第7話 エナと街へお出かけ
自分専用のお菓子工房ができてから、メルはほとんど毎日のようにそこへ通っていた。
今日も調理台の上には焼きたてのお菓子が並び、その向かいにはすっかり定位置となった2人の試食係がいる。
「どう、エナ?」
「とても美味しいです。ただ、木の実の香ばしさが強いので、もう少し酸味のあるものを加えても合うかもしれませんね。果物などはいかがでしょう?」
「なるほど。ジャムを入れても美味しそうだね」
エナの感想を聞きながら、メルは次に試したい組み合わせを考える。
一方、もう1人の試食係は難しいことを考える様子もなく、早々に自分の皿を空にしていた。
「メル、もう1つよこせ」
「ヴァルは昨日も同じこと言ってたよ。ちゃんと感想も言って」
「美味いからもう1つ食いたい。それ以上に何を言えというんだ」
「エナを見習ってほしいなぁ」
とはいえ、何個食べたがるかでヴァルの好みも少しずつ分かるようになってきた。
今日はかなり気に入ったらしく、すでにメルの手元に残っている分まで狙っている。
そんな2人を眺めていたところで、ふと気づく。
(そういえば、エナっていつ休んでるんだろう?)
朝起きればエナがいるし、食事の時もいる。工房へ来れば手伝ってくれて、夜になれば寝る支度までしてくれる。
もちろん他の使用人に任せている時間もあるが、メルの記憶にある限り、エナはかなり長い時間を自分のために使っていた。
前世で休みの少ない生活を経験しているだけに、少し気になる。
「ねえ、エナ。お休みの日って何してるの?」
「私のお休みですか? ちょうど明日がお休みですので、フィーネへ買い物に行こうと思っております。日用品も少なくなってきましたし、久しぶりに街を見て回ろうかと」
「いいなぁ。私も行きたい!」
思わず口にすると、エナは少し困ったように笑った。
「お嬢様とご一緒するのは嬉しいのですが、それでは結局、私はお仕事をすることになってしまいますね」
「あ、そっか」
5歳児を連れて街へ出れば、どう考えても世話をする側になる。
それでは休日に仕事を増やしているだけだ。
(それはダメだなぁ。休みの日まで仕事するの、ほんとによくないし)
そこでメルは少し考え、別の方法を思いついた。
「じゃあ明日は、私のお世話じゃなくて、一緒に遊びに行こうよ。エナの行きたいところにも行って、私も一緒に見るの」
「私と……でございますか?」
「うん。エナと行きたいの」
エナは目を瞬かせたあと、少しだけ頬を緩めた。
「……それでしたら、喜んでご一緒いたします。ただ、お嬢様をお連れする以上、護衛だけは必要になりますね」
「俺がいるだろう」
窓際からヴァルの声が飛んでくる。
いつの間にか話を聞いていたらしい。
「確かにヴァル様がいらっしゃれば、護衛という点では何の心配もございませんが……」
「ならば問題ない」
「別の意味で心配なのでございます」
災害級魔獣を連れて休日のお出かけ。
それが普通なのかはメルにも分からないが、柴犬ほどの大きさなら正体に気づく人も少ないだろう。
「じゃあ3人で行こう!」
「……ふふっ。かしこまりました」
こうして明日は、エナと初めて仕事ではないお出かけをすることになった。
◇
翌朝。
玄関で待っていたメルは、やって来たエナを見て目を輝かせた。
「エナ、かわいい!」
いつもの黒い使用人服ではない。
淡い色のワンピースに薄手の上着を合わせ、普段は仕事の邪魔にならないようまとめている栗色の髪も、今日は少しだけ緩く結んでいる。
「ありがとうございます。ですが、お嬢様にそこまで驚かれると、普段の格好が少し心配になってまいります」
「いつものエナも好きだよ。でも今日は違うエナって感じ!」
毎日一緒にいるのに、知らない姿を見つけたようで少し楽しい。
エナも照れくさそうに笑ってから、メルの服装を確認した。
「お嬢様もご準備はできていらっしゃいますね。それでは参りましょうか。今日は私のお休みですので、お嬢様のお好きなところだけでなく、私のお買い物にも付き合っていただきますよ?」
「もちろん! 今日はエナが行きたいところにいっぱい行こう」
その足元には、当然のように柴犬ほどの大きさになったヴァルがいる。
こうして3人はアルフォード家を出て、フィーネの街へ向かった。
以前、シュガースライムを探しに来た時は目的のものを見つけることで頭がいっぱいだった。
今日は急ぐ必要もないので、通りに並んだ店をゆっくり眺めることができる。
エナの日用品を買ったあとは、衣料品店や雑貨屋にも寄った。
そこでメルは、エナが小さな髪飾りを手に取って眺めていることに気づいた。
「エナ、それ好きなの?」
「えっ? ああ……綺麗だと思って見ていただけですよ」
「買わないの?」
「今日は必要なものを買いに来ただけですから。また今度にいたします」
(欲しくないわけじゃなさそう)
普段のエナなら、自分の買い物より先にメルが欲しいものを聞いてくる。
けれど今日は休日だ。
