置き去りにしたもの
冒険者ギルドを出ると、通りには相変わらず大勢の人が行き交っていた。
荷を積んだ馬車が石畳を軋ませ、店先からは客を呼び込む声が聞こえてくる。露店の前を通り過ぎたとき、焼いた肉の香ばしい匂いが風に乗って流れてきた。
レインとミーナは、その賑わいの中をラディア遺跡へ向けて歩いていた。
同じ方向へ進む者は多い。
商人らしい男もいれば、荷物を背負った旅人もいる。剣や槍を携えた冒険者の姿も、ちらほら見かけた。
だから、後ろから聞こえてくる足音も、最初は気に留めなかった。
だが、角を曲がっても、歩調を緩めても。
三人分の足音が、同じ間隔を保ったままついてくる。
レインは前を向いたまま、隣のミーナへ顔を寄せた。
「……つけられてる」
「え?」
ミーナが声を潜める。
「どうするの?」
「適当にあしらうか」
レインは足を止めた。
少し遅れて、背後の足音も止まる。
振り返ると、三人の男がこちらを見ていた。そのうちの一人と、目が合う。
「俺たちに何か用?」
声を掛けると、目の前の男は一瞬驚いたような顔をした。
冒険者らしい武装をしているものの、ずいぶん目立つ格好だった。
黒一色の服に、銀色の装飾品。耳にはいくつものピアスが並び、首元と手首にも、大小さまざまな飾りが重なっている。腰には二本のショートソード。
髪は朱鷺色だった。染めているのだろう。鮮やかな色合いは、すれ違う人々の中でもよく目立つ。
もっとも、派手な髪色については、レインも人のことを言えた義理ではなかった。
男は口元を緩めた。
「これは驚いたな。気づかれない自信はあったんだが……やっぱり、お前は当たりみたいだな」
そう言いながら、残りの二人へ手招きする。
一人は、大きな男だった。浅黒い肌に、首筋には刺青。金色の髪を辮髪に結い、背中に大きな斧を携えている。
もう一人は、やや小柄な男。白い肌に、中央で分けた長い髪。耳の形はエルフに似ていた。腰には小振りな棍棒が差してある。
三人が並ぶと、通り道が狭くなった。
「人の後をつけ回すだなんて、趣味が悪いと思うけど」
レインが言うと、朱鷺色の髪の男は軽く笑った。
「まあ、そう言うなよ。単刀直入に言うが、お前、俺たちと一緒に来ないか?」
「……一緒に?」
「ああ。ちょうど探してたんだよ。優秀な斥候をな」
男はレインを上から下まで眺めた。
「ギルドで聞いたぜ。お前、Cランクなんだってな」
「そうだけど」
「俺たちは三人ともBランクだ。ちょっと大きなダンジョンに潜る予定があってな。斥候が一人いれば、稼ぎもぐっと増えるってわけだ」
男は親しげに片手を広げた。
「どうだ? 悪い話じゃないだろ?」
「……悪いけど、他を当たってくれないか。今、寄り道してる時間はないんでね」
レインは即答した。
男の笑みは崩れない。
「おっと。もちろん、報酬は弾むぜ。半分を取り分にしてやってもいい」
「半分?」
「ああ。俺たちと組めば、お前一人で稼ぐよりずっと儲かる。そうだろ?」
レインは返事をしなかった。
どうやら、一度断った程度では引き下がってくれないらしい。
かといって、こんな町中で揉め事を大きくするのも面倒だった。冒険者になった初日から、衛兵の世話にはなりたくない。
レインが黙っていると、浅黒い男が口を開いた。
「ラディア遺跡に行くつもりなんだろうが、やめておけ。行くだけ無駄だ」
レインはそちらへ顔を向けた。
「無駄かどうかは、俺たちが決めることじゃないか?」
浅黒い男の眉が動いた。
朱鷺色の髪の男が、二人の間へ片手を差し出す。
「まあまあ。そう答えを急ぐなよ」
男は笑みを浮かべ直した。
「ああ、分かった。考える時間が必要だよな。明日だ。明日までに返事を聞かせてくれればいい」
レインは男の顔を見た。
