砂埃舞い散る中で
火星では、毎日砂嵐が舞う。
わずかな歴史の中で、火星のハルモニアシティはそう形容されるようになった。火星はテラフォーミングされた後も、赤茶色の鉄を帯びた土に覆われた世界なのには変わりなかったのだ。
火星は、その鉄をはじめとする鉱物の採掘と、広大な土地を使った牛や馬の放牧で成り立つ、地球人の移民星だ。宇宙開発初期から多くの人が移り住んだこの星は、その環境やスピリットも相まって、西部劇に出てきそうな街並みや、砂漠に囲まれたオアシスのような街並みがあちこちに広がっていた。
ハルモニアシティ郊外の小さな通り。ここも時折舞う砂が微妙なきらめきを見せながら通りを渡る。
両側には宿屋や食堂、様々な店が立ち並んでいる。時折ジープやトラック、バイク、馬車、馬なんかが通りを駆け抜けていく。
歩く人々はみな、大きな布を頭からかぶったり、コートで体を覆ったりしている。砂埃から守るためだった。
その通りを、すりきれたコートを着た人影が歩いていく。すっぽり帽子をかぶっているが、わずかに見える青みがかった髪、紫の瞳、青白い肌。ヒルタ人のメイル・ノトメイアその人であった。
メイルはすりきれたコートと帽子で、自らの青さを隠しながら通りを素早く歩いていく。やがてある食堂の前に来ると、ゆっくりと向きを変え、木の扉をきしませながら中に入った。
中はカウンター席といくつかのテーブルにイス。棚には食料品や本、雑貨などが無造作に並べられている。
砂埃が足元でかすかに舞う。メイルは賑やかな店の中を見渡した。
窓際のテーブルに、淡い茶色の布を頭からかぶった女性が一人、座って何かを飲んでいた。窓に映る緑の透き通った瞳を認めると、メイルはそのテーブルに近づいた。
リンネルーア次期王位継承者たる王女にしてリンネルーア軍最高司令官でもある少女、レイア・リンネルーアその人だった。
「遅くなってすまなかった。」
「気にしなくていいよ。」
メイルはそのまま座った。
「コーヒー1つ!」
カウンターに声を張り上げる。まもなくコーヒーが差し出された。それを少し飲むと、メイルはレイアの方にぐっと身を寄せた。
「センカから連絡は?」
「リンネルーア軍にも、私個人にも一切連絡は来ていないわ。」
レイアが静かに告げた。
「ヒルタ宇宙軍にもない。もちろん私個人にも。」
2人はため息をついて、座りなおした。
「あれから、もう何日だ?」
「4日くらいね。」
レイアはそういうと、窓の外に移る青い星を見つめた。小さかったが、確かに地球だ。
「とにかく、地球のテラポルトスではなく、火星のハルモニアシティへの寄港が許されただけでも感謝するしかない。」
レイアは自嘲気味の笑みを浮かべた。
「本当に。じゃなきゃ今頃地球で、人質にされていた。」
「もっとも、本国との通信も自由にできないようじゃ、人質も変わらないけれどね。」
「リーヒ女王とは連絡を取っていないのか?」
メイルが少し驚いたような顔をした。
「しーっ! あんたの所と一緒。こっそり巻いておいた小型の人工通信衛星がこんな時に役にたってしまったわ。」
レイアはそういってコーヒーを一口飲んだ。
「ホーリー・ボロウ伯爵とは連絡を取った。こちらの現状を伝え、リンネルーア人の安全を最優先すると確認したわ。でも、叔母とは話していない……もしもの時、を考えたの。本国とこっそり秘密通信をしてたなんて、「守る会」にばれたら、それこそ戦争よ。」
「そういうことか。リーヒ女王を保険にしたんだな。」
「それだけじゃないわ。叔母は何もしらなかった、という証拠を作っておけば、あとあとこちらが楽でしょう?」
「まったく、将来星を背負う人は違うや。」
メイルは少しだけ笑った。
「うちもヒュンベルガー首相に極秘裏に連絡を取った。こちらの無事は伝えてある。今回の件が「守る会」の暴走であることも伝えた。」
「そう。」
レイアはそういって一口だけコーヒーをすすった。
「けれどヒュンベルガー首相はかなり怒っていた。救出のためにヒルタ宇宙軍の残りの艦隊だけでなく、再研究中の自動防衛システムを応用したヒルタ機械化軍をも持ち出しかねないわ。」
