第20話 冒険者に人気の魔物よけクッキー
「よいしょっと……これで全部かな?」
「はい。本日お配りする分は、こちらで最後でございます」
フィーネの冒険者ギルド。その受付横に用意されたテーブルへ、メルとエナはクッキーの入った大きな籠を置いた。
中に入っているのは、以前メルが森へ行くために作った《月避草の魔物よけクッキー》だ。
ルークから「冒険者なら欲しがる」と言われたことをきっかけに、フィーネのパン屋で商品として扱ってもらえないかという話になった。
ただし、シュークリームとは事情が違う。
美味しければそれでいいお菓子ではなく、魔物を遠ざけるという効果を期待して買う実用品だ。本当に他の人が食べても効果があるのか分からないまま、お金を取って売るわけにはいかない。
そこで昨日から、冒険者ギルドの協力を得て試供品を配っている。
「昨日はあんまり人気なかったね」
「効果を実際に確認した方がおられませんでしたから、仕方がないかと。食べるだけで魔物が避けると言われても、すぐには信じられないでしょうし」
「美味いのだから、それだけで食えばいいだろう」
「ヴァルは黙ってて。最初のクッキーも美味しいって言ってたでしょ」
「今も同じ評価だが?」
「だから参考にならないの!」
テーブルの横で伏せていた柴犬ほどの大きさのヴァルが、不満そうに鼻を鳴らした。
ちなみに今回のクッキーは、最初に作ったものよりかなり改良してある。
月避草特有の苦みと青臭さを少しでも和らげるため、蜂蜜やバターの量を調整し、香りの強い木の実も加えた。何度も試作した結果、最初の一口で顔をしかめるほどではなくなったのだが――メルとしては、まだ到底満足できる味ではない。
「さて、今日は何人くらい試してくれるかなぁ」
そう言いながら籠を整えていると、ギルドの入口が勢いよく開いた。
「いた! 昨日の嬢ちゃん!」
入ってきたのは、革鎧を身につけた3人組の冒険者だった。
昨日、森での採取依頼へ向かう前に試供品を受け取っていった人たちだ。
「おかえりなさい! クッキーどうだった?」
「それだよ! まだ残ってるなら今日ももらえないか?」
昨日とは明らかに反応が違う。
3人はテーブルへ近づくと、興奮した様子で昨日の出来事を話し始めた。
「最初は俺たちも半信半疑だったんだ。月避草なんて昔から使われてるし、持ってるだけなら俺たちも何度か試したことがある。でも昨日は明らかに違った。森で採取してたらゴブリンがこっちに気づいたのに、近づかずに逃げていったんだ」
「偶然かと思ったから、そのまま仕事を続けたんだけどな。しばらくしたら今度は普通に魔物が寄ってきた。それで残してたクッキーをもう1枚食べたら、また近づいてこなくなった」
「おかげで昨日はほとんど戦わずに採取を終わらせられたよ。だから、まだあるなら欲しいんだ」
「ちゃんと効いたんだ!」
メルが喜んでいると、今度は受付の方から別の冒険者がやって来た。
「俺たちも報告していいか? 昨日、街道の護衛で試したぞ。いつもなら荷馬車に寄ってくる牙ネズミが、途中まで近づいてきたのに急に方向を変えて逃げていった。全員で食ってたから、どの程度の範囲まで効いてたのかは分からないけどな」
昨日クッキーを持っていった別の組らしい。
違う場所でも効果があったのなら、偶然とは考えにくい。
話を聞いていたギルドの受付嬢も、手元の紙へ報告を書き込みながら頷いた。
「現時点では低級魔物を中心とした報告しかありませんので、すべての魔物に有効とは判断できません。ただ、通常の月避草よりも明確に強い忌避効果があると考えてよさそうですね」
その言葉を聞いていた周囲の冒険者たちが、一斉にこちらを見る。
「なあ、それ昨日配ってたクッキーだよな?」
