地球防衛特別令
ヤオは、画面の前でもう一度息を吸い込んだ。
全世界の電波をジャックして、国連宇宙防衛軍なんて過去の組織の威光を持ち出してまで、語りかける。自分が思っているよりも大ごとになっていることは痛いほど理解していた。
「太陽系の民主主義を守る会」などという市民団体が、勝手に暴れまわり、LSSE体制をめちゃくちゃにした。確かに、チームゼロと呼ばれる日本人の少年少女に、宇宙の命運を任せる形になってしまったのは事実だ。それが歪んでいることは、誰よりも彼らが知っていた。
ヤオは、戦友として、ジャーナリストとして、彼らを時に戒める存在としてあり続けようとした。心情としては「守る会」に近いところもある。
それでも、彼らの命を躍起になって狙う大人たちを、ヤオは信じられなかった。
そう、大人は信じられなかった。
「続いて、なぜそのような偶然によって選ばれた少年少女に、未来が託されたのかを説明しましょう。」
だから、ヤオは、自分に大人が残してくれた権限をすべて使って、大人たちに、同じ子供たちに、語り掛ける。覚悟を決めるように、ヤオは言葉を発した。
「kamikaze作戦、いわゆる戦艦オリオンによる特攻作戦は、かなり早い段階から立案されていました。今でこそ、開発者である鉄の星ヒルタの協力と、異なるテクノロジーの発展を持つ緑の星リンネルーアの支援で、なんとか各地に散らばる暴走した機械群を無力化することができるようになりましたが、当時は最新鋭の宇宙戦艦をもってしても、倒すことができなかったのです。」
ヤオは静かに続けた。
「当時、戦艦オリオンは冥王星をはじめとする太陽系外縁部、つまり辺境の防衛のため、重要なポイントであった小惑星ポイオーティアを離れられずにいました。もしそこを離れるのであれば、それこそ、必ず勝つと決めて、刺し違えてでも、メカを倒さなければならなかったのです。」
ヤオは一瞬間を置き、続けた。
「そんな中、メカへの大規模なハッキング作戦であった、H作戦が、ミシェル・スノーヴァ情報長の元、実施されました。結果、メカがすでに地球を射程内に収めていること、その武器や方法、時期なども、解明されてしまったのです。メカが地球を射程内に入れている可能性は高かったため、予め地球防衛作戦、Aegis作戦が立案されていましたが、この2つがさらに連携を取り、早急に実行される必要が出てしまったのです。」
ヤオは息を吸いながら、戦友たちの顔を思い浮かべた。初めての大規模な任務だったA作戦。みんな心を躍らせていたものだった。友人たちの希望に満ちた顔が浮かんでは消える。アジア部隊長という幹部クラスの隊員であったスーマー・ヤオは、隊員1人1人の顔を思い浮かべることができた。
「そして最後の作戦、Zero作戦が立案されました。K作戦の実施に伴い、国連宇宙防衛軍の主力は全滅を免れないと判断した戦艦オリオンの人々による、未来への希望の道しるべの作戦でした。」
ヤオは息を飲み込んで、それから続ける。
「ZやZeroには、いくつもの意味が読み取れます。Zはアルファベットの最後。戦艦オリオンから発する最後の作戦であるという意味もあります。Z旗、これはチームジパングとチームゼロの出身国である日本で、ある有名な海戦の前に掲げられた旗です。皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ。勝利の祈願する切なる想いが込められていたのでしょう。Zero、言うまでもなく、この作戦を任されたチームゼロのゼロ。彼らが乗るゼロ、零号機は、高い能力とは裏腹に、操作がとても難しい危険な戦闘機です。戦艦オリオン艦長タカハシハヤトは、妹であるタカハシコハルを、零号機の開発過程で失っています。妹への想い、彼女の後を受け継ぐパイロットたちへの想い。」