「そんなのことしたら……。いざというときのために、機械化した無人の軍の研究を続けることは天の川憲章後も認めたわ。もちろん敵の研究のこともあったけれどね。でも、ここで機械化軍を持ち出したりなんかしたら、センカたちが作り上げようとしている天の川銀河の平和が一瞬で崩されるわよ。あんた、わかってるわよね? うちや地球がメカによってどれだけの悲劇を味わうことになったのかを!」
ひそひそ声ではあったが、レイアは叫んだ。
「もちろん、もちろんわかっているわ。」
メイルは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「ヒュンベルガー首相も、ヒルタポリスの連中もわかってるわ。私も開発者として釘は刺した。」
「ごめん……。」
「いいのよ。事実だから。でも、ヒルタの一部の人間はそれくらい怒っている。これ以上深刻にならなきゃいいんだけど。リンネルーアは?どう?」
「ホーリーはあまり詳しくは言わなかった。リンネルーアの人は穏やかな人。過ちは犯さないはずだけれど。」
レイアは不安げにコーヒーを見つめた。
「どちらにせよ。わがヒルタ宇宙軍も、高貴なリンネルーア軍も、全く動けないということか。」
「「守る会」の監視から少しでも逃れる方法を考えましょう。」
2人はため息をついた。
「せめて、センカと……太陽系の戦略面を一番考えている人と連絡さえ取れれば、うまく協力できるんだが。」
「今下手に動くと、それこそ内政干渉。戦争になりかねない。」
その時、一人の大男が2人の席に近づいてきた。メイルは咄嗟に懐の銃を探った。レイアも腰に隠した短刀に手をかけた。
「ダイマスだ。」
大男はそう低い声で呟いた。2人は安堵の表情を浮かべる。
「お久しぶりです。」
「あの時は本当にありがとうございました。」
「レイア王女と、メイルちゃんか。」
ダイマスはフードをかぶったまま、低い声でうなずく。
「ヒルタとリンネルーアはどう動く?」
「動けませんわ。」
レイアは残念そうに告げた。
「しばらく、ハルモニアシティにお世話になりそうです。」
「そうか……チームゼロとは連絡はとれたか?」
2人は黙って首を振った。
「そうか。やっぱりそうか。」
太陽系防衛軍第3軍火星師団長のダイマスは、残念そうに唇をかんだ。
「2人には何かしら連絡が来ていると思ったんだが……。」
「LSSEに何か動きはありますか?」
メイルが聞いた。
「LSSE本部、テラポルトスに残された職員が極秘裏に動き始めているようだ。当分は彼らの動きを見つつ、協力していくしかないだろう。」
「極秘裏に動いている?」
「ああ、そもそも君たちが火星に来たのも、おそらくユリアン・ゲープハルト戦略第2課長たちLSSE戦略局の意図があるだろう。」
「しかし本部は……。」
「いや、ゲープハルト課長と言うよりは、スーマー・ヤオか。彼を知っているな?」
「センカと同期の、辺境戦争の生き残りですよね?」
「ああ、辺境戦争でのA作戦に参加した、特別青年地球防衛隊のアジア部隊長だった。唯一の生き残りと言っていい。彼は今、ジャーナリストとして活動しているんだが、彼が全世界のマスコミに記事を送った。今回訓練に参加したヒルタ宇宙軍とリンネルーア軍の戦力を分析したうえで、地球の脅威になる可能性を説いたんだ。マスコミもびびって報道したんで、「守る会」の連中もびびったんだろう。まぁ厄介払いも兼ねて火星にってわけだ。」
「そうだったんですか……。」
「ああ。地球人は全力でなんとかしようとしている。俺もだ。火星人としてチームゼロの命を守りたい。すまないが、しばらくはここで我慢していてくれ。」
2人は黙って頷いた。
「おそらく、テラポルトスやプロセルピナ、ニューヨークも動き始めている。大丈夫だ。あまり離れていると、「守る会」の監視人どもが感づく。2人とも戻ったほうがいい。あまり出歩くなよ。とにかく送っていこう。中で俺が知っている情報を話す。」
3人は席を立った。火星の砂埃が、また舞っていた。
更新が滞ってしまい、申し訳ありません。
もうすぐで冬休みになりますので、そうしたら更新していきます。
次回は、テラポルトスの様子をのぞいてみたいと思います。




