【春の花びらと兄妹の魔法】
※挿絵はAIイラストを使用しています
桜並木の下、キララがくるくると回っていた。
袖口がふわりと広がり、踵が地面を蹴るたびに、風に乗った花びらがその周りをまとわりつくように舞い上がる。
薄桃色の渦が彼女を中心に広がっては消え、また生まれた。
「ね、見て、お兄ちゃん! なんか魔法みたい!」
振り向いたキララの目が、まっすぐピカルを捉える。
頰が上気して、前髪のあいだから額が覗いていた。
「ただの風だよ……」
呆れたようにそう言いながら、ピカルの視線はつい、花びらの軌跡を追っていた。
一枚が上昇気流に乗り、別の一枚が弧を描いて落ちる。
どこから吹いているか。
次はどちらへ向かうか。
気流の筋道は、見ていると自然に頭のなかで像を結ぶ。
「じゃあさ! お兄ちゃんも魔法してるみたいに詠唱してよ!」
「は? なんでそうなる」
だが妹の期待に満ちた目が、逃げ場を塞ぐ。
そういうときのキララは、瞬きさえ忘れたように見える。
ピカルは短くため息をついた。
「……一回だけだからな」
軽く右手を上げる。
余計な力は抜いて、ただ、流れを読む。
どこから吹いている。
花びらの密度はどの高さが一番濃い。
風は三秒後に少し向きを変える——その直前が、タイミングだ。
息を吸い、細く吐く。
「——舞え、春の粒子。軌道を束ねて、ここに集え」
声に出す必要はない。
それでも声に出すほうが、何かうまくいく気がした。
ちょうどその瞬間、つむじ風が路面から花びらを巻き上げた。
陽の光を正面から受けて、淡い桜色がきらきらと弾ける。
三秒で消えてしまう、小さな渦。
「わあっ……ほんとに魔法みたい……!」
キララが両手を口に当て、その場に立ち止まる。
花びらがまだ一枚、彼女の肩に降りてくる。
ピカルは少しだけ視線を逸らした。
並木の奥、光が揺れているあたりを、とくに意味もなく見つめる。
「まぁ、このくらいは」
「でもちゃんと計算してたでしょ? タイミング」
こういうところだけは、妙に勘が良い。
感情の機微に敏いくせに、こうした細部にも気が回る——キララのそういう目が、どこかくすぐったい。
ピカルは「さぁね」とだけ返し、何も答えなかった。
また一枚、花びらが落ちた。
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それから数日後のことだ。
ピカルが部屋で本を読んでいると、廊下のほうから妙な声が聞こえてきた。
「——舞え、春の……。なんか、こう、ひとまとめになって、そこに来い」
間があった。
何も起きていないのが、壁越しでもわかった。
ピカルは本から目を上げ、しばらく天井を見た。
それから栞を挟み、廊下へ出る。
キララが窓の前に立っていた。
両手を胸の前で構え、真剣な顔で窓の外を見ている。
庭の木が風に揺れ、花びらの残りが二、三枚ひらひらしていた。
「何してるんだ」
「ちょっと待って話しかけないで! もう一回」
キララは振り向きもせず、咳払いをひとつして、また姿勢を正した。
「——舞え、春の粒子。軌道を……束ねて」
語尾が少し不安そうに揺れる。
それでも最後まで言い切ると、キララは息を詰めて窓の外を凝視した。
庭木がまた揺れた。
花びらが一枚、ふわりと上がって——風が止み、そのままゆっくり地面へ落ちた。
「……うーん」
「言葉じゃないんだけどな」
ピカルが言うと、キララがようやくこちらを向いた。
頰を膨らませている。
「わかってるよ、そのくらい。でもお兄ちゃん、ちゃんと声に出してたじゃん」
「それは……」
「声に出すほうがうまくいく感じがした、とかでしょ」
正確に言い当てられて、ピカルは黙った。
キララは満足そうに笑った。
「だから私もやってみてるの。言葉より先に、流れを読むんでしょ。風がどこから来てるか、次どこへ行くか」
「読んでるのか」
「んー……なんとなく。まだよくわかんない」
キララは再び窓の外に目を向けた。
庭に花びらはもうほとんど残っていない。
風もすでに凪いでいる。
それでも彼女は、しばらくそのまま立っていた。
何かを感じ取ろうとするように、静かに。
ピカルは扉に寄りかかって、その横顔を見ていた。
あのとき自分が手を上げたのは、妹にせがまれたからだ。
だから、ただの気流の計算だった。
それ以上でも以下でもない——そのつもりだった。
けれどキララがあの詠唱を覚えていて、くり返し口に出して、流れを読もうとしているのを見ていると、あの三秒の渦が、少し違うものに見えてくる気がした。
「……右奥の枝、見てろ」
「え?」
「風が来る」
二秒後、庭木の右端がかすかに揺れた。
枯れかけた花びらが一枚、ふわりと浮いた。
「あ」
「タイミングはそこだ」
キララが小さく息を吸うのがわかった。
唇が動いた——声は出さなかった。
ただ、右手をそっと前へ差し出した。
花びらは風に乗り、くるりと一回転して、また落ちた。
ほんの少しだけ、遠回りをしながら。
「……惜しかったなぁ。もうちょいでできそうだったのに!」
キララは悔しそうに笑った。
悔しいのに、どこか楽しそうだった。
参加者リクエスト:桜吹雪の中、詠唱をしているピカル
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