『太陽系の歌』制定、Auld lang Syne に
スーマー・ヤオは、マカオの小さな料理屋でそっと新聞を広げた。
ヤオは、あの地獄の辺境戦争を生き延びた後、しばらくテラポルトスの国連宇宙機構の病院でリハビリをしつつ、辺境戦争の歴史をまとめていた。辺境戦争、そしてその後の宇宙の歴史をまとめるという使命はまだつきない、とヤオは言う。病院を退院した後は、一度北京近くに住む家族の元に帰った後、かつての中台班のメンバーの家族の元を訪ね歩いた。特に忠実かつ最愛の親友であった、台湾のウー・チュンミンを中心に特別青年地球防衛隊のメンバーや辺境戦争を描いた『テラポルトスの子供たち』は世界的なベストセラーとなっていた。
世界中からヤオは誘われた。特に研究機関や大学は熱心に彼をスカウトした。しかし国連宇宙機構やLSSEに決して加わらなかったように、どの研究機関にも属さなかった。
ヤオは現在は語学の勉強をしつつ、世界中の情報を集めるフリージャーナリストとして活動していた。マカオはそのための拠点の1つである。
「ミスター・ヤオ、いつものでよろしいですか?」
「はい、お願いします。」
店の主人がそっと声をかけてきた。いつも通り応対して、それから新聞の一面を見つめる。
「ついに『The anthem』制定」
「Auld lang Syne が太陽系の歌に」
一通り目を通す。制定の経緯、理由、今後の扱われ方。
「コーヒーをお持ちしました。」
店の主人がそっとコーヒーを置いて立ち去った。
ヤオはパソコンを取り出すと、素早く何かを打ち込んだ。そして一口コーヒーを飲むと、おもむろに携帯電話を取り出して電話をかけた。
「はい、こちらテラポルトスLSSE本部、総合広報室です。要件をどうぞ?」
「元防衛軍のスーマー・ヤオです。取材したいことがあるので、戦略局のウエキセンカ戦略第1課長に連絡をつないでほしいのですが。」
「わかりました。戦略局の者に確認します。」
オペレーターの声が消える。しばらくするとまた声が返ってきた。
「失礼いたしました。現在会議中ですので、改めて連絡をしていただけますか?あなたからの連絡があったことはウエキ課長に伝えておきます。」
「わかりました。ありがとうございます。」
ヤオはそう言って通話を切った。
「相変わらず、だな。」
ヤオはそういって天井を見上げた。
しばらくコーヒーを飲みつつ、パソコンのキーを叩いていると、不意に携帯電話が鳴った。表示された番号を見て思わず微笑む。
「はい、ヤオです。」
「スーマー? 今お昼なの、少しなら話せる。」
「忙しい中失礼します。」
「いえいえ、あなたの取材には答えたほうがいいから。今度は何を批判してくれるのかしら。」
「いえいえ、そんなつもりはないですよ。」
「でも、私たちのすることを真っ向から批評してくれるの、あなたくらいだもん。さすが戦友、ね。」
「ありがとうございます。」
ヤオは少し笑った。
「さっそくですが。」
「はい。」
「Auld Lang Syneは、あなた方日本を含むアジアでは「蛍の光」や「愛国歌」など、ナショナリズムと結び付けられた歌詞が付いていますよね。それに関してはどう思われているのですか?」
「それは日本人として?それともLSSEの人間として?それともチームゼロの人間として?」
「すべてです。」
「わかったわ。確かに蛍の光は、日本では悲しい歌でもある。卒業式の定番だし。そう考えるとふさわしくないのかもしれないけど…。」
センカは声を詰まらせた。
「でもAuld Lang Syneもただの歌じゃないでしょ?去っていく古いものへの悲しさが込められている。」
「そうですね。」
「地球の歴史は、悲しいけど生と死の歴史。多くの人が死んで、多くのことが忘れ去られた。そうして新しい人が生まれ、新しいものが生まれる。一番近いのが、辺境戦争かな…。」
「つまり、Auld Lang Syneには、辺境戦争への鎮魂の意味もあると?」
「なくはない。わたしの中で辺境戦争や戦艦オリオン、アルテミスケノンベースキャンプ、そしてK作戦とA作戦、Z作戦は忘れられないものだし。あの出来事が影響を与えているのは事実。そこで失った人たちに、もう一度会って、今度は酒を酌み交わしたい。そう思う。本当に。」