ヤオは、一瞬涙があふれそうになった。
「そしてゼロ。すべての始まりであり、無であるまっさらな状態。その名の通り、この作戦は未来に、禍根も足かせも、決まったレールも残さずに、無限の可能性のみを残す作戦だったのです。」
テラポルトスの会議室。
ウエキセンカは、銃を握り締めた。銃はあくまで「守る会」の監視員の手元を狙っていた。そして監視員の銃は、ぴったりと課長たちの頭に銃口を向けていた。痛々しいほどはりつめた空気に、スピーカーからのヤオの声だけが震えて伝わっていく。
「無限の可能性のみを残す……。」
ヒルタ宇宙軍の戦艦ベルダーナで、メイル・ノトメイア技術士官は唇をかみしめた。
「それこそ、敵とも友人になる可能性まで……。」
メイルは涙をこらえるように目を閉じた。
「センカ、あんたはその無限の可能性の広がっているこの世界を、どうしようとしたの?」
メイルは目を開ける。眼下には無限の宇宙と、青く光る地球、そしてこちらに銃口を向けたままの地球の宇宙戦艦。メイルは再び唇をかみしめた。
スーマー・ヤオは、カメラの前で再び息を吸い込んだ。
「Z作戦の主な内容は、チームゼロの今後の行動を位置づけるものでした。当時少尉であったチームゼロの面々が中尉に昇進したのも、Z作戦の中の「アルテミスケノンベースキャンプのメンバーへの業務の引継ぎ」の一環ですね。チームジパング、つまり当時国連総会によって強大な権力を任された国連宇宙防衛軍の最高幹部たちは、「彼ら」にすべてを引き継ぐための作戦を立てます。」
ヤオはZ作戦の要綱をメモした紙を、かすかに震える指で確認しながら、話を組み立てていった。
「先ほども言った通り、K作戦は特攻作戦でしたから、後継者たる若者たちはK作戦に組み込むことはできません。しかし、チームゼロのメンバーは、その時まだ、危険な辺境のアルテミスケノンにいました。おまけに、戦艦オリオンの犠牲は日に日に増え、K作戦に必要な大人の戦力が足りなくなりつつありました。そこで、戦艦オリオンの大人たちは、泣く泣くチームゼロにK作戦に関わってもらうことにしたのです。皆さんもご存じのとおり、チームゼロのうち4名がK作戦における戦艦オリオン防衛の任に、4名が本来の任務であったA作戦における地球防衛の任に、移民星アスのゼロパイロット、アサヒとクラモトの両名が、手薄になった冥王星防衛の任につきました。僕自身は、A作戦に参加しました。」
ヤオはわずかに震える声を抑えようと、続けた。
「当然、特攻する前にkamikaze作戦から、チームゼロの4名を離脱させる必要があります。そこで彼らの離脱の口実が必要になりました。それが、あのワープウェイのゲート破壊です。確かに敵はワープウェイの存在を認知しており、ワープウェイを通じて地球に攻撃する可能性が高かったのは事実です。ポイオーティアの幹部たちは、チームゼロの4名が特攻作戦から離脱するために、そして自分たちの後顧の憂いを断つために、Z作戦で4名に、ポイオーティアに一番近い「太陽系外縁部第1ゲートウェイ」の破壊を命じました。これが、チームゼロの4名、ハシモトショウタ、ウエキセンカ、ニイムラトウキ、スギヤマスズナが、なんとか生き延びた理由です。」
スタジオのスタッフたちもざわめく。辺境戦争の報告書はほとんどが公開されていたが、このあたりの事情が詳しく世の中に説明されたことはなかった。戦艦オリオンが全滅したことと、唯一子供たちが生き残ったことで、当時はいっぱいいっぱいだったのだ。
「一方、冥王星防衛の任に当たっていたアサヒユウキとクラモトカズマ。2人はポイオーティア防衛線を全滅させたメカの戦闘機を食い止めます。戦闘記録が公開されていますが、それはとても15歳の少年のものとは思えません。宇宙移民自治政府の重役となった今の2人に、冥王星をはじめとする辺境の人々から絶大な支持が集まったのも、頷けます。そして、Aegis作戦を文字通り任されたツツイコウスケ、シイナリンカ、ニシオカタケル、オオノハルカの4名は、よく……地球を守ってくれたと思います。」
