また明日
一通り話が終わると、クロードが口を開いた。
「それと、遺跡にいた連中のことだが」
レインは顔を上げる。
「黒装束の女たちのことか?」
「ああ。黒月という暗殺組織の人間だ」
「……暗殺組織?」
「知っているのか?」
「名前くらいはね」
レインは、遺跡で出会った二人の女を思い浮かべた。
狐の獣人と、桜色の髪をしたハーフエルフ。
気さくに話しかけてきた二人が、フィリアを襲った黒髪の女と仲間だった。
「また来るのかな、あいつら」
「可能性はある」
クロードの声は変わらない。
「フィリア様を狙っていたのか、お前を狙っていたのか。あるいは両方なのか、今は分からん」
レインは、黙って聞いていた。
「今夜は別々に過ごす。奴らがどう動くか、少し様子を見たい」
「……なるほど?」
「明日の朝、また合流する。それから町を出る」
エーベルも頷いた。
「今日はもう遅いしね。話の続きは、明日にしてもいいだろう」
窓の外へ目を向けると、橙色だった空は、いつの間にか暗い青へ変わり始めていた。町の建物の向こうに、夜の気配が広がっている。
フィリアとクロードは、近くに取ってある旅宿へ戻るらしい。ミーナも、そこで一緒に泊めてもらえるという。
レインは立ち上がりかけた。
「じゃあ、俺も――」
「レインくんは、ここで休んでいって」
エーベルが言った。
「え?」
「客室は一人分しかないけど、君はまだ休んだ方がいい。今日はそのまま使ってくれ」
「いや、でも。あんたは?」
「僕は自分の部屋があるから」
「そういうことじゃなくてさ。俺なら長椅子でも寝られるし」
「客人を長椅子で寝かせるわけにもいかないだろう?」
エーベルは穏やかに笑った。
レインは長椅子を見た。十分に柔らかそうだ。
スラムで寝ていた頃を思えば、これでも贅沢なくらいなのだが。
「……じゃあ、遠慮なく」
「ああ。そうしてくれ」
ミーナが、レインの顔を覗き込む。
「ちゃんと休んでね?」
「分かってるよ」
「無理して出歩いたら駄目だからね」
「はいはい」
「返事は一回!」
「はい」
ミーナはようやく満足したらしく、フィリアの方へ戻っていった。
フィリアがレインへ頭を下げる。
「それでは、また明日の朝ですね」
「ああ。また明日」
クロードは短く頷き、フィリアとミーナを伴って部屋を出た。
扉が閉まる。賑やかだった居間に、静けさが戻った。
◇
夕食は、エーベルが用意してくれた。
台所の方から、鍋の蓋が触れ合う音が聞こえてくる。
しばらくすると、焼いた肉と香草の匂いが居間に漂い始めた。そこへ、温かなスープの香りが重なる。レインが卓へ近づいた頃には、料理がきれいに並べられていた。
厚く切った肉には焼き色がつき、その脇には色の違う野菜が添えられている。深皿には湯気の立つスープ。パンは食べやすい大きさに切り分けられていた。
「……これ、あんたが作ったの?」
「ああ。口に合うといいけど」
「いや、見た目からして、もう美味そうなんだけど」
「冷めないうちに食べよう」
二人は向かい合って席に着いた。レインは肉を一切れ口に運んだ。
噛むと、香ばしい脂と肉汁が広がる。塩気は強すぎず、細かく刻まれた香草の風味が後から追いかけてきた。続いてスープを飲む。
野菜は柔らかく煮込まれているのに、形が崩れていない。澄んだ汁には、肉とも野菜とも違う、穏やかな旨味が溶け込んでいた。
「……美味い」
思わず、声が出た。
エーベルが顔を上げる。
「それはよかった」
「いや、ほんとに。高級店の料理みたいだ」
もっとも、レインは高級店の料理など、見たことも食べたこともなかった。
だが、皿に盛られた料理はどれも丁寧に整えられている。腹を満たすためだけに食べていたスラムの頃の食事とは、ずいぶん違った。
エーベルは小さく笑った。
「褒めても、何も出ないよ」
「もう十分出してもらってるって」
「それなら、遠慮なく食べてくれ」
レインは頷き、再び肉を口に運んだ。
ほとんど初対面の相手と、二人きりの食事。
それでも、向かいに座るエーベルは落ち着いた様子で、レインが食べるのを急かすこともなかった。
「そういえば、あんたとクロードって、昔からの知り合いなんだっけ」
レインが尋ねると、エーベルは頷いた。
「ああ。以前、同じ部隊にいたことがあってね」
「へえ。じゃあ、軍にいたのか」
「そうだね。もう随分前のことだけど」
エーベルは食器を置き、レインへ目を向けた。
「君は? 冒険者になって、まだ間もないと聞いたけど」
「今日、登録したばっかり」
「……今日?」
「ああ。初日から、ずいぶん慌ただしいことになったよ」
レインは笑い、スープを一口飲んだ。
エーベルに尋ねられるまま、遺跡へ向かうまでのことを少し話した。冒険者ギルドで登録を済ませたこと。ミーナと二人で、ラディア遺跡へ向かったこと。
エーベルは時折頷きながら、静かに耳を傾けていた。
やがて話題は、彼がこの町で営んでいる傭兵の仕事へ移った。
「依頼が入れば、しばらく町を空けることもあるよ」
「そうなんだ。じゃあ、今は仕事の合間?」
「そんなところかな」
レインは残っていたパンをちぎった。
窓の外は、すっかり暗くなっている。卓の上では、灯りを受けたスープの湯気が、細く揺れていた。




