一章〜非望〜 六百八十六話 難しい状況に立たされて
アレルの目と同じ感じと、ベイトの口にする魂が繋がっているとは一体どの様な意味なのか、それが解らないアレルの心にはさざ波程度の動揺が走る。普通に考えれば、目の変化がアマデウス由来の影響だなんてベイトが知る由もないので、その意味は常識の及ばない不可思議なものという意味だと思える。
もしそうなら、ベイトの口にする魂の繋がりとは、魔法や魔術的な儀式の様に原理がある程度解明されているものではなく、人の理解が及ばない所にあるものだという事になる。
「オレ達は、周りとはどこか違っていてな······いっつも爪弾きにされてたんだよ。ほんの少しだけ違う、ただそれだけでな」
風詠で、アレルにはベイトの心が僅かばかりに伝わってくる。しかし、そこには悲壮感など欠片もなく、感じるのは怨みと愉悦だけ。
だからこそ、アレルはベイト達に同情の余地すら無い事が判り、憤りを込めた目でベイトを睨む。
「······お前、そうして差別してきた人達に何をした? ただ、差別に耐えていただけで終わってないよな?」
その言葉に、ベイトはフードから覗く口を三日月の様に歪ませて笑う。
「アヒャヒャヒャヒャッ! その通り、オレ達はそんな奴等こそが消えるべきだって報復し続けた! 許してくれって言っても、オレ達は徹底的にいたぶってやったんだっ······こんな風になッ!」
言い終わりに、ベイトは流星錘の錘をアレル目掛けて投げつけてくる。アレルは、それを咄嗟にソードクラッシャーで弾くも、それをベイトは素早く手元へ引き寄せて再度アレルへ投擲してくる。
往復の分、錘が届くまでに初撃よりも時間があった為に、今度はそれに対して横に動いて軸をズラす事でアレルは回避する。続けて、アレルは間合いを詰めようとするも、ベイトは引き寄せと同時に身体ごと錘を素早く横に一回転させて横薙ぎにするみたくアレルを狙ってくる。それをアレルは、変に受けたりはせずに後方に飛び退いて回避する。
すると、ベイトは右手で縄を引き寄せて左手では錘に近い所を持って、縦に小さくくるりと一回転させ遠心力を加えるとそのままアレルへと投擲してくる。ベイトは更に、投擲に合わせて縄の根元を持つ右腕を伸ばし、アレルが飛び退いた位置まで射程を伸ばしてくる。それを、今度は回避せずにアレルはソードクラッシャーで弾くが、その瞬間ベイトは縄を引いて素早く錘を手元へ戻す。
「いたぶった? これでか?」
「ハハッ、言うじゃねえか」
アレルは、そう言って強がってはみるものの、正直に言えば攻め手を欠いている状態だった。
それというのも、ベイトは流星錘の縄を持つ位置を状況に応じて変更し、その射程や威力を巧みに操りアレルの接近を難しくしている。その、まるで結界でも構築されているみたいな特殊な間合いに、アレルは未だに対応が追いついておらず中々攻めに転ずる事が出来ていない。
唯一、そんな状況の打開策と成り得るのが先程行った投げナイフを起点とする攻めなのだが、肝心の投げナイフは四本しか手元にはない。それにも関わらず、投げナイフを四本使用してベイトの間合いを攻略する想像がアレルには出来ていない。
更に、宿の中に従業員として潜む間者の方もどうにかしなければならず、ルチアーノの事も待たせてしまっている。そうして、焦る事情もあるアレルは、さてどうしたものかと打開策を模索し始める。
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──同時刻、宿の中にある従業員達の休憩室。
裏手から戻ったルチアーノは、先程のアレルとのやり取りを反省していた。
別に、アレルの事を嫌っている訳ではない。それでも、どういう訳だかルチアーノは言葉を全て受け入れる事が出来ずに、どこか批判的な返し方をしてしまう。それは、やはり自身が教官と慕うハインリヒが否定する、才能に恵まれた所がアレルにはあるからだろうかとルチアーノは考える。