ヤオは、そこでハッと我に返った。頬を一筋の涙が伝っていた。しかしヤオは唇をかみしめて、それを我慢した。テレビの向こうに、この涙は見えるのだろうか。
「あの日、流れ星を見た方も大勢いるでしょう。あれは、みんな……全員、僕の戦友、僕の仲間、僕の……家族同然の仲間たちでした。あれだけ厳しい訓練を乗り越えた仲間たちも、地球のエースだった仲間たちも、みんなみんな死んだんです。チームゼロの人たちは、本当によくやってくれた。僕たちを……でも、生き残れなかった。特別青年地球防衛隊で、僕だけが生き残ったのです。そんな厳しい状況で、4名は本当に地球を守ってくれました。」
ヤオは深呼吸をした。感情的になって、声が変わっているのに気づいた。
「こうして、チームジパングが未来を託した子供たちは、なんとか生き残ったのです。そして辺境戦争を戦った経験のある人間は、チームゼロだけでした。辺境戦争の機密情報にアクセスし、公開する権限を持っているのも、彼らだけでしたしね。」
ヤオは、もう一度深呼吸をした。さっきの気持ちの高ぶりがまだ静まらない。
「当時から、それがチームジパングの黒い思惑ではないのかという噂はありました。同じ日本人ですし、直属の部下ですから、情が移って権力を渡そうとしたとも考えられます。しかし、ここまでしないと、たとえチームゼロでも生き延びれなかったでしょう。彼らはまだ、ほんの15歳の少年少女に過ぎなかったのですから。」
少し、落ち着いてきた。
「ええ、彼らは15歳の少年少女にすぎません。ですが、Zero作戦によって戦艦オリオンの幹部職代理を引き継いだ、つまり国連総会で託された大権を引き継いだ、そして戦争を経験した、少年少女を、時代は手放しません。彼らはZ作戦に込められた理由、自分たちだけ生き残った理由を痛いほど知っています。だから、逃げなかったんです。彼らは、大人たちと時代の流れに任された、新しい世界作りを始めました。無論、ポイオーティアの大人たちも、テラポルトスの大人たちも、世界中の大人たちが新しい世界を考えていました。チームゼロの面々は、そういった様々な考えを取り入れながら、国連宇宙機構、そして地球による太陽系連盟を作り上げていきました。それは皆さんもご存じでしょう。」
ヤオは、息を吸い込んだ。戦友たちがいまどこにいるのか、守る会の連中がどこにいるのか、何もわからなかった。でも、この放送を聞いているはずだ。ヤオは、ここからは見えない、世界中の人々に向けて言葉を届ける。
「確かに、チームゼロは全員、偶然選ばれた一般の少年少女に過ぎない。しかし、それでも厳しい訓練に耐え、厳しい戦場を生き抜いた彼らの力に、僕らは未来を託すことを決めました。いつ決めたか、そんなものを決めた覚えはないという人々もいますね。しかし、国連宇宙防衛軍に大権を与える決定をしたのは、当時の世論とそれを反映した国連総会。世界の国々や星々の代表たちです。その後も国連宇宙機関設立時に、国連はもちろん、世界中のあらゆる国家や法人と会見を重ね、協力体制を築いています。各政府が何を約束したのか、その正当性、記録、すべてはそれぞれの国や星できちんと公開されているはずです。そして、それを進めたのは、みなさんがそれぞれの国で選んだ政治家や官僚たちです。」
ヤオは、静かに続けた。
「よって、チームゼロは、決してコネや陰謀で選ばれた少年少女たちではなく、それでも宇宙を任せる力を持っていると判断しえる、経歴を持っています。戦後処理もその後の太陽系体制作りにおいても、決して独裁とは言えず、周りの意見をきちんと取り入れていると思われます。」
