期間限定おむすび屋さん
翌朝、冷えたすじ煮込みはプルンプルンを飛び越えて、ブリンブリンとかバルンバルンとか、濁音の擬音がふさわしいくらいに固まっていた。
冷えたままなら、切り分けて葉っぱに包めば携帯できそうだ。
いったん冷やせば移動中もこぼす心配がなくていい。
一度温めなおしてから飯盒2つに分ける。
あと2回は楽しめる下茹で済みのブル筋があるし、ケチケチするのもな。
今味を見る分だけ取り分けたら、残りはおすそ分けしてしまおう。
「朝から牛筋なんて一杯やりたくなっちゃう」
昨日のコリっとした歯触りから一転、かなり柔らかくなったすじ肉は、ニチリとした独特な歯ごたえを残し口の中で解けていく。
うんまぁ~。
不思議なんだけど、すじ肉って煮込んでると途中でいきなり柔らかくなる瞬間があるのよね。今はちょうどその途中って感じの食感だ。
これをもう一度食べる時にあっためなおしてもらったら、きっとトロットロになるだろう。
「ブルのすじ肉を故郷の調味料で煮込んだの。よかったらあっためなおして食べて。鍋はそのまま火にかけられるから、食べ終わってから返してくれたらいいよ」
「ブルのすじ肉なんて、固くって人間じゃ食えたもんじゃないだろう。スープに入れると味は出るけどな」
「んふふー、それは食べてから言ってちょうだい」
ブッケは受け取った兵式飯盒を迷わず粥を煮ていた竈門に突っ込んだ。
「え、今食べる気?」
「気になるだろうが。煮込みならパンがいるか。おい、ひとっ走りパンを買ってきな」
「あいよー」
食材の下拵えをしていたステンは、エプロンで手を拭くとパンを買いに行く。ステンが戻る頃にはフツフツと醤油と砂糖の甘く香ばしい香りがしてきた。
「え。今日の粥、何入ってんの? やたら美味そうな匂いがするんだけど」
いつものように朝食を買いにやってきたゲルキが、跳ねるようにブッケの屋台に飛びついた。
「これはリサにもらったおすそ分けで売りもんの匂いじゃねーよ。売ってんのはいつも通り、塩漬け肉の粥だ」
「そんな、こんないい匂いをさせておいて!?」
ショックを受けたゲルキが期待の籠った目でこちらを向く。
「じゃあ、今日のおむすびについてるのは……」
「キノコのブル肉巻きね。それと白菜のアッサリ漬けで、おむすびはシーフード味」
「うぁああああ、それもそれで美味そうだけど! おむすびひとつ!」
「まいどー」
ぐねぐねしているゲルキを横目で苦笑しながら、一緒に来た兵士たちが次々におむすびを買ってくれる。
最近はシェアしている人たちは減ったみたいだ。
おかげで兵士だけで売り切れてしまいそう。
やっぱりもっと売る量増やした方がいいかな。
いきなり倍に増やすのはちょっと怖いし、3合ずつ2種類にするとか?