黒羽根へとなる前、ハインリヒはロバートが見込み無しとして見捨てた人間ばかりを教え子とし、いつかその非才の身でロバートの教え子達を超える成果を上げるのだと言われて育てられた。ルチアーノもそんな教え子の中の一人で、同期の中でも特に才能といったものに縁が無かったルチアーノは自身だけが真に落ちこぼれなのだと卑屈になるしかなかった。
そんなルチアーノに、恵まれた才能が無くとも努力で培ったものは決して己を裏切る事はないと励ましたのがハインリヒだった。ルチアーノは、そのハインリヒの言葉を支えに厳しい訓練にも耐え黒羽根となるまでに至った。しかし、自分の中に根付いてしまっている自信の無さを見抜かれてしまい、今回の任務には適さないとされ他ならぬハインリヒに任務から外されてしまった。
ルチアーノは、そんな自身だからこそ少しでも才能のある人物に対して妬みが無くならないのだろうと思う。
「支配人代理、一応ですが一通りの説明は終わりました」
「はい、ご苦労様でした」
実の所、この宿に正式な支配人はいない。ただ、支配人と呼べる者がいるならばそれはハインリヒの事で、ハインリヒはこことヘッケルの宿の管理を任せられていて任務に応じて人員の入れ替えなどをしている。それ故に敢えて支配人を空席として、その都度能力的に満たした人物に支配人代理の立場を与えて宿の実質的な管理を任せている。
それというのも、アーフェンは国境手前の分岐の前にあって程よく離れてもいる。だからこそ、街道が封鎖された場合に自由に動ける拠点として街道から離れたアーフェンは商会本部から重要と考えられている。そんな重要な場所でもあるが、能力の高い者を常駐させる訳にもいかない事情からそういったやり方が取られている。
しかし、自らの能力へは劣等感しか感じていないルチアーノにとって、そういった事情を知っていても任務を外されて宿の管理を任されるなんて左遷としか思えなかった。
そんな所へ、朱羽根を持ったアレルと共に厄介事まで舞い込んで来た。これ以上、ハインリヒを失望させたくないと考えるルチアーノは、この事態が自身に与えられた最後の機会だと捉えるがあまり失敗は許されないと己を追い詰める。
「······あのぅ、この後はどうすれば良いんでしょうか?」
そこへ、一通り仕事の説明を受けたホセが次の指示を求めてルチアーノへ訊ねてくる。それを、そもそも部外者に協力を仰ぐ気の無かったルチアーノは僅かに表情を歪めながら返す。
「それぐらい自分で考えろ。いちいち、私に指示を求めてくるな」
「え、ええ〜······」
何とも情けない表情をするホセに、ルチアーノはこんなのを押し付けてアレルは何をしているんだと憤る。その立場があるなら、それに相応しい対応をして欲しいとルチアーノは口には出来ない文句を心の中だけで吐露する。
ただ、外では既にそのアレルから見限りとも受け取れる言葉を貰ってしまっている。それにも関わらず、あの人はどこか取り繕うみたいな事を口にした後で自由に動けと背中を押してくれたなと、ルチアーノは先程の別れ際を思い出す。
甘過ぎると、ルチアーノは何度もそう思うが、まだどうにか任された事を成し遂げようと思えるのはその甘さのお陰なのも自覚している。しかし、思い返せば他者からの評価だけでしか自分の価値を見出だせないなんて、なんて矮小な存在なのだろうとルチアーノは自虐する。
──コンコンコン。
そこへ、不意に扉を叩く音が部屋の中へと響いてくる。
「保管庫の在庫確認、終わりましたので休憩入りま〜す」
「······お、同じく、休憩入らせてもらいます」
ガチャリと、その直後に雑務をこなしていた二人が休憩室の扉を開けて中へと入ってくる。
これで、アレルが疑わしいと言っていた五人が揃った訳なのだが、外からそのアレルが戻って来た気配が感じられない。その上、傍にいるホセからは信じられない言葉を耳にしてしまう。
「えっと······この中に、この服を渡してきた人がいないんですけどぉ······」
そんな、不測の事態に見舞われたルチアーノは、今こそが正念場だと失敗の許されない状況に立ち向かう。




