【海の音でいい】
※挿絵はAIイラストを使用しています
「うわあ、海だー!」
キララは砂浜に着くなり、サンダルを脱いで駆け出した。
白い波が寄せては返し、足首を冷たくくすぐる。
「冷たっ! でも気持ちいい!」
振り返って、まだ砂浜のふちに立っているピカルに手を振る。
「お兄ちゃんも早くー!」
ピカルは日差しに目を細めて、ゆっくりと歩いてきた。
手には、いつもの記録帳。
「……今日は、潮間帯の生き物を観察しようと思ってる」
「かんかんたい?」
「潮間帯。潮の満ち引きで、海になったり陸になったりする場所だ。生き物が多い」
「むずかしいことはあとにして、まず遊ぼ!」
ピカルは波の動きを、しばらく目で追っていた。
寄せる間隔、引く速さ。
「……今の波は、だいたい七秒周期だ。次の大きいのが来る前に、あそこまで戻れば――」
言い終わる前に、想定より大きな波が足元に届いた。
靴が、しっかり濡れた。
「……計算が」
「あははっ! お兄ちゃんでも外すんだ!」
「海は、変数が多すぎる」
キララは笑い転げながら、波と追いかけっこを始めた。
寄せる波から逃げて、引く波を追いかける。
単純なのに、いつまででもできてしまう遊びだった。
ピカルも、どうせ濡れたついでにと、少しだけ付き合った。
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しばらくして、キララが砂浜にしゃがみこんだ。
「見て、お兄ちゃん! 貝がら!」
手のひらに、小さな巻貝がいくつか転がっている。
ピカルはさっそく記録帳を開いた。
「それは、巻貝の一種だな。この螺旋の形状は――」
「あのね、これ、耳に当てると海の音が聞こえるんだって!」
キララは一番大きな貝を、そっと耳に当てた。
「わ……ほんとだ、ざあーって、聞こえる……!」
目を閉じて、うっとりしている。
ピカルは記録帳から顔を上げた。
「……それは、正確には海の音じゃない」
「え?」
「貝の中で、周りの音が反響しているだけだ。自分の血が流れる音も混ざる。海がなくても、同じ音は聞こえる」
「…………」
キララは、貝を耳に当てたまま、じっとピカルを見た。
なんとも言えない顔だった。
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夕方になって、二人は砂浜に並んで座った。
空が、水平線の向こうから、少しずつ橙色に変わっていく。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ」
「さっきの貝の話、ほんとはちょっとだけ、がっかりした」
ピカルは黙って海を見ていた。
「海の音だと思って聞いてたのに、ただの反響なんだって思ったら、なんか……ね」
波の音が、二人のあいだを通り過ぎていく。
ピカルは記録帳を閉じた。
それから、キララの手の中の貝を、しばらく見つめた。
「……さっきのは、忘れてくれ」
「え?」
「反響でも、血の音でも、どうでもいい」
ピカルは、めずらしく、言葉を探すようにした。
「お前が海の音だと思って聞いたなら、それは、海の音でいい」
キララは、貝を握ったまま少し黙った。
それから、にっこり笑ってもう一度耳に当てた。
「……うん。やっぱり、聞こえる。海の音」
「そうか」
「お兄ちゃんも聞く?」
「……一回だけな」
差し出された貝を、ピカルは耳に当てた。
ざあ、と、遠い音がした。
反響だと、わかっている。
わかっているのに、その音は目の前の海と、不思議とよく似ていた。
水平線に、陽が半分沈んでいた。
参加者リクエスト:二人で海辺で遊ぶ
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