過去からの命令
大変長らくお待たせしました。
ニューヨークでの一件から数時間後。宇宙が歌に包まれてからしばらくたったテラポルトスでの出来事です。
テラポルトスの会議室。そこには、ぞっとするほどの冷たい空気が漂っていた。そこに、テラポルトスを守っていた第2課長と第3課長が集められていた。
めいめい椅子に座っていた。エーヴ・スクウォドフスカ技術第3課長は背筋を伸ばして、横に立つ監視員を睨みつけていた。
エーヴは自分のこめかみに冷たい銃口が突きつけられていることを知っていた。それでも顔色一つ変えずに、ただ待っていた。
Stille Nacht, heilige Nacht,
Alles schläft, einsam wacht
Nur das traute, hochheilige Paar,
Holder Knabe im lockigen Haar
Schlaf in himmlischer Ruh!
Schlaf in himmlischer Ruh!
この歌声がテラポルトスと地球を包み込んだ瞬間、戦略局で仕事をしていたユリアン・ゲープハルト戦略第2課長は、そばで監視員から銃口を突き付けられた。
「ゲープハルト課長、至急課長級会議を開いてください。」
サングラスで顔を覆い隠した監視員が冷たい声でそうとだけ伝えた。
「おい、課長に何をするんだ!?」
「会議ならば準備が必要だ。俺たちも行くぞ!」
「いい加減にしろっ!」
部下たちが騒ぐが、監視員が銃の安全装置を外す音で、一気に静かになった。
「やれやれ、なかなか開かせてもらえなかったんだが。」
ユリアンはゆっくり立ち上がる。
「いつもの会議室。そうとだけみんなに伝えろ。」
ユリアンは監視員を睨むと、ゆっくり歩き出した。
例のメッセージカードにより、今回のことで課長たちの総意は得ていた。そして、こうなることもわかっていた。それでもわずかに心が痛んだ。
あっというまにLSSE本部のトップたちが、銃を持った監視員たちによって会議室に集められた。
(ここが、俺たちの処刑場……か。)
ユリアンは自嘲気味に微笑んだ。
予想通り監視員たちは、冷たい銃口を突き付けると、今すぐに歌をやめさせるように脅してきた。それに対して、ユリアンら課長たちは、「現場の防衛軍が行ったことで、一切関係ない」という主張の一点張りで返し続けた。バズ・ミサカ戦術第2課長も、戦場から一切返事をしなかった。
現在は、YURIKAシステムの管理権を渡すかどうかという交渉が続いている。ただし一任されたマイクロフト・アスキス情報第2課長や、スティーヴ・プラウキ情報第3課長は、「知らない。それはシイナリンカ第1課長に一任していた。」の一点張りで押し通している。「守る会」もYURIKAシステムが欲しいようだ。そのため交渉が続いていたが、いつ破断するかわからなかった。
「あなた方は、我々の管理下に置かれることを同意してくださったと思っていたんですが……。」
監視員は静かに続けた。
「やはり、権力の味は忘れられませんか。」
「権力だって?」
ユリアンは静かに監視員を睨んだ。
「お前ら守る会は、何を守りたいんだ?」
監視員は冷めた目つきでユリアンを見下ろした。
「民主主義、ですよ。チームゼロは、Z作戦などと言って太陽系をめちゃくちゃにした。勝手にね。」
「本気で思っているのか?」
「ええ。選挙も行われず、人々は太陽系の、人類の代表すら選べなかった。それのどこが民主主義なのですか?」
「お言葉ですが。」
ユリアンはわざと大げさなため息をついた。
「LSSEの設立から活動方針まで、すべてを勝手にあの子供たちがやったと? いくらあの子たちでも無理でしょう。彼らは大人たちと交渉をして、なんとかまとめあげたに過ぎない。そしてその大人たちは、それぞれの国や地域で選ばれた、立派な大人たちだ。確かに直接は選べていないが、そのための制度も作ろうと苦心していたし、民意は拾うようにしていた。むしろ、そちらがやっていることこそ、クーデターでは?」
「なんだと、権力の亡者め!」
「我々、LSSE本部は、テラポルトスは、太陽系の民主主義を守る会には、決して屈しないっ!」
