あの席で
LSSE戦略局戦略第2課長のユリアン・ゲープハルトは、資料から顔を上げると、ゆっくり席を立った。
「ゲープハルト第2課長、どちらに行かれるのですか?」
入り口近くでじっと立っていたスーツ姿の男が睨んでくる。
「夕食だ。今日はもうすこし資料を確認したいが、腹が減っては戦はできぬということで。」
「わかりました。第1食堂ですか?」
「ああ、そのつもりだ。」
「食堂の担当者に伝えておきます。何時に戻られますか?」
「休憩も兼ねているから、1時間ちょっとかな。」
ユリアンは少し伸びをした。
「どうせ、君たちの仲間が監視しているんだ。僕がどこにいるかくらい、すぐにわかるだろ?」
「ええ。」
ユリアンは少し笑うと、鞄を手にとり、空いた方の手をひらひらした。
「とにかく行ってくるよ。」
同じく資料を眺めたり、なにやら作業をしていた職員たちは少し顔を上げて返事を返す。2,3人が立ち上がって、「ゲープハルト課長が行くのなら」と休憩しようとしゃべりだした。
ユリアン・ゲープハルトは、ゆっくりと廊下を進む。ところどころにスーツの見知らぬ人間が立っていて、時に銃を向けながら職員を監視している。
LSSE本部の通常任務を続けることは認められていた。そのため職員たちはいつも通りの仕事を続けている。しかし宿舎にもめったに帰れないほど厳しい監視の下で、「守る会」に対抗することは難しい。
さらに、「守る会」が各国の首脳や外交官を人質にとったのも痛手だった。「太陽系の民主主義を守る会」が危険なテロリストであるという見方は、全世界で共通していたものの、地球上の国々や太陽系の星々の政府、そしてそれらをまとめる国際連合や宇宙移民自治政府との間に、徐々に意識の差が生まれ始めている。本音できちんと確認したいところだが、「守る会」にほぼすべての通信が握られてしまった以上、うかつに機密事項を話せない。お互い遠回しな言葉で探り合う日々だ。
「守る会」が要求しているものは、とりあえずは「チームゼロの命」だという。彼らが出頭すれば、本部の職員たちはもちろん、LSSEを構成する国際連合や宇宙移民自治政府へは一切危害を加えないという。おそらく後からLSSE体制そのものの解体を始めようとするのだろうが。
テラポルトスとしては、「チームゼロの命」は絶対に守らなければならない。地球による太陽系連盟『LSSE』という組織ができ、LSSEを中心に天の川銀河の異星人たちとの交流を進めているが、その要になっているのが「チームゼロ」だ。まだ10代ではあるが、先の辺境戦争を経験しており、その後の太陽系と天の川銀河を引っ張ってきた重要人物である。今後の宇宙の未来を作る重要人物であり、地球人の統合と異星人との交流の象徴的な人物であり、いわば地球人たちの「精神的支柱」なのだ。今でこそ地球人はまとまっているが、チームゼロの「子供たち」がいなくなれば、あっという間にこのゆるい統合はなくなってしまうだろう。LSSE体制の今後のことも考え、戦略局として「チームゼロの命と安全」は最優先事項とした。
もちろん、保安隊時代から世界のために動き、戦略第1課長として共に働く同僚を救いたい、まだ若い同僚を守りたい、という感情も大きい。
しかし、他はそうでもないだろう、というのが、第2課長としてそうそうたる大国と交渉を重ねてきたユリアンの見解であった。現に、第1回天の川銀河会議での暗殺未遂事件にまで発展した、保守派、独立派、革新派の考え方の違いは健在だ。
地球上の国々の多く、特にかつて大国として絶大な影響力を握っていた先進国は、LSSE体制や急激な改革を好んでいない。「守る会」の過激な行動には反発しているが、あえて「守る会」に近づく可能性も十分考えられる。