「まだ試供品あるのか? 今日から採取依頼なんだ」
「俺にもくれ。明日から3日ほど街道を行く予定なんだよ」
「あるよ! でも今日は1人2枚までね!」
昨日は「無料なら試してみるか」という程度だったのに、今日は次々と人が集まってくる。
エナと一緒に配っている間にも、昨日試した冒険者たちが効果を説明してくれたらしく、気づけばテーブルの前にはちょっとした列までできていた。
(昨日と全然違う……。やっぱり、実際に使ってもらうって大事なんだなぁ)
前世でも新しい商品には試供品があったけれど、こうして目の前で反応が変わるのを見ると面白い。
もっとも、メルが一番気になっているのは別のことだった。
「……なあ、これ効果はすごいけど、やっぱりちょっと苦いな」
「昨日のより食いやすくなってないか?」
「これで改良版なのか。まあ、薬だと思えば十分美味いけど」
「クッキーだよ!」
思わず声を上げると、冒険者たちが揃ってこちらを見る。
「薬じゃなくてお菓子なの! いっぱい頑張って美味しくしたんだから!」
「いや、嬢ちゃん。俺たちからしたら、これだけ効果があるならもっと不味くても買うぞ。持ち歩けるし、火を焚いて月避草を燻すよりずっと楽だからな」
「そうそう。戦わなくていい魔物と戦わずに済むなら、味なんて気にしないって」
慰めてくれているのだろう。
しかしメルとしては、まったく慰めになっていない。
「美味いぞ」
足元からヴァルの声がする。
「ヴァルの美味しいは信用できないもん」
「失礼な奴だな。俺ほど真剣にお前の菓子を食っている者はいないぞ」
「真剣にいっぱい食べてるだけでしょ。あっ、それ試食用だから1枚だけ!」
「誰が決めた?」
「作った私!」
ヴァルが2枚目へ伸ばしかけていた口を止める。
周囲から笑い声が上がった。
◇
用意していた試供品は、昼になる前になくなった。
効果についての報告も複数集まり、ギルドとしても商品として十分な需要があると判断したらしい。
「もし継続して用意できるのでしたら、ぜひ冒険者の皆様へ販売していただきたいですね」
受付嬢からそう言われ、メルは嬉しくなって頷いた。
「パン屋さんで売ってもらう予定なの!」
「でしたら、ギルドでも販売場所をご案内いたします。効果についても、現時点で分かっている範囲を掲示しておきましょう。ただし、強力な魔物にも必ず有効とは限らないことは、きちんと伝えておく必要がありますね」
「うん。これ食べたら絶対安全ってわけじゃないもんね」
製造と販売は、シュークリームを扱ってくれているパン屋へお願いする。
メルがレシピと月避草の扱い方を教え、パン屋で作ってもらう。冒険者ギルドでは効果や使い方を周知して、欲しい人にはパン屋を案内する。
これならメルが毎日何十枚も焼く必要はないし、パン屋にとっても新しい商品になる。
「しかし嬢ちゃん、こんな便利なもの、よく思いついたな。最初から冒険者向けに作ったのか?」
先ほどの冒険者に聞かれ、メルは首を振った。
「違うよ。私が森に行きたかったから作ったの」
「……森に何しに?」
「お菓子の材料を取りに!」
冒険者がしばらく黙った。
「自分用だったのかよ!」
「うん。でも森には魔物がいるから、近づいてこなくなるお菓子があったらいいなって思って」
「いや、そもそも5歳の子供がお菓子の材料を取りに森へ行こうとするなよ……」
「だって材料が森にあるんだもん」
「今は俺がいる。何の問題もない」
「災害級魔獣までついてくる方が大問題なんだよ!」
どうしてだろう。
安全になったはずなのに、冒険者は頭を抱えていた。
◇
ギルドを出て、パン屋へ戻る道を歩く。
