第25話 王様からお手紙が届きました
「メル。ちょっとこちらへ来てくれるかい?」
お菓子工房で次に作るものを考えていたメルは、使用人に呼ばれて父の執務室へ向かった。
部屋へ入ると、オスカーだけでなくセシリアまで待っている。しかも2人とも妙に表情が固く、机の上には立派な封蝋がされた手紙が置かれていた。
「お父さま、怒られたの?」
「どうして父さんが怒られたと思ったんだい?」
「だって、すごく困った顔してるよ」
「困っているというか……驚いているんだよ」
オスカーは苦笑しながら、机の上の手紙へ視線を落とした。
「王都から届いた手紙だ。王家の紋章が入っている」
「王様から!?」
メルは思わず机へ駆け寄った。
この世界に生まれて5年。貴族の娘として暮らしている以上、当然この国に王様がいることは知っている。それでも自分に直接関係する存在だと思ったことは一度もない。
「正確には、王宮からの正式な招待状だよ。メル、お前を王宮へ招きたいそうだ」
「私を?」
(なんで!?)
今度は口に出さず、メルは首を傾げる。
子爵家の5歳の娘を、わざわざ国王がいる王宮へ招待する理由なんて思いつかない。
「理由はここに書かれているよ。メルが《しあわせレシピ》というスキルを授かったことについて、王家にも報告が届いたらしい」
「あ……スキル」
「この国全体でも、スキルを持つ者は数えるほどしかいないと言っただろう? それだけでも王家が関心を持つには十分なんだ」
そういえば、初めて《しあわせレシピ》が現れた時にも同じことを聞いた。
けれど最近は毎日のようにレシピブックを開いていたので、メル自身はすっかり慣れてしまっている。
「王様からお手紙が来るくらい珍しいんだね」
「珍しいどころではないよ。それに、今回はスキルだけが理由でもないみたいだ」
オスカーが招待状へ目を落とす。
フィーネでこれまで知られていなかった菓子をいくつも作っていること。月避草を利用した魔物よけクッキーが冒険者たちの間で使われ始めていること。そして、災害級魔獣である天月狼ヴァルグレイヴと契約を結んでいること。
さらにリゼル伯爵家の令嬢が長く患っていた病から快復し、その場にメルが関わっていたことまで王家には伝わっているらしい。
ただし、《ユグリアの生命キャンディ》について詳しく書かれているわけではない。
(思ってたより、いろいろ知られてる……)
自分としてはお菓子を作っていただけなのに、並べてみると5歳の子供がやったことには見えない気もする。
「怒られるの?」
「いや。招待状を読む限り、そういうものではないよ。希少なスキルを授かったメルと一度会って話をしてみたい、ということらしい」
「じゃあ、王様ってどんな人?」
「……そこからかい?」
「だって会ったことないもん。優しい?」
「少なくとも、父さんがお会いした限りでは穏やかな方だよ」
それなら少し安心した。
王様と聞くと前世の物語に出てきた怖い王様までいろいろ浮かんでしまったが、いきなり牢屋へ入れられるようなことはなさそうだ。
「王様、お菓子好きかな?」
「メルは王宮へ行くと聞いて、まずそれを考えるのね」
セシリアが可笑しそうに笑う。
「せっかく会うなら、おいしいもの食べてもらいたいもん!」
「実にお前らしい理由だね。ただ、お菓子を持っていくなら少し難しいかもしれない」
オスカーによれば、フィーネから王都までは馬車で10日前後かかるという。
途中で宿を取りながら進むことを考えれば、生菓子を作って持っていくのは現実的ではない。
「10日も!?」
「ああ。本来なら王都へ行く準備も含めて、もっと余裕を持つんだけど……実はもう1つ問題があってね」
オスカーの顔が、また少し困ったものになる。
今回の招待状は本来ならもっと早くアルフォード家へ届く予定だった。しかし途中の街道が大雨で一時通れなくなり、使者の到着が大幅に遅れてしまったらしい。
「指定されている日まで、あと4日しかない。事情を説明して日程を改めていただくようお願いするつもりだよ」
「4日……」
「なぜそんなことをする必要がある?」
突然足元から聞こえた声に、オスカーがびくりと肩を揺らした。
いつの間に入ってきたのか、柴犬ほどの大きさになったヴァルが当然のように座っている。
「ヴァルグレイヴ様。いつからそこに……」
