繋がった証明書
ドイツ空軍の戦闘機の後部座席で、スーマー・ヤオは一人微笑んでいた。
「そういうことですか、ゲープハルト課長。」
ヤオはそうつぶやく。
「そして、あなたも随分ひどい人ですね、センカ。」
空を、そしてその上の宙を見上げて、ヤオは少し笑うと、手元の証明書をもう一度読み直した。
「国連施設の全資料の閲覧許可、ですか。」
数時間前、ヤオは突然アメリカ軍から、全米のアメリカ軍基地への着陸許可証を受け取った。その直後、ドイツ空軍からニューヨークまで極秘に輸送するという連絡を受け取った。
不審に思ったスーマー・ヤオは、ニューヨークに住む知り合いのジャーナリスト、ジョン・ウェブと連絡を取った。彼はヤオより3つほど年上の駆け出しのジャーナリストで、彼がアジアを取材している最中に偶然出会った。以来、よく協力して取材をしている。ジョンもヤオも、LSSEを一つの取材対象と知って追っていたし、2人とも若手ながら評判のジャーナリストだった。国連宇宙防衛軍の内部にいたヤオと、当時ジャーナリストの親戚についていって冥王星で辺境戦争を目の当たりにしたジョンは、公私ともによき友人となっていた。
「ああ、ヤオか。」
電話で事情を聴いたジョン・。ウェブは、息をのんで、今朝届いたある書類の話をしてくれた。
「ニューヨークの国連本部には、宇宙に関する様々な資料がある。特に、国連宇宙保安隊、国連宇宙防衛軍、国連宇宙機構やLSSE設立に関する書類は充実している。さらに、人類宇宙委員会に関する資料もあるという噂だ。」
「俺も噂には聞いていたが……。」
「一度、取材を申し込んだことがある。当然突っぱねられた。LSSEからは返事すら来なかった。」
電話の向こうで、ジョンは笑った。
「ところが、昨日突然メールが送られてきた。以前の取材申し込みに対して、許可が出た、と。証明書は2人分あったんだ。てっきり助手の分かと思って、信頼できる有能な仕事仲間でも探さなければと思っていたんだが、どうやら助手は俺のようだったな。」
「どういうことだ?」
「ヤオ、おそらく本部はお前に何かを託したんだろう。お前からの電話ではっきりしたよ。」
ジョンはそこで一気に声を低くした。
「そのメールの挨拶が、中国語だったんだ。てっきりあちらのミスかと思ったが、今なら納得だ。」
「俺に、ニューヨークを調べろ、と。」
「そしてそれをこんな回りくどい方法で伝えなければならないほど、テラポルトスは厳しい状況だということだ。ところでヤオ、お前どうやって来るんだ?下手すると「守る会」はお前にも監視をつけているだろうし……。」
「ドイツ空軍から戦闘機を、アメリカ空軍から基地を借りることになった。俺が記事でわざと煽っただけなのにヒルタ宇宙軍とリンネルーア軍を火星に遠ざけるどこかの市民団体には、太刀打ちできないだろう。それに……。」
スーマー・ヤオはちょっとため息をついて見せた。
「僕だって、国連宇宙防衛軍特別青年地球防衛隊アジア部隊長だった。悪いが、僕もきちんとした軍人なのさ。」
エーヴ・スクウォドフスカ技術第3課長は、遅い朝食を食べながら、そっと例のメモを見つめる。
「やっと、やっと一歩踏み出せたのね。」
それは、バズ・ミサカ戦術局戦術第2課長が残したメッセージ「ドイツ空軍の戦闘機がマカオ経由でニューヨーク近郊に。訓練の一環だろうということで特に問題にはされず。」だった。
もう1枚の紙きれには、2つのメッセージが書いてあった。「現在プロセルピナシティとの回線を構築中」そして「民間軍事会社社長の友人経由で、アメリカ軍にニューヨーク近郊の空軍基地の使用の許可を得た。『マカオ』に伝えるそうだ。」だ。
スティーヴ・プラウキ情報第3課長が友人のヨハン・モコエナに「上官の意向を聞きたい」つまり宇宙移民自治政府との安全な極秘回線を作ることを依頼し、現在モコエナの社員総出で動いている最中であることが手に取るようにわかる。おそらくその「ついで」に気を利かせたのだろう。
エーヴはそのメモの下にいくつかの文字列を書き込む。それは情報局のみが知っているパスワードで、普段ハッキングからテラポルトスのコンピューターを守っている強力なプログラムをスルーできるものだった。スティーヴ・プラウキのような優秀な人間であれば、これの意図することがわかるだろう。
「戦略局もお見事ね……。」
エーヴは呟いた。数々のメモを組み合わせ、エーヴが組み立てた物語はこうだ。
ユリアン・ゲープハルト戦略第2課長が、随分前にニューヨーク在住の無名のジャーナリストであるジョン・ウェブからの取材依頼があったことに気付き、「通常業務」として国連本部と連絡を取り、2枚の取材許可証を得た。そしてそれをジョン・ウェブに送り返した。
ユリアンたち戦略局の本当の目的は、チームゼロの名誉回復だ。彼らがなぜこのような立場にならざるをえなかったのか、Zero作戦とは何か、をきちんと説明し、正当性が認められれば……。「太陽系の民主主義を守る会」はチームゼロの立場を認めざるを得なくなり、彼らを殺すことができなくなる。そこへ、チームゼロの命を不当に奪おうとしたとこちらが主張すれば、一気に形勢逆転の可能性もある。
しかし、それはテラポルトスでもプロセルピナでも、ニューヨークですら誰も知らないことでもあった。「チームゼロ」がなぜ選ばれたのかは、実は誰も知らないのだ。おそらくそのカギは人類宇宙委員会のみが知っている。
だが、極秘とされた当時の資料に書かれている可能性は高い。それを調べ、公表するのは本部の人間ではない、有能な味方であるべきだ。そう考えた戦略局は、スーマー・ヤオに白羽の矢をあてた。
しかし、ヤオは既に有名なジャーナリストであり、登録上は未だに国連宇宙防衛軍の兵士である。もっとも国連宇宙防衛軍という組織そのものが、現在は存在していないが。ともかく「守る会」が監視している可能性が高い。
そこで、ドイツ出身のユリアン・ゲープハルトや南アフリカの傭兵出身のスティーヴ・プラウキ、アメリカ軍出身のバズ・ミサカなど、課長 級の者が、それぞれの人脈をいかして、スーマー・ヤオを結び付けたのだった。
「さぁ、がんばらなくっちゃ。」
エーヴ・スクヴォドフスカは伸びをすると立ち上がった。同じように、水面下でたくさんのことが動いている。ひとつも水の上に出さず、そして水の底に沈めてはいけない。
水の星地球の代表機関である「地球による太陽系連盟」LSSEの本部テラポルトスは、ゆっくりと、だが確実に前に進み始めていた。




