缶は凹ませない派です
「スレチ!」
叩きつけるような怒鳴り声はブレッドのものだ。
「ぶ、ブレッドぉ~~~~~~~~~~」
暴力を振るわれそうになって、情けないことに腰が抜けそうになったわたしは、へにょへにょと助けを求める。
「……ンだよ」
スレチと呼ばれた男は、バツが悪そうに振り上げていた拳をおろした。
「スレチ、なんでこんなところにいるんだ?」
「るっせぇなぁ。お嬢様のペットが偉そうに話しかけてくるんじゃねえよ」
「お前とフロルは領地追放になっているだろう? 詰所にももう手配書が回ってきてるぞ」
「あぁ、もう! クソがよっ!」
唾を吐いたスレチがわたしから立ち売り箱を奪って走り去った。
「あ、ちょっ……」
えー、困るー。
大した手間じゃないけど、また作るのはちょっとめんどくさい。下げ紐に使っていたPPバンドは固いから、下手に奪われないように抵抗して指を怪我するようなことにならなかったのはよかったけども。
「取り返すか?」
「……いや、いいや。作り直すよ」
そんなもの盗んでどうすんのよ、という気もするけど、多分カバンと間違えたんだな、アレ。
お金の類は改造したパンツのポケットに入れてるし、その他のものはエコバッグに入れてる。
つまり奪われたのは純粋に廃物利用の立ち売り箱だけだ。
スレチの方は奪い損。
多分すぐに気がついて投げ捨てられそうな気がする。そろそろヘタってきてたし、作り直すいい機会だ。
……一番被害が大きいのはわたしの労力かな。
脱力するような被害状況に肩をすくめる。
「ケガはないか?」
ブレッドが腰をかがめて顔を覗き込んできた。
「大丈夫。香辛料を寄こせって言われてたぐらいで、今日の売り上げも無事だし、取られたものはおむすび並べとく箱だけだから」
「そっか」
へらっと笑おうとしたものの、心臓はまだバクバクしてるし、指先も冷たい。
暴力振るわれそうになるとか経験ないもんなー。
「大丈夫じゃないだろ。真っ青になってる」
「あ、あはは……あんまり暴力沙汰って馴染みがなくて。正直に言うと怖かったから助かった」
駄目だー。笑って空元気を出そうとしてるのに、ちっとも表情筋がうまく動かない。
全身の筋肉という筋肉がこわばって、動いたら座り込んじゃいそう。
こういう時、どうすればいいんだ。
ブレッドは上げかけた手を開いては握り直しし、触れるのに躊躇ったのかゆっくりと下げる。
「無理はするな。明日報告に行く前にそちらに寄る予定もあったし、今日は送っていく」
「助かるー。じゃあ荷物持ちしてもらおうかな。重いものをいっぱい買っちゃおうっと」
「あぁ、かまわない」
無理におちゃらけて笑おうとしたわたしを、痛ましいものを見るような目で見てブレッドは頷く。
「何を買うんだ?」
「冗談だよ。今日は卵を売ってるはずだから、それだけ買って帰るよ」
ブレッドにプレハブまで送ってもらったので、せっかくだからお茶を出す。
報告をするついでに空き缶と空きペットボトルを持って行ってくれるのは、前に相談した通りだったけど、空き缶は潰したほうがいいのか聞いたら驚かれてしまった。
「あんな芸術品を潰す!? 嘘だろ!?」
「空き缶だよ? 綺麗な柄のヤツはともかく、普通の缶は溶かして再利用するんじゃ……」
「普通ってどんな感じ? 俺が見せてもらったのはどれも芸術品だったぞ」
「えー。オウデルハインダー家に呼び出されたときに、普通のメーカー品も飲ませてるよね?」
「あれが普通!? 一つ一つが飾り文字で彩られてたり、守護獣が描かれてたりしたのに!?」
ここでも認識の違いが出てしまった。
「そっかー、芸術品かー」
一応キレイに洗ってあるのを空いたダンボールに詰めて持ってってもらうか。軽いけど嵩張るから運ぶの大変そう。
缶ビールの飲み口の下を凹ます派じゃなくて良かったな。コーンスープやおしるこの粒を残さず飲めるテクニックと一緒で、流体力学的に美味しくなるって話らしいけども、なんか缶を凹ますのがイヤなのと、それぐらいならグラスに入れて飲む方が好みだからだ。まぁ、普通にそのまま飲むんだけど。いちいち凹ませるのめんどくさい。
「明日、こっちに寄ってから行くんでしょ? 朝ごはん食べて行きなよ」
「いいのか、ありがたい」
それからあんなことがあった直後だし、ブレッドがフィーダを離れる間は気をつけた方がいいんじゃないか、ってことで、臨時に明日と明後日はおむすび屋さんを休むことにした。
いつも読んでいただきありがとうございます。
ブックマークや★★★★★、レビュー等で応援してもらえると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。