「今日はエナのお休みなんだから、欲しいもの買ってもいいんじゃない?」
「お嬢様に勧められてしまいましたね。では……せっかくですから、1つだけ」
エナが選んだのは、小さな白い花をあしらった髪飾りだった。
店を出てすぐにつけてもらうと、メルは満足して頷く。
「やっぱり似合ってる!」
「ありがとうございます。お嬢様と一緒でなければ、きっと買わずに帰っていました」
そう言って笑うエナを見ていると、メルまで嬉しくなる。
いつも自分の世話をしてくれる人ではなく、今日は少しだけ違うエナを知れた気がした。
それからもしばらく街を歩き回り、昼を過ぎた頃にはさすがにお腹が空いてきた。
「エナ、お昼どこで食べる? 今日はエナが決めていいよ」
「でしたら、久しぶりに行きたいお店がございます。昔から時々パンを買っていたところなのですが、焼きたてがとても美味しいのですよ」
エナに案内され、大通りから少し外れた一角へ向かう。
ところが進むにつれて、メルは周囲の様子に違和感を覚えた。
先ほどまでの通りとは違い、人の姿がほとんどない。
閉ざされたままの店も多く、建物の一部には新しく修復されたような跡が残っていた。
「……こんなに寂しくなっていたのですね」
エナが足を止める。
「前は違ったの?」
「はい。以前はもっと多くのお店が並んでいて、人通りもございました。少し前にこの一帯で大きな火事があったとは聞いていましたが、ここまでとは……」
幸い大きな人的被害は出なかったものの、火災によって複数の店が焼けたらしい。
建物を直して営業を再開した店もあるが、人通りそのものが減ったことで客が戻らず、そのまま閉めてしまった店も多いという。
エナが目指していたパン屋は、その中でも営業を続けている数少ない店だった。
「いらっしゃいませ……って、エナちゃんじゃないか。久しぶりだね」
店に入ると、奥から出てきた男性がエナを見て嬉しそうに笑った。
「お久しぶりです。なかなか伺えず申し訳ございません。今日はお嬢様と一緒にお休みをいただいて、街を見て回っているのです」
「そりゃいい。そちらがアルフォード家のお嬢様かい? 好きなものを選んでおくれ。今日は焼きたてがまだたくさん残ってるからね」
笑顔で言われたものの、並んでいるパンの量を見れば、それが良いことではないのは分かった。
昼を過ぎているのに、棚にはかなりの商品が残っている。
メルはエナがおすすめしてくれたパンを選び、店内の小さな席で食べてみた。
「美味しい!」
外側は香ばしく、中は柔らかい。
エナが昔から通っていたというだけあって、味に問題があるとは思えなかった。
「でございましょう? 私もこちらのパンが好きで、以前はよく買いに来ていたのです」
「でも、こんなに美味しいのに……どうしてお客さん来ないの?」
店主は少し困ったように笑った。
「火事のあとから、この辺りへ来る人自体が減っちまったんだ。店を直しても客が来ないから、再開できないところも多くてね。そうすると、ますます人が来なくなる。うちもいつまで続けられるか分からないよ」
味が悪いわけではない。
この店だけが頑張っていないわけでもない。
(人が来ないからお店が戻らなくて、お店がないから人も来ないのか)
前世でも、似たような話を聞いたことがある。
だとすれば、このパン屋だけに客を呼んでも根本的な解決にはならない。
メルはもう一口パンを食べながら、店内を見回した。
パン屋に置いてあっても不思議ではない。
それでいて、この街ではまだ珍しく、それを目当てにわざわざ来たくなるようなもの。
(パン屋さんで売ってるお菓子系といえば……)
前世で何度も見た光景を思い出す。
パンが並ぶ棚の近くに置かれた冷蔵ケース。その中に並んでいた、丸く焼き上げた生地とたっぷりのクリーム。
(シュークリーム!)
「エナ、私、作ってみたいお菓子がある」
「新しいお菓子でございますか?」
「うん。ここのパンと一緒に売ったら、これを食べに来てくれる人がいるかもしれないよ。それで人が増えたら、ほかのお店にもお客さんが来るかもしれないでしょ?」
エナは驚いたようにメルを見て、それから店の外に広がる寂しい通りへ目を向けた。
「……お嬢様は、このお店だけではなく、この辺り全体に人を呼ぼうとなさっているのですね」
「だって、せっかく美味しいパンがあるんだもん。なくなったらエナも寂しいでしょ?」
「それは……はい。とても」
だったら、やってみたい。
美味しいパンがあるのに、人が来ない。
それなら、人がここへ来たくなる理由をもう1つ作ればいい。
「帰ったら作ってみようよ、エナ。とびっきり美味しいシュークリーム!」
「はい。私もぜひ、お手伝いさせてくださいませ」
エナの笑顔を見ながら、メルはどんなシュークリームにしようかと考え始める。
この世界にしかない材料を使えば、前世にもなかった、とびっきり美味しいものが作れるかもしれない。
まずは工房へ帰って、《しあわせレシピ》を開いてみよう。




