下手な奴は入れればいいと思ってる
やっぱカレー味は強いわ。
カップヌードルカレー味のおむすびは、兵士の分だけで完売した。
昨日のチリトマトも結構評判良かったんだけど、カレー味にはそれ以上の中毒性があるらしい。
保存食のカレーも売ってもいいかなぁ。
25年持つのはいいけど、1缶で10食分とか、いったん開けたら消費が厳しそうなんだよね。
いっそ雑炊やカレーやシチューも炊き込みご飯にして、おむすびにしてしまったら売りやすかったりするかしら。雑炊とかお粥の炊き込みご飯はさすがに笑うわ。
長期保存食の方は短いヤツでも3年くらい賞味期限に猶予があるし、3年とか5年も賞味期限があるようなものは、多少の賞味期限切らせたところで誤差だろうし、おいおい考えればいいか。
問題はわたしが買ってきたうどんと、封を開けてしまった調味料類だよなぁ。
試しに開けたヤギミルクもあれから使ってないし。
開けちゃったからには早いとこ使い切らないととは思うけど、コーヒーも紅茶もストレートで飲むか、つい使い慣れたスティックタイプのパウダーミルクを使ってしまう。
開けたり閉じたりを繰り返すと湿気そうだから、できれば一気に大量消費してしまいたい気がする。
ここはやっぱりお菓子だろうか。
スパイスとか使うような感じだと、あの癖も気にならないんじゃないかな。
お菓子に使うスパイスといえばシナモンだけど、こっちで売ってるカネールはそのまんま木の皮だから、少々使い勝手が悪い。ナーヘルと呼ばれるクローブによく似た香辛料は、ねじ頭っぽくなってる丸っこいところだけは柔らかくて指先ですりつぶせた。残りのガク片と花柄っぽい部分は硬かったから別に使った。
ソミュール液に入れたり、煮物なんかに使う分にはそのままでも構わないんだけど、お菓子に使うなら粉状にしたいんだよなー。おばあちゃんの遺産にあった科学用っぽい乳鉢で潰せばいいのかな。
日本画はやったことないからわからないんだけど、すり鉢みたくゴリゴリしたらいいんだろうか。日本画は胡粉やら膠を使うっていうのは知識としては知ってるものの、正確なところは何にも知らない。知ってたらこっちの世界で画材を探すのに、役に立ったかしら。こっちの画材と言ったらやっぱり鉱石とか磨り潰すのかな。こっちの絵画って油絵かな、テンペラ画かな。フレスコ画だったりしたらますます技法がわからない。油絵は少し齧ったことがある。もちろんチューブに入った絵具しか扱ったことがないから、絵の具の作り方なんてさっぱりだ。
今は手持ちの画材があるけど、そのうちこっちの画材も探してみたくはある。
社会人になってからはほとんどデジタルしか扱ってなくて、アナログでなんて手慰みでしか描いてこなかった。でもやったことがない手法とか、絶対楽しいよね。こっちじゃ出力するすべがないから、デジタルじゃいくら描いても見せる相手がブレッドぐらいしかいないし、ブレッドは絵画とか興味ないタイプだと見た。
……絵描きたいなぁ。
ふと顔を上げて、街並みを見渡す。
楽しそうにはしゃぎまわる子供たち、道端で立って会話をしている主婦、行きかう冒険者らしき装備の人たち。背の高い人や低い人、獣人らしき人、カラフルなのは髪と目だけじゃなくて、アバターみたいな肌の色をした人もいたりして。
向こうではありえない風景。
でも、変わらないものがそこにある。
似たような背景は何度か描いた。
ファンタジーRPGのコンセプトアートで、アイキャッチで、ファンブック用に。
社内のオーダーで描いたそれらとは違った、匂いと温度がある景色。
描きたいと思う。
日々表情を変えるこの世界を、わたしの目と手を通して留めたい。
「おい、あんた」
「うぎゃっ!?」
ぼんやりと物思いに耽っていたら、いきなり腕を掴まれた。
「な、何、何!?」
腕を掴んできたのは全然知らない男だ。
ごろつきというには、まだこちらの世界なりの清潔感はあり、そこそこ鍛えてる感じに腕が太く上背もある。顔立ちは整った部類に入るものの、ニヤついた表情が台無しにしている。左右非対称な表情が馴染んでいるので、近いうちにごろつきにしっかり傾きそうだ。
「誰?」
「あんた、お嬢様のとこの新しい料理人だろ? これから冬になるってのに慣れない土地で土支度も大変じゃないか? 俺とフロルのことお嬢様に言ってくれよ」
「フロル……?」
だから、誰?
いったい何の話なの?
「俺もフロルもさー、反省してるんだよ。ほらお嬢様は研究熱心で、なにかっつーとおこもりになるだろ? だから放っておいたほうがお嬢様もお喜びになるだろうと悪気はなかったんだ。お屋敷を離れたのは少しぐらいなら大丈夫だと思ってさ。お嬢様のお世話をしてるならわかるだろ?」
反省しているという割にはニヤニヤとしている男は、なんといったか……多分、今回首になった料理人?
あぁ、フロルってこの間の料理人と一緒にクビになったメイドか。いきなり凸ってくるなんて、割れ鍋に綴じ蓋ってヤツか。
なるほど、鍛えた感じなのは料理人だからか。
料理人って力仕事だもんね。
「……わたしに言われても。だいたいあなたサボってただけじゃなく、横領もしてたらしいじゃない。それじゃ、お嬢様にとりなしたところで復職は無理じゃない? むしろ命があるだけ温情だったりしない? わたしに話しかけてきて大丈夫?」
こっちの常識とか知らんけども。
わたしの疑問は図星だったのか、男はぐっと詰まると、焦ったみたいに周囲を見回した。
周囲を確認したところで、こんなに堂々とわたしに話しかけてたら無駄じゃないかな。
「じゃ、じゃあ、平民に施せるくらい香辛料を使えるんなら、それ退職金代わりに寄こせよ。それでチャラにしてやるから」
「なんでわたしが」
なんでわたしが香辛料を譲らなきゃいけないのかわからないし、そもそも横領で首になったのに退職金をせがめると思ってるのがわからない。
何をチャラにするんだ、何を。
「俺が辞めさせられなければ、おまえが雇われることもなかっただろ? その分の礼はしてもらわないとな。香辛料をたっぷり使った料理ならさぞかし金になるだろうさ」
香辛料をそのまま転売するんじゃなくて一応料理をする気はあるんだな、と変なことに感心してしまった。
しかし使えばいいっていう発想はそこはかとなくメシマズの気配がしますぞ。
「まさか入れれば入れただけ美味しくなるとか考えてないよね?」
「なっ……てめぇ、馬鹿にしてるのかよ!」
「きゃっ!」
零れ落ちた疑問がうっかり図星をついてしまったのか、男が拳を振り上げた。
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