一章〜非望〜 六百九十七話 迫る時間制限
その名を呼ばないと成功率が下がる、そういう話のはずだったのに何故か上手くいった事に他ならぬアレル自身が一番驚く。更に驚いたのが、アレルが望んだ双剣術は風詠との相性が良いのか、風詠を通して双剣術の身体の動かし方が直接的に理解出来ている。
そのお陰なのか、以前の様に不意にアマデウスの能力が表出した時とは違い、勝手に身体を動かされる様な事にはならず自分の意思で身体を動かせる事をアレルは確認する。ただ、そうして伝わってくる能力の使い方も部分的に空白があるみたいで、そこはやはり正式な詠唱でない事と双剣術のアマデウスの名を知らなかった事に起因するのだろうとアレルは考える。
「死ねぇぇぇッ!!」
そんな事を考えていると、猛然と間合いを詰めていたガロンがアレルへ向かってタガーを振るってくる。それでも、風詠から未来視に近い予測が伝わるアレルは慌てる事なく自らのダガーの切っ先で、ガロンのダガーを引っ掛ける様にしてかち上げるみたいな形で弾く。そうして、腕が上がって無防備になったガロンの腹へソードクラッシャーの柄尻を突き入れる。
「ウッ──グゥ······」
苦悶の声を漏らしながら、ガロンはその場で両膝をつき項垂れる。それを目にして、何かを狙っていた様子のベイトは咄嗟にガロンを助けようと流星錘をアレルへ放ってくる。
「兄貴から離れやがれッ!」
ベイトが放った錘は、アレルがガロンへの追撃を出来ない様に丁度ガロンとの間を隔てるみたいに真っ直ぐ飛んでくる。ただ、その軌道は単純で読みやすかった事から、アレルは流星錘の縄が伸び切った所でソードクラッシャーの叉で錘を引っ掛け、そのまま引っ掛けた錘を引く事で縄を張らせて右手のダガーで縄を両断する。
そして、無防備になったベイトを狙う為にアレルは間合い詰めようとするも、そこへアレルの背後から何とか立ち上がったガロンがタガーを振るってくる。
「こんのッ──クソがぁッ!」
それは、完全にアレルの視界外からの攻撃ではあったが、風詠で予測済みだったアレルは既に見切っていて、身体を右側へ一歩分動かす事で目を向ける事なくガロンのタガーを避けてみせる。
しかし、その間に予備の流星錘を腰から取り出したベイトが、再度アレルへ錘を投擲してくる。それも、今度はアレルに縄を切られない様にする為なのか、アレルへ錘を叩きつけるみたいにして頭上から襲い掛かってくる。
すると、アレルはソードクラッシャーの刃を立てて、完全に読み切った錘の軌道にソードクラッシャーの側面を合わせて受け流す。しかも、そうする事で勢いを殺す事なく地面へと叩きつけられた錘は、アレルの左側にいたガロンの追撃を防ぐ形にもなる。
面白い様に、身体が思った以上に動いてくれるとアレルは感じる。まるで、ダガーとソードクラッシャーが自身の腕の延長となったみたいに、双剣術のアマデウスの影響で精密な動きが可能になっている。その分、無駄な動きも省かれてアレル自身の攻撃速度も増している。更に、それを教えたのが双剣術のアマデウスだった事もあってか、風詠もその真価を見せつつある。
高まった速度と精密性、それと人の知覚を超えた情報を伝える風詠。このままならば、ルチアーノの秘策無しに双剣術だけでもガロン達を倒せるのではないかとさえ思えてしまう。
しかし、話はそう上手く運んではくれない。
「ウッ──クッ······」
そこへ、突如として目眩の様にアレルの視界が僅かに歪む。マスラオの能力を使った時程ではないにしろ、不調を感じるアレルはその変化から双剣術の能力も反動が出るまでの制限時間が迫っている事を悟る。
そんな時に限って、ガロンもベイトもアレルへと攻撃を仕掛けてくる。
ガロンの方は、相変わらず魔力を温存する為にダガーでの攻撃を試みてくるが、ベイトの方は再度縄を切られない様にする為か接近して錘を双節棍の様に振り回してくる。ガロンがダガーを振るう時は小さく回して力を溜め、ガロンが下がると溜めた力を錘に込めてアレルへと振るう。その辺は、やはり双子らしく息の合った連携を見せてくるも、アレルは二人の攻撃をダガーで防いだりソードクラッシャーで受け流したりして難なく捌いていく。