ヤオは、また息を吸い込んだ。
「確かに、民主主義体制が確立したとは未だに言えません。正直、独裁ともとれるような状況が続いています。しかし、LSSEの課長となった彼らは、民主主義体制の確立に向けて確実に動いています。その証拠は、現在公開され、各政府で審議中です。」
スタジオは未だにざわついている。ヤオはちらりと腕時計を見て、再びカメラを見た。
「以上の事実をもって、国連宇宙防衛軍は、チームゼロの主張を聞く必要があると考え、テラポルトスより宇宙に今回の件について事情を説明してもらうべきだと考えます。そのため、国連宇宙防衛軍の名において、地球防衛特別令を発布します。」
ヤオは、手元に持っていた、古い形式の命令書をカメラに向けた。
「只今より、全人類は、地球と太陽系の平和を守るため、ハシモトショウタ、ウエキセンカ、ニイムラトウキ、スギヤマスズナ、ツツイコウスケ、シイナリンカ、ニシオカタケル、オオノハルカ、アサヒユウキ、クラモトカズマの身柄を保証、保護する義務を持つ。また、その10名は国連宇宙防衛軍による公開事情聴取に出頭すること。なお、身柄の保護義務は、公開事情聴取終了時までとする。違反したものは、取り決め通り、各国の警察と軍隊に身柄を拘束され、国連の代表団によって国際犯罪として裁かれる。なお、詳しい日時と場所は、後日改めて公表します。以上です。」
スーマー・ヤオは、静かに言い放って敬礼をした。スタッフが震える指でカメラのスイッチを切る。次の瞬間、ヤオの体ががくりと揺れた。
「ヤオっ!」
ジョン・ウェブが駆け寄る。ヤオは、荒い息で呟いた。
「今度は……仲間の命を守れたかな。」
「ヤオっ!疲れが出たんだな。キャシーさん!車を出してください。」
ジョンは、ヤオの眼から流れ落ちた涙を、確かに見つけた。しかし、ジョンはそれを、後々まで決して記事にしようとはしなかった。
「だそうだ。」
バズ・ミサカ太陽系防衛軍第2軍司令官は、にやっと笑って部下たちを見渡した。
「国連宇宙防衛軍からの命令だ。早速、第3軍の司令官と副司令官を、安全なテラポルトスに保護せねばならない。ただちに停戦!ヒルタ宇宙軍、リンネルーア軍、そして太陽系防衛軍第3軍に通達!」
「だそうだ。」
ハシモトショウタは、そういって静かに銃を下した。守る会の連中はぎょっとした顔で、チームゼロを見つめた。
「リンカ、お願いしていい?」
「了解。」
センカの言葉に、リンカがかろやかに答え、ポケットから端末を取り出した。
「YURIKAシステム、通常状態に移行。並びに各部署へ通達、課長級会議は今日はおひらきにします。」
銃を降ろしながら、全ての事情を知っているコウスケは静かに笑った。リンカと姉のYURIKAは固いきずなで結ばれていた。もちろんテラポルトスの非常事態に対し、情報局と技術局の職員は総出でYURIKAシステムを守った。しかし、妹リンカを危険にさらされたYURIKAの発揮した自衛システムはすさまじいものだった。シイナ家はいくつかの裏コードをYURIKAと密約している。それをうまく利用して、より強固な守りを作ったのだ。結局、守る会はYURIKAシステムの半分も使いこなかったのだ。
「これでYURIKAシステムは通常通り。一部の機能が使えないとか、データにアクセスできないとか、そういうのはなくなったわ、センカ。」
「ありがとうリンカ。」
足音が聞こえてくる。LSSEを守る保安隊か警備隊、あるいはテラポルトスに終結していた各国の軍隊が、課長たちがどの会議室にいるのか把握し、駆けつけているのだろう。
チームゼロの面々が次々と銃を下していく。ショウタは、まだ銃を構えたままの監視員を睨んだ。
「君たちは、僕らを保護しなければならない。そして、僕らを保護しようとしている人々を保護しなくてはいけないはずだ。」




