【数が合わない】
※挿絵はAIイラストを使用しています
入口をくぐると、あたりが暗転した。
ピカルはまず足を止め、目が暗さに慣れるのを待った。
三秒ほどで、通路がぼんやりと浮かぶ。
今日の文化体験は『お化け屋敷』。
地球人は、わざわざ怖い思いをするために、こういう場所を作るという。
……理解しがたい。だが、体験してみないことには始まらない。
一歩進むごとに、床がぎしりと鳴った。
音の反響から、スピーカーの位置が三つ、わかる。
床は本物、きしむ音は録音。演出だ。
こういうものを、つい分解してしまうのは、ピカルの性分だった。
怖がりたくないわけではない。
ただ目より先に、頭が動いてしまう。
曲がり角で、空気がわずかに動いた。
誰かが、暗がりに潜んでいる。
「うらめしやぁ――」
白い影が飛び出してきた。
ピカルは、とっさに身を引いた。
……つもりだったが、体はほとんど動いていなかった。
「……驚かせてもらって、すみません。その、うまく反応できなくて」
白い影が、びくっと止まった。
「え、あ……いえ、こちらこそ……?」
なんとも締まらないやりとりのまま、お化け役は暗がりへ戻っていった。
その後も、仕掛けは次々に現れた。
天井から落ちてくる人形。
壁から伸びてくる手。
赤い照明。
ピカルはそのたびに、気配を数えていた。
(曲がり角に一人、人形の裏に一人、赤い部屋に二人――)
配置されたスタッフの位置を、無意識に頭のなかへ書き込んでいく。
全部で、六人。
それが、この屋敷にいる「人の数」だった。
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最後の一室に入ったとき、様子が違った。
音がない。仕掛けもない。
ただ、真っ暗な空間が、しんと広がっている。
ピカルは足を止めた。
この静けさには、覚えがあった。
人のいなくなった、アルフィオスの街。
鳥の声も、風の音も絶えた、あの静寂だ。
作り物の恐怖には動かなかった心が、この「何もない」空間にだけ、かすかに反応した。
――そのときだった。
背後に、七人目の気配があった。
ピカルは動きを止めた。
(数が合わない)
この屋敷にいたのは、六人のはずだった。
振り返る。
誰もいない。
ただ、暗闇が、さっきより少しだけ濃くなった気がした。
(……気のせいだ)
そう結論づけて、ピカルは出口へ向かった。
結論づけたのに、足はいつもより速かった。
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出口を抜けると、白塗りのスタッフが、汗を拭きながら立っていた。
メイクは崩れ、幽霊というより疲れた人にしか見えない。
「お客さん……全然、怖がってくれませんでしたね……」
彼女は、しょげたように笑った。
ピカルは少し考えてから、なるべく丁寧に言った。
「すみません。皆さんのせいではありません。演出は、よくできていたと思います。……ただ、俺の観察・分析をしてしまうクセが出てしまって」
「そんな、慰めなくても……」
「本当です。……最後の何もない部屋。あれはいい演出でした。静けさで怖がらせるとは……考えましたね」
スタッフが、きょとんとした。
「……最後の、何もない部屋?」
「ええ。出口の、ひとつ手前の」
彼女は、少し困ったように首をかしげた。
「うち、そんな部屋ありませんよ。出口の手前は、赤い照明の部屋で終わりです。ずっとそうです」
ピカルは、しばらく黙った。
「……そうですか」
それだけ言って、会釈をして外へ出た。
夏の陽射しが、暗闇に慣れた目に、やけに眩しかった。
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その夜。
隣の部屋で、キララはとうに眠っている。
ピカルは一人、机に向かって記録帳を開いていた。
今日の体験を、いつものように書き留めていく。
スピーカーの位置、仕掛けのタイミング、お化け役の人数。
ほとんどは、正確に書き出せた。
――あの一室と七人目の気配を、のぞいて。
ペンが、止まった。
六人。
何度数え直しても、配置されていたのは六人だった。
なのに、あの部屋で感じた気配は、たしかに七つあった。
書きかけの行を、ピカルはじっと見つめた。
――ふと。
首の後ろのあたりに、視線を感じた。
(誰かに、見られている?)
そんな感覚が、はっきりとあった。
ピカルは、ゆっくりと振り返った。
(.....誰もいない)
部屋は静かで、窓の外には夜の闇が広がっているだけだった。
「……まさかな」
小さくそう呟いて、もう一度ペンを取った。
けれどその夜、記録の続きはとうとう書けなかった。
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