身分の証明
商人達も、近くの町を目指して向かってる途中であった。山賊達は、荷台の後ろへ運搬具を取り付け、七人まとめてその上に載せられた。
荷馬車の先頭には、ずんぐりとした体格の馬が二頭いた。荷馬車引き用の馬だ。重心は低いが無駄な肉は付いておらず、よく引き締まっている。
襲撃時、野に放たれどうなるかと思ったが、騒動が落ち着くと主のもとに戻ってきていた。馬はあまり近くで見たことがなかったが、人によく懐き、従順で賢い動物なのだろう、とレインは思った。
馬車が進みだすと、商人の馬車の車輪から軽めの異音が聞こえている。襲撃したときに山賊がいつの間にか仕掛けていたのだろう。留め具が外れかかっている。レインは、商人に馬車を止めるように言った。
馬車は止まった。護衛の一人は荷馬車後方の山賊達を見張り、もう一人は周囲を警戒している。レインはしゃがみ込み、道工具を借りて車輪を直している。そして、ミーナは商人から貰った焼き菓子を幸せそうに頬張っていた。
「よく食べますね」
商人が感心したように言う。
「動いたあとは、お腹が空くんです」
「お前、山賊を縛ってただけだろ」
「あれも結構、力がいるんだよ」
「七人を芋虫にする必要はなかったけどな」
「芋虫じゃないよ。逃走防止型の結び方」
「今考えただろ」
「前から知ってたもん」
「その割には結び目が全部違うぞ」
レインが指摘すると、ミーナは残った焼き菓子を一口で頬張った。口を塞いで逃げたらしい。
「工具を扱うのも慣れているのですね」
商人が車輪を直すレインの手元を覗き込む。
「スラムじゃ、壊れたからって新しい物を買えるわけじゃなかったからな」
「スラム……?」
「ああ、いや」
口を滑らせた。レインは留め金へ視線を落としたまま、軽く言い直す。
「王都の古い地区だよ。自分たちで直せる物は、自分たちで直してた」
「なるほど」
商人はそれ以上追及しなかった。修理が終わると、一行は町へ向かって再出発した。揺れる荷台には、布や香辛料、乾燥させた薬草を詰めた箱が並んでいる。
ミーナは珍しそうに荷札を眺めていた。レインは荷台の端へ座り、外へ顔を向ける。街道の両側。森の切れ目。遠くの丘。他の襲撃者が待ち伏せていないか、視線を巡らせていた。
商人は銀貨の入った小袋をレインへ差し出した。
「こちらは、お礼です」
「俺たちが全部もらうわけにはいかないだろ」
「彼らの報酬は、もともとの契約に含まれています。あなた方がいなければ、二人とも危なかったと思います」
「受け取っておけ」
頬に傷のある護衛が、御者台から振り返る。
「助けられた側が礼を払わないと、俺たちの立場がない」
「そういうものか?」
「そういうものだ」
レインは小袋を受け取った。手のひらの上で、銀貨が鳴る。旅の資金としては、かなりありがたい。
「じゃあ、遠慮なく」
「そこは素直なんだね」
ミーナが言う。
「金は大事だからな」
「わたしが一緒に行きたいって言ったときは、あんなに渋ったのに」
「お前と銀貨を一緒にするなよ」
「どっちが大事なの?」
「銀貨」
「レイン!」
「冗談だよ。大声を出すな」
商人が声を上げて笑う。ひとしきり笑ったあと、ふと何かに気づいたように首をかしげた。
「ところで、お二人は普段、どちらで仕事をなさっているのですか?」
レインは一拍だけ間を置いた。正直に、王都のスラムで盗賊をしていたと答えれば、余計な警戒を招く。先ほど助けた事実があるとはいえ、外の人間にとって、盗賊と山賊の違いなど簡単には理解できないだろう。
「王都の裏通りで、雑用をしてた。荷運び、護衛、失せ物探し。あとは、鍵や罠を扱う仕事だな」
