第13話 4人で素材探しの旅へ
「今度は何の材料だ?」
翌朝、冒険者ギルドを訪れたメルを見て、ルークは開口一番そう言った。
「まだ何も言ってないよ?」
「前回は乳蜜を取りに行っただろ。それで今度はヴァルグレイヴまで連れて俺を探しに来たんだ。だいたい分かるって」
どうやらすっかり素材探しの依頼人だと思われているらしい。
実際その通りなので、メルは《しあわせレシピ》を呼び出して、目的のページを開いた。
「今回は3つあるの。ちょっと遠いところにあるみたい」
ルークが覗き込む。
**《ユグリアの生命キャンディ》**
**材料(1個分)**
* 生命樹ユグリアの朝露……3滴
* 聖角鹿ルミナディアの角蜜……小さじ1
* 月涙草の花弁……1枚
* 蜂蜜……大さじ1
「…………待て」
材料を上から読んでいたルークの顔が、だんだん険しくなっていった。
「これを『ちょっと遠い』で済ませるな。生命樹ユグリアなんて、冒険者でも名前くらいしか知らない奴の方が多いぞ。ルミナディアも月涙草も、普通に依頼を出して手に入るような素材じゃない」
「やっぱり?」
「やっぱりって……何を作る気なんだ?」
メルは少し迷ってから、ページの下を指した。
「病気を治すキャンディ」
「病気を?」
ルークの表情から軽さが消える。
メルはリリアのことを話した。
自分より1歳上の6歳で、もう長く生きられないと言われていること。そして昨日会ったばかりだけれど、一緒に街へ行って、お菓子を作る約束をしたこと。
「だから、これを作ってあげたいの」
「……なるほど。それなら断りづらい依頼だな」
ルークは小さく息を吐くと、《しあわせレシピ》をもう一度見た。
「分かった。仕事として引き受ける。ただ、長旅になるならいつもの採取依頼とは報酬も変わるぞ」
「うん。お父さまにも、ちゃんと依頼料を払ってもらうようにお願いしてあるよ」
「なら問題なしだ。で、いつまでに集めればいい?」
「あと10日くらい」
その瞬間、ルークが黙った。
「……10日?」
「うん。この3つ、全部今の時期しか採れないんだって。それに新鮮じゃないとキャンディに使えないから、急いで集めないといけないの」
「無理だろ」
あっさり言われた。
「えっ?」
「普通なら、だ。生命樹まで行って、そこからルミナディアの生息地と月涙草の群生地を回ってフィーネへ戻る。移動だけでも1ヶ月は見た方がいい。探索に手間取れば、それ以上だ」
ルークは近くの机に地図を広げ、大まかな位置を指で示していく。
「しかも街道が通ってない場所ばっかりだ。馬車なんて使えないし、馬でも途中から進めなくなる。10日じゃ最初の素材を取ってる間に期限が来るぞ」
「でも、今回は馬じゃないよ」
メルが横を見る。
ルークも見る。
エナも見る。
全員の視線を受けたヴァルが、面倒そうに尻尾を動かした。
「最初からそのつもりで俺を連れてきたのだろう」
「ヴァルなら何日?」
「3ヶ所を回って戻るだけなら7日もあれば足りる。多少探す時間が必要だとしても、10日あれば十分だ」
「……本当に、とんでもないな」
ルークが頭を掻く。
「これ、レシピが分かっててもヴァルグレイヴがいなかったら作れないじゃないか」
「じゃあ、ヴァルと会えたのも運がよかったんだね」
「運って言葉で済ませていいのか、それ……」
ともあれ、これで4人揃った。
必要な保存食や水、毛布、着替え、調理道具に採取用の容器。新鮮な素材を少しでも良い状態に保つための保存用魔道具も用意して、昼前にはフィーネを出発することになった。
「……メル」
荷物を確認していたルークが、籠を覗き込む。
「菓子、多くないか?」
「4人分だよ?」
「半分くらいヴァルグレイヴのじゃないか?」
「分かってるじゃん」
「足りんかもしれんな」
「これ以上増やしますと、別のお荷物を減らす必要がございますよ、ヴァル様」
エナに言われ、ヴァルは不満そうだったが諦めた。
フィーネを出ると、ヴァルは巨大な姿へ戻った。
3mほどの銀白色の身体を見上げても、ルークはもう以前ほど驚かない。
「慣れって怖いな……」
「何か言ったか?」
「何も」
ヴァルが風を起こし、メルたち3人と荷物をまとめて背中へ乗せる。
「行くぞ」
次の瞬間、景色が一気に後方へ流れ始めた。
街道を走る馬車を次々と追い越し、フィーネの街があっという間に小さくなる。
やがて畑が消え、村が消え、周囲を森と山だけが埋め尽くすようになった。
「この速度でも、人間を乗せてるから抑えてるんだよね?」
「当然だ。前にも言っただろう。俺が本気で走れば、お前たちの身体がもたん」
「これで抑えてるのか……」
後ろでルークが呆れている。
それでも目的地は遠い。
人間なら往復だけで1ヶ月以上。
ヴァルに乗って初めて、10日という期限に間に合う可能性が生まれる距離だ。
昼を過ぎても走り続け、太陽が傾き始めた頃、ヴァルは森の中にある開けた場所で足を止めた。
「今日はここまでだ」
「もうちょっと行けるよ?」
「お前だけの話ではない。人間は休ませなければ動きが鈍る」
「ヴァル様のおっしゃる通りでございます。それに、お嬢様も先ほどから欠伸をなさっていますよ」
「してないよ?」
「3回ほど」
「数えてたの?」
どうやら自分も休ませる対象に入っていたらしい。
野営の準備では、ルークが一気に頼もしくなった。
