母国へのSOS
ユリアン・ゲープハルトは、その日の仕事を終え、ぐっと伸びをした。
「失礼ですが、ゲープハルト課長、あなたの宿舎への……。」
「わかってるよ。仮眠室に行くんだ。」
「ご協力感謝します。」
監視員の冷たい目に睨まれながら、ユリアンは自分の携帯電話を取り出した。思わず身震いが体を伝う。
「ゲープハルト課長?」
「友人への電話だ。どうせ盗聴してるんだろ?」
ユリアンは面倒くさそうに笑うと、素早くダイヤルをうった。ドイツ連邦軍、祖国の軍隊の極秘回線の一つだ。いざというときのために、ドイツ連邦政府から以前教えてもらった番号だった。使うつもりはなかったが、こういう状態になった今、頼れるものは頼るしかない。
監視員がしっかり見張っていることを確認しながら、ユリアンはわざと大きな声で携帯電話に向かって話しかけた。下手に隠すと余計に怪しまれてしまう。
「こちら、ドイツ連邦軍……。」
しっかりした女性オペレーターの声が聞こえた。ユリアンは大きく息を吸い込んだ。わざと英語でつづける。監視員は顔色一つ変えずにまだこちらを睨んでいるようだ。
「ああ、なんだって?ハッソ、お前相変わらずだな。俺だ、ユリアン・ゲープハルトだ。」
息をのむ音が聞こえてきた。
「ユリアン・ゲープハルトLSSE戦略局戦略第2課長ですか?」
「ああっ。そうだ、俺だ。ユリアン・ゲープハルトだ。ったくふざけてないで、しっかり聞けよ?」
再び息をのむ音がした。
「お前が食事に誘ってくれたのは嬉しかった。Danke。」
今度はなまりのあるドイツ語で一気にまくし立てた。
「だが、マカオで開催とはどういうことだ?俺はテラポルトスにいて、気軽にドイツに帰れていないことも承知だろうな?残念ながら俺は行けそうにない。」
ユリアンは念を押すように続ける。
「だが、マカオはいいところだそうだ。俺の職場の友人の友人が住んでいるらしいんだが……。いいやつらしいから、マカオで会えるといいな。でもそいつ、ニューヨークにしばらく行くらしいですとか言ってたなあいつ。まぁ会って来いよ……ってここはベルリン……?お前まだベルリンなのかよ?早くベルリンからマカオに飛んでけよ。」
ユリアンは大きな声で笑った。
「ハッソ、冗談はよしてくれ。ドイツ連邦軍の極秘回線なんて俺は知らない……え、まじですか?」
ユリアンはわざと焦ったような声を出した。
「ああ、すみません。間違い電話です……友人と話すはずで……え、本当にLSSE本部からって……?やめてくださいよ、下手にハッキングとかされるのはまじで……本当にすみません、はい。」
電話を切った瞬間、監視員がカチャリと銃を突き付けてきた。銃の冷たさが背中を伝ってくる。
「ゲープハルト課長、今のは……?」
「聴いての通りだ、友人に電話をしようとしたら、わがドイツ連邦軍の危ない回線だったらしい。番号、間違えたのか……。」
ユリアンはそういうと、監視員の方をちらっと見た。
「ドイツ軍に下手に手を出すなよ。」
低い声でそうつぶやくと、ユリアンはもう一度携帯電話を出して、今度は本当に古い友人のハッソに連絡をした。ハッソは、マカオでなく香港と言ったはずだとぼやきながら、ユリアンの芝居に付き合ってくれた。ユリアンはこれが無事に済んだら、ハッソにビールでもおごらなければとため息をついた。
「今のは……。」
ドイツ連邦軍の一般人が使わない回線に突然入った通信に、オペレーターの女性はまだ震えていた。
ユリアン・ゲープハルトを名乗る男の声は、きちんと録音されている。
「友人への電話を演じているが、明らかに何か伝えようとしていた。」
上司が口をきつく結ぶ。LSSE本部からの依頼。一瞬ディルク・バイルシュミットの顔が浮かんだ。彼がドイツ軍にいたころ、一緒に働いたことがある。優秀なパイロットだった。その彼が命を懸けて守ろうとしたものが、今危機にさらされている。ドイツも首相と外交団を人質に取られ、緊迫した状況が続いていた。
「何だ……。彼は何を求めている……?」
焦りが声にも表れた。
「気になるのは、マカオにいる職場の友人の友人、ニューヨークに行く、ベルリンからマカオへ飛ぶ……」
「マカオにいる誰かを、ドイツ空軍の戦闘機で送れ、という依頼じゃないか?」
「マカオにいる、LSSEの関係者ですか。調べてみますか?」
別のオペレーターが素早くキーを叩く。
「マカオ出身の者はいますが、現在マカオに滞在している人間は見当たらないようです。」
「スーマー・ヤオ。」
上司がぼそっとつぶやいた。
「彼のことじゃないか?彼はマカオにいる。」
「友人の友人……確かにチームゼロと特別青年地球防衛隊は面識がありますが、辺境戦争後にテラポルトスに加わったゲープハルト戦略第2課長は直接面識はないはず。友人の友人とい表現がぴったりですね。」
「とにかくスーマーと接触しよう。彼が何らかの用事でニューヨークに行くとなれば、拾っていかなければ。」
「しかし、空軍を動かすとなると。それにアメリカ側の許可も取らないと……。」
「ああ、そうだな。」
この数時間後、ドイツ連邦軍に対し、ニューヨーク近くの空軍基地の使用許可と、ニューヨークまでの車両の貸し出しの許可が通達されることを、彼らはまだ知らなかった。
ゆっくり、何かが動き出している。




