一章〜非望〜 六百八十七話 果たすべき役目
五人の候補──いや、この場合容疑者と言い換えた方が良いのかもしれないが、その中にホセへ宿の従業員服を渡してきた者はいない。つまり、従業員服を渡した者ですら使い捨ての捨て駒で、この時点でホセをわざわざ連れてきた意味が無くなってしまう。
しかし、ルチアーノはそう考えながらも冷静に五人の事を観察していく。
まずは、最初から休憩室にいた三人からルチアーノは見ていく。一人目は、短く切り揃えられた黄混じりの茶髪に暗い緑色の瞳の二十代前半ぐらいのチコという名の男性で、熱心にホセへ宿の仕事の説明をしていた。二人目は、ウルフカットの暗い茶髪に黄褐色の瞳の三十代ぐらいのガロンという男性で、どこか苛ついた様子で椅子に座っている。三人目は、まだ十代ぐらいに見える女性で赤茶色の長い髪を頭の高い位置に結っていて、確かカミラという名前だったとルチアーノは記憶している。
そして、後から来た二人はどちらも三十代ぐらいの男性で、どこか軽薄そうに見える青い瞳のベルナルドはくすんだ金色の長髪を首の後ろで束ねている。最後は、身体も他より一回り程小さく全体的に地味な印象を受けるエルモで、瞳の色は糸目で判別出来ないが頭髪は自身で切り揃えているみたいな感じのする栗色の髪だった。
休憩室は、中央に椅子が四脚置かれた長机があり、扉から向かって左右の壁際には三人掛けのソファが一台ずつ設置されている。奥には窓もあるが、敢えて透明度の低いガラスを使用して外から見られないという安心感を演出させている。その中で、チコはホセと立ったまま話しており、ガロンとカミラとベルナルドの三人は長机の椅子に座り、エルモだけがソファの方へちょこんと座っている。
一応、アレルの考えに従ってロバートが商会から離れて以降に働き始めた者達を集めたが、正直ルチアーノには誰もが怪しく見えてしまう。念の為、色を問わず宿にいる羽根達には万が一にも周囲への被害が出ない様に、出入口や宿の正面の通りなどへの警戒を頼んでいる。
それでも、何が起こるか判らない以上ルチアーノの表情は厳しいものになっていく。
「代理、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ! ホセには、今後も自分がバッチリ指導しますから」
それを、新人と偽り五人を集める口実に使ったホセを案じていると受け取ったのか、チコがあけすけな笑顔を浮かべて言ってくる。続けて、どこか申し訳なさそうにカミラが手を上げる。
「あの、前もって伝えていたとは思いますけど、私は明日用事があるので······」
「ええ、把握してます」
その事前の申し出の際、カミラは真面目な性格なのか彼氏と出掛けるからと訊きもしない事まで話していた。そこから考えると、カミラの性格では間者には向かないだろうとルチアーノは思う。
加えて、チコの方もやたらとホセを構っている様に見えるので、一見口封じの機会でも窺っているのかとも思った。しかし、そのあけすけな笑顔を見るからに、ただ年齢の近い後輩が出来た事を喜んでいるだけに見えるのでチコが間者だという考えも消える。
なので、ルチアーノは残るガロン、ベルナルド、エルモの三人の内の誰かが間者なのではないかと疑う。中でも、ルチアーノは地味で印象の薄いエルモを最も疑って見てしまう。
「そういや代理、何で俺等を集めたんですかね?」
そうして、エルモへ注意深く視線を集中させていたルチアーノへベルナルドが思い出したみたいに声を掛けてくる。ただ、それがエルモを庇った様にも思えて、ルチアーノは間者は一人と決まった訳ではないとも思い始める。
よって、ルチアーノは声を掛けてきたベルナルドへも警戒を強める。
「言伝を頼んでいたはずですが、聞いてはいませんでしたか?」
「あ〜、チコの隣にいるナヨっちぃのの事ですよね? 聞いてましたけど、俺等が集まる必要ありましたか?」
ベルナルドは、どこか反抗的な態度で質問を質問で返してくる。その態度に、ルチアーノはベルナルドがこの場から離れたがっているのではないかと勘ぐる。