実際、首脳が人質にとられ、その交渉のさなかで多くの国が決断を迫られているはずだ。「LSSE本部」か「守る会」か。アメリカやロシア、中国、日本、ヨーロッパの国々がどちらにつくかで、今後の勢力図は大きく変わる。おそらくチームゼロやチームジパングによって、太陽系での存在感を増した日本は「LSSE本部」にしがみつくだろう。またディルク・バイルシュミット戦艦オリオン航空隊長やテレーゼ・フェシカ戦艦オリオン航空隊長、エリーゼ・フェシカ戦略副班長、そして自分と、優秀なブレーンを輩出したドイツも「LSSE本部」に協力的ではある。しかし、LSSE体制に乗り遅れたアメリカやロシアの出方次第では、どうひっくりかえるか、ユリアンは頭を悩ませた。
また、宇宙移民自治政府がどう動くかもわからない。チームゼロにアサヒユウキ戦略委員長と、クラモトカズマ戦術委員長(宇宙移民自治政府戦術委員会は第3軍の運用を任されている委員会であり、委員会はLSSE戦術局戦術第3課に出向しているという形をとっている。)がいる。2人は辺境戦争直後から辺境移民再建協会の代表としてかなりの影響力を持っていた。2人とも学生であるという理由から、宇宙移民自治政府の首班は断った。(というかそもそも選挙権がなかった。)しかし、宇宙移民自治政府の、そしてLSSEの重要人物として欠かせない人物である。
「守る会」が攻撃対象にしているのは、主にテラポルトスの8人である。ユウキとカズマは元々は民間の自警団のパイロットだった、戦後も8人とは行動を別にしている、と主張すれば、「守る会」から身を守ることができる。
つまり、宇宙移民自治政府としては、10人全員を救う必要はない。助かる可能性の高いユウキとカズマの2人の保護を最優先にし、残りの8人を切り捨てればいいだけの話だ。さらに冥王星のプロセルピナシティは遠く、「守る会」の影響力もあまり高くない。テラポルトスのLSSE本部に職員が取り残されているのは事実だが、本部のために動く義務はさらさらない。彼らからの助けがあるかどうかも大きい。
と、悩んでいると、いつのまにか第1食堂の前まで来た。スーツの男に報告されながら、カウンターに並び、夕食を選んで席を探す。ふりをする。
ユリアンはふらふら席を探すふりをしながら、さりげなくチームゼロの「あの席」へ向かった。
そこには1人の男が座っていた。
「ルドベック技術第2課長?」
「ああ、ゲープハルト戦略第2課長ですか。」
「お隣、いいですか?」
ベルンハルド・ルドベック技術局技術第2課長は、素早くあたりを見渡した。
「構いませんよ。奴らもこの広い食堂の監視だけは諦めたみたいです。」
「広すぎますからね。」
「あなたと食事の時間が被ってよかった。非公式の課長会議が開かれないよう、食事の時間すらバラバラにされますからね。」
「しかし、この席がありますから。」
ベルンハルドは少し笑った。ベルンハルド・ルドベックはスウェーデン出身の技術者だ。その腕と幅広い知識を認められ、現在はLSSE技術局技術第2課長を務めている。周囲の研究をまとめる一方で、自分も爆薬などの研究を続けている。
「先ほどまで、スクウォドフスカ技術第3課長が一緒だったんですが、あまり長くいると怪しまれてしまうので。」
落ち着き払った口調でベルンハルド・ルドベックは話す。ユリアンは少し冷静さを取り戻したような気分になった。
「エーヴとも久しぶりにゆっくり話したかったですね。」
「そう伝えておきましょう。エーヴは宇宙移民自治政府とうまく連絡が取れないので疲れているようなので、近いうちにゆっくり休ませたいと思っているんだが。」
「友人のユリアンとしては同意ですが、同僚としてはエーヴ・スクウォドフスカ技術第3課長に休まれては困ります。」
「彼女が一番よく分かっていると思いますよ。」
ベルンハルドはそういってコーヒーをすすった。
エーヴ・スクウォドフスカはポーランド人とフランス人の間に生まれ、両国を行ったり来たりして育った女性だ。優秀な成績を収め、月移民団の留学生にも選ばれ、その後技術者として木星プラントに赴任、LSSE設立をきっかけに、宇宙移民自治政府の職員として出向する形でLSSE技術局技術第3課長を務めている。力強い目が印象的な女性だ。
