地球編・4 届く形⑥
※地球編・4 ⑤の続きです。
※挿絵はAIイラストを使用しています
数時間後。
キララは、少しだけ仮眠を取ってから、通信端末の前に座った。
画面の向こうには、相変わらず、冷静で感情の読めない表情のノヴァの姿が映っている。
「お元気でしたか、ノヴァ様」
キララの声は、わずかに震えていた。
「あぁ。それで、報告があると聞いたが」
ノヴァの声には、特に期待も興味もないように聞こえた。
キララは、心臓がドキドキするのを感じた。
でもここで引き下がるわけにはいかない。
「は、はい」
キララは、深呼吸をしてから、話し始めた。
「私、地球で『衣服の循環』を見てきました。回収して、仕分けして、配って‥‥‥という現場です」「‥‥‥循環、か」
ノヴァは、わずかに眉を動かした。
「ピカルの報告にもあったが、具体的には何を?」「回収、仕分け、配布の現場です」
キララは、この数日間の体験を、できるだけ簡潔に説明しようとした。
でも、緊張で言葉がうまく出てこない。
ノヴァは、無言でキララを見つめている。
その視線が、とても重かった。
「す、すみません‥‥‥落ち着いて話します」
もう一度、息を吸う。
そして、ゆっくり言った。
「仕分けは基準がないと回りません。配布は運用がないと混乱します。列、掲示、優先枠、衛生‥‥‥それがないと、回らないって分かりました」
ノヴァは黙って聞いていた。
途中で遮らない。
そこが逆に怖い。
「‥‥‥それで、これを作りました。見てください」
キララは、データを送信した。
『拠点運用・初動チェックメモ』
ノヴァは、画面を見ながら、しばらく黙っていた。
キララは、緊張で手に汗をかいた。
ノヴァは、きっと——「こんなものは役に立たない」と言うんだろうか。
やがて。
「‥‥‥キララ」
ノヴァが、口を開いた。
「は、はい」
「この『優先列』だ。『同伴者1名まで』とある。根拠は?」
キララの心臓が、ドキンと跳ねた。
やっぱり、突っ込まれた。
でも——ここで逃げたら、意味がない。
「え、えっと‥‥‥」
キララは、必死に考えをまとめた。
「同伴者がいないと、弱い人が一人で来ます。子どもや高齢者が、人の波の中で一人は危ないです」
「‥‥‥」
「でも増やしすぎると、優先列が長くなって、逆に揉めます。だから、1名までがいいと思いました」「ふむ」
ノヴァは、少し考えてから次の質問をした。
「『手洗い場または消毒液』とあるが、どちらを優先すべきだと思う?」
「手洗い場です」
キララは、少し自信を持って答えた。
「消毒液は、数に限りがあります。でも、手洗い場なら、水がある限り使えます」
「では、なぜ『または』と書いた?」
「‥‥‥初動で、手洗い場を作れない時もあると思ったからです。まずは消毒で代わりにして、あとで手洗い場を整える‥‥‥そういう順番もあると思って」
ノヴァは少し黙った。
不安が膨らんだところで、ノヴァが言った。
「理由は分かった」
否定ではなかった。
キララは、喉の奥の力が少し抜けた。
その後も質問が続いた。
夜間の見回りは何人か。
照明はどうするか。
火気は誰が管理するか。
キララは答えられるところは答えた。
分からないところは、正直に「分かりません」と言った。
その上で、「でも、こう考えました」と自分の考えを添えた。
ノヴァは最後まで、黙って聞いていた。
説明が終わったのは、1時間後だった。
「‥‥‥以上だ」
ノヴァが言った。
「は、はい‥‥‥」
キララは、緊張で肩が凝り固まっていた。
「この運用方法は、ピカルの計画書に追加する」
「え‥‥‥本当ですか?」
キララは、思わず声を上げた。
「使えると判断したから、追加する」
ノヴァの声は、相変わらず淡々としていた。
「ただし、これは『初動』だ。実際に運用すれば、問題点が出てくる。その都度、修正が必要になる」
「はい‥‥‥! 分かりました!」
キララは、嬉しさで涙が出そうになった。
あの厳しいノヴァが、自分のメモを認めてくれた。
「では」
ノヴァは、通信を切ろうとした。
でも、その前に。
「あの! ノヴァ様」
キララが、呼び止めた。
「なんだ?」
「その‥‥‥第7地区の人たちのこと‥‥‥」
キララの声が、少し震えた。
「私たち、間に合わなくて‥‥‥ごめんなさい」
突然の謝罪にノヴァは、少し驚いた表情を見せた。
そして――
「謝るな」
その声は、厳しくはなかった。
「お前たちは、次を救うために動いている。それでいい」
「‥‥‥はい」
「第7地区の混乱は、こちらで何とかする。お前たちは、次の準備をしろ」
「‥‥‥分かりました」
キララは、涙をこらえて頷いた。
「じゃあな」
通信が切れた。
キララは、しばらく画面を見つめていた。
そして——ふっと、力が抜けた。
「‥‥‥終わった」
「お疲れ様、キララ」
ピカルが、隣に座った。
「ちゃんと話せたな」
「うん‥‥‥すっごく怖かったけど」
「でも、頑張ってた」
「うん‥‥‥」
キララは、ピカルの肩に頭を預けた。
「ねえ、お兄ちゃん。ノヴァ様って、本当は少しだけ優しいのかな」
「‥‥‥どうだろうな」
ピカルは、少し考えてから答えた。
「優しいというより、『公平』なんだと思う」
「公平?」
「感情で判断せず、必要なことを必要なだけ言う。それが、あの人のやり方なんだろう」
