即席の同行者
レインとミーナが遺跡へ入ってから、しばらく経った。
内部は予想以上に広い。曲がりくねった石造りの通路、崩れ落ちた柱、読めない古代文字が刻まれた壁。そして、忘れた頃に仕掛けられている罠。
もっとも、今のところ二人が大きな危険に遭うことはなかった。冒険者トーマから譲り受けた地図のおかげだ。
「次、右だな」
レインは古びた羊皮紙へ目を落とした。手書きの線、罠の位置、崩落地点。
過去に探索した冒険者たちの書き込みが重なり、地図は随分と賑やかになっている。
「レイン」
隣を歩いていたミーナが、小声で言った。
「ん?」
「誰かいる」
レインも足を止めた。耳を澄ませる。遠くから、確かに声が聞こえる。
「暇です~」
女の声。少し高く、間延びしている。続いて、別の声。
「……気が散るから、話しかけないで」
「あと、どれくらい掛かるのです~?」
沈黙。 そして数秒後。
「だーーーーっ! 今のでどこまでやったか分からなくなった!!」
レインとミーナは顔を見合わせた。
「……何やってんだ?」
「さあ?」
地図を見る。声のする通路は、避けて通れない。そして印がある。罠だ。
どうやら誰かが、その解除作業をしているらしい。ここで近づいて集中を切らし、何か爆発でもされたらたまらない。
「待つか」
「だね」
二人は少し手前で足を止めた。壁にもたれながら待つ。
遠くから、時折小さな金属音が聞こえてくる。
「そこ違うです~」
「知ってる!」
「本当に?」
「黙ってて!」
「リュカ~」
「だから話しかけないで!」
レインは腕を組んだ。
「仲良さそうだな」
「そうかなあ」
しばらくして。
「できた……!」
直後、重たい何かが動く音がした。どうやら解除が終わったらしい。
「行くぞ」
「うん」
レインたちは通路を進んだ。曲がり角を抜ける。そこで、二人の女と鉢合わせた。
一人は獣人。金色の毛並みを持つ耳が頭の上に伸び、その後ろでは同じ色の尻尾が揺れている。動きやすそうな軽装。
もう一人は、桜色の長い髪を後ろで結った女だった。耳の形からして、エルフ——あるいはエルフに近い人種だろう。
「誰だっ」
獣人の女が声を上げる。
二人同時にこちらを睨み——。
「あっ……」
なぜか声が止まった。妙な顔をしている。
レインは片眉を上げた。
「邪魔になったらいけないと思って、待ってたんだけど」
なぜか少しだけ長い沈黙が流れた。
金髪の獣人が咳払いする。
「そりゃ、悪いことしたな~」
そして隣を見る。
「こいつがもう少し集中させてくれたら、もっと早く解除できたんだけど——」
リュカはその横顔を見た。
桜色の髪の女——ハーフエルフのアスターは、まるで聞いていない。視線は赤髪の青年へ向いたままだ。
——なんだ?普段と違う。 こいつがこんな真面目な顔をするなんて。それも、任務対象を、穴が開きそうなほど凝視している。
一方、レインも二人を観察していた。まず服。ほとんど全身が黒ずくめだ。
夜間暗所の潜入。そうした状況で目立たないことを前提とした装備。腰回りには小物入れ。動きを邪魔する装飾は少ない。
——普通の冒険者か? 違う気がする。ならば、暗殺者だろうか?
だが、レインは目の前の二人をもう一度見る。片方は軽快に喋る獣人。もう片方のエルフっぽい耳を持つ女性はなぜか自分を凝視している。
……暗殺者というには、妙に空気が軽い。いや。冒険者と呼ぶには妙な服装も、もしかすると、単に黒が好きなだけかもしれない。
黒は悪くない。汚れも目立たないし、何より格好いい。とはいえ、二人とも、全身真っ黒。
組織の象徴色。そう考える方が自然だ。
どこかの団体に所属し、遺跡探索か、遺物回収の目的でここへ来た。その辺りか。
——まあ。今のところ全部、想像だけどな。
レインは警戒を解かないまま、相手の出方を見る。
すると、先に口を開いたのは、金髪の獣人だった。
「あんたたちもここに来たってことは、遺物に興味が?」
レインは肩を竦める。
「まあな。冒険者ギルドじゃ、ここは罠しかない遺跡だって聞いたんだけど。絶対、奥に何かあるはずだ」
隣でミーナが口を開きかける。レインはその頭へ手を置いた。
ミーナが見上げる。レインは何も言わない。ただ、指先で、頭を二度軽く叩いた。
——今は黙ってろ。
ミーナは口を閉じた。
この遺跡とよく似た文様が刻まれた小箱。それを持っている。
そんなことを、出会ったばかりの怪しい二人に話すわけにはいかない。
「気が合うな~」
金髪の獣人が笑った。
「わたしも絶対、奥で何かが待ってると思うんだよな~」
「そりゃほんと、奇遇なことで」
「だろ~?」
そこで、今まで黙っていたエルフのような長い耳を持つ女が口を開いた。その声だけは妙に落ち着いていた。
「それじゃあ、一緒に行くのはどうですか」
レインはすぐに答えなかった。
怪しい。かなり怪しい。素性が全く分からない。
だが、ここで断るのも不自然だ。互いに遺跡の奥を目指している。一本道なら、結局どこかでまた顔を合わせる。
何より、今のところ敵意はない。
少なくとも、目の前で刃を向けてくる気配は感じられない。なら、しばらく一緒に行動してもいい。
奥へ辿り着くまでに、胸の奥に残るこの小さな違和感の正体を確かめればいい。
「わかった」
レインは笑った。
「……旅は道連れ、って言うしな」
リュカは隣に立つ人物を見ていた。桜色の髪を持つハーフエルフ、アスターの顔。
任務対象の発言を聞いた瞬間、急に表情がぱっと明るくなった。これまでに見たことの無い、嬉しそうな笑顔だった。そしてリュカは思う。——なんだ、その笑顔。
長い遺跡の通路。四人の即席の一行が、奥へ向かって歩き出す。そのさらに先で、別の二人もまた、同じ最奥を目指していた。