行くつもりもないのに、返事を保留にするのは気持ちが悪い。
それに、どうしてここまで自分に執着するのか。
斥候が必要なら、冒険者ギルドを通じて募集すればいい。Bランクの三人組なら、同行を希望する者も見つかりそうなものだ。
それなのに、わざわざ後をつけてきて、初対面のⅭランク冒険者に報酬の半分を提示する。
——ああ、そういうことか。
レインは、男の銀色の装飾品へちらりと目を向けた。
羽振りはよさそうだ。それなのに、固定の斥候はいない。
レインは小さく息を吐いた。
「仮に、俺があんたたちについていったとして、その後はどうなる?」
「ん?」
「探索が終わった後だよ」
「ああ。安心しろよ」
男は大げさに肩を竦めた。
「稼ぐだけ稼いで、その辺に置き去り……なんてことはしねえよ。袂を分かつまでは仲間だ、俺たちは。——な?」
背後の二人へ目配せをする。
浅黒い男は鼻を鳴らし、小柄な男は黙って頷いた。
そのとき、レインの隣で口を閉ざしていたミーナが尋ねた。
「稼ぐことが目的なんですか?」
「ああ、そうだよ」
朱鷺色の髪の男は、ミーナへ視線を移した。
「この世は金がすべてだからな。次点で力。その次に名誉だ」
「ふうん……」
「ああ、そういえば」
男は思い出したように付け加えた。
「残念だけど、お嬢ちゃんはいらないから」
ミーナが目を瞬かせる。
「……いらない?」
「そう。ギルドで聞いたぜ。Eランクなんだろ? ダンジョンに連れてったって、足手まといになるだけだ」
レインは、男からミーナへ視線を移した。
それから、あっさりと言った。
「じゃあ、やっぱりこの話はなしだな。悪いけど」
「おい、ちょっと待てよ」
「ミーナ、行こう」
「うん」
二人は男たちに背を向けた。
だが、数歩も進まないうちに、背後から声が飛んだ。
「ちょっ、逃がすな!」
浅黒い男の腕が、レインの肩へ伸びる。咄嗟に半身を引いた。
掴もうとした手が空を切る。その腕の外側へ回り込み、男の背後から肩口を蹴りつけた。
「ぐおっ⁉」
大柄な身体が前のめりになり、石畳へ倒れる。
レインはすぐにミーナを見た。小柄な男が彼女の前に立っている。
互いに距離を測るように、じりじりと足を動かしていた。ミーナはまだ、こちらへ助けを求めていない。
レインは前へ向き直った。
朱鷺色の髪の男が、倒れた仲間とレインを交互に見ていた。
その男へ向かって駆けた。
「えっ——」
男が身構える。
レインは速度を落とさず、そのすぐ横をすり抜けた。肩が触れ合うほどの距離。
男が振り向いたときには、レインは十歩ほど先にいた。
「なあ」
「……あ?」
「明日の金より、今日の金を心配した方がいいんじゃないか?」
レインが片手を上げる。その手には、財布らしい包みが握られていた。
軽く振ると、ちゃり、と硬貨の触れ合う音が鳴った。
朱鷺色の髪の男が、自分の腰へ手をやった。
「おおおおおい⁉ それはっ⁉」
「返してほしければ、俺から奪ってみるんだな」
レインは笑って言い残し、ラディア遺跡へ続く道を走り出した。背後から怒鳴り声が聞こえたが、振り返らなかった。
しばらく走ったところで、隣にミーナが追いついてくる。
「レイン!」
「大丈夫だったか?」
「全然へいき!」
ミーナはレインの手にある財布を見て、顔を輝かせた。
「レイン、今日、ごちそう食べれるね‼」
「そうだな。何にしようか?」
「お肉がいいなぁ」
「さっきも肉の匂いで腹鳴らしてなかったか?」
「そんなわけないでしょ!」
ミーナは即座に言い返した。
レインは笑いながら、財布の中身を確かめる。
紙幣と硬貨を半分ほど抜き取って自分の包みへしまい、軽くなった財布を道端へ置いた。
「じゃあ、先を急ぐか」
「うん!」
二人は再び、ラディア遺跡へ向かって進み始めた。