嘘ではない。すべてを話していないだけだ。
「なるほど。王都で万事屋を生業にされてたのですね」
「まあ、そんなところだ」
隣で、ミーナが何か言いたそうに口を開く。レインはその頭へ手を置いた。
「何?重いんだけど」
「大事な話をしてるから静かにしてろ」
「子供扱いしないで!」
商人は二人のやり取りを眺めたあと、少し身を乗り出した。
「この国では、街道や遺跡などの危険な場所で武器を携帯し、魔物の討伐や護衛を行う者は、原則として冒険者ギルドへ登録します」
「登録してないと、どうなる?」
「何もしていなければ、すぐに捕まるわけではありません。しかし、武装した無所属の者は、正規の冒険者と盗賊を区別できませんから」
商人は、後方の荷車へ目を向ける。
「旅人から被害届が出たり、管理されている遺跡を無許可で荒らしたりすれば、賞金首として手配されることもあります」
「ただ歩いているだけで、山賊扱いされるかもしれないってこと?」
ミーナが不安そうに尋ねる。
「見た目だけで即座に賞金首にはなりませんよ。ですが、身分を証明できなければ衛兵に拘束され、取り調べを受ける可能性はあります」
「面倒だな」
レインは眉を寄せた。スラムにいるあいだ、身分を証明する必要などなかった。誰がどこの人間か、住民同士が知っていたからだ。
王都の表通りへ出るときも、見つからないように動けばよかった。だが、これからは違う。堂々と街道を歩き、町へ入り、仕事を探す必要がある。
「冒険者証を持っていても、犯罪が許されるわけではありません」
商人が続ける。
「ですが、少なくとも身元と所属は証明できます。正規の依頼も受けられますし、各地の町へ入る際も手続きが簡単になります」
「登録するのに金はかかるのか?」
「初回登録料は必要ですが、先ほどお渡しした額で十分でしょう」
商人は穏やかに微笑んだ。
「お二人ほどの腕があるなら、登録しておいて損はありません」
レインは少し考えた。小箱が示した遺跡へ向かうつもりではいる。だが、遺跡の正確な場所も内部の構造も分からない。情報を得るには、金や人脈が必要だ。そして今後も旅を続けるなら、金を得る手段と身分証は必要となる。
「分かった。町に着いたら寄ってみるよ」
「それがよいでしょう。ギルドの前まで案内しますよ」
それにしても、この商人と護衛達は身分証を持たない自分たちをどう思ったのだろうか。ただの世間知らずの子供だと思ったのだろうか。ミーナはまだいい。まだ子供だと言い張れる年頃だ。だが、自分はどう映ったのだろう。目の前で山賊を三人も倒した。武器も所持している。怪しい人物だと思われていてもおかしくはない。
しかし、冒険者証の説明が終わった後も、誰も態度が変わることは無かった。
商人の馬車は、やがて緩やかな丘を越えた。その向こうに、灰色の壁に囲まれた町が見えてくる。王都ほど大きくはない。それでも、灰冠街しか知らないミーナにとっては、十分に立派な町だった。
「見て、レイン!」
ミーナが荷台から身を乗り出す。
「壁が町をぐるっと囲んでる!」
「落ちるぞ」
「門も大きい!」
「分かったから座れ」
「塔の上に人がいる!」
「見張りだろ」
「すごいね!」
「はいはい、すごいすごい」
「ちゃんと見てよ!」
石造りの門の前には、荷馬車や旅人が列を作っている。門の左右には槍を持った衛兵が立ち、出入りする者たちの荷物や証書を確認していた。
レインは無意識に、眼帯の紐へ触れた。商人の話が、急に現実味を帯びる。自分たちは今、身分を証明する物を何一つ持っていない。スラムを出た瞬間から、自分たちは、旅人ですらなかった。




