を俯瞰していらっしゃるわ。」
「守る会にも、なんらかの支援をしたのでは?」
ユウキがぼそっとつぶやいた。それにユリアンも返す。
「おそらく、何か思惑があったのでしょう。「守る会」に資金か知恵か……何らかの援助をしつつ、だから僕の申し出をあんなに素直に受け入れた、いや、それすらも計画のうちだったのかも。」
「とはいえ、ユリアンさん。」
センカがユリアンの手をがっしり握った。
「あなたが、ヤオに取材の許可を与えてくれなかったら……。」
「あなたの計画には、どこまで含まれていたんですか?」
ユリアンは、恨むような声でそういってビールを少し飲んだ。
「えーと、うん。合同訓練中に、宇宙移民自治政府から連絡があって、命まで狙われてることを知った。」
センカがぼんやりした顔で、続ける。
「とにかく、脱出しろ、身を隠せとプロセルピナは最後に言い残してきた。それに従って飛び出すしかなかった……。もちろん地球への帰還も考えたけれど、危険すぎる。本部が占拠されている可能性は否定できなかったし、どこかの星かスペースコロニーに身を寄せることも考えたけれど……私たちの存在で、その人たちに迷惑をかけるわけにもいかないと思って。とりあえず、人がほとんど住んでいない宙域、つまりアルテミスケノンの方に飛んで行って、そこで、ユウキとカズマが移民星アスを提案してくれたの。まあ、2人はいまでも日本とアスの二重国籍保持者。家もあるしね。」
「じゃあ、まずはアスに?」
「ええ、そこから、こっそりインターネットにアクセスできるようにしてもらって……。」
「ツツイ技術第1課長と、シイナ情報第1課長ですね。」
ユリアンの鋭い声に、センカは笑って答えた。
「もちろん。とりあえずニュースサイトでなんとか情報を集めて、事情を把握したわ。」
「そこで、しばらく今後の動きを考えあぐねていたんだ。僕らはプロセルピナシティに戻る選択肢もあったけれど、センカたちを置いていくのは忍びなくて。」
ユウキが自嘲気味の笑みを浮かべた。ユリアンが不思議そうに聞き返す。
「で、スーマー・ヤオの件は?」
「ヤオは大きな命綱だった。国連宇宙防衛軍は、滅んだ今でも、私たちの親みたいなもの。ポイオーティアにいた先輩方は、きっと宇宙のどこかから助けてくれる、ってどこか思い込んでいた……。変でしょ?あの人たちはもういないのに……。」
センカはそういって日本酒を口に含もうとして、手を止めた。
「でも、国連宇宙防衛軍の人にすがるしかなかった。ヤオは唯一残った国連宇宙防衛軍のメンバーで、特別令を発布する権利を未だに持っている。私たちが、新しい秩序のために捨てたものよ。私たちには何もできなかった。私たちに何があったのか、証明して命を保証できるのは、ヤオだけだったの。」
「センカは、ヤオに協力を依頼しようとした。でもできなかった。テラポルトスと連絡を取ったら、僕らの居場所がばれてしまうし。まっ、僕は別に命を狙われているわけじゃなかったけど……。」
「いや、ユウキもやばかったと思う。「守る会」としては君らの人気の高さを危険視する算段だっただろうしね。」
ユリアンが返す。
「僕らテラポルトスは、君たちの計画もわからず、とにかく動くしかなかった……。スーマー・ヤオに目を向けたのも、君たちとスーマーに交友関係があると、偶然気づいたからなんだ。」
ユリアンの言葉に、ユウキが笑って返す。
「あの、ノートでしょ? センカが作った、人脈ノート。」
「そうそう、それだ。センカが職員それぞれが持つコネを活用しようと、交渉した相手なんかの記録を職員全員で共有できるようにしたノートだ。このご時世に、個人情報保護のためって、手書きのノートを職場にぶら下げてるだけなのに……まいった。あそこにいろんな職員が、そしてセンカが今まで交渉した相手の情報がきっちり詰まっていた。あんなノートにな。おかげで、「守る会」にばれることなく、やすやすとコネを探せたんだ。センカとスーマー・ヤオは何度か話している。これは使えるかもしれないと望みをかけたんだ。」
「でも、まさか人類宇宙委員会から許可をとりつけてくれるなんて……。」
センカはそういってユリアンと向き合った。
「ユリアンさん、あなた、人類宇宙委員会と何の関係が? あの状況下で許可を引き出すのは容易ではなかったと思いますが。」
「この僕が話すと思いますか?僕は一応ニューヨーク派の最後の砦ですよ?」
ユリアンは少しだけ笑った。
「まぁ、大切な同僚ですから話しますよ。実は、僕は委員会の人間に会ったことがあるんです。」
「委員会の……直接?」
「ええ、顔は見えませんでしたが、直接会って話したことがあるのです。」
「ユウキ……あんたも、会ったことないのよね?」
「うん、電話とかでなら何度も話したことはある。辺境移民再建協会や宇宙移民自治政府みたいな組織が成り立っちゃうの、正直、人類宇宙委員会のおかげだからね? 普通ならつぶれてる。」
ユウキが静かに笑う。
