情報戦の先人たち
情報局は、特に「守る会」の監視が厳しい。情報第3課長スティーヴ・プラウキは、通常業務をしているふりをしながら宇宙移民自治政府との極秘の通信方法を編み出すのに苦心していた。
「プラウキ課長、この書類をプロセルピナに送らなければいけないのですが……。」
「ああ、定期便に関する重要な情報だな。早めに送ったほうがいいだろう。」
部下の差し出す書類を、キーボードをたたきながらスティーヴが受け取ろうとしたとき、黒いスーツの監視員がそれを横取りした。
「なんですか?」
「プラウキ課長、私たちはあなた方の仕事を1つ1つチェックすることが認められているのですよ。」
スーツの男は書類をパラパラめくる。
「特段、ヒトの命がかかわるような緊急性も認められませんし、一度我々の中でチェックさせていただきます。」
「検閲から戻ってくるのは?」
「検閲……?それは誤解を生みますよ。我々と敵対する反乱分子が、こっそり暗号でも仕掛けていたら、あなたの身も危険じゃないですか、プラウキ課長。」
「わざわざ、どうも。」
スティーヴはため息をついた。キーボードから手を離す。
「少し休憩してきます。ヨハネスブルクに残してきた家族が少し気がかりで、たまには連絡しないと。」
「わかりました。」
スーツの男が通信機をとる。おそらく休憩所付近の監視員に連絡を取ったのだろう。妨害電波の1つでも流してやりたい気分にさいなまれながら、スティーヴは休憩所に向かった。
缶コーヒーを片手に、スマートフォンの画面に指をすべらせる。かつて同僚だった妻からの、体調を案じるメッセージがちくりと痛む。
「ずっと働きづめと聞いたわ。本当にしっかり休むときは休んで。そうそう、あなたのお友達のヨハンさんが心配して訪ねてくださったの……。」
スティーヴ・プラウキはわずかに笑みを浮かべた。ヨハン・モコエナはかつてプラウキがわずかな時間だけ所属していた民間軍事会社の同僚だ。そこで通信関連の技術を面白いと感じたスティーヴは、南アフリカ国防軍のつてを頼って、より確実で安全な通信網の研究をすべく、ステレンボッシュの大学の研究室に出入りするようになった。
やがて、そこで宇宙空間での通信技術に関する研究に関わるようになり、その研究をより前進させるために、火星のハルモニアシティに移ったのだ。ハルモニアシティは当時、新たな国連関連の施設が続々と作られ、地球や辺境の星々との連絡のために、高度な通信技術が求められていた。プラウキは若き技師として活動していた。そのころの同僚が、同じ南アフリカ出身の妻シャーリーズである。
その後、その通信に関する知識を買われて、火星自治政府から宇宙移民自治政府に引き抜かれ、宇宙移民自治政府情報委員長に任命された。もちろん彼の知識や技術、人となりも評価されたが、おそらく彼を任命した宇宙移民自治政府は、もっと他のものも求めていた。
スティーヴ・プラウキの人脈である。
彼はかつてわずかな間、ある有名な民間軍事会社の若き優秀なメンバーであった。その会社は突然解体されてしまったが、優秀な人材は世界に、そして宇宙に散らばった。
モコエナもその一人だ。かれはあくまで現場の人間であることを望み、治安の悪い祖国で民間警備会社のエージェントを務めていた。やがて腕と知識と信頼を身に着けた彼は新しい警備会社を設立。今では世界中に顧客を持つ大きな民間警備会社の社長となっている。
「ヨハンが動いてくれそうだ……。」
スティーヴはアフリカーンス語でそっとつぶやく。ヨハン・モコエナは、この大惨事を知ったうえで力になろうとしているのだろう。妻もその危険を承知で、それをさりげなく伝えてくれたようだ。
「あいつの部下は優秀だ。この状況を打破する何かをしてくれるはず。しかし、宇宙移民自治政府とLSSE戦略局とろくに連携が取れていないいま、派手には動けない、か。」
スティーヴは口元を抑える。
「とにかく、俺は俺のあるべき場所が最優先だ。」
「ヨハンか、あいつらしい。ヨハンに『上官の意向を聞かずに動いて怒鳴られた昔が懐かしい。それくらい元気にやらせてもらっている。心配するな。』とでも言ってやってくれ。シャーリーズ、僕は大丈夫だ。ハルモニアシティで最新技術がどこまで許されるか試そうとして、こっぴどく怒られたときのように元気だ。愛する君にならその意味が分かるよね。」
スティーヴはもう一度メッセージを読み返してから送信ボタンを押す。これなら怪しまれないはずだ。
コーヒーを一口飲んで立ち上がると、1人のすらっとした男が休憩所に入ってきた。後ろに監視員がぴったりとっついている。スティーヴ・プラウキは自然と会釈した。
「アスキス情報第2課長、お疲れ様です。」
「プラウキ情報第3課長、まだ仕事かい?」
「ええ、宇宙移民自治政府への報告書に手間取っていて。」
部下に書かせたものの表現がよろしくないとか何とかで、スティーヴは前代未聞のオール書き直しを食らっている。それが報告を遅らせたい「守る会」の検閲のせいであることは周知の事実であった。
「あまり無理をしてはいかんよ。宇宙移民自治政府もそう怒りはしないだろう。」
「テラポルトスのLSSE情報局情報第3課としてはいいですけど、プロセルピナシティの宇宙移民自治政府情報委員会としてはよくないんですから。仕事が滞っちゃいます。」
「そうかそうか、すまんかった。」
マイクロフト・アスキス情報第2課長は頭をかいた。
「手伝えることは手伝う。いつでも情報第2課に来てくれ。」
「ありがたい。でもこれは第3課の大切な通常任務だ。しっかりやらせてもらうよ。」
「そうだな。プロセルピナに任せるよ。」
「では、失礼します。」
監視の目が一段と厳しくなったのを見て、スティーヴはその場を離れた。
「やれやれ、あいつがビビるなんてな。」
マイクロフトはベンチにどかっと座って呟いた。
「おい、そこの懐に隠している銃はやめてくれないか。隠されていると、嫌な気分になるのが俺たちなんでね。」
マイクロフト・アスキスはイギリス出身、ちなみに元スパイである。国連宇宙保安隊や国連宇宙防衛軍には関わらなかったが、多くの友人を宙で失ってからは、情報面のエキスパートとして、まだ若いシイナリンカ情報第1課長を支えていた。本人曰くスパイといってもそんなに派手なことはしていないし、普通の一般職員だそうだが、どう考えても一般人とは言いがたいオーラを放っていた。
マイクロフトの当面の目標は、YURIKAシステムによって守られている本部のメインデータバンクの死守と、主に地球上の国々との間の情報のやり取りだ。
「リンカさえいれば、YURIKAの隠し機能でも使ってちょちょいのちょいだったんだろうし、極秘の通信手段もやすやすと確保したのだろうか……。」
凄腕の情報屋であったマイクロフト・アスキスですら驚かざるを得なかったシイナリンカの情報戦。技術面では両親である伝説の隠れた天才であったシイナ夫妻の才能を、思考面では戦艦オリオンのミシェル・スノーヴァ情報長の意志を受け継いだリンカには、驚かされてばかりだった。
しかし、マイクロフトやスティーヴは、リンカが「情報」という魔物を扱うことにとても悩んでいる子供であることも一番よく知っていた。2人の情報課長が彼女の命を救おうと必死になっているのには、おそらくそれもあるのではないか、とマイクロフトは冷静に思いつめながら、コーヒーを一気に飲み干した。




