叔母と幼馴染と姪と
ホーリー・ボロウは、リンネルーアの王宮を歩いていた。打ち合わせはすべて終えた。今日はこの後特に予定は入っていなかったはずだが、なるべく早く政務室に戻り、今後のスケジュールの確認をして、先にできることはやっておくべきだろう。
若手の廷臣たちの中では一番働いているホーリーは、激務に随分慣れていた。しかし思わず廊下でため息をついた。
「まったく、毎日こんなんじゃなぁ。」
思わず出た本音に思わず苦笑しながら、角を曲がった時だった。
「ボロウ伯爵、連日お疲れ様ですわ。」
妙に丁寧な言葉遣いの言葉にふと左へ顔を向けると、銅像の影にドレス姿の女性が立っていた。長く豊かな髪を一つにまとめてゆったり横に流している。頭には銀細工の美しいティアラ。ドレスは落ち着いた赤色。
「女王陛下!これは、ご無礼を。」
ホーリーは飛びのいて、慌てて膝を床に着けた。
「ボロウ伯爵……というかホーリー。白々しい演技はやめて。こんなところ、めったに人が通らないし。」
ホーリーはため息をついた。
「そんなところで何やってるんだい?君は女王陛下じゃないか。」
「今くらいいいでしょ。」
「まったく……。相変わらずなんだから君は。」
2人は幼馴染だ。生まれた年も一緒だったし、リーヒも王位を継ぐことはないと思われていたので、昔はよく一緒に暴れまわっていたものだった。今は女王と臣下となったが、時々昔のように、一緒に食事をとったりくだらない話で盛り上がったりしていた。
「ところで、ホーリー。今日この後用事はある?」
「いや、ない。でもいったん政務室には戻るよ。」
「そう。実は今日、レイアも特に用事がないみたいだし、久しぶりに例のあそこ、行こうと思ってるの。護衛がてら、どう?」
「僕は護衛ですか。給料は出るんでしょうね?」
「昨日作ったパイがあるの。作りすぎちゃって。」
「わかった。君ら2人だけでは行かせられないからな。いつも通り行けばいいかい?」
「ええ、19時にいつものところで待ち合わせ。」
「了解。ひさしぶりだな。」
「ええ、そうね。最近バタバタしてから。」
2人は少し笑った。
「じゃあ、僕は政務室に。ご機嫌よろしゅう、女王陛下。」
「ご機嫌よろしゅう、ボロウ伯爵。」
約束の時間、王宮のあまり知られていない職員用の扉の近くの古ぼけた像のそば。ホーリーは一般市民の服装(というか私服)を着て待っていた。
「ホーリー?」
向うから小走りで2人の女が来る。ホーリーは思わず苦笑した。恐ろしいほどに一般市民の服(というかこちらも私服)を着こなしているのは、他でもないこの国の女王と王女だ。
「リーヒ、レイアちゃん。」
「行きましょ、早く。」
「はいはい。」
3人は扉をこっそり開けると、王宮を難なく飛び出した。
「やっぱ最高ね!」
「こっちのが楽。」
「ったく、どこの映画だよ。」
「地球の映画にこういうの、あるみたいよ。」
レイアが笑った。
「抜け出そうとしたら、センカにそう怒られちゃった。」
「まぁ、ばれたら大騒ぎだよね。」
リーヒも声を上げて笑った。
「しかし、先代もこうしてたんだろ?」
「ええ。兄さんもお父様もよくこうしてたわ。レイアも何度か連れ出されてるわよね?」
「あまり、覚えていないんだけど……。父上が誰かと大喧嘩になっていたことは覚えてるわ。」
「ああ、あの時ね。」
リーヒがまた笑った。夜風がその横をすり抜けていく。
「なぜかお酒の銘柄で隣の客と大喧嘩になってしまってね。」
「あのルヒート王がなぁ。信じられないよ。」
「レイピアさんもすごく怒ってね。ひどかったわ。」
「だから覚えてるのかしら、私。」
3人の笑い声が響いた。
王家の人間は、時々こうやって街に繰り出す。そしてよく、この町はずれの小さなレストランに行く。レストランの主人だけはこのごく普通の3人組がどういう存在なのか知っていて、顔をちらっと見ただけで、さりげなく目立たない席に案内してくれた。
「ああ、このスープ。たまらないわ。」
「ほんと、おいしい。」
リーヒとレイアの嬉しそうな顔に、ホーリーも思わずほおが緩んだ。
「ところで、リーヒ。」
「ん?」
「お前、レイアに王位を譲ったらどうするつもりなんだ?」
「ってかリーヒ叔母さん、働けるうちは働いてよ。」
レイアが顔をしかめる。
「廷臣たちや一般市民の中にも、リーヒ叔母さんを推す声が上がってるんでしょ?何もすぐに私が女王になる必要なんてないじゃない。私も遊びたいし。」
「実際、レイアが言うことも正しい。」
ホーリーも続ける。
「リーヒの治世は安定している。鉄の星リンネルーアや水の星地球とのやり取りもいろいろあったが、まとめあげたのは君の存在が大きい。レイアが頼りないわけではないんだが、今無理に退位する必要はないと思う。」
「そうよ、リーヒ叔母さん。廷臣の中でも筆頭って言われてるボロウ伯爵が言ってるのよ。」
「君は遊びたいだけだろ、レイアちゃん。」
「そんなことないわ!現に女王になったら、他の星に行きづらくなるでしょ?今の地位のが動きやすいのよ。」
レイアはジュースを一口飲むと、ため息をついて続けた。
「次期王位継承者だから、女王並みの影響力は持てるけど、ある程度自由に動けるし。本来なら3星の交流を一層促進させたいところなんだけど、太陽系は太陽系内でやることが多すぎるし、鉄の星も『敵』のことがあるから、責任取るためにがんじがらめになってて、交流なんてのんきなことできないのが現状。要になるセンカも太陽系内の政治ゲームに巻き込まれてるし、メイルは研究三昧だし。正直外交面で動けるのは私だけ。」
レイアは叔母の顔を見つめた。
「正直今は、外交に専念したい。リンネルーアのことはリーヒ叔母さんに任せたいと思ってる。」
「しかし……。」
リーヒが口を開いた。
「私が王位に就くときの条件は、レイアが成人したら王位を譲るということだった。現に今も、本来ならレイアが王位にあるべきだった。」
「でも、叔母さん!」
「たとえ私が良い君主であったとしても、代理の女王であることに変わりない。約束を破ることは、法律や兄ルヒートに背くことになる。クーデターになってしまう。」
「でも、状況が変わったし、本人の意志もある。法律くらい変えていいじゃない!」
「しかし、レイア王女。リーヒの言うことにも一理あるんだ。」
ボロウが寂しげに笑った。
「レイア『女王』の名においてならともかく、リーヒ女王の名において、王位継承に関する法律を変えてみろ。それだけで立派なクーデターだ。たとえそれが良いことであってもだ。」
3人はしばらく黙った。
「さぁ、こんな話はやめよう。久しぶりだし。」
ホーリーはにこやかに笑った。
「そう……ね。」
リーヒが微笑んだ。
「政治の話は、今はなしにしましょ?」