「だって、宇宙移民ってめちゃくちゃ金がかかるんだぜ? 資金源は国家だけじゃない。あらゆる企業や団体、個人から吸い取ってきたものだ。宇宙移民だって、企業が従業員をまとめて単身赴任させてるような側面があったし。」
「宇宙に投資する、いえ、投資させられた企業もたくさんあったわね。」
センカがそっとつぶやく。宇宙開発には、多くの民間の資本が関わっていた。複雑な利害がうごめく中、多くの人が宇宙へと旅立っていったのだ。
センカの言葉にユウキが頷いて、後に続けた。
「そんな、戦争で活躍した少年兵ごときが、辺境移民再建協会なんていう超巨大組織を作り上げて、熱烈な支持を集め、宇宙移民自治政府を作り上げる、なんてふつうはできないよ。裏で人類宇宙委員会が、国や企業に手を回して協力させていたのは明白だった。資金に関しても、うまく融通できたのは彼らの支持があったからだ。おそらく多くの人の支持が集まったのも……委員会のおかげだ。」
ユウキは自嘲気味に笑った。
「ところでさ、むしろ、センカの方が、直接会ったことがあるんじゃない? 委員会のお気に入りだろ?」
「いいえ、直接はないの……。」
センカが首を振った。
「あの日、出征するとき、辞令を直々に頂いたわ。それっきり。シャテンバーグと名乗っていたけれど、それだけじゃ誰かは特定できないし、偽名の可能性も十分高い。正直、私たち人類の方向性を決めている、一番大きな組織のメンバーがここまで隠されているなんて、思いたくないけれどね。」
「そうなんだ……ユリアンさん、どんな人でしたか?」
ユリアンはため息をついて答えた。
「いや……衝立越しというか、同じ空間にはいたんだけれど、姿かたちは見えなかった……。状況を整理しよう。会ったのは、まだLSSEが設立する前、僕がまだいっぱしの国連宇宙機構の戦略部職員だった時の話なんだ。ある日、突然出張を命じられて、その時に交渉先として選ばれたホテルの一室で、直接話した。」
「何を……?」
センカは、ぞっとするほど怖い目でユリアンを見つめた。
「あのころ、LSSE体制への移行に向けて、ざまざまな議論がされていた。なのに委員会は何も接触してこなかった……。」
「こっちもだ。」
ユウキも続ける。
「辺境移民再建協会と宇宙移民自治政府じゃ、規模が違いすぎる。協会の幹部や、各星の実力者と会合を重ねながら、ベストな『プロセルピナ』の在り方を探っていた時で、何度も報告書を送ったのに、一切返事が来なかった。」
「うん、そういうのは噂で聞いていたから、僕も不思議だったんだ……。そう、内容だよね。内容は、『LSSEの幹部としてどうするか』という話だった。」
「LSSEの幹部……。」
「ああ、君たちチームゼロ、つまり国連宇宙機構の部長から、すでに打診はされていた、というか、嘘かほんとかわからないくらいの声をかけてもらっていたころだ。」
「そうだったわね……戦略第2課長として、まだ若いけれど力のあるユリアン・ゲープハルトを使いたいと、何度もあなたに言ったわね。」
センカは少しだけ笑った。昔を懐かしむ目をしていた。
「委員会はそのことをよく理解していたよ……。そのうえで話をしたんだ。内容は至極簡単なことだった。『もし、君たちに代わって、宇宙の命運を握ったら、どんなことをしたいか』と。」
「私たちが……?」
「いなくなったら……?」
センカとユウキは同時に顔を見合わせた。
「どういうこと……?」
センカが震える声で、自分に言い聞かせるように呟いた。
「僕はこう答えた。チームゼロを失うわけにはいかない。私たちが代わりになることはない、と。」
「それで、委員会は、何と言っていたんだ?」
ユウキが身を乗り出して尋ねる。
「少し笑ってね、彼らをそんなに信用しているのか、と聞かれた。私はこう答えた。『自分よりも幼い無垢な子供が、悲惨な戦場と辛い宇宙の現実と、未来への可能性をすべて見つめて、受け止めて戻って来た。そして精一杯可能性を希望にしようとしている。我が子を信じない大人がどこにいるんだ』と。」
ユリアンは照れくさそうに笑った。
「当時も今も、何か文句をつける奴はいますからね。ついカッとなってしまったんです。委員会はそれを聞くと、また笑って、『じゃあ、急にチームゼロがいなくなってしまって、君らが宇宙の命運を握ってしまったらどうするのか』と尋ねてきました。『ただ、自分のやるべきことをやって待つ』と答えた記憶があります。それを聞くと、委員会はもう何も聞いてきませんでした。いくつか具体的な問題に触れて、私の考えを聞くと、もう飽きたらしく、『ゆっくり休め』とだけ言って、私は部屋を追い出されました。」
ユリアンはそこで背筋を伸ばした。
「ですが、私も聞きたいことがあったので、それを聞くことにしたんです。足が震えて仕方がなかったことを覚えています。」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
更新が大変滞ってしまい、申し訳ありません。
とっても忙しく楽しい大学生活を送らせてもらっています。
不定期になりますが、更新を続けるので、また読んでくださいね!




