情報・技術vs戦略・戦術
リンカは情報局の部下と少し打ち合わせをして、テラポルトス本部施設最深部にほど近い、YURIKAシステムの制御システム室への入り口の前に立っていた。
IDカードと虹彩でのチェックを通過し、室内に入る。中には宇宙服のような白い作業服が何着か置かれていた。1つ空きがある。
「コウスケね。」
リンカは持っていた機材をその足元に置いてあったケースに入れ、自分も慣れた手つきで作業服を着た。
きちんと着れたことを確認すると、次の部屋へ進んだ。
狭い部屋には、床に大きな扉が一つ。ロックを外してそれを開けると、中には透明な液体が入っていた。アラート音が静かになり続ける。リンカはゆっくり液体の中に身を入れ、もう一度酸素を確認すると、液体の中にその身を沈めた。
無音世界を、ただ泳いでいく。中は液体で満たされ、様々な機械やコードがゆらゆらと揺れている。人体に害のある液体だが、こうすれば効率よく機械を保護し、冷却することができた。
コードや機械たちのつながりが生み出す不思議な光景の間を、リンカは泳いでいく。目印の小さなロープは、まっすぐに、その中にたたずむ塔に伸びていた。
塔の先端の膨らんだ場所の真下についた扉をゆっくり開ける。激しいアラート音の中、リンカはなんとか小部屋に立ち、またゆっくり扉を閉めた。
「排水作業開始。」
機械音が続き、液体が次々と吹き飛ばされていく。
「排水完了。」
その音にリンカは大きく息を吸い込んだ。
次の小部屋で、宇宙服を脱ぎ、先客の宇宙服の横に並べる。そしてリンカはその先へ足を踏み入れた。
「リンカ、おはよう。」
「コウスケ、早いわね。」
中にはいくつかの機械が並んでいた。コウスケはそのうちの一つを整備していたらしい。
「あと30分ね。」
「ああ。急がないと。」
リンカはコンピューターをいくつか操作し、あるパスコードを打ち込んだ。
「shiinayurika、か。」
コウスケが呟いた。
途端に中央の機械がまばゆく光った。光はすぐに収まり、中から1人の少女の立体ホログラム映像が現れた。
肩より長い黒髪、きついが美しい涼しげな目。飾りのない白いワンピース。リンカとうり二つの少女だった。
「ユリカ姉さん、久しぶり。」
「リンカ……。コウスケさんも。」
「早速ですが、新しい防御プログラムへの切り替えの準備を。」
コウスケの言葉に、ユリカと呼ばれた少女は頷く。
「ええ。わかりました。」
そういって彼女は右手をゆっくり横へ動かした。周囲のコンソールの値が一気に変化する。
「本体冷却システム、異常なし。引き続き情報局の外部端末に管理を委託。艦橋共有システムチェック開始。…」
センカは、久しぶりに戦艦ベガの中を歩いていた。間が旅から帰ったばかりで、船もつかれているようだった。
「情報は聞きました。ウエキ戦略長の頼みですから、なんとかしますよ。」
彦星のような若いアジア系の艦長、アスカル・アイトマートフがこっそり告げた。
「すみません。お願いします。」
「いえ、あなたは僕らの艦長であることに変わりませんし、今でも運用責任者はあなたです。」
「ありがとう。迷惑はかけないから。」
センカたちがたどり着いたのは、普段は使われない第2艦橋の指令所だった。
「ここなら設備も十分ね。」
数人の職員が一心不乱に画面を見つめていた。
「オーナー。そろそろ情報局が動きます。」
「約束の時間だな。」
アイトマートフ艦長は画面をのぞき込む。
「できるのか?」
「揺さぶれれば、構いません。」
センカは寂しげに笑った。
「時間ね。そろそろ。」
リンカはコンソールを見つめながらつぶやく。
「ユリカ姉さん、いいかしら?」
「ええ。いつでもどうぞ。」
「コウスケ?」
「こちらも準備万端だ。」
「よし、始めよう。予定通りだ。」
リンカは静かに画面を見つめた。
「艦長、オーナー。」
戦艦ベガには緊迫した雰囲気が流れていた。
「ええ、始めましょう。」
「オーナー。すまないが、専門のオペレーターがいなくてね。」