「そうですか……。」
「でも、それだけじゃないよ。辺境戦争、メカはメイルやレイアたちとの交流のきっかけにもなった。そう……辺境戦争で失った人たちの代わりに、まるで再会するように、たくさんの人と出会えた。もうすぐ一緒に酒を飲み交わせる。そういう希望も込めてる。」
「センカらしいね。」
「スーマーに怒られないなんて。雪でも降る?」
2人は少し笑った。
「では、各国で違う歌詞であることには?」
「従来の歌詞も、大切な歌です。蛍の光も、Auld Lang Syneも。それこそ国歌として歌っていた人たちもいたんですから。」
「しかし、公式の歌詞はスコットランドの原詩ですよね。」
「ええ。公式としては。しかしすべての言語で歌われる歌詞も公式のものです。」
「それがどんな歌詞であっても?」
「公式はあくまでAuld Lang Syneですから、ね。まぁ地球は多様性の星ですし。」
センカはそういうと、電話越しに笑った。
「逃げ道としか言えないんですけど、でもこうすることを、私たちは選択しました。」
「なるほど。」
「ごめんスーマー。もうそろそろお昼を食べに行ってもいいかな?」
「ああ、構わないよ。無理はするなよ。そうじゃないと、また誰かに撃たれるぞ。」
「今度はあなたのペンで撃たれそう……。記事、楽しみにしているわ。」
「記事というより論文になりそうだけどね。中国国内でもAuld Lang Syneに関して様々な意見があるし、世界ではもっとあるはずだ。それに対しても向き合わなきゃいけないし。」
「とにかく、記事が決まったら連絡してね。戦略局の経費で買いまくるわ。」
「告発するよ?」
2人はまた笑って、電話を切った。
1週間後、ヤオの記事がとある有名な雑誌に載った。すぐにそれは様々なマスメディアに紹介された。
その記事では、国歌などがどのように歌われてきたのか、そしてAuld Lang Syneが様々な国でどのように歌われていたかを冷静に紹介したうえで、Auld Lang Syneが太陽系の歌として持つ意味やこれからの見通し、それに対する批評、LSSEの対応への評価などが盛り込まれた。
「何度も言うが、Auld Lang Syneは友との再会を祝う歌である。言い換えれば、友とは長く離れ離れであり、おそらく酒を飲み交わしたらまた分かれていくのであろう。
『めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな』という和歌が、日本にはある。これも友との一瞬の邂逅を歌ったものだ。友との別れと再会の、変わらない悲しさと嬉しさと美しさ。これは場所や時代が違ったとしても、同じものなのではないだろうか。
おそらくLSSEの人間は、人類代表としてその美しさを共感し、これをAuld Lang Syneに込めたのだろう。
Auld Lang Syneで酒を飲みかわすあの友たちは、きっと昔を懐かしみながら、未来への希望を語っていたはずだ。それを我々は歌い継ごう。過去への敬意と未来への希望を。
ある者にとってはたった1つの故郷である地球への愛を歌う歌であるし、ある者にとっては遠く離れた地球と新たな故郷への歌でもあるだろう。ある者にとっては、自分の生まれ育った国や学校への想いを歌う歌であろう。ある者にとっては亡くなった人への想いを込めた歌でもあるだろう。ある者にとっては新たな友を迎える歌だろう。ある者にとっては、広大な宇宙という故郷への愛を込めた歌であろう。
Auld Lang Syneに込められた意味を、必死に漁って批評することは簡単だ。しかしこのAuld Lang Syneにどんな意味を込めるかは、LSSEや宇宙移民自治政府、国際連合、いやすべての人たちが決めていくのだ。それぞれの思いを込めて。
スーマー・ヤオ 」
戦略局の休憩スペースでそれを読んだセンカ、ユリアン、ユウキは、そっとそれぞれ、想いを新たにしていた。プロジェクトにかかわったメンバーも、それぞれこの記事を読んでいた。
この星の歌は、その年の大晦日から、いつも通り、しかし思いを込めて歌われるようになった。




