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布石を打つ・6

「そのう、大状元には重大な秘密がお有りだと判義禁府事は見ておりまして、その内偵役に小臣を選んだのです。上手く運べば主上殿下が御申しつけになったように沈家の信頼も得られると思いまして。それに、小臣自身もあの方のその、色々非凡な状況には興味が有りましたので引き受けました」


 出来たばかりのスルギの邸でケガの手当てを終えた韓明文に事情を問いただすと、こんな答えが返ってきた。


「それにしても、大状元は学問だけでなく武術の方も大変なものですな。今朝ほどはこっそり勇ましい御様子を拝見しました」

「何が有ったのだ?」

「あの、沈徳宣殿を足蹴になさっておりまして、徳宣殿も最初は怒鳴り声を上げていましたが、最後は泣いて大状元に許しを乞うておりました」

「何やら、面白そうな話だな。もそっと詳しく話を聞かせよ」


 右議政の次男・沈徳宣は文科殿試の成績は上位十位以内だったくせに、官職にも就かず遊び歩いている。一度史官か何かになったものの勤務態度があまりにもひどく罷免された。それでも妹の中殿の所に出入りする承候官スンフグァンとしての資格は有るのだし、親の威光も有って食うには困らない。風流貴公子を気取って、あちこちの女を引っ掛けているらしい。確かに美形だが、いけ好かない男だ。

 ただ、中殿が兄弟の中で次兄である徳宣だけをひどく嫌っている。王である私には悟らせまいとしているらしいが中殿は隠し事が下手なので、丸わかりだ。女たらしと言われるような不品行を憎んでの事……とも思えない。理由がわからないだけにずっと以前から気になっているのだ。


「覚えたか、沈徳宣。これはお前の子を身篭ったまま井戸に身を投げた下仕えの分だ。母と子二人分だぞ、と語気厳しくおっしゃいましてな、二度ばかり強烈な蹴りを入れられました。更に、ええっと、そしてこれがお前に身を汚されたせいで、自害なさる羽目に陥った姫君の分だ、とおっしゃって一蹴り、後は……そうそう、さらにこれが、お前のせいで相愛の男との縁が断ち切れてしまった商人の娘の分だ。ふん。名を上げずとも、全て身に覚えがあろう、とおっしゃってまた一蹴り、そのような具合でした」

「ほほう」

「その後、あの貴公子殿が地面で身を縮めて、涙を流し呻きながら大状元に許しを乞うておりました」

「ほう、なるほど。井戸で死んでおったと言う女は沈徳宣の子を孕んでいたのか。それが誠なら、奴めを罪に問えぬ事も無いが……許しを乞う言葉がどこまで本気であるのかな……」

「そう言えば最後は、誠に反省したのならこれから一年様子を見ていてやろう。身分高き家に才能を持って生まれたものにふさわしい、責任の果たし方と言うものがあるはずだからな。世のため人のために身を粉にして働いても、お前は償いきれないほどの罪を犯したのだぞ! と仰いましてな。その姿も決まってました」

「スルギは優雅な動きも、さわやかな動きも自在故な。いやあ、見たかったなあ、その雄姿を」


 私がうっとりしてしまったのを、韓明文は心配そうに横目でちらちら見ている。どうやら私が衆道に走ったと深刻に案じているらしい。今私が抱いている成明の顔を見ただろうに、こうした方面は鈍い男のようだ。


「韓都事、王子の母は誰だと思っているのだ?」

「いや、その、見当もつきません」

「おお、そうか。それで先ほどは訳が分からないというか、信じたくないというか、困ったような顔になったのか」

「……え? もしや。いや、まさか」

「そのまさかかも知れんぞ」

「大状元は、女性ですか? 」

「そうだ。そして、この王子・成明の母だ」


 成明は韓明文の驚きをよそに、私の腕の中でスヤスヤ眠っている。

 唐衣に着替えたスルギを見た韓明文の顔は、見ものだった。呆然としていたのだ。


「余り不躾に見るではないぞ」


 私がそう言うと、スルギはクスクスと笑った。





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