「スクウォドフスカ課長からの伝言だ。宇宙移民自治政府から、通常の業務連絡に混ざって暗号が。」
「本当か?」
「ああ、一応ここにもメッセージを残しておくが……。宇宙移民自治政府はまだ、例の宙域をきちんと調べていないらしい。」
「こちらには、チームゼロを全力で捜索中と報告されているが。」
「訓練生たち数人が『全力』で飛び回っているのは事実だがな。それも見当違いの場所を。」
ベルンハルドは低い声で笑った。ユリアンも少し笑う。
「アルテミスケノンはともかく、あの宙域には移民星アス、移民星キノスラ、と、なじみ深い場所がたくさんある。チームゼロはそこに逃げ込んだ可能性が十分高い。って、誰だってわかるのに。」
「宇宙移民自治政府の奴らも、ずいぶん粋なことするよな。」
「まぁ、今見つかったとしても、こちらで助けることはできない。カードがそろうまで、身を隠しておいてもらった方があの子たちのためだ。」
「そうだな。」
ベルンハルドはそういうと、ユリアンに詰め寄った。
「戦略局は、何か進展が?」
「まだだ。」
ユリアンは首を振った。
「チームゼロがチームジパングから受け継いだ、膨大な人脈。それが頼りだ。」
「世界中の諜報機関か?」
「それだけじゃない。ありとあらゆるつながりだ。それをひとつひとつ探し出し、ひとつひとつ伝って、なんとかあちこちを結び付けている。」
「そうか。」
「当面の目標は、地球上の国々を確実に味方にすること、そして今宇宙に散らばっているいろいろな問題や勢力をうまく転がして、確実に「守る会」を追い詰めること。正直あの子たちの救出にはもうしばらくかかりそうだ。」
「わかった。こちらもそれまで耐えよう。」
「技術局はどうなんだ?」
「本当にやばい最新の研究データを隠すので精いっぱいだ。わざと実験を失敗させてみたりしてうまくごまかしている。あとは、開発中の武器をちょっといじってる。」
「頼みます。」
ユリアンはため息をついた。そして、手を後ろに伸ばす。
チームゼロの席は、ちょうど植え込みに囲まれている。その植え込みを探ると、小さなビニール袋が出てきた。中には数枚のメモが入っている。
「何か、進展はありそうか?」
「いや……特に新しいメモは入っていない。ああ、航海局が鉄の星ヒルタや緑の星リンネルーアとの航海路を復活させようと交渉しているようだ。」
「せめて、無関係のヒルタ人とリンネルーア人は、送り返してあげたいもんだ。」
「しかし、下手に動かすと、天の川銀河中の艦隊が地球に来る。すまないが、まだ動けない。」
「2つの星とは?」
「直接は連絡を取っていないが、戦術局から話は聞いた。火星に待機中の両軍はおそらく本星と連絡をとったはずだ。微量ながら通信の痕跡があったらしい。もちろん記録も報告もしていないが。」
「今朝のメモだな?」
「ああ。それっきり更新されてないな。」
あの日、テラポルトスのLSSE本部が民間人の人質と引き換えに「守る会」の手に堕ちる、という決断をした後、ユリアン・ゲープハルトは失意の中第1食堂に向かったのだった。すでに通信や施設への出入りの自由をなくしていたが、まだ監視員は来ない。もっとも時間の問題ではあったが。そんな中で、ユリアン・ゲープハルトは何かにすがるように、チームゼロの伝説の「あの席」に向かったのだった。
そこには、すでに見知った顔が大勢いた。
「あ、みんな……?」
「やっぱり、お前もか。」
「つい、ここに来てしまってな。」
それ以来、この席は非公式の課長会議の場となった。食事の時間すら意図的にバラバラにされ、現時点で最高幹部である課長たちは自由に話しすらできない状況に追い込まれたが、この席のからくりを使ってさりげなく意思の疎通を図っていた。
各部局でそれぞれチームゼロ救出に向け動いていたが、やはり困難を極めているようだ。
「すまん、俺もそろそろ戻る。」
ベルンハルド・ルドベックはそういって立ち上がった。二人はそっと目配せして別れた。大きな窓の外には真っ暗な闇が広がっていた。




