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今日から使える異世界ライフハック  作者: 白生荼汰


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閑話・お酒は二十歳になってから/sideブレッド

ブレッド視点

 おむすびのように成形はしていない硬く煮た粥を銀色の皿に盛り、その上にドロリとした煮込みを掛けてある。見た目には煮込みを粥でカサ増しした貧民飯にしか見えなかったが、甘く芳しく香辛料が効いた香りは貴族の食事のようだ。

「これがカレーライス……」

 思わず喉を鳴らしかけた俺の前に、透明なガラスコップが置かれ、カランと氷が入れられる。

 ペキリ、と音を立てて封を解かれた水がコップへと注がれた。その水は僅かな濁りもない。

「一応大盛りにしたつもりだけど、おかわりあるからね」

 まずは煮込みの部分を少量スプーンで掬って味を見る。ふわっと香りが広がり、塩っ気が先に来て、あとから香辛料の刺激が舌にくる。しょっぱいばかりでなく、コク深く甘く、汁だけでも美味い。

 ホクホクと煮えた芋も汁を纏って甘味を強調するニンジンとタマネギも美味いが、粥と汁が混ざったあたりを口にして衝撃を受けた。白い粥の柔らかい甘さが、汁の複雑な旨さを受け止めて鮮やかにする。堅く煮られた粥はカサ増しなどではなく、汁や具をより旨く食うための土台だ。

 見た目にはそれほど多く肉が入っているように見えないのに、汁は肉の旨さだけを溶かし込んだような味わいで、時折歯にあたるグニグニとした肉は噛まなくても飲み込めてしまうぐらいに柔らかいくせに、歯応えも喉越しも官能的なまでに存在感がある。

 汁のトロミをまといつかせた粥の塊が喉に飛び込んでいき、ぐいぐいと飲み込む快感もたまらない。腹が熱を帯びる。香辛料の刺激で首筋にぶわっと汗が湧く。口いっぱいに広がる香辛料の香りに誘われて、カレーライスをかき込む手が止まらない。

 美味いのと同時に気持ちがいいというのは初めての体験だ。

「……は、もうなくなった」

 気がつけば皿は空になっていた。

「お代わりいる?」

「あぁ、貰いたい」

 リサに皿を差し出し給仕を待つ間に水を飲む。

 カレーライスのこってりとした脂と塩気を洗い流す水は、氷が入っているのもあり、湧き水のように冷たく鮮烈だった。汲み置きの水のような濁りも臭さもない。甘くさえ感じるほどに滋味深く柔らかで清らかな水だ。

 その水を何年も腐らぬように封をしている技術も驚きだが、そんな貴重な水をあっさりと出してくれるリサにこそ驚く。カレーライスの二杯目を受け取る。空になったコップに、惜しげもなく水のお代わりも注がれた。

 ちゃんと味わって食べようとは思うのだが、一口飲み込むごとにもう一口と手が止まらず、二杯目もすぐに食べきってしまう。

「これでもうごはんがないよ。足りなかった?」

 結局三杯目も流し込むように平らげて、我ながら自制心のなさに驚く。

 しかし、美味かった。

「いや、そんなことはない。……が」

 気が付けばしっかり腹は満足している。だが、皿にこびりついた汁を舐めとりたいぐらいに悩ましい。

 ゆっくりと落ち着いて味わって食べられるリサがうらやましい。

「今回のカレーを作った香辛料が結構な量あるんだけど、オウデルハインダー家ならいくらで買うか聞いてきてくれない?」

 リサはカレーライスを作るのに、すでに調合してある香辛料をオウデルハインダー家に売りたいのだという。

 細かく磨り潰された香辛料だけがぎっしりと詰められた缶は、薬のことなどてんで知らない俺にしてもとんでもない貴重品なのがわかる。素人目にも均一な粉に見える丁寧な仕事だ。

 俺は今日、銀貨何枚分の香辛料を腹に収めたのだろう。

 しかもぴったりと口を閉じる丁寧な容器は、よほど熟練の鍛冶師の手によるものだろう。

 容器だけでも一体いくらになるのだか。

「こんなにカレー粉があっても、わたし一人じゃ使い切れないしね」

「領主様に売りつけなくても、リサがカレー屋をやればいいんじゃないか?」

 そうして何度か食べ慣れれば、いつかは落ち着いて味わうことができるようになるだろうか。

 リサがカレー屋を開いてくれたら、俺も客になることができるんだがな。

「香辛料って安くないじゃない。そんな高価なものが売るほどあると思われたら、悪い奴に目をつけられそう。仕入れルートがあるとか思われても面倒なことになりそうだし」

「あー」

「その点、領主様ならこれ以上仕入れようがないってわかってるだろうし、香辛料ぐらい持ってても不思議はないでしょ? コレを研究してこっちで手に入るもので似たようなものを作れるかもしれないし」

