第15話 Sランク冒険者のお姉さん
レオナ・ヴァレンティア。
その名前を聞いても、メルにはどれほどすごい人物なのか分からなかった。
「Sランクって、ルークより上?」
「俺はBランクだぞ。上どころじゃない。Sランクなんて世界に数人しかいないんだ」
ルークが答えている間にも、レオナは巨大な魔物の攻撃を紙一重でかわしていた。
長い赤髪を高い位置でまとめた、28歳ほどの女性だ。使い込まれた軽装鎧は傷だらけで、身体にもいくつもの傷がある。それでも動きは鋭く、振り下ろされた爪を横へ抜けると、長剣を魔物の脇腹へ深々と突き立てる。
相手が振り向くより早く剣を抜き、その勢いのまま首を斬り裂いた。
巨体が地面へ崩れ落ちる。
「すごい……ヴァル以外で、あんなに強い人初めて見た」
「人間にしては、よく鍛えているな」
ヴァルが珍しく素直に評価した。
けれど、これで終わりではなかった。
木々の向こうから新たな魔物が姿を現す。それも1体ではない。
「おかしいな……」
ルークが周囲を見回した。
「種類がバラバラだ。本来なら同じ場所に集まらない魔物までいる。さっき見つけた足跡も、こいつらが移動してきた跡かもしれない」
「じゃあ、レオナお姉ちゃんがずっと1人で戦ってたの?」
「たぶんな。倒れてる数を見る限り、相当長い時間だ」
レオナは強い。
それでも疲れていることくらいは、メルにも分かった。
「ルーク、助けられる?」
「ああ。俺も加勢する。メルとエナはヴァルグレイヴから離れるなよ」
「ヴァルもお願い」
「構わん」
ルークが剣を抜いて走り出す。
ちょうどレオナへ飛びかかろうとしていた狼型の魔物へ横から斬りつけ、その注意を引きつけた。
「加勢します!」
「助かる!」
突然現れたルークを見ても、レオナに迷いはなかった。
ルークが狼型の魔物を引きつけている間に、レオナは正面の敵へ集中する。
振り下ろされた腕を潜り抜け、一気に懐へ入る。剣を振り抜くと魔力の光が走り、分厚い胴体を深く斬り裂いた。
「そっち、3歩下がれ!」
「了解!」
ルークが迷わず後退する。
直後、レオナの長剣が横薙ぎに振るわれた。
放たれた斬撃が狼型の魔物までまとめて切り裂き、2体の巨体がほとんど同時に倒れる。
「いい入り方するじゃないか!」
「Sランクに褒められると緊張するんで、後にしてください!」
ルークも十分強いと思っていたけれど、比べると違いがよく分かる。
あれが人間の中でも、ほんの数人しか辿り着けない強さなのだろう。
ところが――。
地面が大きく揺れた。
森の奥から木々を押し倒し、黒い巨体が姿を現す。
四足の竜だった。
全身を鎧のような黒い甲殻で覆い、頭部には太い角が伸びている。
「黒鎧竜グラディオス……!」
ルークの声が強張った。
「知ってるの?」
「S級だ。俺なら見つけた時点で逃げる」
レオナも初めて表情を険しくする。
「そいつはあたしがやる! 残りを頼む!」
傷だらけなのに、まだ戦うつもりらしい。
メルは隣を見る。
「ヴァル」
「分かっている」
銀白色の身体が、一瞬で膨れ上がった。
3mを超える巨大な天月狼が姿を現した途端、空気が変わる。
「……は?」
初めてレオナの動きが止まった。
周囲に残っていた魔物たちも同じだった。
威嚇することすら忘れたように身体を固め、何体かは後ずさりを始める。
「おい、ちょっと待て。その銀毛……」
黒鎧竜が咆哮を上げた。
巨大な身体で地面を蹴り、ヴァルへ突進する。
ヴァルは避けなかった。
「邪魔だ」
前脚が振るわれる。
たったそれだけだった。
黒鎧竜の巨体が横から叩きつけられ、地面を何度も跳ねながら吹き飛んでいく。そのまま岩壁へ激突すると、轟音とともに大量の岩が崩れ落ちた。
「…………」
レオナが黙った。
「分かります。その反応になりますよね」
ルークだけが妙に優しい声をかけている。
残っていた魔物たちは、もう戦うどころではなかった。
我先に森の奥へ逃げていく。
ヴァルは追わなかった。
「……まさかとは思うけど」
レオナがヴァルを見上げる。
「天月狼、なのか?」
「天月狼ヴァルグレイヴだ」
今度こそ、レオナが完全に固まった。
「…………そりゃ上どころの話じゃないな」
世界に数人しかいないSランク冒険者でも、災害級魔獣は別格らしい。
