能力鑑定
——門前町ベルクレスト。
王都から街道を南へ下った先、三本の交易路が交わる場所に築かれた宿場町である。高い城壁も、空を突くような尖塔もない。町を囲うのは人の背丈をいくらか越える程度の石壁と、街道へ向けて開かれた大きな門だけだった。
それでも、門の向こうには絶えず人の流れがある。
荷を満載した馬車。泥のついた外套を羽織る旅人。武器を背負った冒険者。声を張り上げて客を呼び込む商人。
通りの両脇には宿屋や食堂、鍛冶屋、道具屋が軒を連ね、馬の蹄が石畳を打つ音に混じって、酒場からは昼間だというのに笑い声が漏れていた。
ベルクレストは、旅人のために生まれ、旅人によって膨らんだ町だ。北へ進めば王都、東へ向かえば山間部。南の街道をたどれば、さらに遠い地方都市へと続く。
そのため、この町には定住する者だけでなく、昨日までいなかった者が今日には現れ、今日までいた者が明日には姿を消す。誰がどこから来たのか。何をして生きているのか。そんなことを、いちいち詮索する者は少ない。
町の一角には冒険者ギルドの支部も置かれている。
近隣の魔獣討伐から商隊の護衛、薬草採取、遺跡探索まで、掲示板には常に大小さまざまな依頼が並び、それを求めて各地から冒険者が集まってくる。
なかでも最近、町の酒場で頻繁に話題へ上る場所があった。ベルクレストからさらに街道を外れた先。今ではほとんど人の寄りつかなくなった、古い遺跡。そこに何が眠っているのかを知る者は、まだ誰もいなかった。
◇
商人達の証言と、山賊を捕らえた功績があったため、町へ入る際に問題は起こらなかった。
七人の山賊たちは、雁首を揃えて門の衛兵へ引き渡される。レインとミーナは簡単な事情聴取を受けたあと、町へ入ることを許可された。
門をくぐった先には、スラムとはまったく違う光景が広がっていた。平らに整えられた石畳、高さのそろった建物。
道の両側には、食料品店や鍛冶屋、衣服店が並んでいる。店先からは威勢のよい呼び声が飛び交い、焼きたてのパンと香辛料の匂いが風に乗って流れてきた。隣にいるミーナが鼻をひくつかせている。
「おいしそう……」
「さっき焼き菓子を食べただろ」
「甘いものは別腹って言うでしょ!」
「便利なお腹だな」
「旅には向いてるでしょ?」
「食料の消費が多いから、向いてはいないんじゃないか」
道を行く者たちの中には、剣や杖を持った者が多い。鎧を身につけた戦士。長いローブをまとった魔法使い。弓を背負う女性。小柄な獣人らしい青年。装備も種族もばらばらだが、その多くが首や腰から金属製の札を下げていた。ミーナが尋ねた。
「あれが冒険者証かな」
「たぶんな」
商人の馬車は、町の中央に近い大きな建物の前で止まった。三階建ての、石と木を組み合わせた建物だ。入口の上には、剣と羽根ペンを交差させた紋章が掲げられている。その下には、大きな文字が刻まれていた。
「冒険者ギルド、だって」
ミーナが文字を一つずつ読む。
「読めるのか」
「これくらいは読めるよ!」
「偉い偉い」
「また子供扱いしてる!」
「してないよ」
商人が御者台から降りる。
「こちらです。私は荷を届けなければなりませんので、案内はここまでとなります」
「充分だ。助かったよ」
「それはこちらの台詞です」
商人はレインと握手を交わした。
「無事に登録できることを願っています」
「ありがとう、おじさん!」
ミーナが元気よく手を振る。
「おじ……」
商人の笑顔が、ほんの一瞬だけ固まった。
「ミーナ。そこは旦那とか、商人さんとかにしておけ」
「ありがとう、商人さん!」
「それで結構です」
商人は少しだけ寂しそうに笑い、馬車へ戻っていった。
◇
「登録前に、制度について簡単にご説明いたします」
受付の女性から、一通りの説明を受けた。
冒険者の等級はFからSまでの七段階。
登録時には能力鑑定が行われ、その結果をもとに最初の等級が決まる。ただし、実力だけで上位へ行けるわけではない。高難度の依頼ほど実績や信用が求められるため、初回登録では一定以上の等級には制限がかかるらしい。
鑑定するのは、体力、魔力、筋力、魔法抵抗、精神抵抗、敏捷、器用の七項目。加えて、条件次第では特殊な能力が検出されることもあるという。
鑑定値には、生まれ持った素質と訓練によって身についた能力の双方が反映される。ただし、怪我や病気、疲労などにも左右されるため、絶対的な数値ではない。