ただ、双剣術の時間制限が迫る中で余裕の無いアレルは、自らも仕掛けていく。その狙い時はガロンが下がる瞬間、前に出て来ようとするベイトの右太腿へアレルは左脚で蹴りを繰り出す。
「ぐぁッ──!?」
すると、当然の如く右太腿を負傷しているベイトはその痛みに足を止めて蹲ってしまう。
「テメェぇぇッ!」
そこへ、ベイトをやらせまいとガロンが攻撃を仕掛けてくるが、寧ろアレルが狙っていたのはガロンの方であった。
ルチアーノから頼まれたガロンに詠唱魔法を使わせる状況──それを作り出すには、まずガロンを追い詰める必要が出てくる。更に言えば、ガロン自身が動けない状況でベイトが窮地に陥ったのであれば、ほぼ確実に魔法でベイトを助けようとしてくるのはこれまでの戦闘から考えても明白だった。
なので、アレルはタガーを腰溜めに構えて突進してくるガロンに対して、ソードクラッシャーの叉でダガーを受け止めた直後に身を低くして自身のダガーでガロンの両太腿を真一文字に斬り裂く。
「グッ──がぁぁぁぁッ!?」
「兄貴ッ!!」
痛みからか、その場にへたり込むガロンへ顔だけを上げて声を掛けるベイト。状況だけを見ると、自身が悪役にでもなった気分になるアレルだったが、ダメ押しとばかりにソードクラッシャーの叉に挟んだガロンのダガーをそのまま圧し折る。マスラオの能力を使用した時とは違い、双剣術のアマデウスの能力では力尽くでとはいかなかったが、マスラオと比較せずとも技巧派の双剣術のアマデウスではソードクラッシャーの角度などを上手く調整する事で難なくダガーを折れてしまう。
そんな、引き出すアマデウスの能力の違いを実感するアレルだったが、ガロンを守ろうとするベイトから錘が放たれているのに気が付く。一瞬、自身のダガーでそれを受けようと考えるも、刀身の損傷を心配したアレルはソードクラッシャーもガロンのダガーを折ったせいで防御には間に合わないので、ガロンから飛び退く事で錘を回避する。
そして、魔法を使う以外戦う術を無くした状態になったガロンを無視して、アレルは立ち上がってきたベイトへ標的を変更する。
「テメェに、兄貴は殺らせねえぞ!」
「手配書が出回っているんだろ? それ程までに、殺してきた奴等が今更何を言ってんだよ」
「うるせえぇぇッ!!」
怒号と共に、ベイトからは流星錘がアレルへと放たれる。それは、今までの中で一番速く感じられたが、双剣術のアマデウスの能力を使っているアレルには見切るまでのものですらなかった。
そのせいか、余裕をもってしまったアレルはベイトをどうやって追い込むかを考え始めるが、その途端に視界がグニャリと歪み周囲の物の速度がかなりゆっくりとした動きに変化する。加えて、アレルの元には周囲の様々な気配や感情の波といったものが一気に押し寄せ、立っていられない程の気持ち悪さを感じてしまう。
それは、話に聞く一種の超人化の様に一秒が数分にも感じられるといった現象に近いのかもしれない。しかし、それに加えて頭の処理が追いつかない程の速度と質量で周囲の情報が風詠を通して次から次へと脳に直接襲い掛かってくる。
そんな苦痛を引き延ばされるみたいな状況が続く事で、アレルは嫌でも気付かされてしまう。それが、双剣術の能力を引き出した反動で、マスラオからの忠告を軽く捉えていた自らの認識の甘さを。
それでも、自身に迫る錘を何とかしなければと、アレルはどうにかしてソードクラッシャーで迎撃を試みる。だが、自身の動きすらも緩慢に感じられる現状では、まるで水底にでもいるみたいでアレルには身体を動かしている最中ですら苦痛が付き纏う。
その苦痛に耐え、何とか放たれた錘を弾き返すも、アレルはあまりに異常な感覚のせいで手が緩んでソードクラッシャーを取り落としてしまう。その上、ついには立っている事も難しくなり、アレルはその場で膝をついてしまう。
押し寄せる情報の中、誰かが高笑いを浮かべている様にアレルには感じられる。それをどうにかしなければと思うも、アレルの身体は全身が鉛で固められてしまったかの様に言う事を聞いてはくれなかった。




