↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/39

低く鳴る詠唱

 

 しばらく歩くと、またゴブリンの群れに遭遇した。

 次は二体。その次は三体だった。


 最初に遭遇した時、聞こえた足音は三体分だった。

 だが、実際に近くにいたのは二体だけ。あれは勘違いだったのだろうか。


 ——今は考えても分からない。魔物が出てきたら、倒すだけだ。


 進む道は、水の流れが多い場所を優先して選んだ。

 ずっと一本道だったわけではない。何度も分岐を曲がっている。


 セレナによれば、最初の出発地点を基準にすれば、おおよそ南西へ進んでいるらしい。

 黒月の古城から見て、王都がある方角だという。少なくとも、前には進んでいるようだ。


 ただし、単純に水路から出られればいい、というわけでもない。

 出口の先が魔物の巣窟という可能性もある。下手をすれば、ゴブリンの住処の中心へ出ることだってあり得る。それだけは避けたい。


 人の手で造られた水路なら、大きな水の流れが集まる方を追っていけば、少なくとも何かしらの施設か、人の生活圏へ繋がる場所には出るはずだ。

 これは、それなりに自信がある考えだった。


 次に現れたのは、四体だった。

 二体ずつ左右に分かれ、こちらを挟み込むつもりらしい。

 何体出ようが、雑魚には変わりない。連携を取ろうが、片方を先に潰してしまえば意味はなくなる。


 セレナの占星術には、相手を一撃で仕留めるような攻撃手段はない。だが、足止めはできる。

 それなら、自分がやることは変わらない。的確に素早く仕留めるだけだ。


 レインは前へ出た。気配が近づいてくる。激しい流水音の中で、足音が止まった。

 姿はまだ見えない。不意を衝くつもりなのだろう。だが、風の流れの中に臭い息が混じっていた。


 壁際にいる。角を抜けた瞬間、ゴブリンの腕が上がった。

 レインの刃の方が早かった。振り上げられた腕の根元へ深く切り込む。


「ギュガッ!」

 悲鳴に似た声をあげた。小さな身体が横転する。


 レインはその頭部を上から重く踏みつけ、次の敵へ視線を向けた。

 ふたまわりほど大きく、他の個体より肩幅もあり、身体つきも厚い。ホブゴブリンという上位種なのかもしれない。


 先に聞こえた足音だけでは大きさまで特定できなかった。この場所では、水の反響音が判断を鈍らせる。


 そいつは、他のゴブリンより立派な鉄剣を持っていた。人間、あるいは武器を作れる別の人族から奪ったものだろう。剣先が、しっかりとこちらを向いている。

 上位種になると、武器の扱いも多少は上手くなるらしい。


 だが、動きは——まだ、こちらの方が上だった。大きい身体が崩れ落ちる。断った肉はやや硬い。

 レインは息を吐き、近くにある気配を探った。


 奴らは、セレナのいる方向にいた。予想した通りの動きだった。

 流水音に混じって、苦しげな鳴き声が聞こえると、レインはさらに速度を上げた。


 そして、姿が見えた。光の螺旋が鎖のように二体のゴブリンへ絡みついている。腕を振り、身体を捩りながら、必死に引きちぎろうとしていた。

 三歩手前、こちらへ顔が向きかけていた。

 二歩手前、レインは短剣を握り直した。

 一歩手前、二体を同時に捉えられる間合いに入る。

 そのまま、一気に刃を振り抜いた。頭部と胴が離れ、黒ずんだ血が床へ溢れた。


 レインは息を整えようとした、その瞬間。


「レインさん!!」

 セレナの声に、振り返る。彼女の視線の先に、一体、まだいた。


 ただのゴブリンではなく、長丈(ローブ)を身につけ、杖を掲げている。口元を大袈裟に震わせながら、呪文のような音を低く鳴らしていた。


 杖の先に、煌々とした炎が渦を巻きながら集まっている。

 ——最初に感知した行方知れずの三体目だろうか。


 炎が膨れ上がる。杖の先がこちらへ向いた。

 まずい。この位置で避ければ、後ろにいるセレナへ当たってしまう——。

 まともに火属性の魔術を受けたことはない。軽い火傷で済めばいいが。そう考えた矢先。


 目の前に光が広がった。眩い光が、一枚の大きな盾を描く。次の瞬間、炎がぶつかった。

 熱風が周囲へ弾け、レインの髪と外套が揺れる。

 光の盾は、炎を受け止め終えると細かな粒へ変わり、空気の中へ溶けていった。


 セレナが言った。

「——もう、大丈夫です」


 杖を持ったゴブリンが、苛立ったように「ギッ」と声を上げた。

 また低く鳴き始める。


 だが、もう遅い。術を完成させるだけの時間はない。レインは床を蹴った。

 距離を詰める。ゴブリンは途中で詠唱を止め、杖を横へ傾けた。

 それが防御のつもりなのか、全く意味はない。


 短剣が杖の脇を抜ける。

 次の瞬間には、刃にまとわりつく肉を裂く感触が、柄を通して掌へ伝わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。