将来的には端数になるカップ麺でいろんな味でちょっとづつにするか、具と調味料を足して炊き込むのを量を増やすかするつもりだったから、それがちょっと早まると思えばいいのかも。
「美味しいわね、これ」
粥目当ての兵士を捌くブッケを横目に、帰り支度を済ませたステンが切ったパンにすじ肉を載せて食べている。
「肉自体をジャムにしたみたい。しょっぱくて甘くて肉の味がしてとろんとしてる。味付けもそうだけど、こんな煮込みは食べたことがないわ」
「おう、俺にも寄こせ」
「やぁねぇ、えらそぶっちゃって」
一息ついたブッケに、あきれながらもステンがすじ煮込みを載せたパンを渡す。
ブッケは咳ばらいをしながらパンを受け取り、煮込みを口にすると目を丸くした。
「こいつは悪くないな。どんな下処理をすればこうなる」
「煮込むだけだよ」
すじ肉の下処理はめんどくさい。
下茹でして灰汁をとったり、余分な脂を抜いたりして臭みをとる。でも、最終的に必要な作業は煮込むだけ、これに尽きる。
「いやいや、いくら煮たってこうはならんだろ」
「いやいや、ほんと煮込むだけ。ちなみにそれは、臭みをとるのに茹でこぼしをして、下茹でに一時間、味をつけて一時間以上煮込んだ」
「二時間も煮込むのか」
うーむ、とブッケは考え込む。
「いくら長く煮たつもりでも二時間とは考えなかった。硬かったのは煮込みが足りなかったのか。しかし、そこまで煮るのには薪代がな」
「料理するっていうより、冬場の暖炉で部屋を暖めるついでに放置する気持ちで煮たらいいかも」
「なるほどな。しかし、それじゃ冬以外に出すのは難しいな」
うーん、うーん、と考えているブッケに、ゲルキがひょいっと顔を出す。
「そんなに美味いの? 一口食わせてよ。なー、ひとくちー」
「あー、もううるせーな。食いたきゃパンを買ってこい」
ブッケが嫌そうに言うと、兵士たちはすぐさまパンを買ってきた。
集まってる中にブレッドも混じっている。
「えー、こんなちょっと?」
「もらったのがこんだけなんだ。ひとくち分けてもらえるだけありがたく思え」
まるで余った給食に殺到する男子小学生みたいな騒ぎだ。
「ったく、俺もひとくち食っただけだってのに」
ぶつぶつ言いつつパンに煮込みをのせてやるブッケは人がいい。
「えー、うまーい。リサ、これも売れよ」
早速煮込みを口にしたゲルキが唾を飛ばす勢いで叫ぶ。
「ありがとう。でも、それ作るの結構手間なのよ。たまに自分が食べたくて作るならいいけど、売るほど作るのはやってらんないわ」
「絶対売れるのにな。作ったら売ってよ。俺買うから」
「おむすび屋さんを辞めることになったら考えておくわ」
燃料とか調理器具の問題もあるし、ひとりでやるなら飲食は厳しいものがあるからと、軽く流したわたしに兵士たちが一様にぎょっとした顔になる。
「え、やめる予定なんかあるのか?」
「嘘だろ……」
ざわざわし始めたから、ちょうどいい機会だし宣言しておくことにする。
「このおむすび屋さんは、故郷から持ってきた保存食を一人じゃ食べきれなくて無駄にしそうだったから始めたの。仕入れる当てもないし、今ある分を売り切ったら店じまいかな」
カップ麺が無くなっても、缶詰や長期保存食もあるし、お米がある限りは続けられるような気もするけど、予定としてはカップ麺が無くなったらおしまいにして、違う仕事を探すつもりでいる。
カップ麺と違って缶詰や保存食はそこまで焦って消費しなくてもいいかなと思うし。
「え……いつごろ無くなりそうなんだ?」
「このペースだとあと一月くらいかなぁ」
途中で休んだりを計算に入れて、今のまま提供数を増やさなければ、そのぐらい。
一種類につき二回を15ケース分、それと袋麺なんかも計算に入れたらあと一ヶ月ぐらいになるはずだ。
「ひ、ひとつき……あと一月しか食べられないのか」
「うわ、すごく貴重なんじゃないか」
「味わって食うべきだったな」
「そんなぁ……もう仕入れられないってどうして」
諦めきれないのか、ゲルキが聞いてきた。
「……あー、そもそも国にいつ帰れるかわかんないんだよね。自力でどうこうできるものでもないし」
言っていいものじゃないだろうから濁し気味に苦笑すると、皆がそろいもそろって息を飲む。
「ごめん、俺力になるよ」
「俺も! 困ったことがあれば言ってくれ」
「……ありがとう?」
なんで泣きそうになってるのかよくわからないものの、申し出はありがたいのでお礼を言っておく。
なんだか妙な雰囲気のまま解散になった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
ブックマークや★★★★★、レビュー等で応援してもらえると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。




