布石を打つ・7
韓明文は唐衣姿のスルギが部屋に入ってから、まるで石のように固まっている。
「どこまでお話なさったのです?」
「大状元はまことは女だと、教えた。無論一切他言無用だがな」
「韓都事が口を滑らせたら、王子も私も身の破滅ですね」
スルギが冗談めかして言うと、韓明文はひどく緊張した面持ちになったかと思うと平伏した。
「小臣は絶対に、絶対に秘密を守ります。守れそうに無ければ、命を絶ちます」
ほとんど悲鳴のようだった。なかなかに面白い男だ。
スルギはなだめるように救荒作物としての甘藷と玉蜀黍の有用性を説明しながら、「すうぃーとぽてと」と「ぽっぷこーん」を温かい茶と一緒にすすめた。
確かにどちらも美味くて私も好きだが、韓明文は王の前と言う事もすっかり忘れて夢中で食べていた。朝からろくに食べていなかったらしい。「うまい、うまい」と気持ちが良いほどの勢いで全て平らげた。
「救荒作物と言うには、美味過ぎる! あなたは凄い人だ大状元」
唸るようにそう言ってから、救荒作物としての甘藷と玉蜀黍を早く導入すべきだと言う話を始めたが、スルギが王子の母とばれると大変だという話に自然と戻った。
「私の存在が知られると、後宮が荒れるでしょうね」
「朝廷も大変でしょうなあ……」
「だから、秘密を守れと言っている」
「ですが恐れながら主上殿下、ただお一人の王子様ですから……その、御側室腹でも世子様となられるべき方では御座いませんか?」
「これは側室などに出来ん。高貴の血筋故、後宮での位は特に授けない」
スルギは王族で、中殿・大妃様・大王大妃様に準じる扱いをするべき存在なのだ。
「ですが中殿様がおいでになります」
「これの方が中殿よりずっと格上の王族なのだ。スルギの母君は大妃様の同腹の妹君だ。そのお血筋だけでも今の朝廷では扱いがたいのだが……父君のお血筋がな」
二代目様の東宮だった方は弟君に東宮の位をお譲りになった。父王の本当の御希望をかなえるために、お気持ちを察知して自発的になさった事だと伝わっている。愉快な方であったようで、巷に色々と面白い逸話を残しておいでだが、一生三代目国王となられた弟君の廷臣たちから「潜在的脅威」として監視をお受けになった。しかし、三代目様御自身は非常に義理を感じておられたようだ。兄君を殺害する事も兄君の御子達を殺害する事も廷臣たちに堅く堅く禁じ、兄君が七十過ぎて亡くなられた後は「もうすぐ自分もあの世に行くのだし、あの世では兄弟睦まじく過ごすつもりだから丁寧にお祀りするよう」とお命じになり、国王以外の王族では最高の格付けで兄君の御霊をお祀りする事になった。今もなお三代目様の遺言通り、その方は王室の御霊を祭る「祀堂」に鄭重に祀られている。
その最高の格付けの王族の直系嫡流の子孫である方が、スルギの父君なのだ。
「と、言う事は、大状元の父君様は、二代目様の御嫡子の御嫡流。つまり……」
「これは本家の嫡出の姫と言う事だ」
二代目様は偉大な聖君であらせられる。スルギは由緒正しいその聖君の子孫と言う訳だ。
「と言うことは、あの、王様の秘密の文箱の中身だと噂される内容は……」
「三代目様の御遺言か。実はなこうした内容なのだ」
「わ、私などが承って良い事でしょうか?」
韓明文はあたふたしている。
「お前には将来、成明の傍で頑張って貰うつもりだから、良いのだ。ああ、無論これも他言無用だぞ」
五代目以降になって自分の子孫が愚かで不出来な王なら、二代目様の東宮であった方の御血筋に王位を返せ。娘しか居なければ、中殿とし、その子に王位を継がせよ。それが適わない事情が有る場合は然るべき者を夫に迎えさせ、家を継がせ、子孫を王族の筆頭とせよ。ざっとまあ、そのような内容だが……
「ならば大状元がどう考えても中殿となられるべきですが……」
「でも、そんな事をすると、血の雨が降るって思うでしょ?」
スルギのその言葉に、韓明文は難しい顔で頷いた。