今日の結果を伝えれば、店主もきっと喜んでくれるだろう。これからはシュークリームを買う人だけでなく、冒険へ出る前にクッキーを買いに来る人も増えるかもしれない。
「お嬢様のクッキーで、冒険者の皆様も必要のない戦いを避けられるようになるかもしれませんね」
隣を歩くエナに言われ、メルは少し考える。
(そっか。私は自分がお菓子の材料を取りに行きたくて作っただけだけど、他の人が食べても同じように魔物が避けてくれるなら、その人たちも危ない目に遭わなくて済むんだ)
自分のために作ったお菓子が、知らない誰かの役にも立つ。
それはなんだか嬉しい。
「いっぱい売れるといいね! そしたら森に行く人も、ちょっと安心できるもんね」
「はい。きっと皆様にも喜んでいただけると思います」
「でもなぁ……」
メルは足を止め、試食用に残しておいたクッキーを1枚取り出した。
一口かじってみる。
蜂蜜とバターのおかげで最初よりずっと食べやすい。木の実の香ばしさもある。
それでも最後には、月避草独特の苦みと青臭さが残った。
「やっぱり美味しくない」
「最初のものと比べれば、かなり美味しくなっておりますよ」
「でもみんな、『薬だと思えば美味しい』って言ってたよ。お菓子なんだから、普通に美味しいって言ってほしい!」
効果だけなら、もう十分なのかもしれない。
けれど、それではメルが納得できない。
(甘くするだけじゃダメなんだよね。蜂蜜を増やすと今度は甘すぎるし、青臭さも残っちゃう。だったら、苦いものに合う味を使った方が……)
前世で食べていたお菓子を思い返す。
苦みがある。
でも、その苦み自体が美味しい。
クッキーにもよく合って、甘くしても美味しくて――。
「あっ、チョコレート!」
「ちょこれーと、でございますか?」
「うん! 甘くて、ちょっと苦くて、すっごく美味しいの。チョコなら月避草とも合うかも!」
問題は、この世界にチョコレートがあるのかということだ。
メルは《しあわせレシピ》を呼び出した。
「チョコレートのお菓子……何かないかな」
そう考えながら表紙へ触れると、ページがひとりでにめくられていく。
やがて止まったページを見て、メルは目を輝かせた。
**《チョコレートクッキー》**
**材料(約12個分)**
* 小麦粉……120g
* バター……60g
* 卵……1個
* 砂糖……40g
* ショコラビーンズから作ったチョコレート……60g
「ある!」
思わず本へ顔を近づける。
(ショコラビーンズ! 名前は違うけど、これってこの世界のカカオみたいなものだよね!?)
「エナ、ショコラビーンズって知ってる?」
「申し訳ございません。私は聞いたことがございませんね。少なくとも、フィーネ周辺で採れるものではないと思います」
「そうなんだ……」
少し残念だったが、存在することは分かった。
なら、探せばいい。
「ギルドで聞けば、どこにあるか分かるかな?」
「珍しい食材でしたら、商人の方にお尋ねする方がよろしいかもしれません。フィーネには遠方の商品を扱っている商会もございますから」
「商会!」
それなら森へ探しに行くより早そうだ。
メルがさっそく行ってみようと考えていると、それまで黙って歩いていたヴァルが顔を上げた。
「メル。そのチョコレートというものは美味いのか?」
「すっごく美味しいよ。クッキーにもできるし、ケーキにもできるし、そのまま食べても美味しいの!」
「なら行くぞ。その商会とやらへ」
「ヴァルも食べたいだけでしょ?」
「当然だ。美味いと分かっているものを探さない理由があるのか?」
迷いのない答えだった。
メルは思わず笑ってしまう。
「じゃあ、一緒に探しに行こっか!」
この世界でも、チョコレートが作れる。
そう思っただけで、作ってみたいお菓子が頭の中に次々と浮かんできた。