そう叫んだ瞬間、銃口が一層冷たく感じた。ユリアンは目を閉じた。どこからか「きよしこの夜」が聞こえる。
(葬送の歌か……。)
ユリアンが、そして課長たちが死を覚悟した時だった。
突然、アラートが鳴り響き、歌声が消えた。
「なんだ!これは!?」
監視員たちが慌てふためき始めた。
「このアラート……どこかで……?」
マイクロフト・アスキスは身じろぎもせず、目だけであたりを伺った。
「これは、辺境戦争の時の……?」
すると、どこからか声が聞こえてきた。
「こちら、国連宇宙防衛軍、特別青年地球防衛隊、アジア部隊部隊長及び中台班班長、スーマー・ヤオです。国連宇宙防衛軍の名において、地球防衛特別令のもと、全世界に特別放送を行います。」
その声は、次第に地球上全ての電波を、そして宇宙の電波に乗って、この宇宙に広まっていく。
「繰り返します。こちら、国連宇宙防衛軍、特別青年地球防衛隊、アジア部隊部隊長及び中台班班長、スーマー・ヤオです。国連宇宙防衛軍の名において、地球防衛特別令のもと、全世界に特別放送を行います。」
ジョン・ウェブは、ニューヨークの放送局で昔の制服を身に着け、堂々と立つ友人の姿を、ただあんぐりと見つめていた。テレビ局は騒がしい。あちこちでアシスタントやディレクターが駆け回り、本来ニュースを読むはずだったキャスターは呆然と立ち尽くしている。
「お前、本当にすげえ立場だったんだなぁ。」
ジョンはつぶやく。キャシー・レイハントンも横で呆然と立ち尽くしていた。
「ええ、そうですね……。」
ヤオはこのフレーズを何度か繰り返していた。どこか自分に言い聞かせているようだった。
「地球防衛特別令って……どこかで聞いたような気がしますけど。」
「キャシーさんもさすがに忘れますよね。僕も今まで忘れていましたよ。ほら、辺境戦争で、地球が本当にやばくなったときに、防衛軍が指示を出すっていう法律みたいなもの、あったでしょ?」
「ああ、ありましたね。さすがに議論の的になった……はずですよね。」
「ええ。でも、事情が事情、確かチームゼロの出征がありましたから……議論は止んでしまった。地球は実際、危なかったですしね。」
ジョンは少しだけ笑った。
「A作戦……The Operation of Aegis、覚えていますよ。流れ星が……きれいでしたから……。」
「ああ。ヤオはあの流れ星の中、ひたすら飛び回っていたんだ。特別青年地球防衛隊の唯一の生き残りだ。本人もひどい大けがだったそうだし……あいつと何度か仕事をしたことがあったんだけど、ヤオは昔のことをあまり語りたがらないんだ。でも、語ろうとする、そのために取材をして書く。」
ジョンは、もう一度ヤオを見つめた。ヤオは原稿をめくり始めていた。
「唯一の国連宇宙防衛軍、地球を守るために、地球防衛特別令という強大な命令を、地球中に発令できる権限を持ったままの唯一の人間。それがスーマー・ヤオなんだ。」
「現在、テラポルトスのLSSE本部は『太陽系の民主主義を守る会』を名乗る団体に占拠され、太陽系防衛軍第1軍と第2軍、そして第3軍とヒルタ宇宙軍、リンネルーア軍の間で戦闘が発生しています。」
ヤオは綺麗な英語でつづける。
「LSSEの機能停止と地球ー火星宙域での大規模な戦闘行為は、地球の安全保障を脅かすものと、判断します。尚、本来であれば……本来であれば、部隊長による共同声明という形をとるべきであり、かつ戦艦オリオン艦長であるタカハシハヤト大佐、いえタカハシハヤト中将の承認が必要なのですが、戦艦オリオンと連絡がとれず……かつ、他の部隊長と連絡が取れない状況であるため、特別令発布の特別な場合として認められている、緊急時の部隊長による単独での発布を行います。」
ヤオは息を大きく吸い込んだ。
