ミーナと芋虫
——まったく。
近くにあるという町を目指して歩き始めた翌朝のことだった。森林の中の街道で商人の荷馬車が襲われている場面へ遭遇したのはまったくの偶然だった。だが、その山賊の中に昨日の青黒痣の男が混じっていたのは、果たして偶然だったのだろうか。
仲間を連れて仕返しに来たのだろうか。それとも、この一帯を縄張りにしていただけのことだろうか。どちらにせよ、ろくな縁ではない。
「レイン!怪我は?」
馬車の陰から、ミーナが駆け寄ってくる。
「たぶん、増えてない」
「たぶんって、何?」
「……傷は増えてないし、怪我も悪化してないって意味だよ」
ミーナの視線が、レインの脇腹へ向けられる。昨夜巻きなおした包帯は、上衣の下に隠れている。脇腹から出血は感じない。だがこれは、かなり疑われている。
確かにさっきの戦闘で少し無茶をしたのかもしれない。身体の動かし方によっては、少しの痛みを感じる。しかし、昨日のように時間経過とともに激しい痛みが増す様子はなかった。
「あとで確認するからね。ごまかしても無駄だから」
「はいはい、分かってるよ」
返事をしながら、山賊達に視線を戻す。昨日までなら、助けたあとはそのまま立ち去っていただろう。必要以上の関わりはいらない。今、助けるべきだと感じたから、助けただけ。それだけのことだった。
だが、今は隣にミーナも居て、旅の資金も少ない。賊や犯罪者を町の衛兵に突き出せば、少しの報酬金が貰えると聞いたことがある。そして何より、この山賊達を放置すれば、また別の旅人や商人が襲われるだろう。
「さて、こいつらどうするかな」
レインが呟くと、ミーナが勢いよく片手を上げた。
「わたしに任せて!」
なぜか、妙にやる気に満ちていた。
◇
「動かないでよ。せっかく巻いた縄が緩んじゃうでしょ」
「お、お前……巻きすぎだろ、これは!」
捕らえられた山賊は、街道脇に一列で並べられていた。その身体へ、ミーナが楽しそうに縄を巻き付けている。一人ずつ手足を縛れば充分なはずだった。
だが、ミーナはそれだけでは飽き足らず、七人全員を一列に並べ、さらに縄を回し一気にまとめ上げている。腕も脚も、ほとんど動かせない。
横から見れば、巨大な芋虫が七匹連なっているようだった。
「そこまで巻いたら、町まで運びにくいだろ」
レインが言うと、ミーナは縄を強く引きながら振り向いた。
「でも、また逃げたら困るよ」
「もう動けないって!」
山賊の一人が叫ぶ。
「そう言って、隙を見て逃げるつもりなんでしょ」
「本当に無理なんだよ! 指先まで痺れてきた!」
「縛り方を少し緩めたほうがよさそうですね……」
商人が心配そうに口を挟む。
「大丈夫です。死なない程度にしてあります」
ミーナは商人に返事をしながら結び目を増やした。
「それは信じていいものなのでしょうか」
「たぶん、駄目だろ」
レインは小さく笑い、山賊から取り上げた武器を荷馬車の荷台へ置いた。刃こぼれした剣、錆びた斧、粗末な棍棒。どれも状態が悪いが、武器を持たない旅人や行商を脅すには十分な物だった。
「助かりました」
荷馬車の主である商人が、レインへ深く頭を下げた。五十歳前後の小柄で丸みのある男だった。肌の色艶もよく、いかにも裕福そうに見える。上等な外套には土がつき、額には冷や汗が浮かんでいた。土は、山賊から逃げ惑うときに転んだりして、付着したのだろう。なんにしても、無事でよかった。
「護衛を二人も雇っておきながら、この有り様です。あなた方が通りかからなければ、本当に危なかったでしょう」
「俺たちは、少し手を貸しただけだよ」
「少し、という動きではなかった」
頬に古傷のある護衛が、縄で芋虫になった山賊たちを見渡した。護衛の二人はどちらも屈強な身体つきをしており、護衛としての風格がある男達だった。腰には振り回すのに丁度よさそうな金属製の棒と片腕には小振りな盾を携えていた。
「多くを引き付け、こちらの相手を最小限にしていただろう?おかげで誰も怪我を負わずに済んだ」
「レインはすごいんだよ!」
七人の山賊を大きな一匹の芋虫形に縛り終えたミーナが、得意げに会話に加わってきた。
「喧嘩も、鍵開けも、罠を見つけるのも、逃げるのも得意だし、料理もできるし、お金の計算も得意なの!」
「なんでミーナがそんなに誇らしげなんだよ」
「本当のことだから!」
「褒めても何も出ないぞ」
「じゃあ、お昼ごはんを豪華にして」
「褒めた直後に要求するな」
商人は二人を見比べ、穏やかに笑った。
「お二人は、ご兄妹なのですか?」
「違う」 「ほとんどそうみたいなものです!」
二人の声が、ほぼ同時に重なった。商人が目を瞬かせる。
「どちらが本当なのでしょう」
レインは答えた。
「妹分だよ。血はつながってない。一緒に育っただけだ」
「でも、わたしはレインのこと、兄貴だと思ってます!」
「それなら、最初からそう言えばいいだろ」
「だってレイン、すぐ違うって言うから」
「実際、血はつながってないからな」
「そういうところだよ」
ミーナは不満そうに頬を膨らませた。商人はそんな二人を見比べ、ますます笑みを深める。
「本当に、仲がよろしいのですね」
「……そう見える?」
「そりゃあ、どこからどう見ても、な」
頬に傷のある護衛までが即答した。レインは困ったように頭をかく。否定しようとしたところで、ミーナが嬉しそうな顔をしていることに気づいた。そのため、結局何も言わなかった。