「わかってます。アイトマートフ艦長。では、カウントは私が。」
センカは画面を見つめた。
「カウントはじめ、5、4、3、2、1。作戦開始。」
電子音と共に、コウスケとリンカは一斉にキーボードをたたく。
「ユリカ姉さん!」
「わかってるわ。」
少女が右手を少し動かす。画面に視覚化されていたウイルスやハッキングからの防御プログラムが消えた。
「新しい防護壁が完成するまで、私は無防備ね。」
「そのあいだは、情報局が全力で守ります。」
「ええ、守ってくれてる。」
少女はそういって目を閉じた。
「もうすぐよ。」
センカは時計を見ながらつぶやいた。
「新しい防御プログラムに切り替わるその一瞬。そこが勝負ね。」
戦艦ベガの情報班員は少し緊張した顔で画面を見つめた。
「大丈夫でしょうか。」
「大丈夫。すべては私の責任。」
センカは自分に言い聞かせるように告げた。
「カウント開始します。30、29、……。」
センカの声が、静かに第2艦橋に響き渡った。
「切り替わりまで、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、新防御プログラムへの切り替え完了。情報局によるアクティブハッキングによる防御は終了。」
リンカはため息をついた。
「これで、一安心ね。」
「ああ。」
コウスケもコンソールを確認する。
「異常は見られない。」
「あら、なにかしら?」
コンピューターの中枢からの声に、2人は振り向いた。
「姉さん、どうしたの?」
「ハッキングされてる。」
「もう?」
「しかも、うまく防壁をすり抜けてる。まるでプログラムのことを知っているみたい。」
「そんな、今変更したのに?」
「情報が、まさか。」
「確認します。」
リンカはキーを叩いた。少女の映像がそれをそっと止める。
「私に任せて……解析開始……ハッキング元は……戦艦ベガYURIKAシステム。」
戦艦ベガに電子音が鳴り続ける。
「これは……逆に我々が追跡されつつあります。」
「逃げれそう?」
センカが画面をのぞき込む。
「だめです!やり返されます!」
「このままだと、戦艦ベガのYURIKAシステムそのものに影響が出かねません!」
「くそっ。」
センカは唇をかんだ。
「戦艦ベガ……。センカ?」
コウスケはリンカの肩を叩く。
「理由は後だ。YURIKAシステムの最中枢……ブラックボックスは見せちゃいけないんだろ?」
「リンカ、戦艦ベガのハッカーを追跡します。」
少女が左手を動かしたその時だった。
「何?」
リンカがアラート音に思わずおびえた表情をする。
「戦艦ベガのYURIKAシステムに強力な防護壁が展開された。この防壁は……戦艦アルタイルのYURIKAシステムだわ。」
少女が続ける。
「サメロトリアテロ型の相互防衛システムが作動させられたんだわ……さすがに私でも、これをすぐに突破することはできない。」
少女は少し笑った。
「時間がたてば解除されるから、放っておくしかないわ。妹たちに一杯食わされた。」
「戦艦アルタイル艦長より通信が入りました。」
乗組員の1人が告げる。
「我、オーナーと共にあり。オーナーの願いを叶える。」
「ショウタ……。戦艦アルタイルに返答。感謝する。織姫の船のオーナーより。そう伝えて。」
「はいっ!」
センカはそっと息を吐いた。危ないところをショウタに助けられた。
「まさか、相互防衛システムがこんなところで役に立つとは。」
乗組員たちはあれこれ話し始めた。
「ブラックボックスのデータは?」
「いえ、そこまでは……。すみません。」
「いいの、無理言ってごめんなさい。」
センカは情報班員の肩を叩くと、全艦に放送を入れさせた。
「今日行ったのは、新たな防御プログラムへの抜きうちハッキング調査だ。報告書を書くのでデータを提出すること。提出したら削除して構わない。なお、今回の件についてはすべて、運用責任者の私ウエキセンカが責任を持つ。しかしこの件については他言無用。一切を忘れて構わない。」




