一方、ニューヨークの朝は
少し、時系列が前後します。
宇宙で歌声が響く、数十時間前の出来事です。
キャシー・レイハントンは、朝のニューヨークの喧騒からわずかに外れた、のんびりしたベーカリーに足を踏み入れた。
見慣れた顔の客が2名ほど、棚のパンを選んでいる。キャシーもトレーを持つと、次々とパンを乗せた。
「今日はベーグルも…こっちもいいわね。」
焼きたてのパンのにおいは落ち着く。そっと息を吸い込みながら、パンを次々と乗せていった。
レジの近くの小さなテレビには、テラポルトスから毎日発信される「守る会」の声明が映し出され、キャスターが淡々と解説を続けていた。もうこんな放送ばかりになってからずいぶん経つ。そのテレビの横には、小さなクリスマスツリーが飾られていた。
「お願いします。」
キャシーはパンが山積みになったトレーを、レジのカウンターに乗せた。顔なじみの店主の初老の女性が、いつものように笑顔でレジスターを叩き始める。
「キャシー、今日もたくさん買うのね。また職場の人の分?」
「ええ、徹夜で仕事をしているの。」
「大変ねぇ。今日はクリスマス・イブじゃあないか。」
「ええ、でも仕方ないわ。こんな時だし。」
「そうだねぇ。」
店主の女性は、パンを紙袋に丁寧に入れながら、テレビの画面をちらりと見た。
「ずっと気になっていたんだが、あんたの職場も監視されているんじゃないかい?国連関係の施設だろう?」
「ええ、そうね。でも、本部とかとは違って、本当に資料なんかの管理をする、巨大な倉庫みたいなものだから、大丈夫よ。」
「でも、クリスマス返上で仕事なのは、そういうこと、だろう?」
「まあね。」
キャシーはため息をついた。ここ最近ずっと、こういうギリギリの生活を送っている。
「無理しなさんな。ほれ、カップケーキ、おまけしておくよ。」
「まぁ、ありがとう。」
店主の女性は、そばに積みあがっていたカップケーキを数個、紙袋に押し込んだ。キャシーは素早く財布からお金を取り出す。
「よいクリスマスになるといいね。はい、おつり。」
店主の女性は数枚の紙幣と硬貨をゆっくり渡して来た。キャシーはすぐにそれを財布に滑り込ませ、紙袋を持つ。
「そうだ。明日はさすがにここも休ませてもらうよ、キャシー。」
「いつもありがとうございます。では。」
キャシーはそう微笑むと、ベーカリーを出て、路肩に止めていた自分の青い車に乗り込む。助手席にはすでに近所のデリの袋が積みあがっていた。
「さぁ、仕事仕事。」
キャシー・レイハントンは、アクセルを踏み込む。こうして、ニューヨークの郊外に向かって車を走らせた。
いくつものセキュリティを抜けて、キャシーは職場に入る。同僚のスミスが声もなく目線だけであいさつをしてきた。キャシーもそれを返すと、ベーカリーやデリの袋を抱えたまま、奥に進んでいく。
途中、ゲートと大きな重い防火扉を抜けて、そして彼女は膨大な資料が並んだ棚の中を進んでいった。
「おはよう、お二人さん。」
キャシーはある棚を曲がったところ、作業用のテーブルやいすがあるスペースで足を止めた。そのまま荷物を降ろす。
「ああ、ミス・レイハントン。すまない。」
黒髪の男が、パソコンから顔をあげた。スーマー・ヤオだった。
「おい、ジョン、起きろ。朝だ。」
すぐそばの寝袋の塊がもぞもぞ動き始めた。
「いいのよ。私たち職員の総意よ。おはよう、ミスター・ウェブ。調子はどう?」
「眠い。ああ、キャシーさん。いつもありがたい。」
キャシーはデリの袋を開けて中身を取り出していく。
「水はこれで足りるかしら?飲み物はまだ大丈夫だと聞いたから、特に買わなかったけれど、足りなくなったらメッセージでも送って。」
「ジョン、顔でも拭いてこい。」
「ヤオは少し寝ろ。ひどい顔色だ。徹夜したのか?」
「いや、少し仮眠は取った。」
「コーヒー入れるわね。」
キャシーはそういって、コーヒーメーカーに手をかけた。
「あと、いつものベーカリーでパンを買ってきたわ。」
「ありがとう。」
「ごめんなさいね、いつも同じパンばかりで。スーマーさんはもう飽きてしまったでしょう?」
「そうですね、僕らアジア人はここまでパンを食べませんからね。でも、贅沢は言いませんよ。」
ヤオは少し微笑んで、紙袋をのぞき込んだ。
「あっ、カップケーキが入っている!」
「ええ、お店のおばさんがおまけしてくれたの。クリスマスっぽくていいでしょ?」
キャシーはコーヒーメーカーを素早くセットした。
「そうか、もうクリスマスですか。」
「正確にいうと、今日はイブよ。」
「イブか……ヤオ、時間がないぞ。」
ジョン・ウェブがそっとつぶやいた。
「わかってる。」
スーマー・ヤオは静かにうなずいた。
「無理はしないで……2人とも。」
キャシーが思わずつぶやくと、ヤオが静かに笑った。
「いや、彼らは無理をしている。僕らも無理をしなきゃ。」
「チームゼロの皆さんのこと?」
「ああ。彼らの急激な改革路線やカリスマ的なリーダーシップには賛同しかねるところもあるが、辺境戦争を生き抜いた戦友だ。支えていきたいとは思っている。それに、彼らを今、失うわけにはいかない。」
「そうだな。」
ジョンも続ける。
「僕らは、まだ若いチームゼロにすべてを任しすぎた。なんだかんだ文句を言いながら、チームゼロにすべてを背負わせてしまったんだ。彼らも背負ってしまった。」