方法は単純だった。銀色の文様が刻まれた魔導鑑定紙に登録名を書き、少量の血を落とす。文字が書けない者には代筆も認められているらしい。
レインは差し出されたペンを受け取った。
「自分の名前くらいなら書ける」
文字を覚え始めたのは、ガルドと暮らすようになってからだ。
店の看板や荷札、依頼書、値札。生きていくために必要な文字だけを、少しずつ覚えた。
役所の書類を読めるほど識字は得意ではない。それでも、自分の名前は書ける。レインは用紙へ、ゆっくりと名前を記した。
続いてミーナも登録を済ませる。使用武器や希望する活動内容を確認したあと、二人は血判を求められた。
小さな刃を親指へ当てた瞬間、前日の光景が脳裏をよぎった。復興管理局、読めない追放令、満足そうに笑うベルナード。机の上へにじんだ、自分の血。
あのときは、何が書かれているのかも十分には分からないまま、選択肢もなく血印を押した。
けれど、今は違う。内容は説明された。疑問があれば尋ねることもできる。何より、自分の意思で押す血判だ。
レインは指先を浅く切り、銀色の文様へ押し当てた。赤い跡が、紙へ吸い込まれるように消えていく。
「次、わたし……」
ミーナも刃を受け取った。
「痛い?」
「少しだけです」
受付の女性にそう言われ、ミーナは目をぎゅっと閉じた。勢いよく刃を押し当てる。
「痛っ!」
「勢いつけすぎ」
「先に言ってよ!」
文句を言いながらも、ミーナも血判を終えた。受付の女性が二枚の鑑定紙へ魔力を流す。
銀色の文様が淡く輝き、空白だった紙面へ文字が浮かび上がっていった。
レインの結果は、体力と筋力がC。魔法抵抗がD。精神抵抗がB。そして敏捷と器用がA。一方で、魔力は最低評価のFだった。
「魔法、ひどいね」
「使ったことないからな」
「それ以前に、魔力そのものがかなり少ないようです」
受付の女性にまで申し訳なさそうな顔をされ、レインは少しだけ眉を寄せた。
「そんな悲しそうに言わないで欲しいんだけど」
魔法使いになりたいと思ったことなど一度もない。それでも、ここまできっぱり適性がないと言われると、妙に悔しい。総合評価はCだった。
対してミーナは、体力や筋力こそまだ低かったものの、敏捷はB、器用はAだった。総合評価はE。
「器用、レインと同じ!」
そこだけを見つけたミーナの顔が、一気に明るくなる。
「すごいじゃないか」
だが、その直後に総合評価を聞いて、今度は露骨に肩を落とした。
「二つも低い……」
「俺は五年も長く生きてるんだから、今は差があって当然だ」
「五年しか違わないよ」
「五年も、だよ」
鑑定を終えると、受付の女性がレインの指先へ治癒魔法を施した。淡い光に包まれ、小さな傷がすぐに消える。
ところがミーナには魔法を使わなかった。鑑定によれば、ミーナは魔法抵抗が低く、標準的な治癒魔法でも刺激が強すぎる可能性があるらしい。代わりに傷薬を塗り、小さな包帯が巻かれた。
「すごい。怪我人っぽくなった」
「それ、喜ぶところじゃない」
最後に、二人へ金属製の札が渡された。手のひらに収まるほどの大きさで、表にはギルドの紋章と登録名、等級。裏側には鑑定書に浮かんだものと同じ文字が刻まれている。
レインはC、ミーナはE。それが二人の冒険者証だった。
パーティーで依頼を受ける場合は、原則として最も高い等級の冒険者を基準にできるらしい。
つまりレインと一緒なら、ミーナもC級相当の依頼を受けられる。ただし、人数や構成から危険と判断された場合は、受付側から止められることもあるという。
「二人でドラゴン退治とかは?」
「お断りします」
「まだ受けるとは言ってないのに」
「受けようとしても、お断りします」
受付の女性は真顔だった。
レインは新しい冒険者証を手に持つ。金属の重みは、ほんのわずかだ。それでも、これは自分が初めて外の世界で手に入れた、公に認められた身分だった。
盗賊団の一員でもない。スラムの住民でもない。追放された無法者でもない。
——冒険者。
その呼び名が自分に似合うかどうかは、まだ分からない。けれど少なくとも、どこの誰かと尋ねられたとき、答えられるものが一つできた。
「最後に、何かご質問はございますか?」
受付の女性が尋ねる。レインは鞄の底に入れた小箱を思い出した。
「遺跡について聞きたい」
