一章〜非望〜 六百九十六話 解き放たれる能力
もし、自分だったなら奥の手を使う時はどんな時だろうとアレルは考える。そして、アレルは自分だったなら劣勢に立たされて尚、勝利を引き寄せる為に最後の切り札を使用するだろうと思う。
しかし、ガロンの場合はどうなんだろうか?
ルチアーノの見立てでは、心底頭にきていても最後の理性だけは失う事の出来ない、どこか慎重で臆病な一面を感じさせる部分があるという感じだった。確かに、アレルもそういった部分は自身にもあるとは思う。しかし、アレルの場合どちらかといえば引き際に立たされた際に、どうせ同じく倒れるのならばせめて前のめりに倒れたいと願う。
そんな自身と、そういう時に慎重さと臆病が先に来るガロンとは考え方や最後の選択は違うとアレルは感じる。そこで、ガロンの慎重さと臆病はどんな心理から来るものなのかをアレルは考える。
ここまでの戦闘で、ガロンは魔法を主体に距離を取って戦う形に拘っていた様に感じる。ただ、それは保有する魔力が少ないとのルチアーノの見立てとは矛盾する戦い方だ。それでも、ガロンが近接戦闘を仕掛けてくる時は、必ずと言って良い程にベイトからの攻撃が控えていた。つまり、ガロンは基本的に敵対者と距離を空けて戦いたいと願うが、ベイトの援護が期待出来る時のみ前へ出て魔力を温存する方へと動くのだと考えられる。
それならば、ベイトからの援護が期待出来ず、それでも敵対者との距離があり勝機も見えていたならガロンはどうするのか。そこまで考えたアレルは、この戦闘を終了させる青写真が見えた様な気がした。
「······」
ただ、不意にアレルは自身の左肩へ視線を落としてしまう。先程のやり取りでも判った様に、ガロン達は勿論の事自身も負傷により動きが鈍くなる瞬間がある。先程は、それが上手くこちらに都合が良い様に噛み合ったから良かったが、次は向こうにとって都合が良い状況にもなりかねない。
それ故に、アレルは自らも使用を控える様に言われている奥の手に手を出す必要があるかもしれないと考える。
「アレル様、こちらから頼んでおいて申し訳ないのですが······大丈夫ですか?」
そこへ、アレルの背後に控えているルチアーノから声を掛けられる。
「······そうだな、四六ぐらいで分が悪いかな」
「そう······ですか。でも、私はアレル様を信じて、立ち位置を調整しています」
ルチアーノは皆まで言わなかったが、ガロンが好機と捉えやすい様にガロンの詠唱魔法の範囲内に共に入れる位置を維持してくれている。その細やかな信頼に、アレルは何をきっかけにそこまで信じてくれる様になったのだろうと疑問に感じる。それでも、ガロンに切り札を使わせる為にはもう少し追い詰めないといけないので、アレルは軽く深呼吸をした後で再びガロン達との間合いを詰める。
アレルは、ダガーとソードクラッシャーの刃を交差させながらガロンへと詰め寄る。当然、近接戦闘を避けたいガロンは後方へ下がる動きをしてきて、迎撃にはベイトから流星錘が投げられる。そこで、アレルは戦闘が始まってから初めて錘の下を潜り、その際に身体を横に回転させて交差させた刃で挟み込む様にして頭上の縄を切ろうと試みる。
「させるかよっ!」
しかし、縄を二つの刃で挟めると思った瞬間、ベイトによって即座に巻き取られた縄はアレルから離れていく。それでも、アレルは外れた時の事も考えていたので、回転の勢いはそのまま一回転する程の力で回っており地面に片足をつけた時点でそのままベイトへの追撃に動く。
「こっちも、忘れてんじゃねえぞ!」
だが、そんなアレルの動きを読んでいたのか、ベイトへ迫ろうとするアレルの側面からガロンがダガーを振り上げて奇襲してくる。
それを、アレルは左手のソードクラッシャーで受けて、右手のダガーでガロンを斬りつけようと腕を振り上げる。そうして、ダガーを振り下ろそうとした瞬間、シュルシュルと何かがアレルの右腕に巻き付いてくる。
「兄貴、今だ! 殺ッちまえ!!」
見ると、それはベイトから放たれた流星錘で、縄には僅かに血が滲んでいる。それを目にしたアレルは、ベイトもルチアーノからのナイフの投擲で手を負傷している事を思い出す。だからこそ、今までやってこなかった腕を絡め取るなんて事をしてきたんだなとアレルは納得する。
ただ、そうして右腕を取られて動きが制限されたアレルを前にして、ガロンがソードクラッシャーと押し合いをしていたダガーを引いてアレルから数歩距離を取る。その動きで、風詠からガロンの狙いを読み取ったアレルは、ベイトに絡め取られた右腕を思い切り引っ張る。
「んな事をしてもなぁ!」
ギリリと、当然ベイトもアレルを逃がすまいと縄を力一杯引いて抵抗してくる。そうしている間に、タガーを腰溜めに構えたガロンがニヤリと口元に笑みを浮かべてアレルへ突進してくる。
その瞬間、アレルは縄を引っ張る右腕を一気に弛緩させ、その反動で即座にアレルの動きに反応出来なかったベイトは縄を撓ませてしまう。その撓みを利用して、アレルは縄から右腕を抜くと向かってくるガロンを相手にはせずに、突進の進行方向から避ける様に横に飛び退いて一旦そのまま間合いを取る。
「······」
肩で息をしながらも、アレルは風詠のお陰なのか思いの外動けているなと感じる。それでも、未だにどこか攻めきれない所があり、乱れた息を整えつつもアレルはそのもどかしさに腹を立てる。ただ、それはガロン達も同じみたいで、二人してアレルの事を憎々しげな目で睨んでいる。
その間にも、左肩からはズキズキとした痛みが僅かな熱をアレルへ伝えてくる。感じる痛みから、アレルは徐々に悪くなっている可能性を感じ取り、あまり時間を掛ける事も出来ないなと考える。
それでも、時間を掛けたくないのはガロン達も同様みたいで、アレルから視線を外して周囲を見回している。そんな姿を見れば、警備兵か何かを警戒している様にも思えるが、風詠からは逃走の意思が感じ取れる。だが、逃げようにもベイトが足を負傷している為に、どうしようか迷っているみたいであった。
「急に、キョロキョロしてどうした? 何か、珍しいものでも見掛けたのかよ」
そのガロン達の様子に、逃がしてしまうのは不味いと感じたアレルはガロン達へ声を掛ける。
「うるせぇな、テメェには関係ねえよ!」
「ふぅん······まさかとは思うけど、逃げようとかって思ってないよな? まあ、別に逃げても構わないけど、今後は尻尾を巻いて逃げた『負け犬』って通り名を改めてくれよな」
「「テメェ、いい加減にしろやぁッ!!」」
度重なる挑発に、まさしく怒髪天を衝くといった勢いでガロン達は激昂する。
これで、逃げるなんて選択肢はガロン達から消えただろうと思うアレルだったが、猛然と間合いを詰めるガロンに隙あらばと流星錘を振り回すベイトを前に身の危険を感じてしまう。なので、ここは自分が先に切り札を切るべき時なんだろうと、アレルは警告をしてくれたマスラオに謝りながらも覚悟を決める。
「──告げる、恩寵受けし身で望むのは『双剣の煌めき』」
それを口にした瞬間、アレルの内から埒外の存在の能力が湧き上がってくる。