「『太陽系の民主主義を守る会』以下『守る会』の主張は、チームゼロ、と呼ばれている10名のLSSE職員の身柄の拘束と裁判、そしてしかるべき死、でした。チームゼロの10名の私物と化したLSSEを適切な民主主義の形に戻す、これが『守る会』の目的だそうです。そのため、強制的な方法も仕方がないと判断し、テラポルトスに滞在していた民間人や、鉄の星ヒルタ、緑の星リンネルーアの代表団、各国の国家元首と外交団を人質にLSSE本部、つまりテラポルトスを占拠、実権を掌握し、独自の改革をしようとしていました。しかし、テラポルトスの実権を握った『守る会』の動きに、冥王星のプロセルピナシティに本部を置く宇宙移民自治政府が反発。麾下の太陽系防衛軍第3軍とヒルタ宇宙軍、リンネルーア軍との間に共闘体制を築き、地球に向け攻撃を始めました。これに対し、『守る会』が実権を握ったLSSE本部から、麾下の太陽系防衛軍第1軍及び第2軍への出撃命令と、ニューヨークの国際連合を通じて、地球上の各国からの軍事面における応援の要請が通達されています。」
ヤオはそこまで淡々と読み上げると、一息置いてからまた語りだした。
「これら一連の動きを、地球の安全保障を脅かす可能性が非常に高いと判断し、われわ……私は特別青年地球防衛隊アジア部隊長の権限を使い、一連の動きの真相をつかむため、チームゼロの身辺調査と、国連宇宙機構及び「地球による太陽系連盟」の設立過程の調査を行いました。これからお話するのは、全人類が知るべきその真相と、それを元に、われわ……我々国連宇宙防衛軍が、全人類に発する命令です。」
カチャリ、という乾いた音に、テラポルトスの会議室の冷たい空気は震えた。全員が音のなったほうを見つめた。
「課長……。」
どこともなく人質たちから声が漏れる。
「お、お前たち、どこから……?」
監視員の冷たく震えた声に、入り口で銃を構えた8名の人影から、返事が返ってきた。
「国連宇宙防衛軍による地球防衛特別令は、いかなる理由に関わらず、すべての国家、法人、個人が従うことが義務づけられている。それは、太陽系辺境防衛戦争中の国連総会で、満場一致で決まったことだ。そしてそれは未だに撤回されていない。」
センカの声に、監視員が怒鳴り返す。
「しかし、国連宇宙防衛軍は解体され、国連宇宙機構と太陽系防衛軍に再編された。誰が当時の命令を……。」
「ええ、組織は再編され、わずかに残った人材も新しい組織に移った。でも、国連宇宙防衛軍には、いまでも大勢の人が所属している。例えば……。」
センカの声に、ショウタが重ねて続けた。
「僕らの上官だった、国連宇宙防衛軍戦艦オリオン艦長、タカハシハヤト中将。彼をはじめ、戦艦オリオンの乗組員たちは、戦死扱いだ。けれど正式な記録では『行方不明』だ。死をみとった人間も、彼らの遺体も見つからなかったからだ。彼らは今でも国連宇宙防衛軍の一員だ。」
「しかし、彼らは死んだ……いや、行方不明だ!命令を発布することはできない!」
ひとりの監視員が叫んだ。
「いいえ、記録上ではあるけれど、たった1人だけ、この世には国連宇宙防衛軍の兵士が生き残っているの。」
リンカが静かに告げる。それに続けて、コウスケが静かに戦友の名前をつぶやいた。
「国連宇宙防衛軍、特別青年地球防衛隊、アジア部隊部隊長、および中台班班長、スーマー・ヤオだ。」
「あいつは、国連宇宙防衛軍に残ったんだ。」
トウキはつぶやく。
「彼は優秀なパイロットで、同じ戦争の生き残りだった。ぜひ一緒に活動したい、と何度尋ねたことか。でも彼はパイロットを引退し、自分の道を歩むと言ったわ。」
ハルカが続けた。スズナもそれに続ける。
「彼は1人のジャーナリストになった。でも、籍は今でも国連宇宙防衛軍に置いているの。本当にあの戦争の生き残りとして、すべてを背負う覚悟でね。」
タケルがそっと笑った。
「俺たちは、もう新しい世界の人間になってしまった。でもあいつは違う。あいつは過去からの重荷を背負い続けることを決めた人間だ。僕らと違ってな……。」
「つまり。」
センカが冷たい声で静かに続けた。
「彼がどこかの放送局から全宇宙に流している放送は、ただの夢物語なんかじゃない。法的根拠もある立派な命令。私たちがどんなに頑張っても捨てることのできない、大切で懐かしい、過去からのね。」
再び、静寂があたりを包んだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません。
やることに追われていますが、書きたくなったので書きました。
こんな感じで更新していくので、時々遊びに来てくだされば、嬉しいです。