ヤオはそっと天井を見上げた。
「太陽系の発展も天の川銀河の交流も、チームゼロが率先して進めてきた。彼らを批判することは簡単だが、チームゼロが今まで担ってきた役割を誰が背負えるんだ……。それを知らず、彼らの命を求め続けているのが「守る会」だ。」
「ところで、キャシーさん。守る会の連中がここに感づいたりはしていませんか?」
ジョンが、ベーグルをかじりながら尋ねた。
「おそらく、ここも彼らの監視対象になっているのでは?」
キャシーは一瞬うつむいた。
「あ、いや……監視員の方が何度か来ましたが、あなた方がここに缶詰になって、チームゼロの皆さんの資料をあさっていることは知りません。ここに入るには「上」からの許可が必要だと告げたら、少し悔しそうに去っていきましたが……。」
「まぁ、急いだ方がいいのには変わらない。」
ヤオは、そういうと微笑んだ。
「キャシーさん、本当にありがとう。くれぐれも目をつけられないように、お願いします。」
キャシーが表の事務所に戻ろうとすると、廊下を歩いていたスミスにそっと止められた。
「監視員の方が来ています。あなたは資料の整理で奥に行ってしまって、今は応答できないことにしています。」
キャシーはドアノブから手を離し、スミスを見つめた。
「彼らのことがばれたの?」
「スーマー・ヤオと、ジョン・ウェブ。若手のジャーナリストの所在が不明。スーマーに至ってはチームゼロと面識がある。うちを疑うのも無理ないだろ。」
「大丈夫かしら?」
「奴らは「上」の許可が何かを知らない。てっきりLSSEだと思い込んで、「守る会」の名前で資料庫への立ち入りを求めている。」
「「上」……委員会の存在は?」
キャシーは手の震えを隠すようにこぶしを握り締めた。
「公表されてはいるんだけどな。たぶん前時代の遺物くらいにしか考えていないんだろう。」
スミスがやれやれとため息をついた。
「委員会の許可がなければ、奥の部屋には入れないわ……でも、ヤオとジョンが解析をしているのはその手前の資料庫。突入されたら元も子もない。」
「大丈夫だよ。うちは国連の機密情報を置いてある、一応非公開の資料庫だ。その権限、なめてもらっちゃ困るって。とりあえずお前は、その辺の資料解析室にでもいろ!」
ジョン・ウェブとスーマー・ヤオは、簡単な朝食を済ませると、奥の扉を開けて、最高機密文書の棚を探っていた。
「しっかし膨大な量だな。」
ジョンが口を尖らせた。
「このあたりは宇宙移民の選抜基準に関するデータだったよな。」
「ああ、アサヒユウキとクラモトカズマのデータを見つけたあたりだ。」
ヤオはメモと棚の番号を見比べた。
「それ以外に収穫はほとんどなし、と。」
「俺たちが欲しいのは、特別青年地球防衛隊の資料だ。なぜチームゼロが選ばれたのか、その真相だ。」
ジョンは梯子を上り、適当な資料を手に取って開いた。データの入ったディスクをヤオの持っていたノートパソコンに入れる。すぐに画面が変わっていく。
「なんだこれ、名簿?」
「どうした、ジョン?」
パソコンから離れ、他の資料を興味深げに眺めていたヤオが振り向いた。
「名簿だ。日本人のものだ。やたら字が細かいな。待てよ、このあたりの棚……。」
ジョンは棚に並ぶ資料の背表紙と、ディスクが入っていたケースの背表紙を見つめる。それから画面をもう一度見つめる。
「ビンゴかもしれない。これ、選抜者の名簿じゃないか?」
「訓練生の……。基準はわからないか?」
「基準か……おっ、報告書のデータもついている。何々?」
ジョンは画面を見つめたまま、言葉を失った。ヤオも黙ってそれを見つめた。
「日本人の当時10~15歳の若者全員のデータを集めただって……?」
ジョンはやっとのことで言葉を紡ぎだすと、ヤオを見上げた。
「つまり……?」
「ああ、訓練生の候補は、無作為に選ばれたのかもしれない。ある意味納得できるな。」
ヤオは目元を抑えた。
「納得できるさ。あの時、テラポルトスで訓練を受けたやつは、決して特別じゃなかった。普通の奴ばっかり。何が基準なのかもわからないくらいだった。訓練の過程でみんな強くなった。天才はほんの一握りだった。」
一瞬、ウー・チュンミンの顔を思い浮かべた。彼女は確かに天才だった。次々と仲間の顔を思い浮かべた。彼らは必至で努力をして、あの日作戦に加わるまでの戦士になったのだった。
「どうやって選びだしたのか、このあたりに資料がありそうだ。手分けして探そう。」
「そうだな。幸い背表紙に国名が書いてある。まずは日本のものから当たってみよう。」
ジョンはそういって梯子を上った。その時、ふとヤオの顔が見えた。ジョンは初めて、信頼した仕事仲間が涙を流す姿を見た。ジョンは何も声をかけずに、黙って梯子を駆け上がった。
更新が大変滞ってしまって申し訳ありません。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
頑張りたいことができてしまい、やらなければいけないことに追われ、でも気が付いたら動画を見たりネットサーフィンして1日が終わってしまい・・・という日々です。
気分転換をしたくて久しぶりに投稿させてもらいました。お話も気分転換してしまいましたが、どうか今後もよろしくお願いします。