「少し前からだ。馬車で10日もかけるという話が聞こえたのでな」
「ヴァルならどれくらい?」
「人間を乗せるなら休息も必要になるが、それでも2日もあれば十分だろう」
「じゃあ間に合う!」
メルが喜ぶ一方、オスカーはすぐには頷かなかった。
「確かに間に合うけれど……メル。国王陛下にお会いするため王都へ向かうんだよ? 普通は馬車で向かうものなんだ」
「でもヴァルの方が速いよ?」
「速さの問題ではないんだけどね……」
「俺が運ぶと言っているのだから、それでいいだろう。道など使う必要もない」
素材探しの旅では、メルたちを乗せたまま山を越え、谷まで跳び越えている。
馬車より速いどころか、そもそも比べるような移動方法ではない。
「ヴァルなら安全だよ。私もエナも何回も乗ってるもん!」
「何回も……」
娘が自分の知らないところで災害級魔獣に乗って各地を駆け回っていた事実を改めて突きつけられ、オスカーは何とも言えない表情になった。
「問題があるとすれば、俺が王都へ近づけば騒ぎになることくらいだな」
「それです」
オスカーが即答した。
「天月狼ヴァルグレイヴ様が突然王都へ接近すれば、事情を知らない守備隊が動きます。最悪の場合、王都全体が大騒ぎになりますよ」
「面倒だな」
「こちらの台詞です……」
オスカーはしばらく考え込んだあと、先に王都へ連絡を送ることにした。
招待に応じ、メルが王都へ向かうこと。そして移動には天月狼ヴァルグレイヴの協力を得るため、王都へ接近する巨大な魔獣がいても攻撃しないでほしいこと。
王家から正式に守備隊へ通達してもらえば、少なくとも突然戦闘になることは避けられる。
「じゃあ決まりだね!」
「メルは随分楽しそうだね」
「だって王都、初めてだもん!」
王様に会うとなれば緊張もする。
でも、それ以上に初めて訪れる場所への興味が勝っていた。
「王都ってフィーネより大きいんだよね?」
「もちろんだよ。国内だけでなく、外国から運ばれてきた品も多い」
「じゃあ、フィーネにないお菓子の材料もあるかも!」
頭の中に、まだ見たことのない果物や木の実、香辛料が次々と浮かんでくる。
王様に何を作るかは、王都へ行ってから考えてもいいかもしれない。
「王都で作るの?」
「うん! 10日かかるなら持っていけないけど、向こうで作れば出来たてを食べてもらえるよ!」
「それでしたら、王都で材料を揃えるのがよろしいかと存じます」
いつの間にか部屋へ来ていたエナが頷く。
「ショコラビーンズもいっぱいあるかな?」
「王都でしたら、フィーネよりも多く流通している可能性は高いかと存じます」
「エナ、ちょっと嬉しそう」
「そのようなことはございません」
「今の返事は早かったな」
「ヴァル様まで……」
エナがわずかに視線を逸らす。
どうやら王都でもチョコレートは作ることになりそうだった。
◇
翌朝。
アルフォード家の庭には、巨大な銀白色の狼が立っていた。
メルは素材探しの旅ですっかり見慣れた姿だが、今回初めてその背に乗るオスカーだけは、ヴァルを見上げたまま動かない。
「お父さま、早く乗ろう!」
「メル。父さんは今、本当にこれで王都へ行くのかと考えているところなんだよ」
「昨日決めたよ?」
「そうなんだけどね……」
ヴァルが風を操ると、メルとエナの身体がふわりと浮かび、そのまま大きな背中へ運ばれる。
慣れた2人の様子を見て、オスカーがますます複雑そうな顔をした。
「お父さまも大丈夫だよ。ヴァル、乗せてあげて!」
「俺に命令するな。まったく、親子揃って世話の焼ける人間だ」
風に持ち上げられたオスカーが、少し慌てながらヴァルの背へ着地する。
「……これは、想像以上だね」
「走ればもっと驚くぞ」
「できれば驚かない程度でお願いできますか?」
「善処しよう」
「ヴァルの善処は信用しない方がいいよ、お父さま」
「それは乗る前に聞きたかったな」
エナが小さく笑う。
メルはヴァルの柔らかな毛をしっかり掴むと、遠くに続く空を見上げた。
初めての王都。
初めて会う王様。
そして、まだ見たことのないお菓子の材料。
(王様、どんなお菓子が好きなんだろう?)
「それじゃあヴァル、王都へ出発!」
「言われるまでもない。落ちるなよ」
「待ってくれ。まだ心の準備が――」
オスカーが言い終わるより先に、ヴァルは大地を蹴った。