「遺跡ですか?」
「この町の南東にある。森を抜けた先で、入口に半円形の石柱が立ってるらしい」
小箱が見せた光の地図を、可能な範囲で説明する。女性は少し考え、カウンターの横に置かれた地図を広げた。
「おそらく、ラディア遺跡ですね」
「ラディア遺跡……」
「古代アストラ文明の遺構と推定されています。ただ……」
女性は棚から依頼記録を取り出し、ページをめくる。
「現在、その遺跡に関する依頼はありません」
「調査依頼も?」
「最後に出されたのは、十年近く前ですね。危険度に対して得られる成果がほとんどないため、以降は依頼そのものが発生していません」
「成果がない?」
「私よりも、実際に入った方へ尋ねたほうがよいでしょう」
「ラディア遺跡へ行くのかい?」
背後から、穏やかな声をかけられた。レインが振り返る。少し離れた机に座っていた男が、こちらへ柔らかな笑みを向けていた。
四十代半ばほどだろうか。短く整えられた灰色の髪。日に焼けた肌。使い込まれた革鎧には無数の傷が残っているが、一つ一つ丁寧に手入れされている。腰から下げた冒険者証には、Bの文字が刻まれていた。
「悪いね。話が聞こえてしまって」
男は椅子から立ち上がり、レインたちの近くまで歩いてくる。
「余計なお世話かもしれないが、あの遺跡についてなら少し知っているんだ」
「有名なのか?」
「ある意味ではね」
男は困ったように笑った。
「魔物はいない。宝箱も遺物も見つからない。壁の古代文字は削れていて読めない。それなのに、罠だけは今も律儀に動き続けているんだ」
「嫌がらせみたいな遺跡だね」
ミーナが言う。
「はは。昔、私もまったく同じことを言ったよ」
男はギルドの奥へ顔を向けた。
「トーマ君! 以前、ラディアを調べたときの地図! まだ持っていなかったかな!」
仲間と話していた細身の冒険者が、露骨に嫌そうな顔をした。それでも席を立ち、こちらへ歩いてくる。
「その名前を聞くだけで、古傷が痛むんだが」
「ごめん、ごめん。でも、せっかくなら若い人たちの役に立ててもいいだろう?」
「相変わらず人助けのためなら、勝手に他人を巻き込むよな」
文句を言いながらも、トーマは腰の鞄から折り畳んだ地図を取り出した。灰髪の男はそれを受け取り、レインたちにも見えるようにカウンターへ広げる。
「昔、彼が三日三晩かけて調べた地図だよ。罠の位置も、分かる範囲で記されている」
「見つけたのは、空の部屋と落とし穴だけだった」
トーマが横から付け加える。
「持っていても腹が立つだけだ。欲しいならやるよ」
「本当に、もらっていいのか?」
「もちろん」
灰髪の男が、トーマより先に笑顔で頷いた。
「使わずにしまっておくより、役立ててもらったほうが地図も喜ぶだろう」
「地図が喜ぶかは知らないけど、俺はもういらないから」
トーマは肩をすくめる。
レインは地図を受け取り、書き込まれた経路を確認した。入口の半円形の石柱。森の形。小箱が見せた地形とも一致している。
「助かるよ」
「役に立てたならよかった」
灰髪の男は、心から嬉しそうに答えた。
「ただ、無理だけはしないでおくれ。魔物がいないから危険ではない、というわけではないからね」
「若い冒険者を見ると、いつもこうなんだ」
トーマが呆れたように言う。
「頼まれてもいないのに話しかけて、道具を分けて、最後には食事まで奢ろうとする」
「実際に困ってるかもしれないだろう?それに、困ってからでは遅いこともあるよ」
灰髪の男はそう言うと、自分の鞄から小さな革袋を取り出した。
「これも持っていくといい」
中には、丈夫な細縄。数本の金属杭。罠探知用の白い粉が入った小瓶。遺跡探索で役に立ちそうな物が、一式まとめられていた。
「そこまでしてもらっていいのか?」
「もちろん」
男は少し不思議そうに首をかしげる。
「知っていることを教えるのに、何か理由が必要かい?」
あまりにも自然に言われ、レインは一瞬だけ返事に詰まった。
親切には裏がある。スラムでは、そう考えるほうが普通だった。食事を恵む者は、後から何かを要求する。笑顔で近づいてくる人間ほど、見えないところに刃物を隠している。
だが、この男の表情からは、見返りを求めている様子が感じられない。
「……変わった人だな」
レインが呟く。
「よく言われるよ」
灰髪の男は、嬉しそうに笑った。




