【萌えってなぁに?】
※挿絵はAIイラストを使用しています
「いらっしゃいませっ、ご主人さまー!」
少し高すぎた声に、自分でびっくりしてキララは瞬きをした。
けれど目の前のお客さんが笑ってくれて、ほっと胸をなでおろす。
(これが……メイド喫茶……!)
フリルのエプロンの端をぎゅっと握りしめる。
『おもてなし文化』というものは、思っていたよりずっと体当たりだ。
コーギーちゃんから「地球にはね、お客さんを家族みたいに迎えるお店があるんだよ」と聞いたとき、なんとなく想像はしていた。
けれど実際にフリルのついたエプロンを身につけて、見知らぬ人の前に立ってみると、全身がじわじわと沸騰しそうになる。
「ケチャップで、メイドさんの魔法をお願いします!」
「ま、魔法……?」
一瞬固まる。
チラリと隣を盗み見ると、先輩メイドがお皿に向かってにっこり笑いながら言っていた。
「おいしくなーれ、萌え萌えきゅんっ!」
(……なるほど、そういうことか)
キララは小さく息を吸って、覚悟を決めた。
「おいしくなーれ、萌え萌えきゅんっ!」
両手でハートを作り、笑顔で言い切った瞬間、顔に熱が集まる。
(さ、さすがに恥ずかしいかもしれない!)
でもお客さんからは——
「お、元気でいいね!」
その一言に、胸の奥がふわっと軽くなった。
(そっか。これも、誰かを元気にする力なんだ)
「またのご帰宅、お待ちしてますっ!」
笑顔で見送って、ひと息ついたところで、キララはふと首を傾けた。
(……それにしても、『もえ』ってなんだろう?)
地球にはまだまだ、知らない言葉がたくさんある。
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シフトを終えて帰宅すると、ピカルがソファで本を読んでいた。
「おかえり」
「ただいまー!」
キララはエプロンを畳みながら、勢いよく隣に腰を下ろした。
ピカルが本から目を上げる。
「どうだった」
「たのしかった! 最初すごく緊張したけど、お客さんが笑ってくれて……あ、でも」
キララは少し考えるような顔をして、ピカルのほうに向き直った。
「ねえ、『萌え』ってなに?」
ピカルの手が、ぴたりと止まった。
「……萌え?」
「お店でね、『萌え萌えきゅん』って言うんだけど、意味がよくわからなくて」
ピカルはゆっくり本を閉じた。
閉じてから、表紙を見つめた。
何かを慎重に選んでいるような間があった。
「……感情の一種だろう」
「どんな?」
「かわいいとか、守りたいとか……その、複合的な」
「ふくごうてき」
「いくつかの気持ちが重なってる、ってこと」
キララは「ふーん」と言って、膝を抱えた。
「じゃあ、アルフィオスにはない言葉?」
「……概念としては、近いものはあるかもしれない。でも地球のそれとは少し違う気がする」
「どう違うの?」
「こっちのは、もっと……」
ピカルはまた少し黙った。
窓の外、夕暮れの光が部屋の端を橙色に染めていた。
「愛でる対象が、自分より遠くにある感じがする。手が届かないものに対して、それでも大切に思う、みたいな」
キララはしばらくそれを噛みしめた。
「じゃあ、お客さんが私に向かって『元気でいいね』って言ってくれたのも、ちょっとそれに近い?」
「……どうだろうな」
(……お兄ちゃんにも、萌えってあるのかな)
キララはそれを口には出さなかった。
なんとなく、聞かないほうがいい気がした。
その代わり、キララはピカルのほうに向き直り、両手でハートを作った。
「お兄ちゃんへ、萌え萌えきゅんっ!」
ウィンクつきで言い切ると、ピカルが固まった。
一拍おいて、耳の先がじわりと赤くなった。
「……急になんなんだよ」
「萌えについての練習! お兄ちゃんにLOVEを込めて♡」
「……そうか」
ピカルはそっぽを向いて本を開いた。
でも、ページはしばらく動かなかった。
(あ)
キララはその横顔を見て、胸のあたりがふわっとした。
さっきお客さんに向けられた「元気でいいね」の感触とは、少し違う。
もっと近くて、あたたかくて、なんだかそっとしておきたいような。
(……これが、萌えかもしれない)
地球の言葉は、使ってみてはじめてわかることがある。
参加者リクエスト:キララにメイドカフェ体験
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