「······一応、あなた達がすぐ上に当たる者達なのですから、指導を任せる為の顔合わせを済ませようとしたまでです」
「はいは〜い、後輩の面倒はちゃんと見ますよ〜」
ベルナルドは、これで表と裏をきちんと使い分けているというのだから不思議だとルチアーノは思う。しかし、狙ってそうしているのだとしたら、敢えて人間性を掴ませない様に振る舞っているとも考えられる。もしそうであるなら、ベルナルドも間者である可能性が高い。
「代理、私はまだ仕事を残して来ているので、そろそろこの場を離れてもよろしいでしょうか?」
すると、ガロンがため息を一つ挟み、椅子から立ち上がりつつルチアーノへ訊ねてくる。おそらくは、それが苛ついていた理由なのだろうが、現状で容疑者を野放しにする事なんて出来はしない。
それでもし、ガロンが間者で外へでも行かれれば、アレルの不利を形作ってしまう事にもなる。なので、ルチアーノは適当な理由を考えてガロンの足止めを図る。
「では、そちらの仕事は他の者に任せるので、ガロンにはもう少しここにいてもらいます。仕事を円滑に進める為には、互いを知る事が不可欠だと私も上の者に教えられたのでね」
「······承知しました」
僅かに、舌打ちの様なものが聞こえた気がしたルチアーノだったが、どうにかガロンを留め置く事が出来たのでホッとする。
「あっ! 互いを知るといやぁ、俺等の紹介してなかったよな?」
そこへ、突然思い出したみたいにベルナルドが声を上げて、ホセ以外の四人へ視線を向ける。しかし、最初からいたチコとカミラとガロンは渋い顔を返す。
「な、何だよ? 俺は、良かれと思ってな······」
「あ〜、違います違います。自分達は、もう自己紹介を済ませているんですよ」
三人の反応に、どこか不貞腐れたみたいに言葉を漏らすベルナルドに、チコが三人を代表して説明をする。それに、ルチアーノは視線でホセへ確認すると、ホセは僅かにながらも首を縦に振る。
「何だよ、そういう事なら先に言えよ。じゃあ、俺はベルナルド。歳は永遠の遊び盛りで、好きなものは美女で嫌いなものはむさい男だ。よろしくな!」
キラッと、ベルナルドはホセへ歯を見せる笑みを浮かべながらウインクをする。それに、うわぁと引き気味になりながらも、ホセは自らも自己紹介をする。
「えっと、ホセです。好き嫌いは······特にありません。よろしくお願いします」
「おう! んで、するってぇと······紹介してねえのは、お前だけだな。エルモ?」
考えずとも判っているだろうに、ベルナルドはわざとエルモを追い込むみたいにその場の全員へ順番に視線を向けつつ、その最後にエルモへ視線を集中させる。
そうして、皆の視線を集められてしまったエルモはビクッと身体を震わせながらも声を振り絞る。
「ぼ、僕は、エルモです。······そ、その、掃除と······洗濯などの雑務が得意です」
エルモの言葉に、ルチアーノは引き継ぎの際前任から言われていた事を思い出す。勤続期間は短いものの時間が無い時こそ重宝する者がいて、その者は他の二倍から三倍の速さで雑務をこなしてしまうと。その時に聞いた特徴が、今自己紹介をしたエルモのものと合致する。
そうして、話に聞いていただけの五人を改めて知ったルチアーノだが、アレルが一時的に部屋へ戻った際に他の羽根から集めた話では五人とも外部と連絡を取っている様な素振りは無かったと聞いた。だが、休日などの動きまでは把握してはいないだろうし、カミラなどは恋人と言ってるだけで王都側へ情報を流しているのかもしれない。
ただ、現状を踏まえれば間者は確実に外と連絡を取っていると考えられる。それも、アレル達が宿を訪れてから一度はやり取りをしていないと、現在アレルが対処している賊が宿までやって来られた理由が判らない。
そう考えてはみるものの、ルチアーノはアレルが戻るまで時間稼ぎだけをするのが自分の役割だと思ってしまう。それでも、心の中にはアレルが口にした自由に動けという言葉が引っ掛かり続けるのであった。