「‥‥‥そっか」
キララは、目を閉じた。
そして——小さく呟いた。
「私、ノヴァ様のこと、ちょっとだけ分かった気がする」
「‥‥‥そうか」
ピカルは、少しだけ笑った。
その夜。
キララが眠った後、ピカルは一人で通信端末の前に座った。
画面の向こうには、ノヴァがいる。
「なんだ? 追加の報告か?」
「いえ‥‥‥少し、確認したいことがあって」
ピカルは、少し言葉を選んでから口を開いた。
「再生可能エリア案は‥‥‥進めてもらえるんですか?」
「ああ、進める」
ノヴァは、即答した。
「問題は『どう回すか』だ」
「‥‥‥」
「環境を作るだけなら、技術で何とかなる。だが、維持して、動かすのは別だ。運用が必要になる」
ノヴァは、データパッドを操作した。
「妹の運用法は、どうでしたか?」
ピカルが尋ねると、ノヴァは少し間を置いてから答えた。
「‥‥‥机の上だけの文章じゃない。現場の息がある」
ノヴァの声は、本当にわずかだが、評価の色が混じっていた。
「数字がある。例もある。曖昧じゃない。それに『人が足りない時』『優先列が作れない時』の代案もある」
ノヴァは、画面を見つめた。
「これは、実際に現場を見た人間でなければ書けない」
ピカルは、少し驚いた。
ノヴァが、ここまでキララのメモを評価しているとは思わなかった。
「それで‥‥‥どうするんですか?」
「人員を募る」
ノヴァは、はっきりと言った。
「初動で失敗するわけにはいかない。運用を理解している人間が必要だ」
ノヴァは、厳しい表情になった。
「希望の象徴になる再生可能エリアは、失敗すると一気に絶望になる。だから最初が肝心だ」
ピカルは、頷いた。
確かに、その通りだ。
「実証は‥‥‥どこで?」
ピカルが尋ねると、ノヴァは少し考えてから答えた。
「移民の受け皿になっている境界集落がある」
「境界集落‥‥‥?」
「リメン・ゲートだ」
その名前を聞いた瞬間、ピカルの表情が変わった。
「リメン・ゲート‥‥‥」
「ああ。AURORAの派遣員を輩出したということで、資金提供がまだ手厚い地域だ」
ノヴァは、データを画面に表示した。
「現在、移民を受け入れているが、移民集中によるトラブル報告も上がっている」
画面には、リメン・ゲートの状況が映し出されていた。
人々が密集する狭い路地。
不足する食料と水、そして小競り合いをする人々。
「‥‥‥厳しい状況ですね」
「ああ。だからこそ、だ」
ノヴァは、ピカルを見た。
「実証は、最も危うい場所でやる。成功すれば、説得力が最大になる」
「‥‥‥」
ピカルは、リメン・ゲートという名前を、もう一度心の中で繰り返した。
『リメン・ゲート』
それは、リアナス領の境界にある集落。
そして——アルデンの故郷。
「‥‥‥アルデン」
ピカルは、小さく呟いた。
12年前、崩落事故から自分とキララを救ってくれた、あの赤髪の男。
今は、AURORAの調査員として、他の星を回っているはずだ。
でも、彼の故郷は——今、移民の受け皿として、苦しんでいる。
「どうした?」
ノヴァが尋ねた。
「いえ‥‥‥リメン・ゲートには、知り合いがいまして」
「知り合い?」
「はい。アルデン・セリオスという人です」
「‥‥‥ああ、あの男か」
ノヴァは、少しだけ表情を和らげた。
「彼は、優秀な調査員だと聞いている」
「彼がいなければ、僕とキララは今ここにいません」
「‥‥‥そうか」
ノヴァは、少し考えてから言った。
「なら、なおさらリメン・ゲートでの計画を成功させなければならないな」
「はい」
ピカルは、強く頷いた。
ノヴァは、データパッドを閉じた。
「では、準備を進める。お前たちも、地球での学びを続けろ」
「分かりました」
「それから、妹のことだが」
ノヴァは、少し言葉を選んでから続けた。
「‥‥‥お前とは違って、奔放すぎると思っていた。正直、あまり役に立たないだろうと思っていた」
その言葉は、厳しかった。
でも、ノヴァは続けた。
「だが——今回のメモを見て、考えを改めた。お前は『何を作るか』を考える。妹は『どう使うか』を考える」
ノヴァは、ピカルをまっすぐ見た。
「どちらも、必要だ」
「‥‥‥ありがとうございます」
ピカルは、深く頭を下げた。
「――事実を述べただけだ」
ノヴァは、そう言って通信を切ろうとした。
でも、その前に。
「あなたも‥‥‥変わりましたね」
「‥‥‥何がだ」
「以前なら、こんなこと言わなかったでしょう」
ノヴァは、一瞬、言葉に詰まった。
そして――
「‥‥‥お前たちの報告を聞いていると、な」
ノヴァは、少しだけ表情を和らげた。
「変わらざるを得ない」
「そう、ですか」
ピカルも僅かに微笑んだ。
「じゃあ、僕たちももっと頑張ります」
「ああ。期待している」
通信が切れた。 ピカルは、しばらく画面を見つめていた。
そして——小さく呟いた。
「リメン・ゲート‥‥‥アルデン‥‥‥」
アルデンの顔が、頭に浮かんだ。
豪放で、人懐っこくて、でもいざという時は頼りになる——あの男。
彼の故郷で、再生可能エリアの実証が始まる。
「‥‥‥必ず、成功させる」
ピカルは、拳を握った。
地球編4・⑦に続く。次で4最後です。
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