「それで、なんで天月狼ヴァルグレイヴが5歳くらいの女の子と一緒にいるんだ?」
「お友達だから」
「契約相手だ」
「どっちなんだ?」
「どっちもだよ」
レオナはしばらくメルとヴァルを交互に見ていたが、やがて大きく笑った。
「ははっ! よく分からないけど面白いな、お前たち!」
剣を鞘へ収めると、改めてメルたちへ向き直る。
「あたしはレオナ・ヴァレンティア。助かったよ。さすがにあの数を相手にし続けるのはきつかった」
「私はメル・アルフォード。レオナお姉ちゃんって呼んでいい?」
「もちろん。そっちの方が堅苦しくなくていい」
ずいぶん話しやすい人だった。
Sランクと聞いてもっと怖い人を想像していたので、少し安心する。
「ところで、どうして1人であんなにたくさんの魔物と戦ってたの?」
メルが尋ねると、レオナは倒れた魔物たちを見る。
「この辺りで高位魔物の生息域がおかしくなってるって報告があってな。その調査だ。原因はまだ分からないけど、本来ここにいないはずの連中まで移動してきてる」
「逃げればよかったんじゃないですか?」
ルークの問いに、レオナは頷いた。
「あたし1人ならな。でもこの先に冒険者が使う中継拠点がある。この数がそっちへ流れたら面倒だろ? だから少し減らしてた」
「少しって数じゃなかったですけど……」
「思ったより多かったんだよ」
さらっと言っているが、それでS級まで相手にしていたのだから、とんでもない。
「それで、お前たちは?」
今度はレオナが尋ねてきた。
「こんな奥地まで5歳の子を連れて、観光ってわけじゃないだろ?」
「お菓子の材料を探してるの」
「……お菓子?」
今日何度目か分からない顔をされた。
メルはリリアの病気と、《ユグリアの生命キャンディ》について説明した。
「リリアちゃんと街に行って、一緒にお菓子を作るって約束したの。だからあと10日で材料を全部集めたいんだ」
「なるほど。それでヴァルグレイヴまで連れてこんな場所にいるわけか」
レオナは納得したように頷く。
「それで、次に探してるのが聖角鹿ルミナディアの角蜜なんだけど――」
「ルミナディア?」
レオナの反応が変わった。
「知ってるの?」
「知ってるどころか、数日前に見たぞ」
「ほんと!?」
思わずレオナへ詰め寄る。
「ああ。今も同じ場所にいる保証はないけど、群れが向かった方向なら分かる。ここからなら、そう遠くない」
これ以上ない情報だった。
ヴァルはどんな場所へでも連れていってくれる。
ルークは人間の知識と経験から痕跡を追える。
そしてレオナは、つい数日前のルミナディアを実際に見ている。
「レオナお姉ちゃん、場所教えて!」
「いいぞ。というか、あたしも一緒に行く」
「いいの?」
「命を助けてもらった借りがあるからな。それに調査する方向も同じだ」
レオナはそこで少し笑った。
「6歳の友達を助けるために、こんな場所まで来たんだろ? なら、その約束を守るところまで少しくらい手伝わせろ」
「ありがとう、レオナお姉ちゃん!」
頼もしい仲間が1人増えた。
「そういやルーク、お前Bランクだったか?」
「はい」
「さっきの入り方、よかったぞ。敵だけじゃなく、ちゃんとあたしの動きまで見てただろ」
「……Sランクに褒められると本当に怖いんですけど」
「なんでだよ」
レオナが笑いながらルークの背中を叩く。
その横で、ヴァルが再び巨大な姿になった。
「話が終わったなら行くぞ」
「うん! レオナお姉ちゃんも乗って!」
「…………乗る?」
レオナが巨大な銀白色の狼を見上げた。
「これに?」
「ヴァル、すっごく速いよ」
「いや、速いだろうけどさ。天月狼ヴァルグレイヴだぞ?」
「乗らんのなら置いていく」
「乗る!」
即答だった。
ヴァルが風を起こし、メルたちをまとめて背中へ運んでいく。
ふわりと浮かされたレオナが、珍しく落ち着かない顔で自分の足元を見た。
「世界中探しても、天月狼に乗った冒険者なんてそうはいないだろうな……」
「レオナお姉ちゃん、ちゃんと掴まってね」
「お前、慣れすぎじゃないか?」
そんなレオナの声を乗せて、ヴァルが地面を蹴る。
最初の材料は手に入った。
そして5人になった一行は、聖角鹿ルミナディアを追って次の目的地へ走り出した。