 異世界からやってきたリサは、今所持している資産以上に異世界のものを入手することはできない。

 大量の保存食があるようだが、保存食だっていつかはダメになってしまうから、その前に有効利用しよう、というのがおむすび屋を始めたきっかけだったはずだ。

 だとしたら高額になるだろう香辛料は、貴族の力を借りて早々に手放してしまいたい、というの話は頷けた。

「食後にコーヒー淹れるね。ブレッドも飲むでしょ」

「あ、あぁ。ありがとう」

 リサは水魔法で出した水をやかんに入れて沸かす。その水でコーヒーを淹れるのだ。

 魔力量が多いリサであれば、カレーに添えて出してくれた水も水魔法で出せばよかったはずだ。

 だが、わざわざ封を開けてまで貴重な水を出してくれた。

 コーヒーや発酵茶だってそうだ。

 異世界から持ち込んでいるものだが、水気や何かを防ぐ厳重な保管方法から見て高級品であることは間違いない。しかも、真っ白な砂糖や粉にしたミルクまで添えて。そんなものを、平民である俺にも当たり前のように供してくれる。

「持っていく缶とぺっとぼとるはどうなってる?」

「一応こっちでまとめておいたけど……重さはともかくすごくかさばるけど大丈夫?」

 ぺっとぼとるという透明で硬い水袋……水筒とでもいうべきか、は無造作に半透明の大きな袋に入れられている。鮮やかな色彩で彩られたぺっとぼとるは、それ自体が芸術品のようなのに、それをこんなに適当に扱っているのが信じられない。

 見るものが見ればきっと悲鳴を上げるだろう。

 ひときわ大きな水袋なども用意してくれていて、これを見れば領主様もきっと喜ぶに違いなかった。

「ビールの缶は潰さない方がいいっていうから入っていた段ボールに入れてある。かさばるけど大丈夫?」

 リサがビールと呼ぶ、金属筒に入ったエールの空き容器は紙製の箱に恭しく詰められている。

 持ちやすいようにか、幅広の紐がかけられて、綺麗な箱が凹んでしまっているのがもったいない。金属筒を潰して持っていくか、なんて恐ろしいことを言うリサのことだから、この美しい箱にもさして価値を認めていないのだろう。

「重さはないから問題ない。中身はすべてエールが入ってきた金属筒か?」

 清らかな水が入っていただろうぺっとぼとるに比べ、あきかんの量は明らかに多い。

「リサも普段はエールを飲んでいるんだな。俺もエールでいいのに」

 金属筒入りのエールはどれも雑味が少なく明らかに美味い。それでも高価な発酵茶やコーヒー、清められた水に比べたら、供されても気兼ねなく飲める。

 リサは俺の言葉に困ったみたいな笑い方をした。

「すでにあれこれ飲ませちゃった上に、ウィスキーまで飲ませといてあれだけど、わたしの国では『お酒は二十歳になってから』って決まってるんだよね」

「は? それじゃ子供は何を飲むんだ?」

 生水は腹を壊しやすい。だから、普通は子供もまだ甘いくらいの若いエールを飲む。そのまま水が飲めるのは、山で湧き水を見つけた時か雨が降ってきた時ぐらいだ。井戸水でも川や泉でも、清らかでヒンヤリしていれば、飲める可能性は高いが当たる時は当たる。あとは沸かしておいた水を冷ましておくか、薬草を煮出した茶を飲むか。でないと、下手をしたら死ぬ。

「牛乳……か、麦茶、かなぁ……飲むものなんて一杯あったし、わたしの国って安全と水はただ、みたいな感覚だったのよね」

「安全と水はただ……」

 神の国でもそうはいくまい。

「すごい国で暮らしていたのだな」

「あ、もちろん実際は水だってただじゃないし、悲しい事件事故はあったよ。でも、普通に暮らしていると、お店でまず水が出てくるのは当たり前だし事件事故なんかは他人事、みたいな」

「……想像もつかない」

 話を聞いている分には恐ろしく平穏な国だ。リサの人の好さはそこから来ているのかもしれない。それなのに何日も、下手をすれば何か月も籠城をできるほどの備蓄や自刃用の武器を与えられるちぐはぐさはどういうわけだ?

 ひょっとしたらリサがそれらを与えられたのは最近のことで、それまではずっと平和な国で育ってきたのだろうか。やはりリサはクーデターに巻き込まれるところだったか……そう考えれば、つじつまが合う。合ってしまう……。

「なので今更ではあるけど、今後ブレッドが二十歳になるまでお酒は出しません。なるべくわたしもブレッドの前ではお酒を控えるようにするからさ」

「この国にそんな決まりはないが」

 あの美味いエールが惜しい気持ちもあるが、当たり前に出される茶や砂糖が心苦しいのもあり、そう返すと、リサは苦笑いをした。

「お酒ってね、身体には良くないんだよ。成長期の身体には特に。まだまだ身体が作られていく時期の子に飲ませるのは決まりじゃなくても避けたいかな。ブレッドはこれからまだ伸びるし強くもなるだろうからね」

 かふぇいんもあんまり身体には良くないだろうけど。と呟いたのが何かはよくわからなかった。でも、当たり前みたいに伸びるし強くなる、と言われて胸の辺りがカッと熱くなる。

 さっきのカレーのせいだろうか。

 俺が強くなる?

 エールを出さずに自分で飲むに留めて、代わりに茶や貴重な水を出してくれるのは俺の体を気遣ってのこと?

「じゃあ空き缶とペットボトルよろしくね」

「あ、あぁ……」

 預かり物を馬車まで運びながら、出されてもいない強い酒を飲んだみたいに頭がフワフワした。

控える、とは言ったが飲まない、とは言えない酒クズ。


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