周囲の足跡や風向きを確認して場所を決め、慣れた手つきで火を起こしていく。エナも食事の準備を始め、メルはできる範囲でその手伝いをした。
「しかし、ヴァルグレイヴがいると野営の常識が変わるな」
焚き火の前に座ったルークが周囲を見回す。
「普通なら見張りの順番を決めて、魔除けの草なんかも使うんだけどな」
「魔除けなら、私も作ったことあるよ」
「へえ。何を作ったんだ?」
「クッキー」
「…………クッキー?」
予想していなかった答えだったらしく、ルークの動きが止まった。
「《月避草の魔物よけクッキー》っていうの。食べると普通の魔物が近づいてこなくなるんだよ」
「ちょっと待て。それ、本当に月避草から作るのか?」
「うん。前に食べて森に入ったら、魔物がみんな逃げていったよ」
危うくシュガースライムまで逃げてしまったことは、今でも覚えている。
「月避草は冒険者も使う。でも普通は身につけたり、野営地の周囲に置いたり、火にくべたりするもんだ。弱い魔物が嫌がるから、お守り代わりにはなる。ただ、食った本人から魔物が逃げるなんて聞いたことないぞ」
「そうなの?」
「それ、冒険者が聞いたら欲しがる奴かなりいると思うぞ」
そこまで言われるとは思わなかった。
「一応、持ってきてるよ」
「あるのかよ」
非常用として作っておいたクッキーを荷物から取り出す。
今回はヴァルがいるので使う予定はなかったが、何が起きるか分からない長旅なので念のため持ってきていた。
「食ってみていいか?」
「いいけど、美味しくないよ?」
「冒険者は不味い保存食にも慣れてる。効果がそれだけ強いなら、味くらい――」
ルークがクッキーをかじった。
数回噛む。
「…………おえぇ……」
「だから言ったのに」
慌てて水を飲むルークの横で、ヴァルが不思議そうに首を傾げる。
「何が不味い。美味いだろう」
「お前、これ好きなのか!?」
「美味いぞ。メル、俺にもよこせ」
「はいはい」
ヴァルには残りを1枚渡してやる。
嬉しそうに食べる銀白色の狼を見ながら、ルークは信じられないものを見る顔をしていた。
「……いや、味はともかく、本当にその効果があるなら欲しがる冒険者は多いぞ。採取でも護衛でも野営でも使える。特に経験の浅い連中なら、弱い魔物との余計な戦闘を避けられるだけでかなり助かる」
「でも、お菓子なのに美味しくないの嫌だなぁ……」
「そこ気にするのかよ。命がかかってる時に味を気にする奴はいないって」
それでもメルとしては、お菓子なら美味しくあってほしい。
(帰ったら、美味しくできないか試してみようかな)
「もし数を作れるなら、戻ったあとパン屋に置いてみたらどうだ? ギルドで話を広めれば、冒険者は買いに来ると思うぞ」
「じゃあ帰ったら作ってみる!」
「俺は今のままで構わん」
「ヴァル用じゃないからね?」
旅から帰ったあとの楽しみが、また1つ増えた。
◇
翌朝からも、4人はさらに奥地を目指した。
やがて道らしい道は完全になくなり、地図にもほとんど情報のない山岳地帯へ入る。
そして昼過ぎ、メルたちの前に巨大な峡谷が現れた。
「……深いね」
覗き込んでも底が見えない。
向こう岸までもかなり離れていて、当然橋など存在しなかった。
「ここから先は、人間がまともに踏み込んでない地域だ」
ルークが地図を畳む。
「ヴァル、ユグリアってどこ?」
「この先だ」
「道は?」
「ない」
「じゃあ、どうやって行くの?」
「跳ぶ」
ルークが眉を寄せた。
「……今、なんて?」
「跳ぶと言った」
「飛ぶ!? お前、空まで飛べるのか?」
「違う。飛ぶではない。跳ぶだ」
「同じだろ!」
「違う」
言葉だけでは何が違うのか分からない。
ヴァルは巨大な姿になると、メルたちと荷物を風で背中へ乗せた。
「待て待て。『跳ぶ』って、まさか――」
ルークが言い終わる前に、ヴァルが走り出した。
地面を蹴るたびに速度が上がり、峡谷の縁まで一直線に駆けていく。
そして最後の一歩で、大地を蹴った。
「わあああっ!」
巨大な身体が宙へ舞う。
遥か下に峡谷が広がり、向こう岸まではまだ遠い。
けれどヴァルの足元に風が集まり、その巨体を押し上げる。空中でもう一度強く踏み込むような動きをすると、さらに前へ身体が運ばれた。
「飛んでるー!」
「跳んでいる」
「この高さまで来たらどっちでもいいだろ!」
ルークの叫びが峡谷に響いた。
やがてヴァルは向こう岸へ軽々と着地する。
その先に広がっていたのは、今まで見たどの森とも違う巨大な原生林だった。
太い幹が空を覆い、見たことのない植物が地面を埋め尽くしている。
そして、その遥か奥。
周囲の木々が小さく見えてしまうほど巨大な樹冠が、夕日に照らされていた。
「ヴァル、あれ?」
「ああ。生命樹ユグリアだ」
ついに最初の目的地が見えた。
ただ、《生命樹ユグリアの朝露》を採れるのは夜明けのわずかな時間だけだ。
今日はこの森で夜を越す必要がある。
「……一応聞いておくけどさ」
ルークが近くに残された巨大な足跡を見ながら、嫌そうな顔をした。
「この森、どんな魔物がいる?」
「お前たち人間がS級と呼ぶものなら、何種類かいるな」
「それ、野営する前に教えてくれよ……」
「俺がいる。問題ない」
人間なら、辿り着くことさえ難しい場所。
その森の奥で、生命樹ユグリアがメルたちを待っていた。




